はじめに
 教育課程審議会答申(平成10年7月)の音楽科における改善の基本方針では,児童生徒が楽しく音楽にかかわり,音楽活動の喜びを得るとともに,生活を明るく豊かにし,生涯にわたって音楽に親しむように促すことを重視している。そして,表現活動及び鑑賞活動の関連を図りつつ,各学校が創意工夫を生かして,児童生徒が個性的,創造的な学習活動をより活発に行うことができるようにするとしている。  これらを踏まえ音楽科の学習指導においては,児童生徒一人一人が自ら学ぶ意欲を高め,音 楽を聴いて感受したことをもとに,自ら考え判断し工夫して表現する能力やそれを認め分かち 合う態度を身に付けていく必要があると考えた。さらに,音楽的な感性やアイデアを生かしたり高め合ったりするために,学習形態を工夫していくことも重要であると考える。
   
研究のねらい
   教師及び児童生徒を対象に,音楽科学習に関する実態を踏まえ,児童生徒一人一人の感性や創造性を高める学習指導の在り方について研究し,各学校における学習指導の改善及び充実に役立てる。
   
研究主題に関する基本的な考え方
   児童生徒に授業の中で感性を高めながら創造的な取り組みができるようにさせたり,児童生徒一人一人が心の中で描いた思いやイメージを,自分なりの感じ方や考え方をよさとして発揮できるようにさせることが必要であると考える。そして,児童生徒が自分で感じた音や音楽を工夫して表現したり,あるいは自分自身が演奏者の立場に立って音楽を聴くことができるようにさせることが大切である。
   
音楽科における創造性に関する実態調査
   学習指導を展開する中で,児童生徒の音楽科学習に対する取り組みや,教師の学習指導に関する実態を調査し,その結果を分析した。
  (1) 調査対象
    児童生徒 …… 県内の小学校10校の第5学年,中学校8校の第1学年からそれぞれ1学級を対象とした。回答数は小学校 296人,中学校 269人,計 565人である。
    児童生徒 …… 無作為に抽出した県内の小学校 100校,中学校 100校から,小学校については第5学年の担当者1人,中学校については音楽担当者1人を対象とした。回答数は小学校 98人,中学校 97人,計 195人である。
  (2) 実施時期 平成10年10月12日から10月17日まで
  (3) 調査項目,調査結果及び分析
   
 児童生徒を対象にした調査内容と結果は表1〜6に示し,教師を対象とした調査内容と結果は表A〜Fに示す。また,児童生徒と教師を対比した内容と結果については,表3と表Cのように示した。なお,表中の数値は全て調査対象者数に対する回答者数の割合(%)である。表の中で調査の設問については,罫線で囲んで示した。そして,設問とその他の項目については,スペースの関係上,趣旨をそこなわない範囲で省略した表現になっている。
    児童生徒の実態調査の分析
      (ア) 授業への取り組み(表1)
        表1 授業への取り組み  子どもが活動場面で,様々な問題に出会った時,その問題を解決したりする経験や体験が不十分な面が見受けられる。選択肢ウのように,子どもが体験を通して,思いや願い,気付きをもって,自分の経験の中から,どうすればいいのか一喜一憂して真剣に対象とかかわることにより,問題解決的な能力や態度が育成されると考える。そして体験的な活動を十分に展開することにより,子どもからの個性的なつぶやきや表情,動作,作品などの多様な表現を引き出すことが可能になると考える。さらにそれが,選択肢アの59%と高い回答率の「自ら学ぶ意欲や主体的に学ぶ力」につながると考えられる。
      (イ) 感性やよさの表現(表2)
        表2 感性やよさの表現  音楽のよさについて,小学校と中学校では「自分の活動がうまくいったとき」と「友達と一緒に活動しているとき」の結果が逆転している。これによって成長と共に,自分自身から周囲に関心が移っていくのが分かる。
 小学校では自分のよさを認識させ,さらに中学校では友達とのコミュニケーションを大切にさせることで,児童生徒の感性は高められ,創造性の育成につながっていくものと考えられる。
    教師の実態調査の分析
      (ア) 創造性の育成(表A)
        表A 創造性の育成  創造性を培うために特に重視している事項についてとらえてみると,「自分の考えや思いを的確に表現する力」が48.7%と一番高く,次に「自ら学ぶ意欲や主体的に学ぶ力」が45.1%であった。この傾向は,いずれも小学校,中学校に共通しており,教師は児童生徒の創造性を培うため,表現力や意欲,主体性等を重視しているのが分かる。
 また,中学校では自ら問題を発見し解決したり,知識や技能を生活に生かす力も留意点としてあげている。
      (イ) 創造的な学習活動(表B)
        表B 創造的な学習活動  児童生徒の創造性を高めるための留意事項については,「様々な場面で体験的な学習活動を展開する」が46.9%と一番多く,次に「自分の考えを自由に表現できるような環境づくりに努める」が34.2%の順であった。このことから音楽科の授業では,体験的な学習を多く取り入れたり,自由に表現させることが,創造性を高めるために重要であると認識している。中学校ではこれらの他「教材・教具の精選に努める」が多くなっている。これ以外の教師の創造的な態度や力量を高めることについても,欠かせない事項であると考える。
    児童生徒と教師の共通事項での比較分析
      (ア) イメージや曲想のもたせ方について(表3,表C)
         この調査の中で,教師と児童生徒や小学校と中学校等でデータを比較分析し,共通内容の事項でまとめてみた。
 歌唱におけるイメージや曲想のもたせ方についての問いで,児童生徒は「CDやカセットテープを聴いて楽曲全体の気分を感じること」が23.3%と多く,音楽をまず耳から感じている。さらに,児童が「ひびきの美しさを感じて歌うこと」が多いのに対して,生徒は「題名」や「歌詞内容からイメージして歌うこと」の割合が増えている。教師は音からばかりではなく「歌詞の内容からイメージして歌えるようにする」が52.0%と気持ちを込めて歌うことへの手だてや支援を行う必要があると考えている。ここに児童生徒と教師との一つのギャップが読み取とれる。また,小学校,中学校共に同じ傾向が出ており,中学校では教師が様々な観点からイメージをもたせることに注意を払っていることが分かる。
  表3、表C
      (イ) 鑑賞と表現の有機的な関連について(表4,表D)
         「器楽の授業でイメージをもって表現するとしたら,どこに気を付けますか。」の問いに対して,児童生徒も教師も「音と音を響き合わせること」に39.0%,39.3%と全体的に着目している。しかし,細かく見ていくと,児童生徒では「音の響き合いを感じ取ること」が19.1%であるのに対し,教師は4.2%である。これは,児童生徒が器楽活動を好むのに対し,教師は小学校においては「つなぎのふしづくり」,中学校ではより技能を必要とする「音色,音量やフレーズの表現」を重要視する傾向が表れている。これらから,児童生徒が音の響き合いを感じ取ったり聴き合うことを通して,音色の変化に対する感覚を磨き,音楽表現の能力を高めていくことが重要であると考える。
  表4,表D
      (ウ) 表現方法の工夫(表5,表E)
         グループによる学習活動では,個々の思いやイメージを音や音楽で表現し,自ら得意とする歌唱や楽器を用いて,それらに合った音楽を工夫して表現させることを求めている。結果を見ると, 児童生徒では「音の出だしや強弱,速度に注意して表現すること」が52.8%と過半数に達している。これに対して教師は「表現したい音楽を目指して演奏している」が35.7%と多く,次に 「積極的にアイデアや表現をまとめる意見を出している」が25.6%となっている。また,小学校では児童の発達段階を考慮して「気持ちを合わせて表現」させることにも重点を置いているのが分かる。
  表5,表E
      (エ) 自由な発想を生かす手だて(表6,表F)
         自由な発想を生かし,自分たちの音楽をつくる学習を行うためには,一人一人の考えにもとづいた,新しい作品をつくりあげる活動が必要である。そこで,「『海』をテーマに音楽をつくるとしたら,どこに気を付けますか」の質問に対し,児童生徒はほぼ同じ傾向を示していた。しかし,教師は「イメージで主体的に音楽をつくる楽しさを味わわせる」が児童生徒の 8.4%に対し30.4%と高い割合で,特に中学校では38.0%を示している。教師は発達段階に即して,児童生徒が主体的に取り組めるようにしているが,実態は必ずしもそのようにはなっていないと考えられる。
  表6,表F
  (4) 実態調査結果のまとめ
    実態調査の結果,つぎのようなことが分かった。
     普段の授業の中で児童生徒は音楽を友達と楽しみ,グループ学習等で音楽のよさや一人一人の創造的な能力を,テーマや課題を通して少しずつ身に付けていると思われる。
     教師は創造性における指導内容と手だてについて,体験的な学習場面の設定をすることにより,主体的に学ぶ力を育成し,的確な表現力を身に付けさせたいと考えている。
     創造的な学習活動について教師と児童生徒の意識を比較検討すると,いずれも様々な音を工夫しイメージに合う表現を考えているが,教師が主体的な活動を求めているのに対し,児童生徒は友達と協力しながら活動したいと考えている。
   
研究主題に迫るための手だて
  実態調査の結果を踏まえ,次の(1)〜(3)ような手だてを講じ授業研究を行った。
  (1) 児童生徒一人一人が様々な音や音楽から感受したことをもとに,自らが創意工夫を深めながら生き生きと表現できるような,体験的な学習場面の設定を考える。
  (2) 児童生徒が楽しみながら主体的に課題に取り組めるような活動の場を工夫し,音楽的な深まりのある活動が可能になるような支援を行う。
  (3) 児童生徒が楽しみながら進んで参加できるような魅力ある教材,創造的な広がりのある活動が可能な教材を精選する。
   
授業研究
   研究主題に関する基本的な考えと実態調査の結果を踏まえ,創造的な音楽活動における児童生徒一人一人の感性と創造性を高める手だてを講じ,小・中学校各1校で授業研究を行った。


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