【授業研究2】
  中学校第1学年
「合唱の楽しみ」において主体的に和声の豊かさや美しさを感じ取る合唱指導の在り方
 
(1)  授業研究のねらい
   合唱表現において,和声の豊かさや美しさを感じ取らせるためには,「豊かな響きをもった声」,「正確な音程」,「全体の響きの調和」の3点が重要である。さらに,歌詞の内容や曲想,声部の役割,旋律と和声,主旋律と他の声部の旋律との関わり,フレーズによる曲のまとまりや構成,音楽の諸要素と働き等も大切である。これらは,生徒が他とかかわり合う中で認め合い追究することから身に付けることができると考えた。
 本研究では,一人一人の思いやよさが生かせる活動の場や他と美しさを求め合う活動の場の設定をし,互いにかかわり合いながら取り組むことで,主体的に和声の豊かさや美しさを感じ取りながら活動できるようにしたいと考えた。
(2)  主体的に和声の豊かさや美しさを感じ取るための手だて
 学習追究プロセスの明確化
   主体的な学習を展開するためには,活動のプロセスを明確にし,生徒に学習の見通しをもたせたり課題をもたせたりしながら活動に取り組ませることが重要であると考える。教師は学習追究プロセスの段階的な内容を明確にし,生徒にその具体的な活動方法を明示する。第1段階は導入,第2段階は表現活動のための目標設定,第3段階は分析や統合をしながらの課題追究,第4段階は成果の発表と評価である。生徒には,この4段階を具体的な内容にした「活動マニュアル」を提示し,いつでも合唱活動が自分たちで進められるようにしておく。この追究プロセスを繰り返すことによって,生徒は主体的な活動をし,より高い目標を達成する意欲が生まれ,豊かで美しい表現を追究するようになると考える。
 多様な学習形態
   一人一人が効率的な学習をするために,活動内容に応じた多様な学習形態を工夫することが大切である。個人,ペア,グループ(種々の人数で),全体などの形態を,有機的に関連付けながら個を生かした主体的な活動ができるようにする。そのためには,生徒の実態を充分把握しておくことや活動内容のねらいを明確にもつことが大切である。そして,一人一人の考えや感じ方を生かしながら自分たちの表現追究を通して,合唱の豊かさや美しさを感じ取らせていきたい。
 表現と鑑賞の関連
   表現活動の中では,意図的に観点をもたせた鑑賞活動をさせる場をもつことが効果的であると考える。表現活動のみを深く追究するだけで終始することなく,表現のための鑑賞としてとらえた活動が大切である。そこで,範唱鑑賞,小グループ間の鑑賞による相互評価,録音による表現分析など,これらのことから自分たちの表現を客観的にとらえ,自らの力で主体的に課題解決していくことができるようにする。
 授業導入時の工夫
   初めての混声合唱活動をスムーズに進めるために,導入時に活動の見通しをもたせることや練習を主体的に進めさせる手だてが必要である。「活動マニュアル」で,活動全体を見通せるようにしたり発声練習を主体的に行うことができるようしたりする。授業導入時に個人の発声練習を充実させることは,和声の美しい響きをつくる基礎となり,合唱をつくり上げるための活動につなぐことができると考える。
 評価の具体的な達成規準の工夫
   生徒一人一人のよさを生かし,和声の豊かさや美しさを感じているかどうかを判断し支援するために,適切な評価をする必要がある。そのためには,関心・意欲・態度や音楽の感受などの数量的にとらえづらい観点について,その達成規準を具体的にし,活動プロセスごとのより適切な評価を行うことができるようにする。
(3)   授業の実践
 題材  合唱の楽しみ
 目標  全体の調和や和声の響きを感じながら,歌い方を工夫し表現することができる。
 学習の流れと評価(8時間取り扱い 本時は第6時)
  学習の流れと評価
 展開
  展開
(4)  授業の結果と考察
 指導者の学習追究プロセス明確化と生徒への活動マニュアル「エコービクス」の提示
   追究プロセスを明確にしたことは,指導者にとっても生徒にとっても活動全体の見通しをもつことができ,活動の焦点化を図ることができた。第1段階では,合唱への取り組みや歌唱活動の基礎を育てることができた。第2段階では,全体をとらえた課題想起が見られた。第3段階では,構成力,識別力,表現力,聴取力,関係把握力などを働かせながら,より豊かで美しい合唱になるよう主体的な追究活動が見られた。第4段階では,表現力,聴取力,理解力などを働かせながら相互評価や自己評価を行うことができ,より高い目標がもてるようになった。生徒は活動マニュアル「エコービクス」により,合唱活動の流れや内容を把握することができ,また,課題追究に主体的に取り組むことができた。
 多様な学習形態
(ア)  個人練習・ペア練習〈授業導入時,パート練習時〉
  個人の呼吸練習の様子  導入時に「エコービクス」を活用し,個人やペアで姿勢,発声の練習を行った。個人練習では,吸気の練習(腹に手をあて,上体を前に倒して息を吸う),呼気の練習(腹に手をあて,歯擦音で少しずつなめらかに息を出す)顔の前に薄い紙を持ち,紙に息を当てて均一な息個人の呼吸練習の様子の出し方を確かめる)を行った。ペア練習では,発声練習(互いに口径や腹筋,響きを意識した声の出し方を確かめ合う)を行った。これらの練習は「豊かな響きをもった声」をつくるのに有効であった。
(イ)  グループ練習〈授業導入時,パート練習時〉
   導入時にグループでカデンツ練習(T→W→T→X→T)を行い,互いに聴き合いながら音程やバランスを調整し,美しい和声の響きを感じ取ることができた。その際,フェイストレーニングで共鳴腔を開き,さらに遠くへ声をとばすことを意識させた。パート練習では,同じパート内でグループ分けをするなど,互いに聴き合える場を設定することによって「正確な音程」を意識し,確認することができた。
(ウ)  全体練習〈パート練習時,合唱練習時〉
   パートごとの発表や半分ずつの人数での合唱を聴き合い,互いのよさや問題点を話し合うことで,より客観的な観点で自分たちの合唱追究をすることができた。それらの活動から,美しい響きやバランス,和声感が育ち,主体的に和声の豊かさや美しさを感じ取ることができるようになってきた。
 範唱鑑賞や録音による表現と鑑賞の関連
   課題を見つけ表現の工夫をするために,パート別範唱CD鑑賞や他の生徒の合唱鑑賞を行った。生徒が必要なときに,パート別の範唱を聴くことができる再生装置を用意したコーナーを設置したことは,自分たちの声と範唱を比較することができ,主体的に課題解決する一助となった。また,小グループで活動させるときにも,このコーナーは効果的であった。合唱を録音することは,全体の響きの調和や個々の声質の調和を客観的に感じ取らせることができ,歌唱表現を工夫させるのに有効であった。その際,和声や音楽の諸要素に着目して鑑賞でき,それらを基に話し合いながら表現の工夫を積み重ねることができた。これらは,相互評価を基にした自己評価につながり美しさを感じさせる手だてとなった。
 授業導入時における発声練習の工夫
   生徒は活動マニュアル「エコービクス」により,活動開始と同時に,呼気,吸気,発声などの練習を始め,一人一人が豊かな響きをつくるための活動を主体的に行った。これは基本的な技能を身に付けるためにも効果があり,個人やペアでの基礎トレーニングやカデンツ練習で互いの声を聴き合い,和声の響きの美しさを感じ取れるようになっていった。
 評価の具体的な達成規準の具現化
   評価の観点とその達成規準について下表のように具体化することで,活動を段階的に評価することができ,一人一人の支援に生かすことができた。
表
  図抽出生徒A,Bの達成度の変化  抽出生徒2名の表現に関する達成度を検討してみた。Aは音楽が好きで努力する生徒,Bは音楽に興味が低い生徒である。観点は,@めあてがもてたか,A具体的な追究課題がもてたか,B表現を工夫しようとしたか,C友達と話し合ったか,D美しい発声,正しい音程か,E発表はよくできたか,の6つである。図はそれをレーダーチャートに表したものである。第2時(点線)に比べ,第6時(実線)の方が達成度が高くなった。その他の生徒についても,達成度を調べてみるとほぼ同様の向上が見られた。
(5)  授業研究の成果と課題
 生徒は,自分たちの歌声を録音や相互発表を通して客観的にとらえ,見通しをもつことにより,意欲的に取り組むことが分かった。客観的に音楽をとらえ,相互評価をすることで,課題解決活動をしながら主体的に和声の豊かさや美しさを感じ取ることができた。
 活動マニュアルによって合唱活動の進め方が身に付き,合唱の豊かな響きや美しさなどを体得させることができた。また,多様な学習形態の活用により生徒同士のコミュニケーションの活性化を図るとともに,個々の音楽表現のための試行錯誤の時間を多く取ることで,主体的に活動させることができた。
 追究プロセスを明確にし,それぞれの段階での評価の達成規準を具体化したことにより,表現の結果のみでなく各活動過程の評価も明確になった。しかし,数量的に図ることの難しい部分での評価の在り方については,指導者の音楽的力量やパーソナリティーに関わることとして今後の課題として取り組んでいきたい。

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