【授業研究1】
  高等学校農業「環境保全」において生徒の豊かな発想と考察力で課題解決を図る学習指導の実践
 
(1)  授業研究のねらい
   近年の環境に対する意識の高まりは社会現象と言えるほどである。自然をありのままの姿で捉える環境と人間にとって心地よく人の手の入った環境の対比を通して,我々のとるべき道や行動する実践力の育成を目指している。
 「環境保全」は本校の農業土木科開設科目であるが,学年・学科を越えて自由に選択できるように設定された教科・科目であり,化学や工学に対する学力差は著しい。したがって,本来の耕地の保全といった工学的な内容のみならず,地球規模の環境から身の回りのゴミ問題まで生徒の興味・関心に応じて臨機に広い意味の環境をテーマに設定してきた。
 そこで,生徒達誰もが良く知っている校内の環境について問題点を発見し解決策を考える過程を通し,個々の発想や調べ学習によって得た知識を小グループの中で相談して,形のあるものにまとめあげて発表するといった,「自ら学び,自ら考える力を育てる学習指導」の授業研究を試みた。
(2)  生徒一人一人の豊かな発想や,自ら学ぶ意欲や学習態度を引き出すための手だて
   生徒の問題意識やイメージを膨らませる課題設定の工夫
     生徒達は,日頃の生活における学習環境に対して何らかの意見をもって生活している。これまで学習してきた環境について考えることが決して特別なことではなく,身近な生活の中にある日常の問題であることを気付かせたい。また,実際に生活しているイメージしやすい空間を設計することにより,生徒一人一人の独自の発想が提案されることが期待されることから校内環境デザインを課題として取り上げた。
   生徒一人一人の発想を引き出す工夫
     生徒一人一人が授業に参加し,豊かな想像力を喚起するために,少人数のグループ学習とする。また,現地踏査や課題の発掘の段階においても個人の意見を尊重し,問題点や意見を書き出し,共通するカテゴリーごとに集約し,ディスカッションを十分に行った上でグループごとのテーマとする。さらに,課題を解決するためのデザインには,テーマに沿った形でありながら個人の自由な発想を取り入れ,環境をどのような方針で取り扱うのか明確にするように指示する。
   生徒一人一人が授業に参加するための工夫
     学年・学科を越えた選択科目であるため,生徒の興味・関心や学習しているカリキュラムに差があり,個人差が大きい集団といえる。また,代表の生徒に任せて,その他の生徒は傍観者になりがちである。そこで,生徒達誰もが参加できるよう複数の手順を同時展開し,特に,デザイン画を作成することなどから,生徒一人一人が自分の得意とする分野で授業に参加することを目指す。
   表現力を高める工夫
     生徒が頭の中に思い描いている漠然としたアイデアを明らかにするために作図を取り入れ,そこに至る過程をまとめた表とともに発表の機会において,各グループの学習の成果をお互いに確認し評価できる時間を設ける。また,発表時には話し合った観点を明らかにして解決策に選んだテーマがよく分かるように指導する。
(3)  授業の実践
 
教科・科目
農業・環境保全 全日制講座選択生徒25人
(単位数  2単位)
日時・場所 平成12年10月25日(水) 4時間目  生活科学科2年教室
単 元 名 環境デザイン
単元設定の
理    由
 この講座の授業は,学年・学科を越えて自由に選択するので,化学や工学の学力の差は著しい。そこで,身の回りの校内の環境を考えることで基本的な環境を学び,ランドスケープデザインの作業を通して工業や造園技術の基礎を習得することをめざして,この単元を設定した。
目    標
(1) 環境保全の持つ意味を理解することができる。
 人の手の入らない環境 ビオトープ
 人が心地よい環境 ミチゲイション
(景観  ランドスケープ)
(2) 基礎的な造園・設計技術の習得ができる。
(3) 総合的な調べ学習や発表する能力が育成される。
(4) 社会生活に環境デザインを応用する態度を養うことができる。
指導計画
地球環境 12時間取り扱い
天然資源とエネルギー 12時間取り扱い
環境デザイン実習 12時間取り扱い
 校内環境デザインの概要 2時間
 校内環境デザインの現況の問題点を把握
(現地踏査) 4時間
 課題の発掘・整理・解決法(ディスカッション) 4時間
 グループ発表・講評 1/2本時
身の回りの環境問題(水質・汚水・ゴミ問題等) 34時間取り扱い
生徒の実態  農業土木科7人,農業科1人,園芸科1人,生活科学科11人,食品化学科5人といった多彩な生徒が学んでいる。ディスカッションしたり発表するような総合力が未熟な生徒がいるので,グループ分けには注意が必要である。
  実践
(4)  授業の結果と考察
   生徒の問題意識やイメージを膨らませる工夫
    (ア)  今回取り上げた校内環境デザインは,環境問題が身近な問題であり,この問題を把握することから日常の生活様式が変化することを狙った。結果として,あまり専門的な予備知識が無くても話し合いが深まった。
    (イ)  フィールドワークとして,現地踏査と屋上からの土地利用の実態を見て,広大な敷地や緑が多すぎる上に無計画であると,日常とは違った視点から実感として,校内環境を捉えることができた。
    (ウ)  生徒一人一人が問題点を思いつくままに書きとめ,その中の同じような問題点をグループ化していく中で適切なテーマを絞り込み,解決策を考えることができた。
    (エ)  環境を取り扱う上で,手つかずのありのままの自然(ビオトープ)と人の手が入った人が心地よい自然(ミチゲイション)の具体例を示し,イメージを膨らませる効果があった。
   生徒一人一人が参加する工夫
     小グループにしたために,多少の雑談はあったものの話し合いがスムーズであった。また,デザイン画にはA0判の大きな用紙を用い,各自の得意な部分を協力して担当することとなった。
   表現力を高める工夫
     問題点をまとめながら,テーマと解決法を見いだしていく過程を1枚の用紙に整理する論理的な表現方法がとられた。
 テーマにあった設計図をデザイン画にまとめ,想像力と視覚的な表現力を高めることができた。
 発表会において,他の班の生徒に分かるように説明する説得力を伸ばし,聞く態度を高めることができた。
   協調して班の主張を築くための工夫
     一人一人が集めてきた問題点を同じカテゴリー同士のグループにくくる中で,他人の着眼点を意識することとなった。また,解決策を模索する中で,他の生徒の意見を理解しながら班としての主張を協調してまとめていく総合的な能力を高めることができた。
   
ディスカッションの様子 デザイン画の作成
ディスカッションの様子 デザイン画の作成
発表会の様子 課題発掘の拠点
発表会の様子 課題発掘の拠点
(駐車場脇の未利用地)
(5)  授業研究の成果と課題
   研究の成果
    (ア)  生徒達の生活の場である校内といった身近な題材を取り上げたうえ,グループ学習形態を採用した「授業計画の工夫」が,生徒一人一人の意見を導き出す効果をもたらした。
    (イ)  通常の知識を与える一斉授業ではなく,環境問題を論理的に考慮しながらも答えを特定できないデザイン作業にしてまとめる「特色ある学習形態」により,生徒が主体的に授業に参加し,「見る・聞く・話す」要素のある授業となった。
    (ウ)  教室を出て直接フィールドにおいて情報収集したこと,デザイン画を生徒が独自に作ったこと,グループ毎に特徴を把握した上で適切なアドバイスができたことにより,生徒の学習意欲が高まった。また,「自分達の描いた学校が実現できたら楽しいのに」といった声もあがって生徒達の熱意が感じられた。
    (エ)  グループ内の友達同士でディスカッションすることで効果的な問題解決が図られ,仮説を立てて他の生徒に分かるような発表を考えることから,自ら学び,自ら考える力を育成する本来の目的を達成することができた。
   今後の課題
    (ア)  校内デザインを施した設計図を生徒一人一人に手渡せる形で残したり,モデル制作や一部でも庭園として残せないか検討する必要がある。
    (イ)  調べ学習において,図書館やインターネットの活用などが図られれば,より内容の深い個性的なものになるので検討が必要である。
    (ウ)  生徒達は独自の発想で様々な施設を盛り込んだが,学校の役割やふさわしいものを考えさせ理想像に迫る指導や,発表後に公園や他の学校にどのような具体例があって,なぜそのような形になったかを検証し考えさせる学習も必要だった。
 また,途中で手つかずの自然の環境から人工的な環境に切り替えた班があったが,その切り替えた理由も検証するとなお効果的であった。
    (エ)  学習の評価については発表の様子や提出物による評価だけでは不十分でなかったか。自ら学ぶ意欲や学習態度を採点するカードを準備することや生徒が自己評価を行ったり問題点提示量や情報収集量を評価する手だてを講ずるべきだった。


[農業・工業・商業科目次]