はじめに |
新しい学習指導要領は,一人一人の児童生徒が自ら学び自ら考える力を育成することをねらいとしている。第15期中央教育審議会第一次答申では,生きる力を支える資質・能力として,適切に表現する能力と的確に理解する能力,次に伝え合う力を挙げている。これからの変化の激しい時代に,豊かに,かつたくましく生き抜いていくための不可欠な資質・能力として「言葉の力」を重視している。
以上のことを踏まえ,教科に関する研究の研究主題「自ら学び,自ら考える力を育てる学習指導」を受けて,国語科では「表現力の育成」の面から研究をし,「主体的に表現する力が育つ国語科学習の指導の在り方」を研究主題とした。本研究では,児童生徒,教師を対象に行った実態調査をもとに,小学校,中学校及び高等学校における表現力の育成に関する問題点を明確にし,授業の実践を通して,国語科学習の指導の改善・充実を図ることをねらいとした。 |
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1 |
研究のねらい |
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児童生徒を対象に,表現力に関する実態,教師を対象に表現力を育成するための学習指導に関する実態を調査し,分析することによって,表現力の育成に関する問題点を明確にする。その問題点を踏まえ,小学校,中学校及び高等学校における授業の実践を通して,児童生徒が主体的に表現する力が育つ国語科学習の指導の在り方について研究する。 |
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2 |
研究主題に関する基本的な考え方 |
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教育課程審議会答申(平成10年7月29日)では,「自ら学び,自ら考える力を育成すること」を重視した教育が重要であるとし,さらに「知的好奇心・探究心をもって,自ら学ぶ意欲や主体的に学ぶ力を身に付けるとともに,試行錯誤をしながら,自らの力で論理的に考え判断する力,自分の考えや思いを的確に表現する力,問題を発見し解決する能力を育成し,創造性の基礎を培い,社会の変化に主体的に対応し行動できるようにすること」の必要性について述べている。
そこで,国語科の学習においては,生きる力を育成するために,自分の考えを相手に筋道を立てて話したり,相手の考えを的確に聞き取ったりして児童生徒がよりよく問題を解決できるような表現力の指導が必要である。本研究では音声言語による表現力を取り上げた。
このような主体的に表現する力を育てるためには,指導内容と言語活動との密接な関連を図り,児童生徒の主体的な学習活動を促しながら具体化を図る必要がある。その際,児童生徒が相手意識,目的意識,場面や状況意識,表現や理解の方法意識,評価意識をもって,意欲的で主体的な学習活動を展開することが大切である。また,児童生徒が日常生活に必要な基礎・基本としての話す・聞く力,書く力,読む力を意図的・計画的に育成するには,各領域に示された「言語活動例」をもとに学習を展開し確実に言語能力として高める必要がある。「自ら学び,考える力」を養うには,互いによりよい「学び合い」が行えるような対人的かかわりを重視した言語活動を展開するようにする。 |
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3 |
国語科における表現力に関する実態調査 |
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研究主題の表現力にかかわる実態を本県の小学校,中学校及び高等学校の国語科担当教師と児童生徒を対象に,質問紙により調査した。 |
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(1) |
調査の対象 |
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ア |
児童生徒…県内の小学校8校の第5学年 238人,中学校6校の第2学年403人,高等学校10校の第2学年368人の計1,009人である。 |
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イ |
教師………県内の小学校 89人,中学校63人,高等学校73人の 225人である。 |
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(2) |
実施時期 平成12年7月10日(月)から8月10日(木)まで |
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(3) |
調査項目,調査結果及び分析 |
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- 国語科学習に関する調査項目数は,教師と児童生徒に対してそれぞれ5項目とした。
- 調査項目ア〜オについての質問内容は,以下に示した。
- 表中の数値は各問の回答者数に対する回答数の割合(%)である。
- 児童生徒用の質問内容は,中学生用のものを掲載した。
- 以下,質問内容と集計結果の分析と考察を掲載した。
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ア |
表現力育成における指導上の課題 |
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《教師》質問文
話すことや聞くことの指導で困難を感じていることはどんなことですか。あなたの考えに近いものを二つ選び,記号で回答欄に記入して下さい。
ア 話すことや聞くことの学習意欲を高めること
イ 表現する内容を充実させること
ウ 表現技能を身に付けさせること
エ 話すことや聞くことの指導を系統的計画的に実践すること
オ 話すことや聞くことの向上に生かす評価をすること
カ その他
《生徒》質問文
話すことの学習や活動で困っているのは,どんなことですか。あなたの考えに近いものを二つ選び,その記号を回答欄に記入して下さい。
ア 話すことに興味や関心がもてないこと
イ 話したいことが見つからないこと
ウ どのように話せばよいかわからないこと
エ 学習したことを生かして話すことができないこと
オ 人の前で話すことが苦手なこと
カ その他
話を聞く活動で困っているのは,どんなことですか。あなたの考えに近いものを二つ選び,その記号を回答欄に記入して下さい。
ア 話されている事柄の中心(大事なこと)を注意して聞くことができないこと
イ 話し手の立場や考えをとらえながら聞くことができないこと
ウ 事実と意見を区別しながら聞くことができないこと
エ 人の意見を注意して聞き,自分の考えや感想をまとめることができないこと
オ 聞いたことを普段の生活に役立てること
カ その他
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表1から,ウ「表現技能を身に付させること」については,小学校,中学校,高等学校の教師が困難を強く感じている。次に,表2から児童生徒が,ウ「話し方がわからないこと」を挙げた割合は,小学生,中学生,高校生とも高くなっており,的確に話すことは,今後の重点的な課題と考えられる。中学校の教師では,エ「系統的計画的指導」は,61.9%と高い。これは,話すこと・聞くことの指導をあまり意識してこなかったためと考えられる。児童生徒の技能向上を願うことを大事にし,その指導の充実を図る必要がある。
小,中学校の教師では,ア「話すことや聞くことの学習意欲を高める」指導の数値が他の項目と比較して低い。教師は校種が上がるほど,児童生徒の学習意欲を高めようと考えている。話すことの学習で困っていることでは,表2のアの項目に該当する児童生徒の数値をみると,選択している数値が低くなっている。表1のイの「表現内容を充実させること」は表現内容の充実が求められており,思考力を広めたり深めたりすることが関連していると考えられる。
児童生徒の話すことの学習で困っていることは,ウ「話し方がわからないこと」の数値が小学校児童68.5%,中学校生徒50.6%,高等学校生徒64.7%と高いことが分かる。
児童生徒の聞くことの学習で困っていることは,エ「自分の感想をまとめられない」の項目の割合が高い。ここから自分の考えを要約しまとめられない児童生徒の実態が分かる。さらに,思考にかかわる話すことや聞くことの指導が今後求められていると考えられる。
これらのことから,教師では話すことや聞くことの活動について「系統的計画的指導」や「表現技能を身に付けさせる」という傾向が分かり,児童生徒の技能向上への願いを大事にする視点に立っての授業づくりを考えている。次に,表現内容の充実が求められている。 |
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イ |
話すことや聞くことの指導で力を入れていること |
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《教師》質問文
話話すことや聞くことの指導で力を入れていることはどんなことですか。あなたの考えに近いものを二つ選び,記号で回答欄に記入して下さい。
ア 説明や発表
イ スピーチ
ウ メモをとりながら聞く(インタビューなど)
エ 対話
オ 討論
カ その他
《生徒》質問文
話すことや聞くことの学習について,どのような学習を望んでいますか。あなたの考えに近いものを二つ選び,その記号を回答欄に記入して下さい。
ア 説明や発表
イ スピーチ
ウ インタビュー
エ 対話
オ 討論
カ その他 |
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表4のア「説明や発表」は,小・中・高等学校とも教師の割合がきわめて高い。イ「スピーチ」は,小学校の教師の割合が高い。人前で適切に話すことの必要性が求められていることが分かる。中学校の教師では,オ「討論」,高等学校教師では,エ「対話」の割合が高く対人的なかかわりの表現指導に力を入れていることが分かる。
表5から児童生徒はエ「対話」の指導を小,中,高等学校とも強く望んでいる。一方的な話よりコミニュケーションを図る学習が求められている。ウ「インタビュー」は小学校の割合が高く,中,高等学校となるにつれて低くなっている。「インタビュー」の指導の実態が分かる。中学校生徒では,カ「討論」が高い数値を示しており,論理的思考力を養うためにも指導の工夫が求められる。対話や討論などの言語活動を通して,コミュニケーション能力の基礎を培う授業が期待されていると考えられる。
表4から教師では「説明や発表」に力を入れていることの数値が高い。児童生徒は「対話」の学習を教えて欲しいという数値が高い。さらに,広く話題を求め,自分なりのものの見方や考え方を検討する時間を確保し,その中から相手や目的を考えた話題を選択できるようにする。 |
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ウ |
表現することの意欲を高める指導で力を入れていること |
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《教師》質問文
話すことや聞くことの指導で意欲を高めるために工夫していることはどんなことですか。あなたの考えに近いものを二つ選び,記号で回答欄に記入して下さい。
ア 教師や生徒による評価活動
イ わかりやすい学習過程の計画
ウ 目的意識・相手意識を明確化
エ 学習したことが実際の生活の中で生かされるようにすること
オ 教材や教具
カ その他
《生徒》質問文
話すことや聞くことの学習についてどんなときに意欲を感じますか。あなたの考えに近いものを二つ選び,記号で回答欄に記入して下さい。
ア どのように話せばよいのか分かっているとき
イ 話したり聞いたりする内容に興味があるとき
ウ 話したり聞いたりする活動で自分のよい点が人に認められたとき
エ 話したり聞いたりすることの相手や目的がはっきりしているとき
オ 話すことや聞くことの学習の進め方がわかりやすいとき
カ その他 |
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表6の教師のウ「目的意識・相手意識を明確化すること」の項目を見ると,小,中学校の教師の選択している割合が高い。話すこと・聞くことの必要性からも分かる。高等学校教師では,エ「学習を実際の生活の中に生かすこと」の数値が高い。
児童生徒では,イ「内容に興味があるとき」が高い数値を示している。内容に興味があるときに表現意欲が高まっていき,題材の工夫が求められる。小学校ではア「どのように話すかわかっているとき」の項目の割合が高く,話題を見つけて話す事柄をはっきりさせるということで表現意欲がわくということが分かる。
教師では「目的意識・相手意識を明確にすること」が高い数値を示し,話合いの方向や相手を尊重し,目的に沿った授業の展開の意図が分かる。児童生徒は,「内容に興味があるとき」の数値が高く,広く話題を求め,自分らしい見方や考え方を深め,話すため話題を選ぶ意図があることが分かる。 |
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エ |
表現にかかわる評価の工夫と教えて欲しいこと |
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《教師》質問文
話すことや聞くことにかかわる評価について,どのように工夫していますか。あなたの考えに近いものを二つ選び, 記号で回答欄に記入して下さい。
ア 一人一人のよさを認める評価に努めている
イ 児童生徒の相互評価,自己評価を重視している
ウ 観点別の評価に心がけている
エ 次の学習への意欲を高めるような評価に努めている
オ 個人の目標の到達度の評価に努めている
カ その他
《生徒》質問文
話すことや聞くことの学習で先生からどのようなことをもっと教えて欲しいと考えていますか。あなたの考えに近いものを二つ選び,その記号を回答欄に記入して下さい。
ア 話題を見つけて,話す事柄をはっきりさせること
イ 話す材料の集め方や話の組立てに関すること
ウ 話し方(声の大きさ,発音,話す速度など)に関すること
エ 相手や場面に応じた言葉の使い方に関すること
オ 聞き方に関すること
カ その他 |
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表8から教師では,ア「よさを認める評価」の数値が大きい。イ「相互評価,自己評価」は,小学校,中学校の教師の割合が大きいのに対して,高等学校の教師の割合は小さい。今後高等学校では自己評価,相互評価の指導を工夫する必要がある。ウ「観点別の評価」の割合が小さい。今後観点別の評価を改善する必要があると考えられる。また,エ「次の表現意欲につながるような評価」は,小学校,中学校の教師に比べて高等学校の教師の割合が高い。学習意欲が高められるような指導の工夫が期待されている。
表9から児童生徒では,イ「材料や話の組立て」の数値が高い。これは,表現するために材料や話の組立てを考える必要があり,論理性を求めている意識がうかがえる。オ「相手や場面に応じた言葉の使い方」の数値も高い。ア「話す事柄をはっきりさせる」の数値は,中学校,高等学校とも同じような傾向を示している。これは,児童生徒一人一人が,積極的に自分の表現力を自覚し,目的をもって表現しようとする意識の表れと考えられる。
教師の評価では,「よさを認める評価」を選択している割合が高く,よさを認める評価の実態が分かる。児童生徒は,「材料や話の組立て」の選択の割合が高く,話すための材料や話の組み立てを求めていることが分かる。 |
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オ |
音声表現の指導の今後の展望 |
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《教師》質問文
話すことや聞くことの指導で,児童生徒に今後どのようなことを身に付けさせたいですか。あなたの考えに近いもの を二つ選び,記号で 回答欄に記入して下さい。
ア 他者との交流が活発にできるような態度
イ 人の話を聞き,自分なりの考えや感想をもてる力
ウ 人前で自分の考えや気持ちを的確に話す力
エ 人の話を注意して聞き分ける力
オ 相手の立場や考えを尊重して話したり聞いたりする態度
カ その他
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表10から教師が,話す・聞くことの指導で,児童生徒に今後身に付けさせたい力では,イ「自分なりの考えや感想をもてる力」の数値が高い。今後,論理的に思考したり,伝え合う力を育成しようとする意図が分かる。次に,中学校の教師では,オ「人の話を的確に聞く力」の数値が高い。聞くことの重要性を認識し,指導の必要性を考えているからであろう。高等学校教師では,ア「他者との意見交流ができる」の数値が低い。他者との意見交流の少ない実態が分かる。今後は,意見交流を進める上で対話や討論などの指導が必要と考えられる。高等学校教師では,オ「相手の立場を尊重して話し聞く態度」の数値が高い。今後の身に付けさせたい力では自分なりの考えや感想をもてる力を身に付けさせたいということが分かる。 |
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4 |
研究主題に迫るための手だて |
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(1) |
基礎的・基本的な事項の徹底と学習したことの充実感や成就感を感得できるようにする場の設定 |
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ア |
各学年の指導事項を明確に把握し,その具体化を図る。 |
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イ |
学習の目標にふさわしい音声言語の表現活動になるよう教材や学習活動を検討する。 |
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ウ |
言葉で伝える力を育てる表現活動を積極的に取り入れる。 |
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エ |
指導事項を焦点化し,学習する内容を絞って自己評価や相互評価ができるようにする。 |
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オ |
記述式の自己評価を取り入れ,学習したことによる自己の変容や学習の伸びを自覚することができるようにする。 |
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(2) |
学習意欲を高める学習指導の工夫・改善 |
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ア |
実際の生活の場での体験を通した主体的な言語活動を展開する。 |
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イ |
学習目標を明確にして音声言語の表現の学習を展開する。 |
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ウ |
学習したことを実際に生かす場面を学習過程に組み込む。 |
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エ |
学習の振り返りの場面を生かし,次の学習課題を具体化することができるようにする。 |
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(3) |
児童生徒相互の交流を重視した学習活動の展開 |
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ア |
話合いを通して自分の考えをまとめたり深めたりする学習場面を設定する。 |
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イ |
より望ましい言葉や表現の在り方を検討し,児童生徒一人一人が言葉の使い方を修正したり,よりよい表現に気付いたりすることができるような学習場面を設定する。 |
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ウ |
児童生徒相互の交流を重視し,思考したことを音声言語で表現する機会を多くする。 |
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エ |
学習目標の到達状況を自己評価や相互評価できるよう評価項目の設定等を工夫する。 |
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5 |
授業研究 |
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研究主題「主体的に表現する力が育つ国語科学習の指導の在り方」に基づき,教材の開発や場の設定,指導法の改善などの手だてを講じ,小学校,中学校,高等学校で,各1校ずつ授業研究を行った。 |