Y 「代  謝」(高等学校第1学年)

1 単元の目標

(1) 単元目標
 生物体の共通の機能である代謝についての観察,実験を通して,細胞内における化学変化とそれに伴うエネルギー変換によって生命を維持していることを理解させ,生物や生物現象を探究する能力と態度を育てるとともに,科学的な思考力,判断力及び表現力を育成する。
(2) 具体的目標
[関心・意欲・態度]
   代謝についての観察,実験に興味・関心を持ち,生物体内の化学反応の規則性を調べようとする。
 代謝についての観察,実験に意欲的に取り組もうとする。
[思考・判断]
   代謝を生物学的に探究する方法を考えることができる。
 代謝量を数量的に表す方法を考えることができる。
 光合成や呼吸をその仕組みが解明された過程を論理的に考えることができる。
[観察・実験の技能・表現]
   代謝について実験器具を使って調べ,結果をまとめたりグラフ等に表現することができる。
 観察,実験の結果から代謝の仕組みを見いだし,生物学的諸量の各要素の相互関係をもとに説明することができる。
[知識・理解]
   生物体内で起こる化学反応は,酵素の触媒作用によって調節されることを理解する。
 光合成反応がエネルギー吸収反応であることを理解する。
 呼吸が生物体内の物質からエネルギーを開放する反応であることを理解する。

2 単元について

 生徒は中学校第2分野「植物の生活と種類」の中で,いろいろな植物の葉の観察を行い,葉の基本的なつくりと働さを光合成に関する実験結果と関連づけて学習している。また,「動物の生活と種類」では,消化器官のつくりと働き,消化における酵素の役割及び生活活動のエネルギーを取り出すための呼吸の働きについて,観察,実験の結果と関連付けてとらえる学習している。これらの学習を通して,自然界に生きる動植物についての総合的な見方や考え方を身に付けている。
 高等学校では中学校の基礎の上に,さらに進んだ生物学的な方法で生物や生物現象に関する問題を取り扱い,基本的な概念や原理・法則を理解させるとともに,科学の方法を習得させ,科学的な自然観を育てることをねらいとしている。「代謝」では,観察,実験を通して,生命維持の仕組みに対する認識を深めさせることがねらいである。
 この単元ではまず,生物体の中で起こる化学反応は酵素の触媒作用によって調節されることを認識し,基質特異性や温度,pH依存等を実験的に探究する活動を通して,酵素の一般的な性質を学習する。
 「同化」については,生物が外界から物質を取り込んで,自らの体を構成する物質や活動のエネルギー源として必要な物質を合成する働きに関して,光合成の仕組みが解明された過程をたどりながら探究する。「異化」については,生物体内の物質を分解して,その際開放されるエネルギーを利用する働きに関して,呼吸の仕組みが解明された過程に重点をおいて探究する。
 生物の学習においては,単に生物学的な概念や原理・法則だけではなく,生物を観察したり,生物と環境のかかわりを調査するなど,様々な生物現象に対する理解を深めさせるとともに,生物や生命現象の多様性の中に,すべての生物に共通した基本的な機能や普遍的な特性を発見することの素晴らしさを実感したり,問題解決の喜びを味わえるように支援したい。

3 指導計画

  第一次  生物体内の化学反応と酵素  ………  7時間
第二次  同化  ………  5時間
第三次  異化  ………  2時間

4 授業の実際(第一次)<5/7時>

(1) 目標
 酒類(アルコール類)製造における酵母の役割を生物学的に考察する活動をもとに,微生物の無気呼吸に対する興味・関心を高めるとともに,酵母によるアルコール発酵におけるエタノールの発生量を測定するなどの観察,実験を通して,生物体内の化学反応における酵素の役割を探究する活動に意欲的に取り組むようにする。
(2) 情報活用能力と評価
 アルコール発酵による無気呼吸を実験で検証するには,発酵によって生じる二酸化炭素量を測定したり,生成したエタノールを検出することが考えられる。エタノール生成を検証するには,ルゴール液を加えてヨードホルムの生成をにおいで確認する方法がよく行われている。この方法は化学的な手法で感覚的に検証できる点に特徴があるが,アルコール発酵の時間的変化を探究するには不向きである。ここでは,アルコールセンサで感知したアルコール濃度をコンピュータに読み込んで,ブドウ糖に酵母を加えた瞬間からアルコール濃度がどのように変化していくかを,ディスプレイ画面上で観察できるようにした。
学習活動は次の三段階の実験で構成される。
実験1:  アルコール発酵の生徒実験
 発酵によって生じる二酸化炭素量を測定する。
実験2:  顕微鏡による観察
 発酵の進んだ発酵液中の菌体を光学顕微鏡で観察し,スケッチする。
実験3:  アルコール濃度変化の測定
 コンピュータによる実験計測でアルコール発酵の経時変化を見る。
 実験1と実験2は並行して行い,酵母が激しく発酵する様子を観察する。実験1では温度条件を変えて,アルコール発酵の温度依存性を探究し,実験2では,酵母が出芽によって増殖する様子を光学顕微鏡を使って観察する。これら従来からの定性的な観察,実験で発酵現象を充分認識させた後に,コンピュータによる実験計測を行う。
 コンピュータ計測では,市販されているアルコールセンサのユニット(以下センサユニット)を使用した。このセンサユニットは気体中のアルコールを検知することができる構造になっており,電源から5Vを供給してアルコール濃度による電圧変化を信号として取り出す。電源を入れてから数分後には出力が安定して測定が可能となり,試料をセットして20秒程度で測定値が安定する。実験では,写真20のように三角フラスコの口の部分に固定密閉して使用した。フラスコに蒸留水を入れた場合,約2V強の出力を示すが,この値は余熱の時間や,測定物の温度によってゆるやかにシフトする特性がある。1時間ほど余熱したセンサユニットで,各濃度のエタノール溶液(40℃)を測定したときの電圧出力は図11のようになり,発酵液中のアルコール濃度が増加する様子を検知することができる。


図10 実験装置の概要


写真20 アルコールセンサユニット


図11 センサユニットの出力特性
 センサユニットからの電圧変化をA/D変換ボードに入力する場合,10倍増幅のオフセット可変増幅器を介在させて,初期状態でのセンサ電圧を0Vに調節し,その0点からのセンサ電圧の上昇を10倍に増幅する。予備実験の結果,10分程度の発酵ではこのセッティングで実験時間内に生じるセンサユニットからの電圧増加が最大0.5Vであった。教卓での演示実験としたので,実験室の後方からも見えるように,ビデオインタフェースボードを用いて,29型TVにコンピュータ画面を表示した。全体の装置の配置図を写真21に示す。



写真21 アルコール測定装置の全景
写真の左から
  • 測定試料とセンサユニット
  • オフセット可変増幅器(10倍)
  • 安定化電源(6V)
  • チェック用テスタ
  • A/D変換ボード
  • コンピュータ(NEC PC−9801)
  • 図の画面右外に29型TVを用意

 情報の判断,選択と評価
 生きた酵母の活動の観察では,この発酵が進行する段階で臭いをかいだり,注射器の中の二酸化炭素が増加するなどの現象をとらえることを通して,ブドウ糖を分解してアルコールと二酸化炭素を生成する生体現象を生徒に実感させることが大切である。顕微鏡を用いた酵母のスケッチ活動では,その増殖の仕方にも目を向けるようにうながし,個を生かして表現するよう支援する。
 コンピュータによる実験計測では,ディスプレイ画面上のグラフの変化を実感できることが重要である。そのために,一定濃度に希釈したエタノール水溶液を用意しておき,センサユニットを近づけたときに画面上でどのくらい変化するかを判断する。その際,エタノール水溶液の臭いをかぐなどして臭いの強さとグラフの対応を実感する活動を通して,エタノール生成の検証に主体的に取り組もうとする意欲の高まりを読み取る。
 情報の整理,処理と評価
 二酸化炭素の発生量を調べる活動においては,温度という環境の違いによって発酵がどのような影響を受けるかを,注射器内の二酸化炭素量を読み取ったりグラフにプロットする活動を通して探究する。そして,その結果をもとに発酵の仕組みの仮説を検証する活動を支援するとともに,既習の知識を使って問題解決する様子を観察して個性の把握に努め,意欲を読み取るようにする。
 エタノール生成の時間変化の測定では,グラフからその特徴を読み取ろうとしたり,温度と発酵の速さの関係を考察する場面において,生物現象の中に規則性や法則性を意欲的に見いだそうとする活動を支援する。その際,生徒の思考活動の様子を観察して個性の把握に努め,思考の過程や背景をとらえて認めるようにする。
 情報の創造,伝達と評価
 二酸化炭素の発生量の時間変化,エタノール濃度の時間変化,発酵液体中の酵母の顕微鏡観察を総合して,酵母の発酵という生物現象を多面的にとらえるように支援する。また,設定以外の条件を与えた場合にどのような現象が起こるかを発展的に考え,予想される結果をレポートにまとめるなどの活動を通して,科学的な思考力や表現力を高めるように支援する。
 そうした表現活動においては,生徒の個性に十分配慮しながら,生徒一人一人が創意ある報告ができるよう支援することが大切である。また,作成したものを発表し合うなどの機会を設け,生徒がまとめた結果を認めることによって生徒の意欲を高めるよう配慮する。
 授業を進めるに当たっては,二酸化炭素の発生やエタノールの生成という生物現象を総合的にとらえて,生命維持の仕組みに対する認識を深めさせるとともに,生命現象の多様性の中にすべての生物に共通した基本的な機能や普遍的な特性を発見することの素晴らしさを実感したり,問題解決の喜びを味わえるように支援したい。
(3) 展  開
(4) 生徒の反応
 実験1,2を開始すると,生徒は作業に熱中して取り組んだ。班内で観察や測定を各自が分担しながら進めた。各班では,それぞれの生徒が工夫しながら作業を進行させた。
 コンピュータによる実験計測では,教室が静まりかえるほど集中して観察した。結果のまとめでは,班内で活発な議論が起こるところもあった。
写真22 酵母を観察する。 写真23 二酸化炭素の発生量を測定する。
 学習内容についての生徒の意識
実験,観察を実施する数日前に次の調査を行った。対象者は2学級で合計80人である。
 酵母でアルコール発酵をさせたとき,発酵液中に含まれるアルコールの濃さの変化を調べる方法を考えなさい。

飲む,なめる,においをかぐ,味見する。
火をつけて,燃え方を比べる。
試薬を用いて分析する。
機械で分析する。
分留してアルコールを抽出し,量を比較する。
その他
無回答
29人
11人
6人
4人
3人
8人
19人

 この結果からわかるように,生徒の大半は感覚に頼る検出方法を考えており,コンピュータ等の情報手段を提案した生徒はいなかった。
 生徒の感想
 アでみたように,観察,実験の中でハイテク機器を使うことを生徒は全く予想していなかっただけに,コンピュータ実験に対する反響は大きかった。授業の後では次のような感想が目立った。
  •  コンピュータを用いた授業は良かった。一人1台ずつで実験をしたい。
  •  今回の実験はコンピュータを利用したものだったので,面白かった。これからの理科は,やはりこれだ!
  •  コンピュータを使う実験は初めてで楽しい。
(5) 考察
 実験1について,異なる温度条件下での二酸化炭素発生量と時間のグラフを図12に示した。このように,温度による二酸化炭素発生量の違いがはっきりと認められた。
 実験2の顕微鏡観察のスケッチを図13に示した。実験1で用いた発酵液とは異なったかなり発酵の進んだ発酵液を適度に希釈させて観察したものである。出芽らしき小粒の菌体が見られる。

図12 二酸化炭素の発生量 図13 酵母の発芽
写真24 発酵液中のアルコールの濃度変化

 事前の調査で,発酵液中のアルコールを検出する方法を考えさせる際に,「センサやコンピュータを利用する。」と答えた生徒がほとんどいなかったのは驚きであった。生徒は全く予想していなかった授業の展開に対して大きな興味・関心を示し,意欲的に取り組んだ。
 培養液中のアルコール濃度の時間変化のグラフを写真24に示した。適温になったブドウ糖溶液をセンサ部にセットし,測定を開始してからすぐさまゼロ点補正を行ない,その後酵母の投入攪拌を済ませ,約1分後には測定状態に入った。初めの緩やかな立ち上がりは乾燥酵母中に含まれるアルコールがにじみ出てきたり,あるいは体外に洩れている酵素の作用ではないかと考えられる。酵母の本格的な活性を示しているのは,4分から見られる急激な立ち上がりであろう。
 生徒は観察,実験の中で,「アルコール発酵」はブドウ糖と乾燥酵母があれば,すぐに実行可能な極めて簡単な実験であること,活性のある生物を扱いながら,制御された環境下でその生理作用を観察できるということに気付いた。
 今回の実験では,アルコールセンサとコンピュータを用いて測定を行ったことで,「目的とする自然現象からどうやって必要な情報を得るか,そしてそれをどう加工するか,さらにそこからどのような判断を下すのか。」という一連の探究活動を生徒が体験することができた。
(6) 情報活用能力の評価の実際
 酵母の発酵で生成されるエタノールの濃度が時間とともに高まることを,ディスプレイ画面上のグラフの変化を手がかりとして容易に判断することができた。また,嗅覚などを生かした観察と組み合わせて探究活動を行った結果,生物現象を多面的にとらえることができた。
 実験結果の整理をもとに,二酸化炭素の発生量が時間とともに増加すること,そしてエタノール濃度も時間とともに大きくなることを総合して,酵母の発酵という生物現象を実感した。
 今回の実験で行った設定以外の条件を与えた場合にどのような現象が起こるか,その結果を予想させたところ,ほとんどの生徒が的確な回答を示した。また,結果のまとめでは,生徒が各班で協議を行いレポートを作成したが,現象の理解にとどまらず,三種類の実験から得られた情報をもとに法則へと抽象化するなどの意欲的な取り組みが見られた。

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