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 授業研究の実践

【授業研究1】 小学校第6学年「明治の新しい世の中」
  1. 授業の構想
     「自分とのかかわりを通して,問題意識を高め,問い続ける社会科学習の指導の在り方」という研究テーマに迫るためには,子供が具体的な活動や体験的な活動を通して,五感を働かせながら社会的事象と出会い,自分とのかかわりを深められるようにすることが必要である。そして,自分なりの発想や思考などを働かせながら追究し,社会的事象のもつ意味や価値をとらえられるようにすることが大切である。自分なりの考えや感情をもって,論理の世界と感性の世界を行きつ戻りつしながら子供が社会的事象を追究していく学習活動は,子供に心からの納得をもたらすものと考える。
     そのため本単元においては,まず,子供がこだわりや切実感をもって自分なりの問題を追究できるような学習過程を工夫したい。教師が提示する調べ問題により,子供の生活と学習材とを結び付け,調べ学習と表現活動とを繰り返す中で,歴史的事象そのものを追究する問いから歴史的事象相互の関連を追究する問いへと深化できるようにする。その際,自己評価カードを活用し,自分の追究の方法を振り返りながら,問いを深めることができるようにする。次に,聞き取り調査や模擬体験的な活動を取り入れ,「感情」や「感覚」などの感性的な判断を引き起こし,論理的な判断と共に高め合いながら,自分なりの見方や考え方を深めることができるようにする。さらに,子供が歴史的事象をとらえる際の感性的な判断や論理的な判断のスタイルを,いくつかのタイプに分け,違うタイプ同士の子供がかかわり合う場を設定したり,自分の見方や考え方を問い直せるような支援の手だてを考えたりする。最後に,自分の生き方をコラムへ表現する活動を行い,歴史的事象に主体的にかかわることができるようにする。

  2. 指導の手だて
    (1)  子供がこだわりや切実感をもって自分なりの問題を追究できるような学習過程の工夫
     子供が感性を生かしながら自分の追究を連続的に発展させるには,歴史的事象を自分の身近なものとして受け止め,自分なりのこだわりをもちながら,歴史的事象の背景にある人々の願いや苦労を実感したり,その事象を多角的にとらえ直したりすることが大切であると考える。そして,個々の子供のこだわりから生まれた問いが,追究の過程で明らかになっていく中で,真に切実感をもった自分なりの問いに変わるものと考える。そこで,以下のように学習過程を工夫した。
     まず,教師が調べ問題を設定し,子供が調べ問題にかかわる人物や歴史的事実の調査を行い,単元で取り扱う学習材と子供の生活とを結び付ける。そして,調べたことや考えたことを基に,自分なりのこだわりや具体的な問いがもてるようにする。
     次に,この問いに対する予想と検証の場を学習過程に位置付け,歴史的事象に対する調査や表現活動を行う。子供が自分の問いについて,一つ一つ解決しようと新聞作りなどを通して調査と表現を繰り返す中で,次第に単純な問いを解決し,歴史的事象相互の関連を追究する問いへと深化させることができるようにする。
     そして,この段階で生まれた問いを基にして,それぞれの子供がいろいろな立場からもう一度自分の集めた資料の調べ直しをしていく活動を行う。その際,調べが進むうちに子供が自分のこだわりがどのように変化していったのかを意識したり,教師が子供の思考の過程を明らかにしたりできるように,自己評価カードを活用したり,歴史新聞の中のミニコラム欄などに自分の意見を書きこんだりする活動を取り入れていきたい。
    (2)  感性を触発し,自分なりの見方や考え方を深めるための聞き取り調査や模擬体験的な活動
     真壁町歴史民俗資料館へ聞き取りをしたり,加波山登山の模擬体験的な活動を取り入れたりすることによって,加波山事件を起こした元士族の行動や地租改正反対一揆を起こした農民の悩みや苦労について調べられるようにする。そして,この聞き取りや模擬体験的な活動により,「怒り,悲しみ,共感」といった様々な「感情」や,五感を通した「感覚」「イメージ」などの感性的な判断を学習する子供の中に引き起こすことができるようにする。
    (3)  子供同士の相互交流の場の設定
     子供が自分なりに歴史的事象をとらえる際の感性的な判断や論理的な判断のスタイルを,いくつかのタイプに分ける。そして,ポスターセッションでの相互交流により違うタイプ同士の子供が効果的にかかわり合いながら学習できるよう,支援の手だてを考えることによって,子供の感性を生かした学び方や歴史的な見方や考え方の幅を広げることができるようにする。
     まず,子供一人一人の歴史的事象をとらえる際の感性的な判断や論理的な判断のスタイルを,以下のA〜Dタイプのように分けた。
    Aタイプ ー 感覚(五感)中核タイプ
     体験的な活動により,視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚などの五感を通して,実感的に歴史的事象にかかわろうとするタイプ
    Bタイプ ー 感情(直情)中核タイプ
     歴史的な人物の悩みや苦労に触れ,怒りや悲しみ,共感などの様々な感情を中心にしながら,自分なりに歴史的な認識を深めようとするタイプ
    Cタイプ ー イメージ中核タイプ
     模擬体験的な活動や想像などによりイメージをふくらませ,歴史的な人物の行動を自分なりに他の事象になぞらえながら,分かりやすく具体化しようとするタイプ
    Dタイプ ー 論理中核タイプ
     歴史的事象を原因や結果などから客観的・論理的に分析したり構成したりして,科学的に歴史的な認識を深めようとするタイプ
     次に,ポスターセッションを通して,内容を深めるかかわり合い方だけでなく,一人一人の子供の感性的な判断や論理的な判断を得意とする子供が相互に学び方を深められるようなかかわり合い方を意図的に設定し,感性をゆさぶる場がもてるようにした。
    (4)  感性に触発されながら深まった見方や考え方をコラムへ表現する場の設定
     感性を生かした問いの追究により,子供は感情や感動を伴いながら,論理的にまた心情的に自分の考えを深め広げるものと考える。そこで,歴史上の人物に対する自分の思いや願いなどをコラムに表すことにより,歴史的事象を客観的に見るのではなく,自分とのかかわりの中で主体的に見つめることができるようにする。そして,時代の中で精一杯生きた人物の人間性に触れ,自分の生き方を考えられるようにしたい。

  3. 学習指導案
    (1) 単元 明治の新しい世の中
    (2) 観点別目標
     黒船の来航,明治維新,文明開化などに関心をもち,それらを意欲的に調べようとする。
    (社会的事象への関心・意欲・態度)
     欧米の文化を取り入れながら,我が国の近代化が進められたことを考えることができる。
    (社会的な思考・判断)
     黒船の来航を契機にして我が国が開国したことや明治天皇を中心にした新政府が成立したことを,資料を基に調べることができる。
    (観察・資料活用の技能・表現)
     我が国は明治維新をきっかけにして,欧米の文化を取り入れつつ近代化を進めていったことが分かる。
    (社会的事象についての知識・理解)
    (3) 学習計画(8時間 本時は第8時)
     評価項目の観点@は社会的事象への関心・意欲・態度,観点Aは社会的な思考・判断,観点Bは観察・資料活用の技能・表現,観点Cは社会的事象についての知識・理解を表す。
      学習計画
    (4) 本時の学習
     評価項目の観点@は社会的事象への関心・意欲・態度,観点Aは社会的な思考・判断,観点Bは観察・資料活用の技能・表現,観点Cは社会的事象についての知識・理解を表す。
      本時の学習01(g43_01.tif)
      本時の学習02(g44_01.tif)
    (5) 授業の記録
      授業の記録(g45_01.tif)

  4. 授業の考察
    (1)  子供がこだわりや切実感をもって,自分なりの問題を追究できるような学習過程の工夫
     第1時の「現代の私たちの家族の生活カレンダーと江戸時代の生活カレンダーを作ろう。」の活動でのM子のテーマは,「江戸時代の子供の一週間の生活と今の生活」である。カレンダーを作り終えたM子は,「江戸時代には学校はなく,寺子屋も週に二回ぐらいで,ほとんど毎日遊んでいる。今はそれに比べ,学校が終わると習いごとに行き,とても忙しいし疲れるから,江戸時代の方がよかったと思う。」と感想を書いた。そこで,「なぜ今はみんな学校へ行かなくてはならなくなったのか。」という問いを基に,仮説検証的な調べを進めていった。明治政府は義務教育の制度を作り,全国に学校を建てたが,授業料が高すぎるため農民の間で学制反対の一揆が起こり,学校が焼かれたりしたという事実を知ったM子は,「農民が反対した理由は,授業料の負担だけではなく,何か他にも原因があるのではないか。学校に行った人数を調べれば,何か原因が分かるかもしれない。」というように問いを深め,調べを進めていった。
     F男は,「百姓一揆や打ちこわし」というテーマで,江戸時代と明治時代の一揆や打ちこわしの数をグラフにまとめていった。「日本が江戸時代から明治時代に変わり,幕府の時代から朝廷の時代になったら,百姓一揆や打ちこわしの数が減ってきた。これは農民の税が安くなってきて,生活が楽になったからだろう。」と感想を書いている。人々のくらしを左右するものは税金だという考えをもっているF男は,地租改正法について調べを進めた。しかし,「ぼくの予想は全く違っていた。地租改正法が定められたが,税の負担は江戸時代と変わらず,時にはそれを上回っていた。」という結論に達してしまった。そこで,「一揆や打ちこわしは減っていったのだから,政府は国民のくらしをよくするために,何か別の改革を行なってきたはずだ。」と問いを深め,さらに調べを進めていった。
    (2)  感性を触発し,自分なりの見方や考え方が深まるような聞き取り調査や模擬体験的な活動
     資料1 T男の感想文
    資料1 T男の感想文  T男は,第5時において,加波山事件を起こした元士族である冨松正安らの立場から,人々の悩みや苦労を調べていった。T男たちは,初め雨引山に立てこもろうとした志士たちが,途中で加波山に変更していることに気付き,その謎を探るために加波山に登山する計画を立てた。何十キロという爆裂弾を背負い,雨の降る中を道なき道を登って行った志士たちの思いを模擬体験することで,当時の様子を十分イメージすることができたと,T男は資料1の感想文に書いている。
     I男は,真壁郡の地租改正の反対一揆の農民の悩みや苦労を調べた。実際に真壁町の歴史民俗資料館の学芸員さんに話を聞いたり,一揆を起こした場所に足を運び,当時の様子を想像したりして,実感として農民の思いを考えることができた。
    (3)  子供同士の相互交流による影響の及ぼし合いの予想と支援
     ポスターセッションの様子
    ポスターセッションの様子  M子は,第6,7時の調べ学習において,「男子よりも女子の方が学校へ行っていないことが分かった。それは,農家にとって女子は,学校の勉強よりも家事が優先され,親は働き手がいなくなると困ったからだろう。男子についても同様に家の重要な働き手だったに違いない。」とし,「その日の生活も苦しい農民にとって,義務教育で学費を払わなければ牢屋に入れられるという現実は,生きているうちの地獄ではなかったかと思う。」とまとめている。M子の感性のタイプはBタイプ(感情中核タイプ)であり,第1時の生活カレンダーを作ったときのAタイプ(感覚中核タイプ)からは,歴史的事象に対する見方や考え方に深まりを見せている。
     また,F男は,「新しい世の中をつくるには,国民が一斉に幸せになることは無理だから,多少の犠牲は仕方のないことだ。政府は,当然農民のことも十分考えているのだから,少しがまんをしなくてはいけない。」とまとめている。第1時と同じDタイプ(論理中心タイプ)である。
     ポスターセッションによって,M子はF男にかかわり合いをもった。M子は,政府の立場や考えを聞き,理解はしながらも,「もっと農民の実際の生活を考えてほしい。自由にしてほしい。」と自分の見方を一層深めることができた。F男は,学制に反対するのは農民の教育に対する関心が低いためだと考えていたが,M子の主張する農民たちの切迫した生活や,やり場のない悩みを聞き,「農民の苦しい立場はよく分かる。何とか解決して,一揆のない日本になるよう一緒にがんばろう。」と感想をもち,感情タイプの見方も自分に取り入れることができた。
    (4)  感性を通して高まった見方や考え方をコラムへ表現する活動
     資料2 S男のコラム
    資料2 S男のコラム  ポスターセッションで,Bタイプ(感情中核タイプ)のS男は,Dタイプ(論理中心タイプ)のY男とかかわり合いをもった。様々な改革を人を魅了する力で進めた西郷隆盛の生き方に共感しているS男は,「大久保利通は思ったことはどんなことでも実行に移す冷酷な人間ではないのかと思っていたが,政府が先頭に立ってどんどん改革を進めていくためにはそんな考え方も分からなくはない。」と感想をもち,自分の見方や考え方に広がりを見せた。そして,「二人は生まれるのがもっと遅ければ,対立する事なく仲良く政治を行っていたに違いない。それは,国民一人一人が政治を行うという考えをもてたからだ。」と,資料2のコラムに自分の考えを書いている。客観的な認識だけではなく,時代の中で精一杯生きた人物の思いや願いにふれることができたと考える。
    (5)  今後の課題
     子供一人一人の歴史的事象のこだわりを感性や論理へ翻訳するタイプを,子供の認知スタイルの一つとしてさらに具体化,詳細化したい。そして,個々の学び方を明らかにしながら,歴史的な認識を深める効果的なかかわり合いについて,その方法や支援のあり方を究明していきたい。

社会・地理歴史・公民科目次