D 中学校の実践2
   一次的援助サービスの方法
     ここでは,中学校第1学年の生徒を対象に,多角的・多面的に生徒を理解する「生徒再発見シート」の活用を通して,学校不適応行動を予防するための一次的援助サービスに取り組んだ。まず,配慮を要する生徒の多い学級を把握するために,生徒理解のための意識調査を実施した。次に,その学級の生徒理解を深めるために「生徒再発見シート」(表8)を用い,「学習面」や「心理・社会面」,「進路面」,「健康面」の四つの側面から生徒の学校生活状況の情報を収集した。その際学級担任は,保護者や心の教室相談員からも情報を得るようにした。また,教科担当者や部活動顧問などからも情報を収集して,多角的・多面的な生徒理解ができるよう配慮した。さらに,収集した情報を分析・検討するために援助チームを編成した。このチームは,生徒指導主事をはじめ,学年主任や学級担任など生徒にかかわりのある教師が中心となり,家庭と連携・協力を図り,校長・教頭に報告・連絡・相談をし指導を受けながら,第1学年の生徒に対する一次的援助サービスを進めていくものである。

 

   生徒理解のための意識調査と分析
   
 生徒の「学習面」,「心理・社会面」,「進路面」,「健康面」と「その他」について表9のように質問項目を作成し,生徒の意識調査を行った。生徒の意識調査の選択肢は,「とてもそう思う」(4点)から,「ややそう思う」(3点),「あまりそう思わない」(2点),「まったくそう思わない」(1点)とし,回答の平均値を算出した。質問項目A,B,G,I,Jは逆転項目である。
 「学習面」に関する項目からは,学年全体として学習には意欲的に取り組んでいるが,テストの成績が急に下がって心配している生徒や,授業の内容が分からず悩んでいる生徒がいることが分かる。質問項目1では,X組の平均値が他のクラスより少し低く,授業への意欲的な取り組みがやや低い。
 「心理・社会面」では,X組の生徒は,Y組やZ組の生徒と比べて質問項目5「家族とよく話をする。」の値が低く,家庭内の会話が少ないことが考えられる。またX組やY組の生徒は,Z組の生徒と比べて質問項目6「クラス内で,自分の気持ちを分かってくれる友達がいる。」の値が低く,クラス内に気持ちを分かり合える友達が少ないことが考えられる。
 「進路面」では,自分の得意なことをもっているが高校進学については1年生なりに悩んでいる生徒がいると考えられる。
 「健康面」では,質問項目Iの「頭痛や腹痛がするときがある」生徒が,Z組に比べてX組やY組に多いことが分かる。
 「その他」の質問項目Jの,「何となく学校に行きたくないことがある」生徒がY組やZ組と比較してX組に多いことが分かる。
 このように見てみると,それぞれの学級に気になる側面があるが,その中でもX組に学校不適応行動に陥る可能性のある生徒が多いことが浮かんできた。
 そこで,1年X組に対して,一次的援助サービスを実施することにした。
表9 生徒理解のための意識調査質問項目
学習面 1 学習に意欲的に取り組んでいる。
A テストの成績が急に下がって,心配である。
B 授業の内容が分からず,悩むことがある。
心理・
社会面
4 自分のことが好きである。
5 家族とよく話をする。
6 クラス内で,自分の気持ちを分かってくれる友達がいる。
進路面 7 得意なこと(学習面,運動面,趣味など)がある。
G 高校進学について悩んでいることがある。
健康面 9 朝食はきちんと食べている。
I 頭痛や腹痛がするときがある。
その他 J 何となく学校に行きたくないことがある。

 

   援助チームの編成
   
(ア)  援助チーム編成の理由
 1年X組の生徒の学校不適応状況を把握し,その状況を改善していくためには,1年X組の学級担任だけでは不十分である。そのためには,1年X組の生徒にかかわるすべての教師から生徒の情報を収集し,共通理解を図りながら生徒の指導・援助に当たることが必要であると考え,援助チームを編成することにした。
(イ)  チームリーダーの役割
 学年主任がチームリーダーとなり,援助チームを推進することにした。まず,チームリーダーが教務主任や生徒指導主事に援助チームの編成を提案し,賛同を得る。次に,チームリーダーは,学校長にそのことを相談して承認を得,教務主任とチーム会議の日時・場所を決定する。チームのメンバーについては,チームリーダーが決定する。
(ウ)  援助チームのメンバー
 援助チームのメンバーについては,最も生徒とかかわりの深い学級担任,学校の生活の場で主要な位置をしめている教科担当者,部活動顧問,その他に生徒の心身面の健康を援助する養護教諭,そして生徒指導主事や教育相談係,学年主任で編成することにした。
(エ)  「生徒再発見シート」の活用
 1年X組の生徒にかかわりのある教師がそれぞれに記入した内容を,チームリーダーである学年主任がとりまとめた。
 ここでは「学習面」や「心理・社会面」,「進路面」,「健康面」の四つの側面を,「生徒の特性・能力である自助資源」や「指導・援助が必要なところ」,「日ごろ行ってきた生徒への指導・援助とその結果」の三つの視点からとらえることにより,指導・援助が必要な側面だけでなく,生徒の特性や能力である自助資源にも目を向けられるようにした。
 このように1年X組生徒全員のシートを作成し,傾向を分析し,一次的援助サービスの方法について援助チームで検討することにした。

 

   「生徒再発見シート」から浮かび上がった特徴の分析・検討
 図10は,1年X組の全生徒について,「生徒再発見シート」の「指導・援助が必要なところ」の欄の「学習面」,「心理・社会面」,「進路面」,「健康面」のそれぞれの側面ごとに,教師が記入した数を数値化してグラフ化したものである。
 このグラフや,シートに記入された内容から,教師が一人一人の生徒に対してどの側面で指導・援助をする必要があると考えているかが明確になった。また,生徒に対する教師のとらえ方や,生徒の学校不適応状況の傾向として,次のようなことが見えてきた。
 四つの側面の中では,「学習面」や「心理・社会面」に関する記入が多く,「進路面」や「健康面」での記入は少ない。このことから教師は「学習面」や「心理・社会面」に注意を払っていることや,「進路面」や「健康面」にはあまり注意を払っていないことが分かる。しかし,前述の学校生活に関する意識調査(9月20日実施)では,生徒は「心理・社会面」や「健康面」での指導・援助も必要としている。教師は生徒のニーズに応えるためにも「進路面」や「健康面」も注意深く見ていく必要があると思われる。
 孤立しがちな生徒が多いこと(X―5,X−7,X―12,X―18,X―27,X―29)
 友達をからかう生徒が多いこと(X―2,X―14,X―21,X―25,X―26)
 友達にからかわれる生徒がいること(X―21,X―23)
 学習に集中できない生徒が多いこと(X―1,X―2,X―11,X―14,X―16,X―20,X―21,X―25,X―26,X―27,X―28)


図10 生徒の指導・援助が必要な面
(10.31実施 中学校教師13人)
 1年X組の実態から,よりよい人間関係をつくりたいと考え,構成的グループ・エンカウンターによるエクササイズを通して,一次的援助サービスを行うことにした。

 

   一次的援助サービスの実施
   
(ア)  一次的援助サービスの内容
 1年X組に対して,自分のよさに気付き,協力することの大切さを知り,幅広い人間関係づくりを目指す3種類のエクササイズを4回にわたって実施した。
 その際,エクササイズのねらいが達成できるように,配慮を要する生徒を「生徒再発見シート」の記入内容から事前に把握しておき,活動計画書に留意点として記入しておく。このことにより,教師が介入するときの視点が明確になった。

 表10 構成的グループ・エンカウンターよるエクササイズと留意点
(イ)  生徒の振り返りカードから
 SGE実施後の振り返りカードに書かれた生徒の感想を見てみると,「何でもバスケット」では,楽しい雰囲気の中で友達の新たな面を発見した生徒もおり他者理解が深まってきた様子が読みとれる。また,「新聞紙ジグソー」では,「男子と協力ができたみたいに感じた。」とか「他の人と交流ができたみたいに感じた。」という感想を書いた生徒が,25人中23人いた。生徒は,協力することの大切さや,新たな友達と交流できたことの喜びを感じたようである。さらに,「よいことメッセージ」では,友達からのメッセージを読んで,「うれしかった。自分のよいところが分かった。」など,自分を肯定的に受け止めている感想があった。また,「よいことメッセージD」の場面では,「いろんな人のいいところが分かった。」とか,「知らないうちにその人の良いところを見ていたんだと思った。」など,他者理解の深まりに関する感想が見られた。

表11 生徒の振り返りカードから
エクササイズ名 何でもバスケット 新聞紙ジグソー よいことメッセージ

生徒の感想
みんなと楽しめたのは,久しぶりです。すごくおもしろかった。
とても楽しくできた。友達のことが少し分かる遊びだと思った。
鬼になると何を言うか少し迷うけど,面白かったし,良かった。
クラスが楽しくなってきたことを感じた。
全然自分が思いつかないようなことを言う人もいて,とてもびっくりした。
とても楽しくできた。男子と協力ができたみたいに感じた。
仲間がいると,一人では時間のかかることが,短時間でできるのですごいと思った。
協力するっていいなーと思った。
とても楽しく,ほかの人との交流を深めることができた。
ふだんあまりしゃべらない人と相談できるゲームだと思った。
友達のよいところを書いているとき,あんな事やこんな事をしてもらったなーと思いながら書いた。
ふうとうを開けるとき,とてもワクワクドキドキした。
自分のよいところを読んだとき,ぼくってこんないいところがあるのかと思いました。
私のいいところをもっと伸ばしていきたいと思いました。

 

   一次的援助サービス実施前後の生徒の意識調査に関する比較と考察
     図11は,一次的援助サービスとしての構成的グループ・エンカウンターの実施前と実施後の1年X組の意識を比較したものである。
 ここでは,エクササイズによって変容が期待できると考えられる「心理・社会面」や「健康面」の四つの項目に絞って比較した。
 「心理・社会面」に関する質問項目4〜6では,すべての項目でわずかではあるが,平均値の伸びが見られた。「健康面」に関する質問10「頭痛や腹痛がするときがある」は最も高い伸び率を示した。これは,エクササイズによって学級内の雰囲気が和らぎ,生徒の緊張や不安が薄れ,以前よりも伸び伸びと生活できるようになったことが,一つの理由であると考えられる。

 

   チームメンバーの教師の主な感想
     援助チームに参加して活動した教師から以下のような感想が出された。

表12 教師のアンケート調査(平13.11.16実施 中学校教師13人)
分析結果から気付いたこと 生徒への接し方で変わったこと チームでの取り組みの利点
ある一面しか見ていないので,他教科の授業においては,生徒の違ったよさがあることが分かって良かった。
生徒一人一人を具体的に理解するのに役立つ。
一人の生徒に対して様々な角度から分析すると,新たな発見があって良かった。
気付いた点は似ていたが,教師によって生徒の見方が違うことが分かった。
受容的というか,寛容に接する事ができるようになった。
生徒に対し,目をかけ気をかけ声をかけが意識され,育てようという気持ちが強くなった。
生徒の意見を以前より聞くようになった。
生徒の良いところが分かったことにより,心に余裕ができた。
生徒を多方面から見られるから,なるべくたくさんの視点で見た方がよい。
具体的に理解でき,多様な支援の方法が可能になる。
指導の幅が広がり,一人一人に目を向けられる。
生徒が,担任以外にも頼れる窓口ができるのでよい。
生徒の見方が偏らなくてよい。

 

   まとめ
   
(ア)  「生徒再発見シート」を活用することによって,教師が一人一人の生徒を多角的・多面的に理解することができ,生徒理解が深まるとともに生徒のよさにも目を向けられるようになった。
(イ)  援助チームを編成して活動することは,潜在的な問題を抱えた学級に対して,早期に予防的な一次的援助サービスをすることができた。


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