A B小学校第6学年集団で生活するスキル(集団活動スキル)
 ここでは,小学校6年生を対象に,集団活動スキルの一つである「ぼう力をふるったり人をきずつけることを言う前に,一度止まって考えることができる」というスキルに焦点を当てたトレーニングの実践を紹介する。
学級の実態について
 本学級の児童は男子18人,女子14人の合計32人,学年2学級のうちの1学級である。もう一つの学級と比べると体格のよい児童が多く,それと比例して精神的な発達もやや早めと言え,1 学期の段階から反抗的な言動を示す児童が見られた。夏季休業が明けてからはその傾向がより多くの児童に見られるようになり,学級内における友人とのかかわりの上でも顕著に見られるようになった。
 集団活動スキル8項目に関する事前調査の結果でも,「ぼう力をふるったり人をきずつけることを言う前に,一度止まって考えることができる」というスキルの学級平均点は2.32 (4点満点)であり,他の項目と比べて最も低かった。
 今回のトレーニングを実践する直前に,同性の友人からやや排斥される傾向が見られたA男と,B子との間に頻繁にトラブルが見られた。どちらも,これまでにややわがままな言動が見られることの多かった児童である。こうした実態と,今後児童一人一人の発達とともに,より顕著に表出されることが予想される思春期的傾向への予防的対応の一つとして,対人関係におけるスキルトレーニングの必要性を強く感じた。
目標
 他人とかかわる場面において,自分の感情を適切にコントロールできる力を身に付け,自分と他人との好ましい関係づくりを実現する方法を学習する。
指導計画(3時間扱い)
トレーナー … 担任
事前アンケート(第2・3時実施当日の朝)
第1時 感情の意味について知り,自分の「いま」の感情を見付けていく。
感情を適切にコントロールすることの大切さを知る。
第2・3時
(連続)
具体的な場面における人間の感情を探り,見付けていく。
感情を適切にコントロールし,表現することを練習する。
事後アンケート(第2・3時実施の翌日)
活動の実際
(ア) 活動の経過
<第2・3時>
(イ) 活動の内容
表1 <デモンストレーションシナリオから>
(ゴシック体の部分が全体の話し合いで決められた台詞)
「私の悪口をCに言ったでしょう?」
「言ってないよ。」
「言ってないんだ。でもCはそう言ってたよ。」
「あーあれね。悪口のつもりじゃなくて,Aの言い方がきついときがあるって話をしていただけだよ。」
「そうか。今度は私に言ってくれれば,気を付けるよ。」
「そうだね。悪かったね。」
「私もこれから気を付けるね。」
 このシナリオをもとに,デモンストレーションとしてロールプレイを行った。感情を適切に処理して相手にかかわっていくモデルとして示したものである。
表2 展開Aのロールプレイで児童が作成したシナリオ@
A@ 「Bにかしたじょうぎが朝,学校に来たら,折って机の上においてあったんだけど,B折った?」
B@ 「えっ?私,机の上においたけど,折ってはいないよ。」
AA 「本当に折ってないの?」
BA 「え・・・。う,うん。」
AB 「今,言ってくれれば,何もおこらないよ。今,正直に言って。」
BB 「あー,あのね・・・昨日使ってたら,机の上から落ちて折れちゃったんだ。でもわざとじゃないの。今までだまっててごめん。」
AC 「ううん。Bが正直に言ってくれてうれしいよ。もう気にしないでいいよ。」
 女子二人のペアによるシナリオである。AAの段階で怒りや疑いの感情が表出することが多いと予想されるが,ここではその感情を抑え,続くABにおいて自分自身の意思を伝えておくことで問題の解決を図ろうとしている。さらにACでは,「うれしい」「気にしないで」という自分の思いを意図的に相手に伝えることで,今後の二人の関係に悪い影響が残らないように,という配慮がなされているように思える。
表3 展開Aのロールプレイで児童が作成したシナリオA
A@ 「私のじょうぎが折れていたんだけどB折った?」
B@ 「えっ?折っちゃったけど,わざとじゃないよ。」
AA 「そっか。でも折っちゃったんだから責任とってくれる?」
BA 「でも,最初見たらひびがはいってたよ。」
AB 「あっそうなんだ。じゃあBだけの責任じゃないね。」
BB 「でも,折っちゃってごめんね。」
AC 「うん,わかった。私も言いすぎてごめん。」
 これも女子二人のペアによるシナリオである。BAの言葉,そしてそれに呼応するABの言葉など,子どもの創造性の高さを感じさせる。「わざとじゃないよ。」といった言葉は日常的に聞かれる言葉であるが,そこで受け手のAが自分の感情を一時抑えて対応したことが,BAの定規が折れた要因の説明につながっている。最後のAの言葉,「私も言いすぎてごめん。」によって,二人の関係が維持されていくことが予想される。
(ウ) 事前・事後の調査と振り返りカード
表4 集団活動スキル得点の事前・事後の比較
(平成15.9.26実施  小学校第6学年31人)

  集団活動スキル 事前 事後 t値

ぼう力をふるったり人をきずつけることを言う前に、一度止まって考えることができる .32 .61 -.51
授業中むだ話をしないで、先生の言うことに集中できる .97 .00 -.15
相手の立場にたって考えてみることができる .71 .00 -.51
先生や友だちが話しているとき、きちんと聞くことができる .16 .23 -.29
まちがいがあったとき、素直にあやまることができる .00 .90 .59
人や自分が失敗してもゆるすことができる .42 .39 .16
注意されたとき、自分の行動に問題があったかどうか考えることができる .97 .74 .07
集団で行動するとき,自分の番がくるまで待つことができる .42 .39 .17

合計 .97 .26 -.30
 今回のトレーニングに特に関連の強い項目1だけを見ると,微少ではあるが得点が上がっている。しかし項目6のように,実施したロールプレイの内容と関連の強い項目の得点が下がっている結果を見ると,「道徳の時間」を主とした他の教育活動との関連をも含んだ,意図的・継続的な指導の必要性が浮き彫りになってくる。
 第2・3時の実施翌日に記述させた児童の「ふり返りカード」のうち,いくつかに興味深い内容のものがあった。下の二つはその代表的なものである。感想@を書いた児童は,1学期にある友人と役割分担のことで言い争いになり,そのことを担任との 交換ノートでしばらくの間書き続けてきた児童である。
表5 事後の「ふり返りカード」から
<感想@>
 日常生活の中で,だれかとしょうとつしたとき,いつもけんかになって,自分も相手もいやな気分になることが多かったので,こんな簡単な方法で私の求めていた解決ができるのを知り,実践してみたいと思いました。
<感想A>
 かかわり学習でわかったことが1つありました。それは,すぐキレちゃいけないということです。ぼくは,ちょっと何かされるとすぐキレちゃうから,よく考えてから「ごめん」ということにしました。
(エ) 授業後の教師の働きかけと児童の様子
 この後も,学級では相手に強い口調で文句を言ったり,小さないざこざが発生した。 その都度,全体に対して,また個人的な面談の場において,「一時停止」や「クールダウン」といった言葉を用いて指導に生かすようにした。こうした用語の意味と,現実に起こったことや自分がとった行動や心情を比べたり,振り返ったりすることは,児童にプラスに働いている。また,日常生活の中でこうした用語を使う児童が増えてきた。担任との交換ノートの中で,「ムカつくこと」があったときは,自分のお気に入りの音楽を頭の中で奏で,「クールダウン」している,ということを記述してきた児童もいた。
 前述したA男とB子との間のトラブルは,その後ほとんど無くなっていった。本トレーニングを実践したことが, こうした変容にどのように結びついているかは計りしれないが,何かしらの影響を与えたことは推察される。
まとめ
(ア) 反省
授業は,計画以上の時間を費やしたにもかかわらず,最後のシェアリングの場面が不十分なまま終了した。ウォームアップの内容や時間配分,そしてロールプレイ場面の構成など,展開の組み立てにおいて反省すべき点があった。
ロールプレイに用いる場面設定は,そのトレーニングを有効なものにするために非常に重要である。今回の展開Aにおいて用意した場面設定は,日常的なできごとであること,児童の感情が高ぶっていくことが予想される内容であること等を考慮して設定した。しかしながら児童が作成したシナリオを確かめていくと,感情を処理して対応することとともに,いかに相手(定規を折ってしまった相手)を許容するか,という道徳的思考,判断に影響された内容も見られた。これは集団活動スキルの一つである内容(「人や自分が失敗してもゆるすことができる」)はあるが,本時のねらいを十分達成させるためにはやや焦点をぼけさせる結果にもなったと考えられる。
(イ) 考察
スキルトレーニングの意義と効果
 本研究で主張する「学校生活スキル」は,現実的な学校生活場面において発揮されるべきスキルであるから,必然的に日々の実践的トレーニングが必要となる。そのために教師は,児童生徒の実態の中から,そこに欠如しているスキル,より伸ばすべきスキルを適切に抽出し,日常的な援助指導の場面や,授業の中にトレーニングを取り入れるなどして,スキルを育成していくことが重要と考える。
 スキルトレーニングは,具体的な行動様式や行動規範を直接,児童に体得させうる活動として有効であると考えられる。具体的,日常的な場面の設定をし,ロール プレイなどの体験的活動を取り入れることによって,その効果をさらに高めていくことが可能であると考える。
 どう感じるか,どう考えるか,といった児童生徒の内面的な側面と,どう行動するか,という側面との隔たりは,道徳教育等における大きな問題である。スキルトレーニングは,こうした児童生徒個々の内面のはたらきと,行動面とをスムーズに結び付ける効果を有すと考える。「分かっているけど,できない。」といった,多くの児童生徒に見られる現実的な課題に対応する手立てとしても,スキルトレーニングは有効に機能するであろう。
実践上の留意点
 スキルトレーニングを,言語的なやりとりが中心となるロールプレイ等を取り入れてより体験的に実践していこうとするとき,児童生徒が学級集団の中で自由に発言でき,互いに認め合うことができる風土を構築していくことが重要になる。
 また,児童生徒一人一人が,自分の考えや感じたことを話すことのできる表現力を身に付けていることも望まれる。トレーニング自体を強制と感じさせないために,児童生徒の実態によっては演じない,話さないという自由を認めつつも,「行動するための練習」という意義を十分理解させ,主体的な取り組みを促す助言,支援に努めることが重要である。
(ウ) 今後の課題
「学校生活スキル」の吟味と実態に即した点検
 例えば進路に関するスキルは,小学校においては進路に関する学習が位置付けられていないことから,必要がないように思われるかもしれない。しかし中学校進学後は重要となる課題,スキルであることを考えれば,小学校高学年児童に対して,準備段階として身に付けさせておきたい重要な力,スキルであるとも言える。つまり,今,身に付けさせていこうとするスキルが,今後どのように児童生徒の学校生活に影響を与えていくかを踏まえながら,「学校生活スキル」として主張されている各項目を,教師がより深く吟味していくことが必要であろう。
 また,これらのスキルはすべての児童生徒に必要なものとしてとらえながら,一人一人の実態,学級集団としての実態を十分に把握した上で,どのスキルの育成が優先的課題であるかを点検し,実践に取り組むことも重要であると考える。
スキルトレーニング実践に関して
 先述したとおり,ロールプレイにおける場面設定の重要性など,まだまだトレーナーとして学ばなければならないことは山積している。ウォームアップは,その後の活動をより活性化させるために重要な役割を持っているが,次の活動との関連を十分意識して計画しないとその効果が薄れる。また,今回の授業では時間的な問題でシェアリングの活動がおろそかになってしまったが,児童生徒同士が,感じたことや考えたことを共有し合い,新たな気付きを得るためにはたいへん重要な場面である。総時間の3分の1程度を計画すべきであろう。そして,ねらいとするスキルの向上のために有効なエクササイズを,より多くに考案し,計画していくことも大きな課題である。


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