実践研究
(1) 小学校の実践
@ A小学校第6学年友だちとかかわるスキル(コミュニケーションスキル)
 ここでは,小学校6年生児童を対象に,同輩とのコミュニケーションスキルの一つ「友だちに自分の考えを打ち明けたいとき,何て言ってあげていいのかわかる」という行動に焦点を当てたトレーニングプログラムを紹介する。
学級の実態について
 男女とも口調の強い話し方が目につく。また,自分の気持ちを伝えるのに言葉が足りなかったり,十分でなかったりするために,些細なことで言い争いになる ことも見られる。穏やかな性格の児童も多いが,自己中心的なものの考え方をする児童も見られる。A男は,相手を認めることができず,自分の意見が通らない ようなときには,つい強い口調で相手を威圧しがちな児童である。
 これらの実態から,互いに理解し合い,かかわり合いを深めるために,コミュニケーションスキルの必要性を強く感じた。
目標
 トラブルの少ない人間関係を保つ上で,また,精神的健康を保つ上で効果的なコミュニケーションが極めて大切である。コミュニケーションと対人関係の考え 方・進め方・技法を学習する。
指導計画
トレーナー…担任
第1時 相手の話を聞くときの,優しい言葉掛けを学習する。
第2時 自分にも優しく相手にも優しい,バランスのとれたコミュニケーションの方法を学習する。
活動の実際
(ア) 活動の経過
<第1時>
<第2時>
(イ) 活動を通しての児童の考えや感想
表1 児童の考えや感想
 この活動を通して,児童は,自分の気持ちを伝えたり,相手の気持ちを理解するために,バランスのとれたコミュニケーションが必要なものであるということを実感したようである。そして,より自分の気持ちを伝えるために,また,より相手を理解するためには大切であると感じたようだ。そして,自分の気持ちを伝えたり,相手を知ったりすることは楽しいことだということも感じたようだ。
 また,自分の気持ちを伝えるための表現方法や,周りの人と接する技術を学びたいと考える児童も出てきた。言葉を,単に意思伝達手段というとらえから,人とのかかわりにまで深めてとらえられるようになってきている。
(ウ) 事前・事後の調査とアンケート
 コミュニケーションスキルに関する9つの項目について,事前と事後でアンケート調査をした。
表2 コミュニケーションスキル得点の事前・事後の比較

  コミュニケーションスキル 事前 事後 t値  

男子は女子と、女子は男子と自然に話すことができる 2.75 2.94 -1.86 +
きちんとあいさつできる 3.69 3.50 1.86 +
苦手な友だちともつき合うことができる 3.06 3.00 .37
人にどう話しかけていいのか、どう会話を始めたらいいのかわかる 3.13 3.13 .00
自分と同じくらいの年の人と話すことができる 3.44 3.75 -1.78 +
友だちが気持ちを打ち明けたとき,何て言ってあげていいのかわかる 2.94 2.88 .32
仲のよい友だち同士がけんかしているとき,どうすればいいのかわかる 3.00 3.31 -1.58
自分がこまったとき,だれかに相談することができる 2.94 3.00 -.44
友だちに自分の考えや気持ちを伝えることができる 3.13 3.38 -1.17

合計 28.06 28.88 -1.54
 ほとんどの項目で点数が上昇しているが,特に,1,5, 7,9の項目で大きく上昇している。これは,「話すこと・伝えること」ができるようになったと, とらえている児童が増えたと考えられる。その反面,悩んでいるときや困っているときなど,もっと深くかかわるための方法は,まだ十分ではないと感じている児童がいると考えられる。
 また,気になるA男についても,各項目で上昇が目立った。活動後の感想には,「シナリオを友だちと考えることが楽しかった。自分一人で考えるよりも,友だちからいろいろな考えが聞けてよかった。」と書かれてあった。友だちと助け合いながら活動をしていくことで,自分の気持ちを伝える表現方法に気付いたようである。
表3 気になるA男の変容
項目 1 2 3 4 5 6 7 8 9
事前 3 4 3 3 3 3 3 3 2
事後 4 4 3 4 4 3 3 3 3
(エ) 授業後の教師の働きかけと児童の様子
 児童の休み時間における会話や給食の会話の中で,口調が強かったり言葉遣いが乱暴になっているなと感じたとき,「今のは,相手を傷つけるパターンかな, それともバランスがとれたパターンかな?」と投げかけるようにしている。そうすることで,トラブルが起きる前に,自分がとったコミュニケーションの方法が適切だったかそうでなかったかを振り返らせる機会を設けることができるようになった。
 このような働きかけを繰り返し行うようになったことで,児童自身が自分のコミュニケーションの方法について意識するようになってきた。
まとめ
(ア) 反省
 教師自身に,スキルトレーニングの経験が少なく,また計画性も十分ではない中での今回の実践になってしまった。そのような中で,目標を,児童とのかかわりを深め,ともに楽しむことにした。今回のコミュニケーションスキルは,児童とかかわる上で新たな視点を気付かせてくれるものになった。
(イ) 考察
効果
 小学校高学年から中学生は,自己中心的な思考に基づく行動から,周りの友だちを意識した行動へと変容をする時期にある。そのため,些細な言動から悩んだり,憤慨したり傷付いたりすることも増えてくる。コミュニケーションスキルは,このような時期にある児童の精神的健康を保つ上で大切であり,より有効なスキルであると考える。その意味において,児童の発達段階にあっていたと考えられる。
意義
 また,トレーニングの中のロールプレイは,実生活とは離れたお芝居と考えて,シナリオ作りや演技に取り組むことができたと思われる。児童は,自由な発想で考え,演技をしたことで多様なパターンを見つけることができた。今回のスキルトレーニングを通して,児童は,対人関係におけるかかわり方での新たな気付きや発見を得ることができたと考える。
留意点
デモンストレーション・シナリオにおいては,その内容や言葉遣いなど,児童の日常生活からかけ離れていないものを用意する必要がある。児童の興味・関心が薄れてしまう可能性がある。
シナリオ作りには,十分時間をかけることで多様な展開が期待できる。多様な展開を知ることが,児童が主体的にスキルを学んでいくことにつながる。時間配分を十分に検討して授業を展開していくことが重要である。
スキルの選択にあたっては児童の生活経験や発達段階をよく考えてすべきである。すでに獲得しているスキルに対しては,児童の興味・関心が離れていってしまうこともある。
(ウ) 今後の課題
スキルの定着を見るためには,長期的な展望に立ち,日常生活における児童の言動の変容を見ていくことが必要である。そのために,より計画的なトレーニングプログラムを作成する。
児童の日常生活の中で,役に立つスキルトレーニングとなるために,生活全体の中で意識付けを図れるようにする。

資料1 デモンストレーション・シナリオ
例 1
「昨日,うれしいことがあったんだー。」
「えっ,本当に?」
「本当,本当,すごく嬉しかったの」
「それで,どんなことがあったの,聞きたいー」
「昨日ね,私の誕生日だったんだけど,家族みんなで食事に行ったの。」
「へえー,それで,それで?」
「それでね,家に帰ってきたらね,お父さんとお母さん,それにお兄ちゃんまでが私にプレゼントを用意していてくれたの。」
「わあー,いいなあ。それで,何が一番嬉しかった。」
「そうだなあ,お兄ちゃんの手作りプレゼントかなあ。作るのが上手じゃないお兄ちゃんが,私のために一生懸命作ってくれたんだ,と思ったらすごく嬉しくなっちゃった。」
「そうだよねえ,手作りプレゼントって,心がこもっているもんね。」
例 2
「昨日,うれしいことがあったんだー。」
「ふーん。」
「本当,本当,すごく嬉しかったの。」
「何が?」
「昨日ね,私の誕生日だったんだけど,家族みんなで食事に行ったの。」
「なーんだ。」
「それでね,お父さんやお母さんから,プレゼントもらったの。」
「よかったね。」
「お兄ちゃんがね,私のために一生懸命プレゼントを作ってくれたんだな,と思ったらすごく嬉しくなっちゃった。」
「そう?私は,買ってくれたものの方がいいな。」
資料2 児童が作成したシナリオ(第1時)
資料3 児童が作成したシナリオ(第2時)


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