3.音楽科における自ら学び,自ら考える力を育てる学習指導に関する実態調査

 県内の公立小学校,中学校の児童生徒及び教師を対象として,児童生徒の音楽科学習に対する取り組みや,教師の学習指導に関する実態を調査し,その結果を分析した。
 
(1)  調査対象
ア 児童生徒 県内の小学校10校の第5学年,中学校12校の第2学年からそれぞれ1学級を対象とした。回答者数は小学校266人,中学校396人,計662人である。
イ 教師 無作為に抽出した県内の小学校100校,中学校100校から,小学校については第5学年の担当者1人,中学校については音楽担当者1人を対象とした。回答者数は小学校100人,中学校100人,計200人である。
(2)  実施時期 平成12年9月2日(土)から平成12年9月8日(金)まで
(3)  調査結果及び分析
   調査内容と結果は表1〜13に示す。なお,表中の数値は全て調査対象者数に対する回答者数の割合(%)である。表の中で調査の設問については,けい線で囲んで示した。そして,設問とその他の項目については,紙面の都合上,趣旨をそこなわない範囲で省略した表現になっている。
 
 児童生徒の実態調査の分析
(ア)  授業の楽しさ(表1)
 音楽の授業で「どんなときに楽しいと感じますか」の問いに対して,小学校では「イ 楽器を演奏しているとき」の回答率が38.7%である。これは,身体表現を中心にしたリズム創作や打楽器,鍵盤楽器,リコーダー等の楽器との出会いによって器楽に強い興味・関心をもつためと思われる。また,中学校では「ウ 曲を聴いているとき」が33.1%と高いが,歌唱や器楽の表現活動も楽しんでいることが分かる。
表1 授業の楽しさ(%)
 あなたは音楽の授業でどんなときに楽しいと感じますか。 児童生徒
小5 中2 全体
ア 歌を歌っているとき 24.4 29.9 27.7
イ 楽器を演奏しているとき 38.7 25.7 30.9
ウ 曲を聴いているとき 21.4 33.1 28.5
エ 歌と楽器で演奏しているとき 11.3 5.4 7.7
オ 自分の曲をつくっているとき 3.4 3.2 3.3
カ その他 0.8 2.7 1.9
 
 
(イ)  授業で学びたいこと(表2)
 授業で学びたいことについては,小学校と中学校では「ウ 楽器がじょうずに演奏できるようになりたい」と「イ じょうずに歌えるようになりたい」の順位は逆転しているが,いずれも上位で読譜力,創作とともに表現に関する技能習得を児童生徒は望んでいる。
 イ,ウが逆転している理由は,小学校では器楽において徐々に技能習得差が生じ,中学校では変声期や第二次性徴期の影響により,それぞれ器楽や歌唱の表現全体に苦手意識をもつ児童生徒が出てきているためと考えられる。
表2 授業で学びたいこと(%)
 授業でどのようなことができるようになりたいですか。 児童生徒
小5 中2 全体
ア 楽譜が読めるようになりたい 13.7 17.3 16.0
イ じょうずに歌いたい 24.9 28.0 26.9
ウ じょうずに楽器を演奏したい 44.2 25.5 32.4
エ 曲がつくれるようになりたい 9.9 15.0 13.1
オ 聴いた曲のよさがわかりたい 6.9 12.3 10.3
カ その他 0.4 2.0 1.4
 
 教師の実態調査の分析
 よさをとらえる方法(表3)
   児童生徒一人一人のよさをとらえる方法として重視している事項に注目してみると,「ア 関心・意欲・態度等の観察」の回答率が87.0%と圧倒的に高い。これまでの到達度重視の指導から,学習過程重視の指導への転換がうかがえるが,児童生徒のよさのとらえ方については教師の主観が強く表れる可能性が高い。
 今後は,児童生徒の自己・相互評価と教師の様々な観察の結果をどう生かすかが課題であると考える。
表3 よさをとらえる方法(%)
 一人一人のよさをどのような方法でとらえていますか。 児童生徒
小学 中学 全体
ア 関心・意欲・態度等の観察 85.0 89.0 87.0
イ 中間発表や発表のようす 9.0 5.0 7.0
ウ 児童生徒の自己評価 4.0 2.0 3.0
エ 児童生徒の相互評価 2.0 2.0 2.0
オ その他 0.0 2.0 1.0
 児童生徒と教師の共通事項での比較分析
   この調査の中で,教師と児童生徒や小学校と中学校等でデータを比較分析し,共通内容の事項でまとめてみた。
(ア)  歌唱について(表4,表5)
   歌唱についての問いで,児童生徒は「オ メロディーやリズムの特徴を大切にする」の回答率が25.9%と高く,「ア CDやテープを聴いて曲全体の雰囲気を大切にする」,「ウ 歌詞内容からのイメージを大切にする」,「エ 声のひびきの美しさを大切にする」が続き,表現,鑑賞,歌詞の内容と一人一人が様々な感性からのイメージをふくらませながら歌っていることが分かる。また,教師は小学校,中学校ともに,「ウ 歌詞の内容をとらえさせる」が57.5%と高く,心情面からイメージをとらえさせようとしていることが分かる。また,「ア CDやテープ等の範唱を聴かせる」が次に高く,鑑賞を関連させることにより,読譜力不足の補完や授業への意欲付け等の手だてとしているものと考えられる。
表4 歌唱について(%)
 歌唱の授業で何を大切に歌いますか。 児童生徒
小5 中2 全体
ア CDやテープを聴いて曲全体の雰囲気を大切にする 19.2 23.4 21.7
イ 曲名からもイメージを大切にする 16.5 11.2 13.3
ウ 歌詞内容からのイメージを大切にする 19.5 18.4 18.9
エ 声のひびきの美しさを大切にする 18.8 16.9 17.7
オ メロディーやリズムの特徴を大切にする 25.2 26.4 25.9
カ その他 0.8 3.7 2.5
表5 歌唱について(%)
 歌唱の授業でイメージをもちやすくするために,どのような指導をしていますか。 教師
小学 中学 全体
ア CDやテープ等の範唱を聴かせる 20.0 24.0 22.0
イ 曲名に注目させる 1.0 0.0 0.5
ウ 歌詞の内容をとらえさせる 57.0 58.0 57.5
エ 曲種に応じた発声を工夫させる 3.0 3.0 3.0
オ 旋律やリズムの特徴をとらえさせる 18.0 12.0 15.0
カ その他 1.0 3.0 2.0
 
 
(イ)  器楽について(表6,表7)
   児童生徒は「イ 出だしやバランス,強弱や速さを大切にする」の回答率が40.1%と高く,次に「ア 楽器の音色や音の出し方を大切にする」が続き,強弱や速度,音色等の構造的側面からイメージを感じていることが分かる。それに対して教師は,「エ 楽曲の響きや曲想を感じさせる」が37.5%,「オ グループ等でアイデアを出させる」が19.5%と続き,響きや曲想等の感性的側面からイメージをもたせたいと考えていることが分かる。
 児童生徒は,技能を習得することにより音楽表現の技能レベルを少しでも上げたいと考えているのに対して,教師は音楽の曲想,美しさ,豊かさといった様々な感性からイメージををとらえさせたいと考えており,教師の意図と児童生徒の取り組み方に差があることが分かる。
表6 器楽について(%)
 器楽の授業で何を大切に演奏してますか。 児童生徒
小5 中2 全体
ア 楽器の音色や音の出し方を大切にする 21.4 24.6 23.3
イ 出だしやバランス,強弱や速さを大切にする 44.4 37.2 40.1
ウ 気持ちを合わせることを大切にする 12.4 13.8 13.3
エ 曲の響きや感じを楽しみながら演奏する 13.2 12.1 12.5
オ 友達と話し合って出されたアイデアを大切にする 8.6 9.5 9.2
カ その他 0.0 2.8 1.7
表7 器楽について(%)
 器楽の授業でイメージを表現させるために,どのような指導をしていますか。 教師
小学 中学 全体
ア 楽器の音色や奏法の特徴を生かさせる 17.0 16.0 16.5
イ 出だしやバランス,強弱や速度等に気を付けさせる 14.0 14.0 14.0
ウ 気持ちを合わせて演奏させる 11.0 13.0 12.0
エ 楽曲の響きや曲想を感じさせる 36.0 39.0 37.5
オ グループ等でアイデアを出させる 22.0 17.2 19.5
カ その他 0.0 1.0 0.5
 
 
(ウ)  鑑賞について(表8,表9)
   小学校児童は「イ 強弱や速さの変化」の回答率が27.0%,中学校生徒は「エ 曲全体の感じ」が32.3%と高い。児童は具体的な強弱や速さの表現要素に着目し,生徒は表現要素を含んだ構造的側面と曲想等の感性的側面を包括的にとらえていると考えられ,発達段階による違いが表れているものと思われる。教師は小学校,中学校ともに「エ 曲全体の雰囲気をとらえさせる」が39.3%と高く,次に「オ 情景を具体的に想像させる」が続き,構造的側面よりも雰囲気を感じたり情景を想像するような感性的側面からイメージをとらえさせたいと考えていることが分かる。
表8 鑑賞について(%)
 鑑賞の授業で何に気を付けて聴いてい ますか。 児童生徒
小5 中2 全体
ア 声や楽器の特徴 17.1 12.2 14.1
イ 強弱や速さの変化 27.0 18.9 22.1
ウ メロディー 20.5 22.9 22.0
エ 曲全体の感じ 22.4 32.3 28.4
オ 景色や物語の想像 12.5 11.4 11.9
カ その他 0.4 2.2 1.5
表9 鑑賞について(%)
 鑑賞の授業でどの観点を重視して音楽を聴かせますか。 教師
小学 中学 全体
ア 楽器の音色や奏法の特徴に気を付けさせる 15.0 26.0 20.4
イ 出だしやバランス,強弱や速度等に気を付けさせる 1.0 0.0 0.5
ウ 旋律の動きや変化に気を付けさせる 10.0 6.3 8.2
エ 曲全体の雰囲気をとらえさせる 41.0 37.5 39.3
オ 情景を具体的に想像させる 32.0 27.1 29.6
カ その他 1.0 3.1 2.0
 
   こうしたことから,児童生徒は,まず強弱や速さなどの構造的側面からイメージをとらえる傾向がみられるが,音楽経験を積み重ねることにより,雰囲気を感じたり情景を想像したりする感性的側面を感じ取る能力が,徐々に高まってくるものと考えられる。教師は感性的側面からイメージををとらえさせたいと考えており,ここでも教師と児童生徒の取り組み方に差があることが分かる。
 
(エ)  創作について(表10,表11)
   小学校児童は「イ いろいろな楽器や身の回りの音を使う」の回答率が37.3%で高いが,中学校生徒は「エ 景色や物語を想像してつくる」が35.2%と高く,小学校と中学校では順位は異なるもののいずれも上位である。児童は効果音や音楽づくりで様々な楽器や自作楽器に触れているため器楽に興味・関心が強く,生徒は音楽経験や発達段階から,より具体的にイメージを感じながら音楽づくりをしているものと考えられる。
 教師は小学校,中学校ともに,「オ 情景や物語をイメージさせる」が高く,次に「エ 様々な楽器や身の回りの音素材を生かさせる」となっており,児童生徒が具体的にイメージをもち,抵抗なく創作活動に取り組めるように配慮している様子がうかがえる。
表10 創作について(%)
 「山」をテーマに音楽をつくるとしたらどのようにつくりますか。 児童生徒
小5 中2 全体
ア リズムやメロディーを工夫する 18.9 16.7 17.5
イ いろいろな楽器や身の回りの音を使う 37.3 21.9 27.5
ウ 友達と話し合いながらつくる 14.2 17.5 16.3
エ 景色や物語を想像してつくる 24.5 35.2 31.3
オ 何度でもやり直しながらつくる 5.2 7.6 6.7
カ その他 0.0 1.0 0.6
表11 創作について(%)
 「山」をテーマに音楽をつくらせるとしたらどんな手だてで活動させますか。 教師
小学 中学 全体
ア 試行錯誤の時間を十分にとる 10.0 11.0 10.5
イ アイデアを児童生徒同士十分に話し合わせる 18.0 13.0 15.5
ウ 絵譜や図形譜,楽譜等を活用する 9.0 11.0 10.0
エ 様々な楽器や身の回りの音素材を生かさせる 30.0 21.0 25.5
オ 情景や物語をイメージさせる 32.0 44.0 38.0
カ その他 1.0 0.0 0.5
 
(オ)  主体的な活動形態について(表12,表13)
   小学校児童は「ア クラス全体」,「イ 4人以上のグループ」,「ウ 2〜3人のグループ」の順に高く,中学校生徒はイ,ア,ウの順になっている。小学校においては,みんなで楽しく活動したり一斉指導に慣れていたりしており,また,中学校においては,生徒の発達段階から生徒同士がコミュニケーションをとりあいながら活動する状況がうかがえる。
 教師は小学校,中学校ともに「イ 4人以上のグループ」が過半数を超え,「ウ 2〜3人のグループ」を加えると,約90%の教師が主体的に活動させる手だてとしてグループ学習を行っていることが分かる。これまでの研究等からグループ学習の効果が周知されつつあるようだが,活用の場や方法を工夫しないと,一部の児童生徒のみによる活動の展開が行われてしまうことが懸念される。
表12 主体的な活動形態について(%)
 授業でどのように活動しているときが楽しいですか。 児童生徒
小5 中2 全体
ア クラス全体 36.9 35.5 36.0
イ 4人以上のグループ 32.2 35.8 34.4
ウ 2〜3人のグループ 27.9 20.4 23.2
エ 1人 3.0 7.1 5.6
オ その他 0.0 1.3 0.8
表13 主体的な活動形態について(%)
 主体的に活動させるとき,どのような形態で活動させますか。 児童生徒
小学 中学 全体
ア クラス全体 5.0 9.1 7.0
イ 4人以上のグループ 53.0 60.6 56.8
ウ 2〜3人のグループ 38.0 25.3 31.7
エ 1人 1.0 1.0 1.0
オ その他 3.0 4.0 3.5
   
(4)  実態調査のまとめ
   実態調査の結果,次のようなことが分かった。
 普段の授業の中で児童生徒は,友達との活動を楽しみながら,表現と鑑賞の様々な内容に興味・関心をもち,構造的側面である表現の技能を身に付けたいと考えている。
 教師は主体的な活動の手だてとしてグループ学習を活用し,表現・鑑賞活動において曲想,美しさ,豊かさ等の感性的側面からイメージをとらえさせたいと考えている。
 児童生徒一人一人のよさをとらえるために,教師は関心・意欲・態度等の学習過程の観察を重視している。

 

4.研究主題に迫るための手だて

 実態調査の結果を踏まえ,次の(1)〜(3)のような手だてを講じることにした。
(1)  音楽の豊かさや美しさを児童生徒に感じ取らせるために,発達段階を考慮した指導法の工夫や活動の場の工夫を図る。
(2)  主体的な活動を促すために,授業導入時の工夫を図り,児童生徒が楽しみながら自分が感じたことや考えたことを生かすことができる試行錯誤の時間を十分に確保する。
(3)  一人一人のよさを生かすために,教師の観察や児童生徒の自己評価・相互評価を活用することで児童生徒一人一人のよさをとらえる。そして,互いの表現を認め合える場の工夫を図る。


[目次へ]