| (1) | 
 授業研究のねらい 
 単元「化学反応と熱」では,熱化学方程式,生成熱の計算,ヘスの法則,結合エネルギーなど理論的で計算をともなう項目が多く,生徒が理解しにくい分野の一つである。また,実験では,中和熱などを利用したヘスの法則の検証実験が多く取り入れられているが,化学反応に伴う熱の発生や吸収を実験を通して認識させる例は少ない。さらに,平成6年度から導入されている学習指導要領の内容に,「反応において発生又は吸収する熱量と物質量との関係を扱い,溶解熱にも触れること。」と述べられている。 
 一方,身近な市販品の中には,硝酸アンモニウムや酸化カルシウムの溶解熱を利用した瞬間冷却剤や保温剤があるが,生徒は「溶解熱」との関連性を知らないまま利用している場合が多い。 
 本研究では,この溶解熱に焦点を当て,特に瞬間冷却剤に使用されている硝酸アンモニウムの吸熱反応を通して,生徒の発想を引き出す指導の工夫を試みる。そこで,全員で水と溶質の質量を同じにした実験を行うことにより,各班で選択した実験の吸熱量を予想しやすくし,さらに各班の予想値を全体に提示し,他班の情報を知ることで生徒の発想を引き出しやすくする。また,各班の実験結果を一つのグラフに表すことで,吸熱量と溶質の質量との関係について自ら気付き,法則性を見つけ出せるようにすることをねらいとする。 | 
| (2) | 
 創造的に取り組むようにするための手だて 
   
   
   | ア | 
    予想を立てやすくする工夫 
 溶解熱を測定するために,各班とも水と溶質の質量を同一にした共通の実験を行い,正確な実験操作を習得した後に,さらに共通の実験の結果をもとにすることで,水や溶質の質量を変えたときの結果を予想し,推論しやすくする。 | 
    
   
   | イ | 
    情報交換の場の工夫 
 黒板上に貼った「実験情報表」に,各班の共通の実験の結果や予想値などを記入させ,またそれをテレビモニターに映し出し,他班に情報を伝えやすくした。「実験情報表」によって,自分たちの考えが正しいかどうかを確信したり,逆に修正をすることができるようにする。 | 
    
   
   | ウ | 
    個別実験の工夫 
 溶質の質量を変えた場合,水の質量を変えた場合,水と溶質の質量の両方を変えた場合の3種類から各班一つを選択し,独自の実験として取り組めるようにする。ここでは,各班の選択が偏らないように生徒自身で調整する。 | 
    
   
   | エ | 
    法則性を見つけだす工夫 
 各班の個別実験の結果を,共通のグラフ用紙上に表すことで,クラス全員で一つのグラフを作成し,班単位の結果からは見えない法則性を発見させるようにする。この結果は,吸熱量と溶質の質量との関係を生徒自身が気付くための大きな手だてとなる。そしてこの気付きは,生徒自身にとって新しい価値あるものであると考える。 | 
    
    
 | 
| (3) | 
 授業の実践 
   
   
   | ア | 
    単元 化学反応と熱 | 
    
   
   | イ | 
    指導計画(9時間扱い) 
      
      
      | ・反応熱 | 
      ・・・ | 
      3時間(本時は第3時) | 
       
      
      | ・熱化学方程式 | 
      ・・・ | 
      2時間 | 
       
      
      | ・ヘスの法則とその利用 | 
      ・・・ | 
      2時間 | 
       
      
      | ・結合エネルギー | 
      ・・・ | 
      2時間 | 
       
       
    | 
    
   
   | ウ | 
    本時の指導 
      
      
      | (ア) | 
       目標 
         
         -  共通の実験を通して溶解熱の測定を確実に行うことができる。
 
         -  共通の実験の結果をもとに各班の個別実験の結果を理由付けをして予想できる。
 
         -  各班の個別実験の結果を一つのグラフ用紙上に記入し,各班で話合いを行い,グラフから法則性に気付くことができる。
 
          
       | 
       
         
      
      | (イ) | 
       準備 
         
         
         |  器具: | 
          上皿電子天秤,サーモカップ,デジタル温度計,マグネティックスターラー,マグネット,メスシリンダー,薬包紙,ビデオカメラ,テレビモニター | 
          
         
         
         |  薬品: | 
          硝酸アンモニウム,蒸留水 | 
          
          
       | 
       
         
      
      | (ウ) | 
       展開 
       | 
       
       
    | 
    
    
 | 
| (4) | 
 授業の結果と考察 
   
   
   | ア | 
    授業後のアンケートから 
 表1 授業後のアンケート結果(平成9年11月4日実施 県立A高等学校1年5組40人) 
      
      
      | 項               目 | 
      a% | 
      b% | 
      c% | 
       
      
      |  1.予想をするとき,共通の実験の結果が役立ちましたか。 | 
      70.3 | 
      10.8 | 
      18.9 | 
       
      
      |  2.予想をするとき,班で話合いができましたか。 | 
      94.6 | 
       5.4 | 
       0 | 
       
      
      |  3.予想をするとき,その理由付けができましたか。 | 
      78.4 | 
       8.1 | 
      13.5 | 
       
      
      |  4.「実験情報表」は参考になりましたか。 | 
      67.6 | 
      21.6 | 
      10.8 | 
       
      
      |  5.「実験情報表」で他班の予想と比較しましたか。 | 
      64.9 | 
      18.9 | 
      16.2 | 
       
      
      |  6.自班の予想をもとに,自信をもって個別実験に取り組めましたか。 | 
      67.9 | 
      16.2 | 
      16.2 | 
       
      
      |  7.予想と結果が一致しなかったとき,他班の結果を参考にして,自分の考えを修正しましたか。 | 
      76.2 | 
      14.3 | 
       9.5 | 
       
      
      |  8.法則性を導く上で,自分の結果は重要だったと思いますか。 | 
      62.2 | 
      27.0 | 
      10.8 | 
       
      
      |  9.グラフから,法則性に気付くことができましたか。 | 
      81.1 | 
       8.1 | 
      10.8 | 
       
      
      | 10.法則性に気付いたとき感動しましたか。 | 
      56.8 | 
      43.2 | 
       0 | 
       
       
 
 ※ aは「はい」,bは「どちらともいえない」,cは「いいえ」を示す。 
 
      
      
      | (ア) | 
       予想を立てやすくする工夫について 
 アンケート項目1から70.3%の生徒が,予想をするとき共通の実験の結果が役に立ったと答えている。共通の実験がなくても,漠然とした予想を立てることは可能だが,予想値まで考える場合,共通の実験の結果という予想の目安がないと,論理的に思考を深めることが困難であることが分かる。また,項目2から94.6%の生徒が班で話合いができたと答えており,項目3から78.4%の生徒が予想の理由付けができたと答えている。これらの結果も,共通の実験を行ったことで話合いや理由付けがしやすくなったためと思われる。
  
 
図1 生徒の実験の様子
 
       | 
       
         
      
      | (イ) | 
       情報交換の場の工夫について 
 項目4から67.6%の生徒が「実験情報表」が参考になったと答えており,項目5から64.9%の生徒が「実験情報表」で他の班の結果と比較をしたと答えている。また,予想と結果が一致しなかったとき他の班の結果を参考にして,自分の考えを修正した生徒が76.2%(項目7)みられた。これらのことから,「実験情報表」を用いて他の班の予想や結果の情報を得やすくしたことは自分の考えが正しいのかどうかを確信したり,逆に修正するために効果的だったものと思われる。 | 
       
         
      
      | (ウ) | 
       個別実験の工夫について 
 項目6から67.6%の生徒が,自信をもって実験に取り組んだと答えている。全部の班が同一の実験をする場合,他の班と結果が異なるとすぐ「失敗した」と思い込み,心配する生徒がみられるが,今回のように,各班で異なる実験したので,各班がそれぞれ独自の予想のもとに,主体的に実験に取り組めたものと思われる。 | 
       
         
      
      | (エ) | 
       法則性を見つけだす工夫について 
 項目9から81.1%の生徒が,一つのグラフから法則性に気付くことができたと答えている。各班の結果を一つにまとめると,吸熱量と溶質の質量との比例関係が発見できるので,生徒にとって価値あるものとしての新しい発見をさせることができたものと思われる。このことは,56.8%の生徒が法則性に気付いたときに感動している(項目10)ことからもうかがえる。 | 
       
       
    | 
    
   
   | イ | 
    「実験情報表」から 
 表2 実験情報表       (共通の実験は水100gに溶質4gを溶解した。) 
      
      
      | 各班の選択枝 | 
      班 | 
      共通の実験の結果 | 
      個別実験予想値 | 
      個別実験結果 | 
       
      
      | (ア)水100g:溶質1.0g | 
      9 | 
      -1.26  kJ | 
      -0.35  kJ | 
      -0.336 kJ | 
       
      
      | (イ)水100g:溶質2.0g | 
      1 | 
      -1.26  kJ | 
      -0.63  kJ | 
      -0.63   kJ | 
       
      
      | (ウ)水100g:溶質8.0g | 
      2 | 
      -1.26  kJ | 
      -2.5   kJ | 
      -2.436 kJ | 
       
      
      | (エ)水 50g:溶質4.0g | 
      3 | 
      -1.302kJ | 
      -1.302kJ | 
      -1.197 kJ | 
       
      
      | (オ)水150g:溶質4.0g | 
      8 | 
      -1.26  kJ | 
      -0.9   kJ | 
      -1.26   kJ | 
       
      
      |    水150g:溶質4.0g | 
      10 | 
      -1.22  kJ | 
      -0.82  kJ | 
      -1.26   kJ | 
       
      
      | (カ)水200g:溶質4.0g | 
      5 | 
      -1.09  kJ | 
      -0.54  kJ | 
      -1.51   kJ | 
       
      
      | (キ)水 50g:溶質1.5g | 
      7 | 
      -1.218kJ | 
      -0.25  kJ | 
      -1.05   kJ | 
       
      
      | (ク)水 50g:溶質3.5g | 
      6 | 
      -1.26  kJ | 
      -1.4   kJ | 
      -1.071 kJ | 
       
      
      | (ケ)水 50g:溶質5.5g | 
      4 | 
      -1.26  kJ | 
      -3.0   kJ | 
      -1.1543kJ | 
       
       
 
 ※データは,生徒が実験情報表に記入したものをそのまま記載した。
  
 共通の実験の結果では全部の班とも類似した結果が得られている。硝酸アンモニウム4gを水に溶解させたときの吸熱量は,文献値から計算すると-1.29kJであり,実験操作や結果の処理を確実に行っていることが分かる 
 個別実験では,水の質量を一定にして溶質の質量だけを変えた班では,全ての班の予想と結果が一致している。これは,水の質量が一定であるため,吸熱量が溶質の質量に比例するという論理的な思考がしやすかったためと思われる。 
 一方,溶質の質量を一定にして水の質量だけを変える場合,「@吸熱量に水の質量の変化がどう影響するのだろうか。」,「A溶質の質量の水の質量に対する割合が変化することによって,温度変化はどうなるのだろうか。」という2通りの思考が必要である。「(エ)水50g:溶質4.0g」を選択した班が,これらを踏まえて予想を立てており,自分の発想をもとに話合い活動の中で認め合いながら,思考を深めて実験に取り組んだ様子が見られた。(資料1参照) 
資料1 生徒の実験プリントの一部
 
 
    | 
    
   
   | ウ | 
    生徒の実験報告書から 
資料2 生徒の実験報告書の中の感想文
 
 
 資料2は,実験報告書中の感想文の一例である。この中には,「・・・気がつき始めた。」,「・・・自分の予想を加えておいて,・・・」などの記述があり,生徒自身の試行錯誤の様子や気付き・修正を加えていった過程が読み取れる。 | 
    
    
 | 
| (5) | 
 授業研究の成果 
 今回,「観察・実験に創造的に取り組む理科学習の指導のあり方」について研究を進めてきたが,次のようなことが分かった。 
   
   
   | ア | 
    生徒の発想を引き出す工夫として,最初に共通の実験を行ったが,生徒は共通の実験の結果を活用することで,試行錯誤しながら論理的に思考を行い,容易に個別実験の予想を立てることができる。 | 
    
   
   | イ | 
    「実験情報表」の活用により,他の班の予想と比較を行い,自分の予想が正しいのかどうかを確信したり,逆に修正を加えたりして,創意工夫をしながら実験を進めることができる。 | 
    
   
   | ウ | 
    各班の個別実験の結果を一つのグラフにすることにより,自分の結果だけでは得られない法則性に気付かせることができ,生徒自身にとって新しい価値ある法則性を発見できる。 | 
    
    
 | 
| (6) | 
 今後の課題 
   
   
   | ア | 
    個別実験で,水と溶質の両方の質量を変えた場合の予想値を考えるのが難しかった。もっと簡単な質量にするなど,より予想をたてやすくできるよう工夫をしていきたい。 | 
    
   
   | イ | 
    生徒が吸熱量を予想する時,「実験情報表」に,温度変化を予想させる欄を設けるなどさらに生徒の発想が引き出しやすくなるような授業展開を工夫していきたい。 | 
    
    
 |