はじめに
 現在の教育の流れを見ると,第15期中央教育審議会第一次答申で表現された「生きる力」がキーワードになっている。この生きる力は,「自分で課題をみつけ,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,行動し,よりよく問題を解決する資質や能力」と「豊かな人間性」,「たくましく生きるための健康や体力」と表現されている。この中で,自ら学び,自ら考える力を育成するためには,「創造性の基礎を培い,社会の変化に主体的に対応し,行動できるようにすることを重視した教育活動の積極的な展開が必要である。」と記され,創造性を培う重要性が指摘された。
 本県においては,平成7年から平成17年までの11年間のスパンで計画された「茨城教育プラン」がある。その中で,基本テーマを「個性と創造性に富む心豊かな人づくり」とし,社会の変化に対応するため必要とされる資質や能力は,創造性や自ら考え,表現し,行動する力であるとされている。このような教育の流れを見たとき創造性を培うことは,とても大切なことである。
 一方,教科「体育」の視点から,現在の教育の課題を考えると,都市化,生活の利便化からおこる身体活動の機会や場の減少などに伴い,運動不足に陥りやすい生活環境に子どもたちは置かれている。そのため,体力や運動能力が長期にわたって徐々に低下する傾向にある。本県においても,同様の傾向にあり,今後益々,体力や運動能力の低下が懸念される。また,最近,運動に興味を持ち,活発に運動している子とそうでない子とに,二極化していることも事実である。このような状況を踏まえ,教科「体育」は,児童生徒が運動に親しむ習慣を身に付け,自発的・自主的に運動を実践できるようにすることを目指している。また,児童生徒の体力・運動能力などの現状から,生涯にわたってスポーツを行っていくことのできる資質や能力を身に付ける取り組みに重点が置かれている。
 特に,小学校においては,多様な運動に触れ,その楽しさや喜びを味わうことを通して,一人一人の能力や適性を伸ばすことに重点が置かれている。つまり,「全員が同じ能力を身に付ける」よりも,「本人の能力や適性に応じた課題を達成していく」指導へと改善することが重要である。教育課程審議会答申や,その趣旨を踏まえて改訂された学習指導要領からも,このことが伺える。一人一人が適切な課題を持ち,その課題達成のための活動を考え,工夫し,それを実践する授業で,創造性は発揮され,培われる。
 そこで,本教育研修センターでは,平成10年度から平成11年度の2か年にわたり,「創造性を培う体育学習の指導の在り方」を研究主題として,小学校の教科「体育」(以下,体育学習)の理論研究,調査研究,授業研究を進めてきた。
   
 研究のねらい
 
 児童が自ら進んで運動に親しむ資質や能力を育成する視点から,創造性を培う体育学習の指導の在り方に関する研究を行い,各学校での学習指導の改善・充実に役立てる。
   特に,「児童が自ら進んで運動に親しむ資質や能力」の育成が大切であるといった視点から取り組んだ。「運動に親しむ資質や能力の育成」のために,小学校においては「運動に親しむ習慣の育成」が大切であると考えた。具体的には,体育の授業で学んだことを,休み時間などに取り入れて遊ぶようになることである。ここでいう「運動」とは,身体運動やスポーツに加え,「体を動かし,汗をかく運動遊び」も含まれる。つまり,「運動遊び」に親しむ習慣の育成も,本研究で大切にした視点である。また,体育学習の目標の一つである「体力の向上」も念頭において取り組んだ。
   
 研究主題に関する基本的な考え方
  (1)  体育学習における創造性
     学校において培うべき創造性とは,自己実現の創造性であると考える。言い換えれば,「こうなりたい,こうしたい」といった「願い」を児童自身が実現させるために働かせる創造性である。
 この視点を踏まえ,教育の流れに即して考え,本研究では,創造性を「児童が,新しい状況に出会ったとき,これまでに身に付けた知識や経験を生かして,新しい解決をしようとする態度であり,能力である。」と定義した。ここでいう「新しい解決」とは,社会的,文化的に価値のある質的な変革をもたらす場合の「新しい解決」というより,「その児童にとって価値のある新しい解決」を意味している。社会的に,すでに解決された課題であっても,その児童にとっては未解決の課題であった場合には,創造性を働かせる必要があるために,このように考えた。また,これらの態度や能力は,児童が潜在的に持っており,学校の教育活動において培うことができると考えた。
 どのような活動の中で創造性を育てるかを構想したとき,「じっくり考えて,十分に思考して」といった活動により,創造性を培うことも大切であるが,体育においては,運動に親しむ資質や能力の育成の視点や体力の向上の視点から,身体的な活動を中心に行う中で創造性を培うことが大切であると考えた。つまり,十分に運動する機会を確保しながら,工夫や発見が生まれる授業をめざした。
  (2)  創造性を培うための体育学習の系統性
     小学校の低・中・高学年ごとに,創造性を培うための体育学習の系統性を,図1のように捉えた。 図1 創造性を培うための体育学習の系統性
     低学年
       教師が準備した「動きつくり」教材を楽しむ段階と捉え,楽しく運動する体験を重視した。
     中学年
       教師が準備した「動きつくり」教材に,児童が修正を加え,動きのバリエーションを増やす段階と捉え,楽しく運動する体験に加え,身に付く喜びの体験を重視した。
     高学年
       運動やスポーツを見て,その中の動きを抽出し,その動きを身に付け,高めるために工夫する段階と捉え,楽しく運動する体験に加え,できる・伸びる喜びの体験を重視した。
  (3)  創造性が培われていくに従って現れる児童の姿と場面
     児童の創造性が培われていくに従って,実際の授業場面で,どのような姿となって現れるかを,教職経験15年以上の教員5人の協力を得て,KJ法により定性的に分析した。その結果,「授業の様々な場面で,工夫し,発見する児童の姿」が現れると考えた。ここでいう「工夫・発見」とは,前述した通り,児童が,新しい状況に出会ったとき,これまでに身に付けた知識やこれまでの経験を生かして,新しい解決をしようとする時におこる「工夫」であり,そこから生まれる「発見」である。もちろん「技能を習得する場面」でも起こりうるが,「もっと仲良く活動するためにはどうしたらよいだろう。」,「もっとみんなが楽しく活動するためにはどうしたらよいだろう。」といった「楽しさを追求する場面」においても現れると考えた。
   
 体育学習における創造性に関する意識・実態調査
   体育学習と創造性,児童の遊び,基本の運動・体操領域の実施状況等を把握するとともに,平成10〜11年度の教科に関する研究「創造性を培う体育学習の指導の在り方」の方向性を探る資料とすることを目的として,平成10年11月〜12月に意識・実態調査を実施した。
  (1) 児童の意識・実態調査の内容及び方法
    調査の対象 茨城県内の小学校4年生(312人),5年生(301人),6年生(308人),合計921人
    調査方法 担任または,体育担当の教師が,質問項目を読み上げ,質問紙に児童が答えるといった,質問紙による調査を実施した。
    内  容 日常生活と遊びに関する質問18項目,体育の好き嫌いに関する質問9項目,体育学習と創造性に関する質問24項目
  (2) 教師の意識・実態調査の内容及び方法
    調査の対象 茨城県内の体育を担当している教師,1年生担当(253人),2年生担当(251人),3年生担当(209人),4年生担当(300人),5年生担当(211人),6年生担当(284人),合計 1508人
    調査方法 質問紙による調査を実施した。
    内  容 授業をするときの意識に関する質問12項目,基本の運動・体操領域の授業実態に関する質問16項目,遊びに関する質問4項目,体育の好き嫌いに関する質問7項目,体育学習と創造性に関する質問28項目
  (3) 調査結果と考察
    児童の遊びの傾向
      表1 児童の遊びの傾向
      図2,図3  東京工業大学の仙田教授は,これまでの調査結果から「子どもの遊びは,創造性,社会性,感性を育てる体験の場である」と述べている。そこで,児童に対し,遊びに関する調査を実施し,回答を得た。その結果を,表1に示した。休み時間や放課後にたくさん行っている遊びについては「ボールを使った遊び」,「おしゃべり」,「鬼ごっこなどの遊び」,「本を読む」の順で,回答が多かった。
 日の遊びにおいては,「テレビやビデオを見る」,「テレビゲームやゲームボーイをする」,「ボールをつかった遊び」,「本を読む」の順で回答が多かった。休日には,1人で行うことができる遊びが主流となる傾向にある。また,体を動かし汗をかくような体力の向上につながる遊びは,比較的少ないといえる。
 児童の遊びを更に検討するため,教師と児童に対し「(児童は)体を動かし,汗をかいて遊ぶのが好きですか」と質問した。「とても好き」を5点,「とても嫌い」を1点とした5段階の間隔尺度を設定し回答を得た。その平均値を学年ごとに示したものが図2である。教師は,児童が高学年になるほど,体を動かし,汗をかいて遊ぶことを好まなくなる傾向にあると感じている。 体育学習が,児童の運動習慣の育成に貢献しているか見るため,「体育の学習で学んだことを生かして遊んでいるか」との質問を教師と児童に行った。上記と同様に5段階の間隔尺度を設定し回答を得た。その結果を,図3に示した。学年が進むにつれ,体育の学習が遊びに生かされなくなっていく傾向が伺える。
 体力が低下しているといった現状を考えたとき,体育の授業で体力の向上をねらうことに加えて,授業以外の自由な時間に,運動や運動遊びを行うような習慣を育成する必要性を感じる。児童においては,遊び感覚で体を動かし,いつのまにか夢中になって息を切らし,汗をかいてしまうような遊びに発展する体育の授業が,運動習慣の育成につながる授業であると考える。そのためには,体育学習で行った楽しい運動や運動遊びの体験に加え,学んだことを工夫し発展させて遊ぶことができる創造性を培うことが大切であると考える。
     授業の実態
      表2 「基本の運動領域」「体操領域」の授業は年間計画に基づき実施していますか  「基本の運動領域」と「体操領域」の授業が年間計画に基づき行われているのか,教師を対象に調査を行った。その結果を,表2に示した。70%以上の教師が,年間計画にもとづいて実施していることが分かった。年間計画が重視され,大半の教師が計画的に実施している状況が伺える。一方で,「各教師の判断で実施」との回答が全体の20.8%に達していた。また,今回の調査で,「実施していない」と回答した教師が,全部で8人いた。「基本の運動領域」や「体操領域」を計画的に実施することが望まれる。
 学習指導要領の改訂に伴い,高学年の「体操」が,「体つくり運動」に変わるこの時期に,学校の年間計画を見直すと同時に,それを実施できる体制づくりが必要であると考える。
     体育に関する好意的な意識
       4〜6年生の児童を対象に「体育が好きですか」との質問をした。どの学年でも,「好き(4年86.2%,5年79.7%,6年81.4%)」との回答が多かった。その理由を複数回答で得たところ,表3のように「いろいろな運動ができる」,「おもいきり体を動かすことができる」,「体力がつく」の順で回答が多かった。同様の調査を,4〜6年生を担当している教師(795人)に実施した。その結果を表4に示した。児童が3番目にあげていた「体力がつく」は,教師からの回答では,上位にあがってこない。このことから,4〜6年生の児童が体力をつけることを意識していることを受け,教師は,今行っている運動が体力つくりにつながっていることを意識させると共に,体力を養い・高めることができる十分な運動量を保証することが大切であると考える。
 児童が,自発的・自主的に体育学習に取り組む要因の1つに,学習の楽しさが挙げられる。そこで,「体育が楽しいか」との質問を児童と教師に対し行った。その結果を,図4に示した。学年が進むにつれ「楽しい」といった感覚が,児童から薄れていく様子が伺える。一方,「体育をいやだと感じることがありますか」との質問を児童と教師に行った。その結果を,図5に示した。学年が進むにつれ,「いやだ」と感じている傾向が強くなっていく。
 これまでの体育学習は「楽しい」といった情意的な面を大切にして行われてきた。しかし,学年が進むにつれ「楽しい」といった感覚は薄れ,「体育がいやだ」といった感覚が強まっていくことがわかった。この傾向を解消するためには,楽しい体育を重視しながらも「いろいろな運動ができる」,「おもいきり体を動かすことができる」といった視点で授業を充実させることが必要であると考える。また,「体力がつく」といった視点で授業を見直す必要があると考える。
表2、表3

図4、図5
     「基本の運動領域」,「体操領域」の授業に対する教師の意識
       教師を対象に,どんな意識のもとに「基本の運動領域」,「体操領域」の授業を行っているか調査した。「体力の向上をねらって運動させる」,「約束や決まりを守らせて運動させる」,「仲良く運動させる」,「精一杯運動させる」,「楽しく運動させる」,「工夫しながら運動させる」,「自主的に運動させる」,「意欲が高まるように運動させる」,「安全に運動させる」,「上手になるように運動させる」,「めあてにそって運動させる」の11項目に対し,どの程度意識しているかを質問した。それぞれの質問に,「強く意識している」5点から「まったく意識していない」1点までの等間隔の尺度を設定し,回答を得た。この結果を図6に示した。
      図6 「基本の運動領域」「体操領域」の授業で意識していること
       「基本の運動領域」,「体操領域」ともに同様の傾向を示している。中でも,他のことと比較して「安全」に対し強く意識して授業を行っている様子が伺える。児童に対し「安全」に授業を行おうとする意識は,非常に大切であり,授業を行う上で不可欠な意識である。逆に,「児童に工夫して運動させる」といった意識は,比較的低い。また,「体力の向上をねらって」,「自主的に」,「上手になるように」といった意識に対しても,比較的低い。これからの体育学習においては,これら比較的意識の低い項目も大切になっていくと考える。
     体育学習と創造性
      (ア)  「体育学習の楽しさ」と「考え,工夫し,発見する児童」の関連
        図7 「体育学習の楽しさ」と「考え、工夫、発見する児童」の関連  児童に対し「体育の学習のときに,楽しいと感じているか」の質問をした。「とても感じている」と「少し感じている」と回答した児童を「楽しい」群,「まったく感じていない」と「あまり感じていない」と回答した児童を「楽しくない」群として,「考え・工夫し・発見しているか」を問う質問7項目への回答の違いを検討した。それぞれ7つの質問に,「まったくそう思う」5点から「まったくそう思わない」1点までの等間隔の尺度を設定し回答を得た。その平均値を図7に示した。
 この結果から,体育学習を楽しいと感じる児童は,感じていない児童に比べ,考え,工夫し,発見していると意識する傾向にある。
      (イ)  「自主性」と「考え,工夫し,発見する児童」の関連
        図8 「自主性」と「考え,工夫し,発見する児童」の関連  「自分から進んで取り組んでいるか」の質問に対する回答を,上記と同様に2群に分け平均値を求めた(図8)。この結果から,自分から進んで取り組んでいると意識している児童は,考え,工夫し,発見していると意識する傾向にある。
   
 研究主題に迫るための手だて
   研究主題に迫るため以下のような仮説を立てた。
 
 児童の願い(向上心)を大切にして,豊かな体験のある授業を展開すれば,創造性を培うことができるであろう。
   ここでいう「願い」とは,自己実現の願いであり,「もっと上手になりたい」,「もっとよい記録を出したい」,「もっと仲良く活動したい」,「もっと楽しく活動したい」といった願いであり,別なことばで表現すれば,児童にとっての「向上心」である。
 「豊かな体験」とは,児童が主体となる体験であり,基本となる様々な動きの体験である。これらの考えを基に,更に仮説を構造化した。(図9)
 仮説を構造化するにあたっては,教職経験15年以上の教員5人の協力を得て,小学校の低学年から高学年までの体育学習を念頭に置いて作成した。作成するにあたっては,5人が個別に考えた構造を1つにまとめ,それを各個人に返し,返されたものを再度個別に考え,それをもう一度まとめるといった手順を数回に渡って繰り返す「デルファイ法」を用いた。このようにして定性的に分析した結果を,フィッシュボーンダイアグラムにまとめたものが図9である。
 この構造化した仮説に従って授業研究を行った。
   
 授業研究
   研究に関する基本的な考え方と構造化した仮説にもとづいて,県内の5つの小学校で以下の授業研究を行い,創造的な態度である児童の「工夫」を引き出す体育学習の指導の在り方について検討を加えた。
 
小学校第2学年 基本の運動(ダンボール跳び)
小学校第3学年 基本の運動(跳び箱遊び〈運動〉)
小学校第4学年 基本の運動(布・長なわを操作する運動)
小学校第5学年 体つくり運動(輪を使った運動)
小学校第5学年 体つくり運動(長なわ跳び)


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