はじめに |
教育課程審議会答申(平成10年7月)の冒頭で子ども観及び教育観について「教育は、子どもたちが、幼児期から思春期を経て、自我を形成し、自らの個性を伸張・開花させながら発達を遂げていく過程を扶ける営みである。」と述べられている。これは,子どもの主体性を尊重した教育の実現が今まで以上に求めてられていることを示している。算数・数学の学習では,特に,「(児童生徒の)活動」の重視とその動因としての「(児童生徒にとっての)楽しさ」が強調されている。この基調を受けて答申の算数・数学科の改善の基本方針では,「学ぶことの楽しさ」や「自ら課題を見つけ、主体的に問題を解決する活動」などが述べられ,「活動」や「楽しさ」が新しい学習指導要領における教科目標の特徴を示している。そこで,本年度は,「算数的活動・数学的活動の楽しさを味わう算数・数学科学習の指導の在り方」と研究主題を設定し研究することにした。 |
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1 |
研究のねらい |
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算数・数学の問題解決学習において,「客観的に数学の事象をとらえられるように,作業的・体験的な活動や操作的な活動など『外的な活動』を学習に位置付けたり,活動の内容を工夫したりすれば,児童生徒は関心・意欲を高め,多面的な見方や考え方で問題解決の糸口がとらえられるのではないか。」, 「外的な活動を基にした多面的な見方や考え方について話し合えば,数学的な考え方(帰納的な考え方,類推的な考え方や演繹的な考え方など)にかかわる『内的な活動』が充実し,直観力や論理的な思考力をよりよく育て,算数・数学の楽しさやよさを実感できるようになるのではないか。」の二つの研究の視点を設定した。その上で自ら学び,自ら考える力を育てる学習指導についての実態調査を踏まえながら,「算数的活動・数学的活動の楽しさを味わう算数・数学科学習の指導の在り方」における学習過程や学習指導について究明する。 |
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2 |
研究主題に関する基本的な考え方 |
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(1) |
研究主題と学習指導要領との関係 |
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小学校,中学校新学習指導要領について見ると,算数,数学それぞれの第3節第1目標に「数量や図形についての算数的活動を通して」,「活動の楽しさや数学的な見方や考え方のよさに気付き」,「数学的活動の楽しさ,数学的な見方や考え方のよさを知り」とあり,現行の指導要領算数・数学科の目標にはない「楽しさ」という文言を加え,新指導要領の特徴を示している。また,高等学校の目標では,小学校,中学校の「活動の楽しさ」に対応する内容として「活動を通して創造性の基礎を培う」が示されている。
算数的活動では,「算数的活動には,算数の学習を,児童の身近な楽しいものであり,自分たちでつくることのできるものであり,さらに充実感・満足感を味わったり,美しさなどに感動したりできるようにしたいという願いがこめられている。」と記されている。また,数学的活動では,「単に面白い,楽しければよいという意味ではなく,活動を通した『数学を学ぶこと』の楽しさということを意図している。」と記されている。
このことを算数・数学の学習活動の中で考えると,児童生徒が「算数・数学的活動」を基にしながら,課題意識を高め,意欲をもって問題解決の手掛かりを追求し,問いを発し,予想を立て,実験をし,論理的に考えるなど,児童生徒中心に「算数・数学を創造する」ことが可能となり,算数・数学的活動の外的・内的活動を通して「楽しさ」 を感得できると考える。
しかし,指導要領の視点に沿った「算数・数学的活動」については,これからの課題であり,指導方法や指導過程について実践的に考えていく必要性を感じている。 |
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3 |
算数・数学科における「算数的・数学的活動の楽しさ」に関する実態調査 |
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県内の小学校,中学校及び高等学校の児童生徒及び教師を対象として,算数・数学科の「算数的・数学的活動の楽しさ」に関する学習指導について実態調査を実施した。 |
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(1) |
調査対象 |
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ア |
児童生徒 |
…… |
校種別に学校規模や地域性を考慮して,調査校を抽出した。抽出した小学校の児童数は237人で県内全小学校児童数の0.1%,中学校の生徒数は419人で県内全中学校の生徒数の 0.4%,高等学校の生徒数は357人で県内全高等学校生徒数の0.4%である。 |
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イ |
教 師 |
…… |
児童生徒の調査対象として抽出した小学校,中学校及び高等学校の算数・数学担当者を対象とした。抽出した小学校の教師数は99人で県内全小学校教師数の 0.8%,中学校の教師数は52人で県内全中学校教師数の0.8%高等学校の教師数は60人で全高等学校教師数の1.1%である。
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(2) |
実施時期 平成12年7月10日から7月18日まで |
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(3) |
集計結果の分析と考察 |
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- 算数・数学学習に関する調査項目数は,教師と児童生徒に対してそれぞれ5項目とした。
- 児童生徒及び教師への質問内容は同一のものを考えた。
- 調査項目ア〜エについての質問を枠内に示し,その結果を表1〜5に示した。
- 表中の数値は各問毎の回答者数に対する回答数の割合(%)である。
【以下,質問内容の抜粋と集計結果の分析と考察を掲載】 |
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ア |
数学的活動の経験について(小学生,高校生及び教師用の質問は省略) |
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あなたは,数学の授業でどのような学習活動をしてきましたか。主なものをア〜ケの中から二つまで選んで回答欄に記入してください。(中学生用) |
ア 手や身体を使って,数学にかかわる具体的なものを作るなどの活動。
イ 教室の内外において,各自が実際に体験する活動。
ウ 身の回りにある具体物や教具を用いた活動。
エ 実態調査や数量などを調査・観察する活動。
オ 数量や図形の性質や解決方法などを見つけたりつくり出したりする活動。
カ 学習した内容を,さらに発展させて考える活動。
キ 学習したことを,様々な場面に応用する活動。
ク 数学のいろいろな知識,あるいは数学や様々な学習で得た知識などを総合的に用いる活動。
ケ その他 |
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各学校種ごとに「どのような算数的・数学的活動を経験してきたか」について調査した。
小学校児童では,ウ「身の回りにある具体物や教具を用いた活動」やオ「数量や図形の性質や解決方法などを見つけたり作り出したりする活動」が,40%以上と高くア「手や身体を使って,数学にかかわる具体的なものを作るなどの活動」が続き 40%に迫ってる。中学校生徒では,ウ「身の回りにある具体物や教具数を用いた活動」の値が高く,40%を越えている。続いて,ア「手や身体を使って,数学にかかわる具体的なものを作るなどの活動」キ「学習したことを,様々な場面に応用する活動」,オ「数量や図形の性質や解決方法などを見つけたりつくり出したりする活動」となっている。高等学校生徒では,カ「学習した内容をさらに発展させて考える活動」が30%と高く,ウ・オが27.5%と続き,キ「学習したことを様々な場面に応用する活動」,ク「数学のいろいろな知識,あるいは数学や様々な学習で得た知識などを総合的に用いる活動」等の割合が高く,数学を発展的・応用的・総合的にとらえ,活用することに意識が向いていることが分かる。小学校教師では,ウの76.8%が特徴を示しているが,児童と同じようにオ・イ等も比較的高い数値を示している。中学校教師では,ウの71.2%が高く,続いてオも46.2%と高い数値を示している。高等学校教師では,カ「学習した内容を,さらに発展させて考える活動」の43.3%が高く,オ「数量や図形の性質や解決方法などを見つけたり作り出したりする活動」も高い数値を示している。
これらのことから,小学校では,問題解決のための外的活動を多く取り入れ,解決方法を見つけ出したり作り出したりして,思考活動などの内的な活動へと結びつけようとしていることが分かる。中学校では,ア・ウ・オについては,小学校と同様の傾向を示すが,さらに発展させて,身に付けた学習を活用したり応用したりしている実態がとらえられる。また,高等学校では,中学校と同じ傾向を示しているが,内的な活動をさらに発展させようとする意図が分かる。 |
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イ |
実際にやってみたい数学的活動(小学生,高校生及び教師用の質問は省略) |
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あなたは,(1)の数学の学習活動の中で,どのような活動を試みようと思いますか。(1)のア〜ケの中から一つ選んで下さい。また,その理由を下記のa〜hから選んで,回答欄に記入してください。
- 生徒が中心となり,自分たちでつくる学習になると思うから。
- 楽しい学習になると思うから。
- わかりやすい学習になると思う。
- 充実感や満足感が有り,感動の残る学習になると思うから。
- 数学を日常生活や自然現象と結びつけて学習できると思うから。
- 数学を自ら創ったり発展させたりすることができると思うから
- 数学を他教科にも関連させたり応用させたりできると思うから。
- その他
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次に,「実際にやってみたい活動」について調査した。
小学校児童では,ア「手や身体を使って,数学にかかわる具体的なものを作るなどの活動22.8%,イ「 教室の内外において,各自が実際に体験する活動」19% 等の数値が高く,作業的・体験的な活動を期待している。中学校高等学校生徒でも,小学校児童と同じ傾向にある。
また,小学校教師は,カ「様々な場面に応用する活動」,ク「数学のいろいろな知識,あるいは数学や様々な学習で得た知識などを総合的に用いる活動」に相対的に数値が高く,児童とは,異なる傾向を示している中学校教師はる活動」,イ「教室の内あるいは数学や様々な決学習における一連の等を重視しようとしている意図が読みとれる。高等学校教師では,クの割合が比較的多く,発展・応用・総合的に数学的な活動を用いようとする意図がとらえられる。
調査イ「やってみた学校,中学校,高等学「やってみたい活動」で示した理由を調査ウ「やってみたい理由」として示した。小学校,中学校,高等学校の児童生徒は,b「楽しい学習になると思うから」,c「わかりやすい学習になると思う」を挙げている。小学校教師は,e「数学を日常生活や自然現象と結びつけて学習できると思うから」36.4%と数値が高く,続いてa「生徒が中心となり,自分たちでつくる学習になると思うから」を挙げている。中学校教師は,e「数学を日常生活や自然現象と結びつけて学習できると思うから」,a「生徒が中心となり,自分たちでつくる学習になると思うから」,d「充実感や満足感が有り,感動の残る学習になると思うから」など20 %より高い数値を示している。高等学校教師では,g「数学を他教科にも関連させたり応用させたりできると思うから」の数値が高く,数学を応用することなどの視点に立って授業づくりを考えている。
これらのことから,小学校,中学校,高等学校の児童・生徒は,算数・数学の授業の中で,作業的・体験的活動をしたいと思い,算数・数学的活動を通して,「授業が分かりやすくなること」,「授業が楽しくなること」を期待していることが分かる。教師は,算数的・数学的活動を「数学のいろいろな知識,あるいは数学や様々な学習で得た知識などを総合的に用いる活動」, 「学習した内容をさらに発展させて考える活動」,「学習したことを考え様々な場面に応用する活動」などに用いたいと考えいる。この中で小学校教師は,算数・数学が日常生活や自然現象などと結びついていることを理解させたいと考えていて,高等学校教師は,数学の有用性を理解させたいと考えていること,などの特徴を示している。 |
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ウ |
数学的活動の実際(小学生,高校生及び教師用の質問は省略) |
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下のような課題を学習するとき,どのような数学的活動をしたいですか。あなたの考えにもっとも近いものを一つ選んで回答欄に記入してください。 |
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ア 手や身体を使って,数学にかかわる具体的なものを作るなどの活動。
イ 教室の内外において,各自が実際に体験する活動。
ウ 身の回りにある具体物や教具を用いた活動。
エ 実態調査や数量などを調査・観察する活動。
オ 数量や図形の性質や解決方法などを見つけたりつくり出したりする活動。
カ 学習した内容を,さらに発展させて考える活動。
キ 学習したことを,様々な場面に応用する活動。
ク 数学のいろいろな知識,あるいは数学や様々な学習で得た知識などを総合的に用いる活動。
ケ その他 |
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具体的な問題の中で,「数学的活動の実際」を調│表4 数学的活動の実際について(単位%)調査した。小学校児童は,ア「具体物を使ったり,図を書いたりして,方針を見つけようとする活動」を 60%以上回答している。中学校高等学校生徒も45%以上アの回答をしている。小学校,中学校・高等学校教師は,アについて30%以上回答しているがイ「図や表を利用して,きまりを見つけようとする活動」について40%以上の教師が回答している。また,中学校,高等学校の教師は,ウ「関係をことばで説明したり公式に表したりして,さらに発展的に考えようとする活動」について 20%程度期待を示している。
このことから児童生徒は,「具体物を使ったり,図を書いたりして,方針を見つけようとする活動」,「図や表を利用して,きまりを見つけようとする活動」をしようとする意識が感じられ,教師もア・イを期待していることが分かる。さらに,教師は,形式化して,発展的に問題を考えてほしいという期待が感じられる。 |
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エ |
数学と学習環境について(小学生,高校生及び教師用の質問は省略) |
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あなたは,数学の学習を楽しくするためにどのような環境で学習を行うことがよいと考えていますか。 あなたの考えにもっとも近いものを二つ選び,その記号を回答欄に記入してください。 |
ア 机上で,1人じっくり問題解決する場面が多い。
イ コンピュータなどを操作して,1人で考える。
ウ グループで活動したり,話し合ったりする場面が多い。
エ 1人の先生よりも,2人以上の先生がいて,質問や疑問にすぐに答えてくれる。
オ 先生がプリントなどを用意して,自分にあった問題を選択し,自分なりに解決する。
カ 自分で問題や課題をつくり,自分なりに解決する。
キ その他 |
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算数・数学の学習では,「どのような学習環境(指導形態・指導方法・学習道具等)を期待し ているか」について調査した。
小学校児童では,ウ「グループで活動したり,話し合ったりする場面が多い」について,63.7% オ「先生がプリントなどを用意して自分にあった問題を選択し,自分なりに解決する」について35.4%,エ「1人の先生よりも,2人以上の先生がいて,質問や疑問にすぐに答えてくれる」について29.5%イ「コンピュータなどを操作して1人で考える」27.4%と回答している。中学校生徒では,小学校児童と同じようにウ,オ,イの順に数値が高く,その他,ア「机上で,1人じっくり問題解決する場面が多い」について26% 回答している。高等学校生。小学校教師では,エ「1人の先生よりも,2人以上の先生がいて,質問や疑問にすぐに答えてくれる」について80 %を回答し,ウ「グループで活動したり,話し合ったりする場面が多い」について60 %が回答している。また,中学校,高等学校教師も,60 %以上の高い数値を回答している。
これらのことから,児童生徒は,ウ「グループで活動したり,話し合ったりする場面が多い」学習形態を特に期待していて,オ「先生がプリントなどを用意して,自分にあった問題を選択し,自分なりに解決する」などの自分なりにコース選択できる授業を期待している。また,割合は下がるが,イ「コンピュータなどを操作して,1人で考える」,エ「1人の先生よりも,2人以上の先生がいて,質問や疑問にすぐに答えてくれる」など,コンピュータやティームティーチング(以下,T・T)の学習方法にも期待していることが分かる。教師は,どの学校種でも,ウ,エのグループを取り入れた学習形態やT・Tを取り入れた学習方法を考えることがよりよい学習環境を作ると考えているようである。 |
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調査のまとめ |
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この調査から,次のことが明らかになった。 |
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ア |
各学校種ごとに,「どのような算数的・数学的活動を経験してきたか」についてみると小学校では,問題解決のための外的活動「具体物や教具を用いた活動」,「性質や解決方法などを見つけたり作り出したりする活動」や「手や身体を使って,数学にかかわる具体的なものを作るなどの活動」を多く取り入れ,道具を活用して,解決方法を見つけだしたり作り出したりして,問題解決のために数学的な関係を理解し,内的な活動へと結びつけようとしていることが分かった。中学校では,小学校と同様の傾向を示すが,さらに,小学校などの学習に付け加えて,より発展させて身に付けた学習を活用したり応用したりしていることが分かった。また,高等学校では,中学校と同じ傾向を示しているが,内的な活動をさらに発展させようとすることが分かった。 |
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イ |
「実際にやってみたい活動」について,小学校,中学校,高等学校の児童・生徒は,算数・数学の授業の中で,作業的・体験的活動や操作的活動などをしたいと考えていて算数・数学的活動を通して,「授業が分かりやすくなること」,「授業が楽しくなること」を期待していることが分かった。
また,教師は,算数的・数学的活動を「数学のいろいろな知識,あるいは数学や様々な学習で得た知識などを総合的に用いる活動」,「学習した内容をさらに発展させて考える活動」,「学習したことを考え様々な場面に応用する活動」などに用いたいと考えていることが分かった。特に,小学校教師は,算数・数学が日常生活やの自然現象などと結びついていることを理解させたいと考えていて,高等学校教師は,数学の有用性を理解させたいと考えていることなどが分かった。 |
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ウ |
「数学的活動の実際」について,児童生徒は,「具体物を使ったり,図を書いたりして,方針を見つけようとする活動」,「図や表を利用して,きまりを見つけようとする活動」をしようとする意識が感じられ,また,教師も同様に期待していることが分かった。さらに,教師は形式化して,発展的に問題を考えて,数学的な考え方を普遍化・一般化しようとする意図をもっていることが分かった。 |
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エ |
「どのような学習環境(指導形態・指導方法・学習道具等)を期待しているか」について,児童生徒は,「グループ活動」を取り入れた学習形態を期待していて,「課題プリントなどの選択」から,自分なりに選択できる授業を期待していることが分かった。また,「コンピュータなどの操作」や「T・T」などの学習方法や形態にも期待していることが分かった。
教師は,どの学校種でも,グループを取り入れた学習形態やT・Tを取り入れた学習方 法を考えることが,よりよい学習環境を作ると考えていることが分かった。 |