調査研究
 学校生活で児童生徒が苦戦しないようにするためには,どんなスキルを身に付けておけばよいのか,という視点で学校生活スキル尺度項目を作成することにした。
(1) 学校生活スキルを測定する項目の収集・選択
以下の@〜Bにより,小学生・中学生・高校生の学校生活スキルを測定する項目を収集した。
@ 先行研究を手がかりとしたスキル項目の収集
 先行研究「中学生の学校生活スキルに関する研究」(飯田・石隈,2002)で作成した「学校生活スキル尺度」(中学生版)を手がかりに,石隈教授と研究協力員8名(小学校3名・中学校3名・高等学校2名),本研修センター指導主事5名で児童生徒が学校生活を送る上で必要な4つの領域におけるスキル項目を校種別に収集した。
A 教師と児童生徒を対象とした自由記述調査
 平成14 年9月から10 月にかけて,研究協力員が所属する学校で,教師と児童生徒を対象とした「学校生活スキル」に関する自由記述調査(資料1)を実施し,その結果からスキル項目を収集した。
資料1 「学校生活スキル」に関する自由記述調査項目
「学校生活スキルについて」【教師用】
子どもたちが,学校生活を送るに当たって,こんなスキルを身に付けていたらいいなと思うことがありましたら,自由にお書き下さい。いくつ書かれても結構です。
日ごろ子どもたちと接していて,こんなスキルが特に弱いなと感じていることがありましたら,自由にお書き下さい。いくつ書かれても結構です。
【補記】
ここでスキルとは,学校生活を送る上で必要な能力のことを言い,具体的には,勉強の仕方,仲間とのつきあい方,進路を決定する能力などが考えられます。

「学校生活が楽しくなるために」【児童生徒用】
こんなことができたら,学校生活が楽しくなるだろうな・・・
こんなことができたら,学校生活がうまくいくだろうな・・・と思うことを,次の1から4の見出しごとに書いてください。いくつ書いてもかまいません。
勉強のこと
例: 自分にあった勉強方法が見つけられる。
授業中わからないところは,先生に聞くことができる。
学級や友だちのこと
例: 自分のしたいことを言葉で相手に伝えることができる
苦手な相手とも,つきあうことができる。
進路のこと
例: 自分が将来どんな職業が向いているかがわかる。
自分のつきたい仕事のために,どうしたら良いのか調べられる。
健康のこと
例: からだの調子がおかしいとき,誰かに相談することができる。
自分でからだの調子をととのえることができる。
B 学校生活スキルを測定する項目の選定
 @とAで収集したスキル項目を基に,研究協力員会議(石隈教授と飯田氏,研究協力員8名,センター指導主事5名)で学校生活スキル尺度項目として採用する項目を選択した。ここでは,@とAで重複する内容のスキルを優先的に選択することにした。さらに,児童生徒が学校生活を送る中で発達上の課題や教育上の課題に取り組む際に苦戦しないようにあらかじめ身に付けておくことが望ましいと思われるスキル項目を追加した。
C 仮の「学校生活スキル尺度」による予備調査の実施
 Bで選択した「学校生活スキル項目」について,「とてもよくあてはまる」「ややあてはまる」「ややあてはまらない」「まったくあてはまらない」の4件法でスキルの程度を尋ねる,仮の「学校生活スキル尺度」を作成し,研究協力員が所属する学校で各1学級を対象に,予備調査を実施した。
D スキル項目の内容的妥当性の検討
予備調査における児童生徒の反応や感想,及び教員の感想を踏まえ, 選択したスキル項目について次の二つの視点から妥当性の検討を行い「学校生活スキル尺度」に含める項目を選択した。
 ・発達を促進するスキルとして内容的に適切か。
 ・具体的な行動レベルで記述されているか。
 その結果,表1のように小学生版59項目,中学生版66項目,高校生版66項目を,「学校生活スキル項目」として採用した。また,この段階で,スキル項目の文章表現等をそれぞれの校種の児童生徒が理解しやすいように修正し,難しい漢字にはルビをふり,茨城県教育研修センター版「学校生活スキル尺度」に採用するスキル項目を選定した。
表1 選定した「学校生活スキル」の項目数(平成15年1月30日作成版)
【小学生版】 59項目
学習面…16項目 進路面…13項目 社会面…20項目 健康面…10項目
【中学生版】 66項目
学習面…18項目 進路面…14項目 社会面…23項目 健康面…11項目
【高校生版】 66項目
学習面…18項目 進路面…14項目 社会面…23項目 健康面…11項目
(2) 茨城県教育研修センター版「学校生活スキル尺度」の作成
@ 茨城県教育研修センター版「学校生活スキル尺度」の作成
 (1)で選定した「学校生活スキル項目」を基に,茨城県教育研修センター版「学校生活スキル尺度」を作成した。そして,その尺度を基に平成15年2月に小学校4校505名(第5学年244名,第6学年261名),中学校3校891名(第1学年346名,第2学年325名,第3学年220名),高等学校3校585名(第1学年280名,第2学年305名)を対象に「とてもよくあてはまる」を4点,「どちらかといえばあてはまる」を3点,「どちらかといえばあてはまらない」を2点,「まったくあてはまらない」を1点とする4件法で調査を実施した。得点が高いほど児童生徒は自分がそのスキルを身に付けていると考えていることになる。
A 学校生活スキル項目の分類と選定
 学校生活スキル尺度に含まれる項目を用い,因子分析を実施した。「因子分析」とは,児童生徒の各項目に対する回答のパターンを基に,似ている項目同士をグループ分けする手法である。例えば,項目A・項目B・項目Cが同じグループに分類されたとき,三つの項目に影響を与える潜在因子があると想定する。その影響で三つの項目に対する児童生徒の回答パターンが類似し,その結果,因子分析によって同じグループに分類されたと考える。各因子に分類された項目の内容を基に,その潜在因子が何を表しているのかを推測し,因子に名前を付ける作業を行った。
 p23〜28の資料2〜4は,因子分析の結果である。因子1〜7の下の数字は因子負荷量(その項目が因子に影響される程度)を表しているが,同じ因子に高い値を示す項目は,その因子に関連が高いものであるととらえることができる。因子分析の結果から,スキル項目は,小学校7因子,中学校6因子,高等学校5因子に分類されると判断した。
 この時点で,因子負荷量が0.4以下の項目及び二つ以上の因子に0.4以上負荷する項目を削除してスキル項目の選択を行った。その際,削除された項目の中で重要であると思われる項目は,「補助項目」として採用し,二つ以上の項目に高く負荷するということで除外した項目は,分類の枠組みに当てはまるよう文章表現を修正して「新項目」として採用した。
 以上の過程を通して,p29〜31の資料5〜7の茨城県教育研修センター版「学校生活スキル尺度(小学生版・中学生版・高校生版)」を作成した。
B 小学生版「学校生活スキル尺度」(資料5)について
第T因子…「将来について考えるスキル」(進路決定スキル)
 第T因子に負荷量の高い項目は,進路面のスキル11 項目,健康面のスキル1項目の計12 項目であった。「自分がしたい仕事をさがすとき,身近で働く人のようすを観察することができる」,「何が自分にとって大事なのか順位をつけることができる」等,将来の進路や職業を選択する際に必要なスキルや意志決定に関するスキルが含まれるため,「将来について考えるスキル」と命名した。
第U因子…「集団で生活するスキル」(集団活動スキル)
 第Uのグループは,社会面6項目,学習面1項目に「集団で行動するとき,自分の番がくるまで待つことができる」という社会面の項目1つを補助項目として加えた計8項目からなる。この中には,「ぼう力をふるったり人をきずつけることを言う前に,一度止まって考えることができる」,「人や自分が失敗してもゆるすことができる」等,集団生活を円滑に送るために必要なスキルが含まれるため,「集団で生活するスキル」と命名した。
第V因子…「勉強を自分ですすめていくスキル」(自己学習スキル)
 第Vのグループは,学習面の5項目からなり,「苦手な教科の勉強に時間を多くとって取り組むことができる」,「学校やじゅくで与えられたもの以外で,自分でさがして勉強することができる」等,自分で学習を進めていく際に必要なスキルが含まれるため,「勉強を自分ですすめていくスキル」と命名した。
第W因子…「課題に取り組むスキル」(課題遂行スキル)
 第Wのグループは,学習面4項目と進路面1項目に,「ノートをきちんととることができる」,「自分のプリントの整理をきちんとできる」という学習面の項目2つを新項目として加えた計7項目からなる。この中には,「つかれていても宿題などやるべきことはできる」,「そうじや給食などの自分の決められた仕事をすることができる」等,自分に与えられた課題をやり遂げる際に必要なスキルが含まれるため「課題に取り組むスキル」と命名した。
第X因子…「健康について相談するスキル」(健康相談スキル)
 第Xのグループは,健康面3項目,社会面1項目の計4項目からなり,「からだの調子がおかしいとき,ほうっておかないで大人に相談することができる」,「からだの調子がおかしいとき,その様子を言葉で伝えることができる」等, 主に健康面についての相談に関するスキルが多く含まれるため,「健康について相談するスキル」と命名した。
第Y因子…「友だちとかかわるスキル」(コミュニケーションスキル)
 第Yのグループは,社会面5項目に「友達が気持ちを打ち明けたとき,何て言ってあげたらいいのかわかる」,「仲のよい友だち同士がけんかしているとき,どうすればいいのかわかる」,「自分がこまったとき,だれかに相談することができる」の3 項目を補助項目,「友だちに自分の考えや気持ちを伝えることができる」を新項目として加えた計9項目からなる。この中には,「男子は女子と,女子は男子と自然に話すことができる」,「苦手な友だちともつきあうことができる」等,友だちとかかわったり,会話をしたりする際に必要なスキルが含まれるため,「友だちとかかわるスキル」(コミュニケーションスキル)と命名した。
第Z因子…「健康に気をつけるスキル」(健康維持スキル)
 第Zのグループは,健康面3項目と「外から帰ってきたとき,手あらいやうがいがきちんとできる」という補助項目を加えた計4項目からなり,「生活のリズムをくずさないように,すいみん時間に気をつけることができる」,「つかれを感じたとき,しっかりと休むことができる」等,自分の身体を健康に保つ際に必要なスキルが含まれるため,「健康に気をつけるスキル」と命名した。
C 中学生版「学校生活スキル尺度」(資料6)について
第T因子…「進路決定スキル」
 第Tのグループは,進路面の12項目からなり,「自分のつきたい職業につくために,どうしたらよいか調べることができる」,「進路を考えるとき,いくつかの選択肢をもつことができる」等,進路決定に必要な意志決定スキルや問題解決スキルに関連した項目であった。そこで,「進路決定スキル」と命名した。
第U因子…「相談スキル」
 第Uのグループは,社会面5項目と進路面1項目,健康面2項目の計8項目からなり,「学校生活で困ったときに,誰かに相談することができる」,「性について悩んだとき,誰かに相談することができる」等,困ったときに相談したり手助けを頼んだりする際に必要とされるスキルが含まれているため,「相談スキル」と命名した。
第V因子…「集団活動スキル」
 第Vのグループは,社会面6項目と学習面1項目,進路面1項目の計8項目からなり,「相手の立場にたって考えてみることができる」「授業のグループ活動のとき,協力して活動できる」等,社会面のスキルの中で集団活動の際に必要とされるスキルと,グループや学級集団での学習活動に関するスキルが含まれているため,「集団活動スキル」と命名した。
第W因子…「健康維持スキル」
 第Wのグループは,健康面の7項目と「心とからだをリラックスする方法をいくつか知っている」という補助項目1つの計8項目からなり,「すすんで自分にあった運動をすることができる」「からだの調子がおかしいとき,保健室に行くことができる」等,自分の健康を維持する際に必要なスキルであることから「健康維持スキル」と命名した。
第X因子…「自己学習スキル」
 第Xのグループは,学習面の8項目からなり,「家で勉強する習慣がある」,「勉強で分からないことがあったときの勉強法を知っている」等,勉強を自分で進める際に必要なスキルが含まれるため「自己学習スキル」と命名した。
第Y因子…「コミュニケーションスキル」
 第Yのグループは,学習面1項目と社会面4項目に,「友だちの話を相手の身になって聞くことができる」,「自分の嫌なことを断ることができる」の2つを新項目として加えた計7項目からなり,「自分の意見や考えを表現することができる」,「人にどう話しかけたらいいのか,どう会話を始めたらいいのか知っている」等,他の人とかかわったり会話をしたりする際に必要なスキルが含まれるため,「コミュニケーションスキル」と命名した。
D 高校生版「学校生活スキル尺度」(資料7)について
第T因子…「コミュニケーションスキル」
 第Tのグループは,社会面12項目,進路面1項目の計13項目からなり,「友だちに自分の考えを打ち明けることができる」,「その場の雰囲気に合わせて行動することができる」等,他の人とかかわったり会話をしたりする際に必要なスキルが含まれるため,「コミュニケーションスキル」と命名した。
第U因子…「進路決定スキル」
 第Uのグループは,学習面4項目,社会面1項目,進路面9項目の計14項目からなり,「いろいろな情報を集め,新しい考えを生み出すことができる」等の情報収集に関するスキルと,「何が自分にとって大事なのか優先順位をつけることができる」等の意志決定に関するスキルや「自分の適正・能力についてわかる」等の進路選択に関するスキルが含まれるため,「進路決定スキル」と命名した。
第V因子…「自己学習スキル」
 第Vのグループは,学習面の10項目からなり,「試験の結果を学習に活かすことができる」,「授業中分からないことがあったら,その場または授業の後先生に聞きに行く」等,自分で学習を進める際に必要なスキルが含まれるため「自己学習スキル」と命名した。
第W因子…「集団活動スキル」
 第Wのグループは,社会面4項目,健康面2項目の計6項目からなり,「校則に違反するような行為を思いとどまることができる」,「性感染症や妊娠について理解し,きちんと行動することができる」等,集団生活を送る上で必要なスキルが含まれるため,「集団活動スキル」と命名した。
第X因子…「健康維持スキル」
 第Xのグループは,健康面の6項目からなり,「何かからだの異常を感じたとき,ほうっておかないで大人に相談することができる」,「からだが必要としている栄養をバランスよく摂ることができる」等,自分の健康を維持するために必要なスキルが含まれるため,「健康維持スキル」と命名した。
E 「学校生活スキル尺度」の領域について
 「学校生活スキル尺度」の項目は,前述のように,小学生版7領域,中学生版6領域,高校生版は5領域に分類された。全校種に共通した領域として,「進路決定スキル」「集団活動スキル」「健康維持スキル」「自己学習スキル」「コミュニケーションスキル」の5 つの領域に分類された。スキル項目を収集する際,スキルとしてとらえにくい心理面を除いた学校心理学の学習面,社会面,進路面,健康面という4つの援助領域で児童生徒に必要と思われるスキルを考えたが,社会面のスキルは,因子分析の結果,全校種で「集団活動スキル」と「コミュニケーションスキル」の二つの領域に分類されることが分かった。これは,児童生徒が集団で活動する上で必要なスキルと,友人や異性との関係促進に必要な,主にコミュニケーションを手段とするスキルが児童生徒にとって異なるものとしてとらえられていることによる。しかし,ともに,集団生活を送る上で必要なスキルであることから,概ね学校心理学における援助領域の枠組みでとらえることができると考えられる。
 また,因子分析の結果から,勤勉性が課題である小学生では,自分に与えられた課題に取り組むという項目が,自己学習のスキルとは別のものとしてとらえられていることや,調子が悪いときに他の人に伝えたり相談したりできることが,重要なこととしてとらえられていることが分かった。
 一方,思春期で揺れ動く中学生にとっては,相談スキルが一つの因子としてまとめられた。このことから中学生にとっては,悩みや不安を相談したり困ったときに友達や先生に相談するスキルの有無が重要なこととして意識されていることが分かった。
 さらに,小学校から高等学校まで,校種が上がるにつれて因子数が少なくなることから,発達に伴ってスキルをとらえる枠組みが変化することや,次第により大きな枠組みでとらえられるようになっていくことが分かった。
表2 スキル項目の分類(最終版) (数字は選定されたスキルの項目数)
小学生版(49項目) 中学生版(51項目) 高校生版(49項目)
将来について考えるスキル
(進路決定スキル)(12)
集団で生活するスキル
(集団活動スキル)(8)
健康について相談するスキル
(健康維持スキル)(4)
健康に気をつけるスキル
(健康維持スキル)(4)
勉強を自分ですすめていくスキル
(自己学習スキル)(5)
課題に取り組むスキル
(課題遂行スキル)(7)
友だちとかかわるスキル
(コミュニケーションスキル)(9)
進路決定スキル(12)
 
集団活動スキル(8)
 
健康維持スキル(8)
 
 
 
自己学習スキル(8)
 
 
 
コミュニケーションスキル(7)
 
相談スキル(8)
 
進路決定スキル(14)
 
集団活動スキル(6)
 
健康維持スキル(6)
 
 
 
自己学習スキル(10)
 
 
 
コミュニケーションスキル(13)
 
(3) 茨城県教育研修センター版「学校生活スキル尺度」の信頼性・妥当性の検討
 以下の@〜Bの分析は,先の因子分析の段階における項目を用いて行った。なお,この検討の後,スキル項目を修正し,最終版を作成した。
@ 「学校生活スキル尺度」の下位尺度の基礎統計
 資料2〜4は,小学生版・中学生版・高校生版「学校生活スキル尺度」による調査結果における各項目ごとの平均点と標準偏差を表したものである。
 表3〜5は,各下位尺度の平均点・標準偏差・信頼係数を表したものである。
この調査は,4件法で実施しており,全員の各項目の得点を下位尺度ごとに合計し,対象人数で割って,各下位尺度の一人あたりの平均得点を平均点として示した。
 資料2〜4の各スキル尺度項目については,統計的に見て,集団全体の平均点が中央付近,つまり2と3の間にあることは,この尺度の項目が各発達段階にある児童生徒のスキルを適切にとらえていることを示している。
 標準偏差は,平均点からの各児童生徒の得点のばらつきを表すが,資料2の小学生版の第1項目「仕事に関するためになる情報を見つける方法が分かる」を例に挙げると,平均点は2.69で,標準偏差は.92である。これは,平均点の2.69点の±.92点以内に,集団の約3分の2が入っていることを表している。その数値からこの尺度の項目がある程度の得点のばらつきがあり,スキルの個人差を把握する項目として適切であることを示している。
 下位尺度項目については,表4の中学生版の「自己学習スキル」を例に取ると,8項目の得点の幅8点から32点の中で,平均点が21.30点で標準偏差が4.38であることから,中学生版の「自己学習スキル」の下位尺度はスキルの個人差を測定するものとして適切であることを示している。このようにして検討した結果,各スキル尺度項目及び各下位尺度は,スキルの個人差を測定するものとして適切であると考えられる。
A 学校生活スキル尺度の信頼性の検討
内的一貫性の検討
 学校生活スキル尺度の各下位尺度内の複数項目について,同じような回答が得られるかどうか,その信頼性を確認するために,統計的手続きに従ってクローンバックのα係数を算出した。表3〜5に示したように,各下位尺度で高い内的一貫性が示された。小学生版では下位尺度「健康に気をつけるスキル」,高校生版では「集団活動スキル」,「健康維持スキル」で信頼性係数(α値)が若干低くなり課題が残ったが,その他の下位尺度ではいずれも,α値が0.70を超え,ある程度の信頼性が確認された。
表3 学校生活スキル尺度の平均点,標準偏差と信頼性(小学生版)
学校生活スキル 項目数 平均点 標準偏差 信頼性(α)
勉強を自分ですすめていくスキル 19.87 3.94 0.77
課題に取り組むスキル 16.49 2.95 0.77
将来について考えるスキル 12 34.45 6.41 0.85
集団で生活するスキル 21.27 3.76 0.79
友だちとかかわるスキル 15.95 2.76 0.70
健康について相談するスキル 8.42 2.22 0.75
健康に気をつけるスキル 12.27 2.80 0.62
表4 学校生活スキル尺度の平均点,標準偏差と信頼性(中学生版)
学校生活スキル 項目数 平均点 標準偏差 信頼性(α)
自己学習スキル 21.30 4.38 0.79
進路決定スキル 12 31.80 7.11 0.89
集団活動スキル 24.41 4.21 0.80
コミュニケーションスキル 13.83 3.07 0.74
相談スキル 21.83 5.49 0.87
健康維持スキル 19.71 4.24 0.76
表5 学校生活スキル尺度の平均点,標準偏差と信頼性(高校生版)
学校生活スキル 項目数 平均点 標準偏差 信頼性(α)
自己学習スキル 10 26.63 5.51 0.83
進路決定スキル 14 38.87 7.22 0.86
集団活動スキル 18.73 3.01 0.65
コミュニケーションスキル 13 38.43 6.91 0.88
健康維持スキル 16.69 3.30 0.65
再テスト信頼性の検討
 作成した「茨城県教育研修センター版学校生活スキル尺度」( 小学生・中学生・高校生版)が,調査時の児童生徒の状況や体調などによって得点が左右されず,同じような回答が得られるかどうか信頼性を検討するために,それぞれの校種でスキルトレーニングを実施していない学級を対象に,2週間から3週間の間隔を置いて2度調査を実施した。
表6 再テスト信頼性(小学生版)
(5年生78名;男子37名,女子41名 H15.11月実施)
 表6〜8はその結果である。相関係数(r)は,0.70以上あれば同じような回答が得られることを表している。このことから,全体的には学校生活スキル尺度は再テスト信頼性が高いといえる。
学校生活スキル 信頼性(r)
勉強を自分ですすめていくスキル 0.80
課題に取り組むスキル 0.73
将来について考えるスキル 0.74
集団で生活するスキル 0.83
友だちとかかわるスキル 0.79
健康について相談するスキル 0.69
健康に気をつけるスキル 0.48
表7 再テスト信頼性(中学生版)
(2年生59名;男子28名,女子31名 H15.11月実施)
表8 再テスト信頼性(高校生版)
(2年生84名;男子42名,女子42名 H15.11月実施)
学校生活スキル 信頼性(r)
自己学習スキル 0.84
進路決定スキル 0.84
集団活動スキル 0.83
コミュニケーションスキル 0.59
相談スキル 0.74
健康維持スキル 0.73
学校生活スキル 信頼性(r)
自己学習スキル 0.74
進路決定スキル 0.74
集団活動スキル 0.62
コミュニケーションスキル 0.76
健康維持スキル 0.74
B 学校生活スキル尺度の妥当性の検討
 作成した「茨城県教育研修センター版スキル尺度」が児童生徒の学校生活への適応の度合いを測定するものとして妥当なものであるかどうか検討するために,スキル尺度による調査と同時に,学校適応の度合いを調べるために,資料8「学校生活に関するアンケート」(26項目)について「非常によくあてはまる」を4点,「全くあてはまらない」を1点とする4件法で実施し,学校生活スキル尺度の各下位尺度と学校適応尺度の各下位尺度の関連を検討した。資料8は,中学生版であるが,小学生版,高校生版も同一の内容について調査した。
 その結果,各下位尺度と学校適応の領域との関連は表9〜11のようになった。数値は,相関係数(r)を表している。特に,因子の関連が高いことが望まれるところは,色を付けて表した。統計的に,相関係数(r)が.300〜.700位であれば,中程度の相関があると考えられる。下位尺度項目と心理面の適応の相関が低いのは,スキル項目を収集する際に,行動としてとらえにくい心理面を除いたためである。
 この結果からスキル尺度の各下位尺度とそれに対する学校適応の領域は,中程度の相関があると考えられる。つまり,今回作成した学校生活スキルの各下位尺度の得点が高いほど学校生活によく適応していると考えることができるため,学校適応のために役立つスキル尺度として妥当性が確認されたといえる。
 ただし,健康維持スキルに関しては,予想される関係が得られなかったことから課題が残された。この結果が生じた原因の一つは,今回健康面の学校適応を測定するために用いた6つの項目「よく頭が痛くなる」「からだがだるい」等の項目は病気の症状や体調不良の状態を問うものであり,小・中・高の各発達段階における健康状態の個人差を測定するという今回の目的に適していなかったことが考えられる。さらに,健康維持スキルと関連が深いと思われる他の指標を用いて再度妥当性の検討を行う必要がある。
表9 学校生活スキルと学校適応の相関係数(r)(小学生版)
学校適応
学校生活スキル
学習面 心理面 社会面 進路面 健康面
勉強を自分ですすめていくスキル 0.49** 0.03 0.37** 0.36** 0.15**
課題に取り組むスキル 0.56** 0.06 0.33** 0.29** 0.19**
将来について考えるスキル 0.30** -0.08 0.35** 0.51** 0.01
集団で生活するスキル 0.51** 0.14* 0.33** 0.35** 0.18**
友だちとかかわるスキル 0.39** 0.04 0.49** 0.42** 0.09
健康について相談するスキル 0.31** 0.14** 0.39** 0.37** 0.21**
健康に気をつけるスキル 0.33** 0.23** 0.34** 0.35** 0.31**
*p <.05, **p <.01
( 偶然に生じる確率を出現確率といい,p で表す。p<.01 は1%より低い確率であり,99 %以上の確率で,調査結果が有意であることを表している。)
表10 学校生活スキルと学校適応の相関係数(r)(中学生版)
学校適応
学校生活スキル
学習面 心理面 社会面 進路面 健康面
自己学習スキル 0.58** 0.04 0.32** 0.37** 0.13**
進路決定スキル 0.32** -0.03 0.38** 0.53** 0.04
集団活動スキル 0.40** 0.00 0.41** 0.33** 0.07**
コミュニケーションスキル 0.26** 0.01 0.46** 0.46** 0.03
相談スキル 0.26** -0.04 0.55** 0.39** 0.06
健康維持スキル 0.36** 0.11** 0.40** 0.41** 0.23**
*p <.05, **p <.01
表11 学校生活スキルと学校適応の相関係数(r)(高校生版)
学校適応
学校生活スキル
学習面 心理面 社会面 進路面 健康面
自己学習スキル 0.47** -0.03 0.20** 0.11* 0.05
進路決定スキル 0.29** -0.01 0.22** 0.36** 0.04
集団活動スキル 0.36** 0.05 0.23** 0.16** 0.12**
コミュニケーションスキル 0.07 -0.02 0.53** 0.34** -0.04
健康維持スキル 0.18** 0.01 0.29** 0.23** 0.17**
*p <.05, **p <.01
 以上の@〜Bの結果から,茨城県教育研修センター版「学校生活スキル尺度」(小学生・中学生・高校生版)は,ある程度の信頼性・妥当性を有していると考えられる。
(4) 「学校生活スキルトレーニング」の有効性の検討
 「学校生活スキル尺度」の項目を一つ取り上げ,研究協力員の所属する学校で「学校生活スキルトレーニング」を実践し,その有効性の検討を行った。
 まず,授業で取り上げたスキル項目を含む下位尺度のスキル項目について4件法で事前調査と事後調査を実施し,統計的な手続きにしたがって児童生徒の得点の変化を分析した。
 表12は,B高等学校における「自己学習スキル」に関する「プラス15分学習」のスキルトレーニングの事前・事後における得点を比較したものである。ここで,t値とは,差の検定に用いられる値で,平均の差が偶然に生じる誤差の何倍にあたるかを絶対値で表すものである。絶対値が大きいほど他の要因で変化したのではなく,トレーニングによって変化した確率が高いことを表す。表12で,数字の右上に**が付いている項目は99%の確率でトレーニングによって値が変化したといえることを表している。また,後述する「実践研究編」の事前・事後の調査結果で,*が付いている項目は95%の確率で,+が付いている項目は90%の確率で,授業によって学級全体のスキルの程度が変化したことを表している。
 表12では,トレーニングによって,焦点を当てたスキルに直接関連した項目だけでなく,自己学習に関するスキル全体にわたって得点が上がっていることが分かる。このことから,授業によって生徒の有能感や自信が高まったと考えられる。
 また,自由記述調査や教師のその後の観察による調査からも,有効性の検討を行った。「学習する意欲が変わった」等の感想や学習したスキルを生活に活かそうとした結果,学習時間が増え,積極的に自己学習する様子が見られた。
 これらのことから,B高等学校での「自己学習スキル」に関するスキルトレーニングの実践授業が有効であったと考えられる。
表12 事前・事後におけるスキル尺度による調査結果「自己学習スキル」
(B高等学校第3学年 34名 H15.7月実施)
自己学習スキル 事前 事後 t値
 宿題や予習・復習をやることができる
2.65 2.68 -0.23
 授業の資料や配布物の管理がきちんとできる
2.59 2.76 -1.29
 提出物を期日までに出すことができる
2.88 2.85 0.20
 試験の結果を学習に活かすことができる
2.00 2.47 -4.14**
 学校や塾で与えられたもの以外で,自分で探して勉強することができる
2.24 2.68 -3.27**
 試験前など,自分が実行できるような具体的な目標や計画を立てることができる
2.30 2.58 -1.47
 授業中分からないことがあったら,その場または授業の後先生に聞きに行くことができる
2.09 2.50 -3.42**
 自分の目標に照らして課題をもって学習に取り組むことができる
2.21 2.59 -3.02**
合計  18.97 21.12 -3.92**
 このようにして,スキルトレーニングの有効性を検討した。その結果,その他の学校での実践でも「実践研究編」に示したような結果が得られ,実際の行動も多少変容した。これらを総合するとスキルトレーニングは有効であったと考えられる。
(5) 調査研究からの考察
@ スキル尺度の項目について
 以上述べてきたように,(1),(2)の過程を通して,資料5〜7の茨城県教育研修センター版「学校生活スキル尺度」(小学生・中学生・高校生版)を作成した。(3)に述べたように信頼性・妥当性の検討の結果,「学校生活スキル尺度」はある程度の信頼性や妥当性を有しているといえる。しかし,小学生版の「将来について考えるスキル」の中に「心とからだをリラックスさせる方法がいくつか分かる」という健康面のスキルが含まれているなど,スキルの領域についての見直しが必要である。
A スキル尺度から見た児童生徒の実態
 資料2〜4で各スキル項目の平均点が高いスキルは,大部分の児童生徒がよくできていると自信をもっており,低い点数のスキルは何らかの援助が必要なところであると考えることができる。尺度項目の中には,平均点が3.5を越えるものがあった。全体的には,2.5以上の項目が多く,スキル項目について割とよくできているととらえることができる。しかし,「学校生活スキル尺度」は,児童生徒の自己評価であるため,自分の思いと実際にできていることとの間に差があると考えられる。自己評価で行う「学校生活スキル尺度」の限界ととらえ,教師や保護者による観察やスキル尺度によるチェック等,他者評価との併用を検討する必要がある。
B スキルトレーニングにおける学校生活スキル尺度の活用
 スキル尺度の項目に焦点を当て,スキルトレーニングを実施したが,事前・事後におけるスキル尺度の活用は,その有効性の検討に有効であると考えられる。
 また,個人のスキル尺度の得点の変化を検討することにより,得点がぐんと高くなった児童生徒やほとんど得点が伸びず,個別指導を要する児童生徒の発見にも役立つと考えられ,学校不適応の予防に利用できると考える。
 スキルトレーニングの授業後,教師が学校生活の中で折に触れて,学習したスキルを意識させていくことや,学級や個人で得点が伸びた項目についてフィードバックすることも児童生徒の自信やさらなる意欲付けにつながると考えられる。
C 学校生活適応のための学校生活スキル尺度の活用
 今回の研究では,質問紙による自己評定法を用いた。この方法は,一斉に学級の児童生徒の実態を把握できる利点がある。平均点の高低や個人差が明確になり,児童生徒が友達とうまくいっていないときに,どこに焦点を当てて対処能力を育成すればよいか等,学校生活適応のために,集団や個人にどのようなスキルが必要かを発見するのに役立つと考えられる。また,児童生徒が,友達との関係や自分の行動を振り返ることが可能となり,学校生活スキル尺度を意識して生活することは,行動変容にもつながると考えられる。学校生活によりよく適応するための指導・援助に,学校生活スキル尺度が活用できると考える。


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