B C中学校第3学年自己学習スキル
 ここでは,中学校3年生を対象に,自己学習スキルの一つである「勉強をするために家で机に向かうことができる」というスキルに焦点を当てたトレーニングの実践を紹介する。
学級の実態について
(ア) 学級全体の傾向
 男子18人,女子20人,計38人在籍の学級である。部活動や学校行事,授業などに対して熱心に取り組むことのできる生徒が多い。しかし,家庭での学習状況について保護者からは,「家庭で勉強することは少ない。」と聞くことが多い。また,生徒との会話の中では,「どのように勉強すればいいのかが分からない。」,「勉強していても,分からない問題が出てくるとどうしていいのか分からない。」といった言葉を耳にすることもよくある。

図1 家庭での学習時間
(平成15.9.9実施中学校第3学年38人)
 実態調査では「平日,家庭でどれくらい勉強するか。」という質問に対して「全くしない」と答えた生徒が17人という結果であった。また,勉強したとしても30分未満という生徒が11人であった。学級の半数以上の生徒は家庭において勉強する習慣が無いと考えられる結果が出た。
 これまでの生徒の発言や実態調査などから,本学級の生徒は,自ら進んで家庭で勉強する習慣が身に付いていないと考えられる。
 これらのことから,本学級の生徒たちには,自ら進んで勉強しようとする意識を高めるとともに,それを実行するスキルを身に付ける必要がある。
(イ) 配慮を要する生徒
A男 ・・・ 疑問が出るとその時点で勉強を終えてしまうなど,疑問を解決する方法を知らない様子である。また,「勉強に対するイメージ」はつまらないものと回答している。
B子 ・・・ 学習意欲が低く,実態調査では平日,休日ともに家庭では勉強しないと回答している。また,「勉強に対するイメージ」を面倒と回答している。
目標
 1日プラス15分今までより多く勉強するために,学習計画を立てるスキル方法・それを実行するためのスキルを身に付けることができる。
指導計画(2時間扱い)
トレーナー…学級担任
第1時  「プラス15分学習」の時間に活用できる様々な勉強方法について学び,自分に合った「プラス15分学習」のための計画を立てることができる。
第2時  週1週間のプラス15分学習の計画をどの程度実行できたか振り返り,その反省を踏まえ,新たな学習計画を立てることができる。
活動の実際
(ア) 活動の経過
<第1時>
<第2時>
(イ) 活動の内容
<第1時>
 勉強方法についてのブレインストーミングでは,自分一人では思いもつかない勉強方法を知ることができたという生徒もいた。新たに知った勉強方法については,それを実行している生徒に説明を求めるなど活発な意見交換がなされていた。生徒の多くは,ブレインストーミングで出された勉強方法を基にして「プラス15分学習」の計画を立てた。15分間でできる勉強ということで漢字練習や計算練習,教科書を読むというものが多かった。
 第1時のトレーニングを通して出された表1,表2のような考えや感想から,「どのように勉強していいのか分からない。」と発言していた生徒は,友人が行っている方法を具体的に聞くことで自分にもできそうな方法を知ることできたのではないかと考えられる。また,「勉強してみよう。」という意欲が高まったと見ることができる。
表1 勉強方法についての話合いの感想
みんないろいろな方法を試していたんだなぁ。
自分に合う勉強方法が今まで分からなかったけど,みんなの話を聞いて何となく分かった。
自分以外の人の勉強方法を真似てみようかなと思った。
みんな結構やっていた。自分も少しはやろうと思った。
グループで勉強方法を話し合うといっぱい思いつくなぁと思った。
難しいことをやっているのでなく,みんな教科書を読んでいた。
自分が知らない勉強法がたくさん出てきてビックリした。
自分に合いそうな勉強方法があった。
みんなでいろいろな勉強方法を出すことで自分に足りないものなどが分かった。

表2 トレーニングを終えての感想
勉強しようと思う気持ちが増えた気がする。
できそうな気がする。
やってみようと思う。
目標ができたような気がする。
ちょっとした時間ならできるような気がする。
15分の計画だったらなんとかなりそうだ。
計画を立てることで,やろうという気持ちになった。
計画を立てるときにいろんな勉強方法を考えられた。
<第2時>
 前回立てた計画を実施できたかどうかの振り返りに記号を用いた。実施できた場合は「○」予定と異なる勉強をした場合は「△」と何をしたかを記入,実施できなかった場合は「×」となぜ実施できなかったのかを記入した。記号を使うことは簡単な方法だったようで,生徒たちはすぐに取り掛かることできた。ある生徒が実施できなかったときの状況を発表すると,同じ様な状況でも実施できた生徒がどのように対処したのかを発表した。それを聞いたことで,対処方法は決して難しいものではないと感じたようである。新たな計画も前回の反省を基にして作成している生徒がほとんどだった。もし,できそうもない状況になったらどうするかと問いかけてみると,「今回出された対処方法をやってみる。」と答えた生徒もいた。ブレインストーミングで話し合ったことが十分生かされていると考えられる発言であった。
 第2時のトレーニングを通して出された表3,表4のような考えや感想から勉強することが困難な状況になってもその対処方法があることを理解したと考えられる。また,対処方法や具体的な勉強方法を今回のトレーニングでさらに知ることができたために,この後の試験までの勉強についても意欲を高めていると考えられる。 表3 計画を実行する上で難しかった状況についての話し合いの感想
TVはしばらく我慢するしかないですね。
みんなも同じなんだと思った。
そうすればいいんだと思う方法があった。
みんなで考えるといろんな方法が出てくるのでいい。
自分にもできそうな解決方法を教えてもらった。
計画の通りやるのってそんなに難しいことじゃないと思った。
教えてもらった方法をやってみよう思う。

表4 トレーニングを終えての感想
TVはしばらく我慢するしかないですね。
15分だけなら自分にもできるのでこのまま頑張りたい。
テストに向けてちゃんとやる。
これからも計画を立ててみようと思う。
少しの時間でもやった方がいいと思うから頑張る。
勉強できないときの方法を考えたのでなんとかなると思う。
予定と違っても勉強をやろうと思う。
(ウ) 事前・事後の調査とアンケート
表5 自己学習スキル得点の事前・事後の比較

自己学習スキル 事前 事後 t値

宿題などやるべきことはできる 2.32 2.74 -3.42 **
与えられたもの以外で、自分で探して勉強することができる 2.11 2.50 -2.96 **
家で勉強する習慣がある 2.55 2.74 -1.48
苦手な教科の勉強にも取り組むことができる 2.08 2.58 -3.87 **
提出物を定められた日までに提出することができる 2.87 3.18 -2.41 *
自分に合っている勉強法がある 2.87 2.95 -.77
勉強で分からないことがあったときの勉強法を知っている 2.74 3.05 -2.31 *
課題を誰かに頼る前に、一人で考えてみることができる 2.24 2.47 -2.16 *

合計 19.76 22.21 -5.96 **
 「プラス15分学習」実施後の学級全体の自己評価は,どの項目も上昇しており,トレーニングの効果があったとみることができる。特に項目1,項目2,項目4が大きく上がっている。項目1については,「プラス15分学習」を計画した段階で,これは生徒が自分で決めた学習計画でありやるべきことだととらえ,実行できたために大きく上昇したのだと考えられる。項目2については,この「プラス15分学習」をきっかけとして,さらに他の勉強もしてみようと考える生徒が増え,それを実行できたのではないかと考えられる。生徒の発言の中にも「他のこともやろうと思った。」というものがあったことからもそのように見ることができる。項目4については,苦手な教科も短い時間だったらできるかもしれないと試みた生徒が,実行できたと発言している。つまり,学習計画を立てたことで,苦手としている教科にも進んで取り組むことができたのではないかと考えられる。
 「プラス15分学習」実施後のアンケート調査によると,実施前に比べ家庭での学習時間が全体的に多くなってきていることが分かる。全く勉強しないという割合が大幅に減り,少しの時間であっても勉強するという割合が増加したことが分かる。さらに,長い時間勉強に取り組む生徒の数も多くなってきている。これらのことから勉強することに対して積極的になってきたと見ることができる。
 A男は,毎日取り組むことはできなかったが,全く勉強しないという状況から週に3日,「プラス15分学習」に取り組むことができた。この学習をやるべきことととらえ,それを実行してきたために,項目1が2点から3点に上昇したと考えられる。B子は,項目2が1点から2点に上昇している。計画を立てる段階で,どのようなことをすればよいのか同じグループの友人に相談して,自分にできることを探すことができたためだと考えられる。C子は「プラス15分学習」についてはほぼ毎日実施することができた。そのため,ほとんどの項目で上昇している。
図2 家庭での学習時間の変化
(授業実施前 平成15.9.9,授業実施後 平成15.9.26)
特に,項目1は2点から4点,項目2は1点から4点と大きく上昇している。宿題などは必ず行うように心掛け,宿題がない日には計画通り実施できたことが大きく影響していると考えられる。また,計画を立てる段階でこれまでも家庭での勉強をほぼ毎日実施している仲の良い友人のアドバイスを取り入れていたことが影響しているとも考えられる。さらに,項目6も3点から4点に上昇している。これは,漢字テストなどでこれまで以上によい結果を出すことができたために,この期間に行った勉強方法が自分に合っていると感じられたのではないかと考えられる。
 また,この学習に取り組む中で勉強に対するイメージを実施前は「嫌い」「面倒」「つまらない」等の否定的なものが多かったが,表6のように肯定的にとらえる生徒が現れ始めてきた。毎日少しずつ勉強することによって,授業の内容をより理解できるようになってきたり,今まで分からなかったことが分かるようになってきたりしたために,勉強することの面白さや勉強することの有意義さを理解できるようになったのではないかと考えられる。 表6 学習に対するイメージ
自分のためにやるもの
面白いところもある
少し楽しいかも
やればできるもの
やった分だけ身に付く
一生懸命やろうと思うようになった
人生に必要な知識を学ぶこと
 「プラス15 分学習」の感想から少しの時間であっても勉強することは,勉強しないときと比べ差が大きいと感じたり,計画を立てているので,スムーズに勉強することができることを知ったりしたようである。また,自分で決めたことを実行できたことに対しての達成感や満足感を得られた生徒もいた。これらのことから勉強方法を身に付けることができたり,勉強することの大切さを確認できたりした生徒が出てきたと考えられる。 表7 「プラス15分学習」を実施してみての感想
15分増やしただけだけど,ずいぶん違った。
15分でもやるのとやらないのとで,差が出るのだなと思った。
計画を立てたら結構うまくいった。
今日やることが分かり,いつもより早く始められた。
計画を立てて勉強すると順序よく進められた。
計画があると次に何をやればいいかが分かってよかった。
計画通りやると目標を達成したような感じになった。
決めたことがちゃんとできたので嬉しい。
(エ) 授業後の働きかけと生徒の様子
 勉強方法や学習時間などについて生徒自身が考えるだけでなく,学習相談を通してこれまでの反省を基にして,今後の勉強方法や学習時間についてともに考えた。また各教科担当の教師にも勉強方法などについてアドバイスをしてもらえるように協力を依頼した。その結果,面談やこれまでのテストの結果,アドバイスなどを基に,自分にはどのような勉強をすることがよいのかを具体的に考えられる生徒が増えてきた。また,家庭で勉強してきた中での疑問を登校後すぐに教科担当の教師に質問する生徒も出てきた。
 生徒との会話や生活反省ノートから勉強への取組みが見られた生徒については,その場で賞賛するだけでなく,どのような取組みをしているのか具体的な方法について聞き,それを学級全体に紹介した。そうすることで,その方法を真似てみたという生徒も出てきたり,「 自分もやらなければなぁと思う。」 と生活反省ノートに記入する生徒が出てきたりした。
まとめ
(ア) 反省
 発言を多くしたり,意見の相違のために話し合ったりしていたグループについては予定していたブレインストーミング等の時間では不足していた。また,各自が計画を立てる時間についても個別に指導を必要とする生徒には時間が不足していた。すべてのグループや生徒の実態に合わせた時間配分が必要であった。
 また,試験までの「プラス15分学習」計画を立てる段階では,より具体的な勉強方法を生徒は記入するようになり,自分で立てた前回の学習計画を修正することができた。
(イ) 考察
グループでブレインストーミングを実施するため,スキルトレーニングをする前に,日頃から生徒同士が思ったことや感じたことを言え,また互いの意見を認め合えるコミュニケーションができていることが必要であると思われる。
スキルトレーニングはこれまで「自分にはできない。」,「やろうと思わない。」といった消極的な姿勢の生徒に,行動してみようという意欲を高めさせるために有効である。
学習計画を立てる際に,生徒から理由や具体的な方法を説明してもらうことを考えると,トレーニングだけを実施するのではなく,学習相談も併せて実施するとより効果があると思われる。
(ウ) 今後の課題
「自己学習スキル」を2時間の授業だけで,完全に身に付けることは大変難しいと思われるため,年間を通して適切なトレーニングが必要となる。そのための指導計画を作成する。
中学校3年生だけで実施するのではなく,1年生からトレーニングを実施できるように学年に合わせたトレーニング方法を開発する。
本トレーニングを実施するとともに,家庭での勉強も含めて,自ら進んで勉強する機会の少ない生徒への学習相談を実施する。


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