【授業研究1】
   小学校第5学年「自分の立場や考えをはっきりさせて話し合おう −20XX年地球会議ー」
 
(1)  授業の構想
   本研究の主題である「主体的に表現する力」は,「表現すべき事柄,場,意図,相手などに応じて自ら積極的に表現行動を起こすこと,端的に言えば意欲(情意的な力)」,「理解や思考をもとに,相手意識や目的意識を明確にしながら,自分の思いや考えを適切な言葉でまとめ,相手に正しく伝わるように表現する技能」の二つの力が統合されたものと考える。「話すこと・聞くこと」の領域で主体的に表現する活動を考えた場合,一方的に表現するのではなく,伝え合うことにより言語主体が変容していくことが望ましい。つまり,@自分の考えをもつ A自分の考えを的確に話したり,相手の考えをつかみながら聞く(伝え合う)B伝 え合うことで,自他の共通性,異質性を認めながら新たな考えを生み出していく,という一連の言語活動の中で,主体的に表現する力が養われるものと考える。
 授業の構想にあたって,児童の実態を見ると,論理的に話す力や他の考えを自分の考えと比べて聞く力が弱く,話合いに深まりや広がりをもてないでいる。そこで,上記@〜Bの活動を通して主体的に表現する力を育成したいと考えた。「20XX年地球会議」という架空の会議を通して上記@〜Bの活動を行うことにより,想像力をはたらかせて自由な思考をする中から豊かな表現内容を獲得し,それを論理的に表現することができるのではないかと考えた。また,相手意識や目的意識等の言語意識を明確にもって活動することにより,表現意欲を喚起するとともに,伝え合う力を高めることができると考えた。
(2)  指導の手だて
   設定及び活動構成の工夫
    (ア)  想像しうる未来の架空の会議という設定により,想像力をはたらかせた自由な思考のもとに表現内容を豊かにすることができるようにする。
    (イ)  子ども,男性,女性,お年寄り,病気の人や障害のある人という様々な立場から考え,話し合うことにより,思考の幅を広げたり,相手意識を明確にもつことができるようにする。
    (ウ)  地下派,移住派という決められた立場で話し合うことで,相手を説得するための根拠を考え,論理的に表現することができるようにする。この話合いを通して自他の立場や考えの異なる点や共通する点をとらえ,互いの立場や考えを尊重しながら新しい自分の考えをもつことができるようにする。次に,自分の考える立場で話し合うことにより,話し合いを深めることができるようにする。
   言語意識をもたせる工夫
    (ア) 相手意識 …自分や相手の立場を明確にする
    (イ) 目的意識 …生命の危機を回避するための方策を考える
    (ウ) 場面意識 …同じ立場,異なる立場,フロアとしての聞く立場,新たな考えによる立場等の様々な場面を意識して考える
    (エ) 方法意識 …相手を説得するための表現内容の構築のし方や表現のし方を工夫する
    (オ) 評価意識 …自己評価や相互評価により振り返る
(3)  学習指導案
   単元  自分の立場や考えをはっきりさせて話し合おう −「20XX年地球会議」−
   目標  
    互いの考えを伝え合う楽しさやよさを知り,進んで話し合おうとする。(関心・意欲・態度)
    自分の立場や考えをはっきりさせながら意見を述べることができる。(話すこと・聞くこと)
    目的意識や相手意識をもって話し手の考えを聞くことができる。(話すこと・聞くこと)
    自分の考えをまとめて書いたり,友達の意見をメモしたりすることができる。(書くこと)
   単元について
     本単元は「話すこと・聞くこと」の活動の中で「主体的に表現する力」が育つことをね らって特設した単元である。自分の立場を明確に意識することは,同時に,相手の立場も意識することである。相手意識や目的意識をもつことによって自分の考えをより明確にし,相手に的確に伝えることができる。そこで,相手意識や目的意識を明確にしながら話し合うために「20XX年地球会議」という架空の話合いの場を設定した。以下に,その設定を述べる。
   
 20XX年,地球は環境の悪化により地上での生活が困難となる時期が間近となった。人類は,地下に新たな生活圏を築くか,W星への移住をするかの選択を迫られる。地下での生活は,住み慣れた地球を離れる必要はないが,人工的な地下シェルターの中での不自由な生活をしなければならない。W星は大気,水等が豊富で地球の環境に近い。植物や生物の存在が認められるが,人類に匹敵する高度な文明をもつ生物は生存しないことが確認されており,新たな生活圏を築くために最もふさわしい星と考えられる。しかし,地球からかなり遠い距離があるため,1年以上の移動期間を要し,たどり着くまでの危険も考えられる。地下,移住のいずれも困難な点が多々あるが,現時点で他に選択肢はない。そこで,各立場の代表が集まって地球会議を開く。
   指導計画(5時間取り扱い)
   
目 標 主な学習活動 主な教師の支援
・学習課題をとらえ,課題解決のための方法を考え,課題解決への意欲をもつことができる。 【学習課題,課題解決の方法をとらえる】
・自分の立場や考えをはっきりさせて話し合うための役割分担を考える。
・話合いの手順を考える。
・話合いを成功させるために気を付けることを考える。
・「20XX年地球会議」の概要を提示し学習の進め方について話し合わせ,課題解決の方法をとらえさせるとともに,課題解決への意欲を高める。
(相手意識や目的意識の明確化)


・根拠を明確にしながら考えをまとめることができる。 【話合いの準備をする】
・地下,移住のそれぞれのよい点と悪い点について,各自,考える。
・子ども,男性,女性,お年寄り,病気や障害のある人の5グループに分かれる。
・グループごとに地下派,移住派に分かれ,根拠を明確にした意見を構築する。
・地下派,移住派,それぞれの主張を説得力のあるものとするための根拠をできるだけ多く列挙した上で意見を構築するよう助言する。


本時
・目的意識や相手意識をもって話を聞いたり自分の立場で意見を述べたりすることができる。 【20XX年地球会議を行う。】
・グループごとに5分間ずつ順番に会議をする(決められた自分の立場で意見を述べ合う)。順番でないグループは,会議の様子を見て,主な意見をメモする。
・一周したら,各グループごとに会議の続きを一斉に行う。今度は,今,自分が思っている立場で意見を述べる。
・他の人の意見をしっかり聞き取り,自分の考えと比較検討することにより,自分の新たな立場を決めるよう助言する。
・今の自分の考えをもとに,全員で会議を行う。
・最終的な自分の考えを,意見書の形にまとめる。
・会議の結論は出さずに,それぞれの考えを大切にする。
   本時の指導
    (ア)  目 標
     目的意識や相手意識をもって話を聞いたり,自分の立場で意見を述べたりすることができる。
    (イ)  準備・資料
      ・立場を示すカード ・メモ用紙 ・振り返りシート ・バインダー ・黒板掲示用資料
    (ウ)  展開

展開
(4)  授業の考察
   今回の授業を通して「主体的な表現力」を育成することができたかを,表現意欲,思考力,的確に表現する技能の3点とそれらを支える言語意識の点から振り返ることにする。
   表現意欲
     本授業では,毎時間の終末に,意欲面,課題の達成感,自由筆記の3点で振り返りを行った。このうち意欲面の自己評価では,5時間を通して概ね授業に対する高い意欲が見られた。また,自由筆記の中でも,楽しかった,またやりたいという意見が多く見られた。
 その理由として,第一は,「20XX年地球会議」の設定が児童にとって新鮮であったことが挙げられよう。非現実的ではあるが,まったく予想できない近未来でもない設定は,児童の既成の知識をもとに自由な発想を促すことになり,ひいては表現意欲を高めることにつながったと考える。
 第二は,決められた立場での話合いから自分の考えに基づく話合いに発展させるという活動構成の工夫が挙げられる。初めは,地下派,移住派に分かれて相手派を説得するための意見を構築する。しかし,話合いは相手を論破することが目的ではなく,様々な立場の人の意見を聞くことによって,自分の考えを深めたり広げたりしながら新たな考えをもつことが目的である。それぞれの場面で目的意識をもつことにより,相手を説得するために多くの根拠を挙げながら,相手に伝わるように話そうとする表現意欲をもったり,異なる相手の考えを理解しながら聞こうとする意欲をもったりすることができたと思われる。
   思考力
    資料1 主体的な表現力の基盤にあるのは思考力である。表現する前に確かな自分の考えをもつこと,さらに伝え合う中で自他の考えの違いや共通点に気付き,再思考することによって自分の考えを深めたり広げたりすることができる。
 本授業では話合いの準備の時間を2時間とり,初めに,各個人が地下派,移住派の両方の立場からそれぞれのよい点と悪い点を考え次にグループ内で自分たちの立場からの意見を説得力のあるものとするために意見を出し合った。この思考過程を経ることにより,自分の立場からだけでなく他の人の立場に立って考えることができるようになった。
 さらに,実際の会議の場面では異なる立場のグループ同士での話合いを通して,新たな考えの獲得に至ることができた。ここでの新たな考えとは,以前と異なる考えに達することだけを指すのではなく,異なる意見を踏まえた上で自分の考えのよさを確かめたり考えの幅を広げたりして,豊かな考えをもつことを指す。以上のような活動構成の工夫により,相手意識や目的意識を明確にしながら,多様な活動場面で自分の考えをはっきりもつことができるようになった。
   的確に表現する技能
    資料2 第1時の課題解決の方法をとらえるにあたって,説得力のある話し方について確かめた。はっきりした根拠をもとに順序立てて意見を述べている録音テープとその原稿をもとに,意見の構築の仕方を確かめ,自分たちの話合いに生かせるようにした。このことにより,第2・3時の決められた立場からの意見の構築,第4時のグループごとの会議,第5時の全体会議と意見書作成にあたって,自分の考えを相手に分かるように順序立てて話したり,要点をとらえて意見書を簡潔にまとめることができるようになってきた。
   言語意識
    会議の様子 活動構成の工夫により,相手意識,目的意識,場面意識,方法意識がはたらいたと考える。特に,様々な立場の考えの違いをはっきりさせたことにより,常に相手意識をもって学習を進めることができた。また,決められた立場での話合いの場面では相手を説得するという目的,フロアとして話合いを聞く場面では様々な立場の人の意見を知るという目的,自分の考えに基づいて話し合う場面では考えを深めたり広げたりするという目的をはっきりさせたことで,目的意識や場面意識がはたらき,表現意欲の向上にもつながった。方法意識については,上記ウで述べた通りである。
 しかしながら,評価意識はどうか。各時間の終末に自己評価や相互評価を取り入れたが十分でなかったと考えられる。
 話すこと・聞くことにおいては,自分の考えが正確に相手に伝わったかどうかを確かめながら話し合う必要がある。聞いたことを復唱して確かめながら話合いを進めていたグループもあったが,事前の支援は十分でなかった。また,自分の意見が他の人にどんな影響を与えたのかを具体的に知る機会ももう少し積極的に取り入れたかったと反省している。次の学習へのステップとなる評価の工夫をしていきたい。

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