【授業研究3】 高等学校化学TB「溶液の性質」において自ら論理的に考える過程を通して科学的な思考力を育てる指導の工夫
(1)  授業研究のねらい
 溶液の凝固点降下について,導入実験を行うことで生徒の意欲を引き出し,凝固点が何に影響を受けているか予想した上で実験を行う。得られた結果および他の班の結果から法則性を見つけ出し,自分の予想との比較や話し合いをする中で自分の考えを深めていく。このように論理的に考える過程を通して,科学的な思考力を育てる。その際,結果の予想を班で話し合い,発表の場を持たせることで,自分の考えを確認・修正し,課題をより正確に把握させ,主体的に取り組めるように促す。そして,班ごとに溶液及び測定数と濃度を決めさせることにより個別化をめざし,独自の検証実験として責任をもって取り組めるようにする。データをグラフに表すことによって溶液の濃度と凝固点の関係に気づかせる。さらにクラス全体でデータを共有することで凝固点降下に関する法則を導きださせる。
(2)  自ら論理的に考える過程を通して科学的な思考力を育てるための手だて
 実験への意欲を高める工夫
 導入実験として,水の凍る瞬間を観察させたりジュースを凍らせてアイス作りをすることで,生徒の興味・関心を高め,生徒が自ら主体的に実験に取り組むようにする。溶液が身近な材料でよく冷却できるように,寒剤は食用塩と氷水を使用し,マグネチックスターラーとかくはん子で十分寒剤をかくはんする。
 課題を把握させるための工夫
 身近な溶液(ブラックコーヒー(無糖),コーヒー(加糖),乳酸飲料(原液),乳酸飲料(希釈))の凝固点測定の実験結果から凝固点が何と関係しているか予想し,その理由を考え全体で意見交換をする中で,課題を明確にさせる。それを実験計画書に書くことで,全員がより正確に課題を把握し,意欲的に実験ができるようにする。
 課題を検証させるための工夫
 グルコース,スクロース,尿素の3種類の溶液から1つを選び,さらにそれぞれの溶液において,自分の班の予想を確認するための実験(測定数と濃度の設定)を組み立てることで,班独自の検証実験として取り組めるようにする。その際,実験時間を有効に使うために,0.1mol/kgごと,0.1〜1.0mol/kgまでの濃度の各溶液を準備する。
 実験結果を共有し法則性を導かせる工夫
 実験結果をまとめたグラフを各班ごとにOHP用紙に記入させ,クラス全体に提示することで情報を共有し,そのなかで思考の整理を促す。さらに,各班のグラフを重ね合わせることで,凝固点降下に関する法則を導かせる。
(3)  授業の実践
 単元名  溶液の性質(14時間扱い)
第1次 溶解と濃度(5時間)
第2次 希薄溶液の性質(7時間)
 沸点上昇  … 1時間
 凝固点降下  … 5時間(本時)
 浸透圧  … 1時間
第3次 コロイド溶液(2時間)
 「凝固点降下」の指導計画

(4)  授業の結果と考察
 実験への意欲を高める導入実験
 水の凍る瞬間を見る実験は,身近な現象でありながらほとんどの生徒は観察したことがなく,「神秘的だった」や「感動した」との感想が多くあった。また,ジュースを使ってアイス作りをする実験では,塩と氷水の寒剤だけで簡単にアイスが作れることに,生徒はおもしろさを感じていた。その後の実験も,測定がめんどうにも関わらず熱心に行っていたことから,生徒の意欲を高める効果が大きかった。

資料1 水の凍る瞬間の生徒のスケッチ
 課題を把握させるための活動
 冷却曲線から凝固点を求めることは生徒にとって難しい。資料2のように,過冷却から温度が上がって一定になった地点を凝固点とするように徹底させた。
 次に,糖などの濃度の差が大きい身近な溶液(ブラックコーヒー(無糖),コーヒー(加糖),乳酸飲料(原液),乳酸飲料(希釈))の凝固点がどうなるかを予想させた後,それぞれの凝固点を求める実験をした。
 予想と実験結果について発表させ,それをもとに凝固点は何に影響を受けているかを考えさせ,実験計画書に記入させた。全体で意見交換することにより自分の思考が整理され,生徒は全員,溶液の濃度が凝固点に関係していることに気づいてきた。また,比例関係まで予想する生徒も数名でてきた。最後の実験の目的も大部分の生徒が,溶液の濃度と凝固点の関係をあげるようになった。

資料2 生徒が書いた水の冷却曲線


資料3 生徒が測定した身近な溶液の凝固点
 課題を検証させるための活動
 実験計画書には,さらに溶液の濃度と凝固点の関係を明らかにするための条件を書かせた。実験の班ごとに,3種類の溶液から1種類を選び,さらに溶液の測定数と濃度の設定を自由に組み立てることで,班独自の検証実験として積極的に取り組むことができた。

資料4 生徒が測定した様々な溶液の凝固点のグラフ
 実験結果を共有し法則性を導かせる活動
 各班に,実験結果をまとめたグラフをOHP用紙に記入させ,全体に提示して実験結果を共有したり,各班のグラフを重ね合わせたりすることで,思考の整理を促した。溶質や測定数,濃度の設定が異なっても,溶媒(水)が共通であれば,グラフの傾き(モル凝固点降下)はほぼ一定であることが,視覚的に理解することができ,凝固点降下の法則を導き出すことができた。
 アンケートから
(ア)  実験への意欲を高める導入実験
 実験後に実施した記述アンケートにおいて,大部分の生徒が,導入実験によって実験に対する意欲が高まったと答えている。意識づけのために十分時間をとることの重要性を感じた。


生徒の実験の様子

(イ)  課題を把握させるための活動
 実験前よりも実験後の方が実験の目的をよく理解し,結果を予想し,実験操作を把握し,積極的に取り組んでいることが分かる。(項目1〜4)。これは,実験プリントに予想の欄を設け,それを発表させたり,実験計画書をたて,前の実験結果から法則性を予想したり,調べたいことを確認したりすることで,次の実験にプラスになったと感じている生徒が過半数に達していることからも分かる(項目8)。

図1 アンケートA(実験前,後のアンケート)(平成13年9月14日実施第2学年43人)

図2 アンケートB(実験後のアンケート)(平成13年9月14日実施第2学年43人)
(ウ)  課題を検証させるための活動
 項目4から積極的に取り組んだ生徒の割合が増えている。自分達で調べる溶液や濃度を決めることに約7割の生徒がよかった(項目9,10)と答えている。課題を検証する実験を自ら作ることの大切さが分かる。濃度の測定数の設定は,5カ所が約3割,4カ所が約3割,3カ所が約3割,2カ所が約1割となっていた。測定数が3カ所の生徒の意見として「調べる凝固点をもう少し多くした方がグラフの特徴をつかみやすいことが分かった」とあった。濃度の測定数を決めることにも意義を見いだせる。
(エ)  実験結果を共有し法則性を導かせる活動
 OHPや他の班の発表が自分の考えをまとめるのに役にたったと約8割の生徒が答えている(項目11)。主な意見として,「自分が考えていないことを聞けたことが参考になった」,「別々の溶液のグラフが重なったことが参考になった」などがあった。
(オ)  全体を通して
 手だてア〜エをふまえて実験を行った結果約9割近くの生徒が達成感を感じることができた(項目12)。問題にチャレンジにも約7割の生徒が意欲的に取り組み(項目13),約7割の生徒が理解したと答えている(項目14)ことから,他の班の結果を参考にしながら(項目6)自分達の実験結果より法則性を導き出し(項目5),それが自分達の予想と一致したことで理解が深まり,科学的な思考力が育成されたものと思われる。
(5)  授業研究の成果
 生徒に主体的に取り組ませるためには,生徒の興味・関心を高めておくことや事前に結果の予想をさせたり,他の考えと比較させたりして,十分に課題を把握させておくことが大切であることが明らかになった。
 実験させる溶液や濃度,測定数を各班に組み立てさせることで,各班が責任をもち,意欲的に検証実験を行うことができた。
 各班の結果をグラフ化させ,全体に共有させることで,結果を一般化させて法則性に気付かせることができた。
 ゆとりをもって,興味・関心を高める導入実験,測定方法を習得する実験,法則性を予想させる実験,法則性を検証する実験を取り入れることにより,生徒は無理なく法則性を導くことができ,一連の過程を通して科学的な思考力を育てられたと思われる。
(6)  今後の課題
 「溶液の性質」において自ら論理的に考える過程を通して科学的な思考力を育てる指導の工夫の研究を行った結果,次のような課題が残された。
 今回使用した以外の溶質,溶媒を使った実験の工夫
 実験において適切な測定方法,測定回数などまで生徒の発想が及ぶような指導の工夫
 生徒が思考を深められる討論を展開できるような表現力の育成の工夫


参考文献 「中等教育における科学実験と論理的思考力の育成との関連に関する調査研究」
(課題番号09480045,代表松原静郎)

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