V 「力と運動」(高等学校第2学年)

1 単元の目標

(1) 単元目標
 自然界における物体の運動についての観察,実験などを行い,物理学的に探究する能力と態度を育てるとともに,力のつり合い,運動の表し方,運動の法則,落体の運動に関する基本的な概念や原理・法則を理解させ,科学的な思考力,判断力及び表現力を育成する。
(2) 具体的目標
[関心・意欲・態度]
   物体の運動についての観察,実験に興味・関心を持ち,力学現象の規則性を数量的に調べようとする。
 運動の三法則などの観察,実験に意欲的に取り組もうとする。
[思考・判断]
   物体の運動を調べる方法を考えることができる。
 カの諸性質や運動を数量的に表す方法を考えることができる。
[観察・実験の技能・表現]
   物体がどのような運動をしているかを記録タイマや速度計などで調べ,結果をまとめたりグラフ等に表現することができる。
 観察,実験の結果から運動の規則性を見いだし,力学的物理量の各要素の相互関係をもとに説明することができる。
[知識・理解]
   カのつり合い,運動の表し方,運動の法則,落体の運動に関する基本的な概念や原理・法則を理解する。
 カと運動に関する概念を,日常生活の中の事象と関係付けながら,相互に関連を持たせて理解する。

2 単元について

 生徒は中学校理科第1分野「運動とエネルギー」で,力の働き,物体の運動,仕事とエネルギーについて学習している。具体的には,力の働きについては,力のつり合い,合成・分解,水中で働く浮力等,物体の運動については,等速直線運動,落下運動等,仕事とエネルギーについては,仕事や仕事率,力学的エネルギー等である。また,自然界にみられる様々な事物・現象について観察や実験を行い,科学的に探究させることを通して,基本的な科学概念を中心とした知識体系を形成すること及び自然を調べる能力や態度の育成を図るとしている。
 高等学校では中学校の基礎の上に,更に進んだ物理学的な方法で自然の事物・現象に関する問題を取り扱い,基本的な概念や原理・法則を理解させるとともに,探究の過程を通して,科学の方法を習得させ,科学的な自然観を育てることをねらいとしている。
 この単元では,運動の法則を中心に扱うが,その前段階として,力の諸性質や運動を数量的に表す方法を学習する。力のつり合いについては,力の合成・分解,摩擦力等について,生徒に馴染みの深い日常生活での諸場面を題材として,興味・関心を持って学習活動に取り組むよう配慮する。「運動の表し方」については,中学校で記録タイマを使って,物体の速さやその変化を調べる探究活動を行っていると考えられるので,速度・加速度の測定には,コンピュータ等を活用して簡便に行い,科学概念の形成に時間をかけたいと考える。
 「力と運動」は,力学体系の統一性や一貫性に力点が置かれ,ともすると無味乾燥な学習活動になりがちである。生徒一人一人が自然現象の不思議さ,雄大さに目を向けられるように学習活動を工夫するとともに,自然現象の中に規則性や法則性を発見することの素晴らしさを実感したり,問題解決の喜びを味わえるように支援したい。

3 指導計画(11時間扱い)

  第一次  力のつり合い  ………  2時間
第二次  運動の表し方  ………  2時間
第三次  運動の法則  ………  5時間
第四次  落体の運動  ………  2時間

4 授業の実際(第三次)<4/5時>

(1) 目標
 滑車を通して糸につながれた二物体の運動について,仮説の設定や推論する活動を行うとともに,観察,実験を通して運動の法則を検証する活動に興味・関心をもって意欲的に取り組むようにする。
(2) 情報活用能力と評価
 高等学校の物理で扱う自然現象には,時間とともに刻々と変化するものが数多くあり・教科書と黒板を使っての説明だけでは現象の本質を衝くようなイメージが形成されにくく,理解に限界が出てきてしまう。特に,力学分野は物理の導入部分に置かれており,変位,速度,加速度といった感覚的に馴染みにくい物理量が頻出し,ともすると無味乾燥な授業になってしまいがちである。記録タイマを使って力学現象を探究する学習活動を行って興味・関心を高めることも考えられるが,データ処理に以外と時間がかかってしまうという難点がある。
 そこで,従前には記録タイマで行っていた加速度の測定部分をコンピュータで置き換え,実験から結果を得るまでの時間を短縮し,実験そのものの効率化を図るようにした。そして,学習のポイントを,実験結果の導出と結果の検討の両方ではなく,後者のみに絞り,目的をより明確にすることとした。
 本時では,運動の法則のまとめとして,滑車を通して糸につながれた二物体の運動という具体的な事例について,コンピュータ計測を活用して探究する。前時までに,ビデオカメラでの撮影結果の解析をもとに,運動の第二法則(ma=F)の検証を行っているので,本時では具体的な力学現象の考察を理論値と実験値の比較を通して行い,従来は問題演習として扱っていた内容について,より具体的に探究できるようにする。
 実験の手順は次のとおりである。実験計測器にはカウンタが2個内蔵されており,これを計測に利用することにした。実験計測器に電磁石と光電スイッチを信号変換器を経由して接続する。光電スイッチは間隔を4cmにしてある。電磁石の芯の電位を5Vにしておき,これと被検定物との間にアルミ箔をはさんでおく。電磁石のスイッチを切ると,被検定物が磁石から離れ,同時にアルミ箔も磁石から離れる。被検定物が磁石から離れることによってアルミ箔の電位が変化し,これが信号変換器に入力される。
 光電スイッチの部分は,右のLEDの光が左のLEDに当たると,左のLEDに電位差が生じ,電流が流れる。被検定物が二つのLEDの間に入ると,光を遮るので,左のLEDの電位差はなくなり,電流は流れなくなる。電流の流れの変化が信号変換器に入力される。
 それぞれの信号をもとにして,信号変換器の中で,実験計測器で対応できるような信号に変換する。一つは,電磁石を離れてから二つ日のLEDに達するまでの時間(t1)に対応する信号,もう一つは最初のLEDに達してから二つ日のLEDに達するまでの時間(t2)に対応する信号である。


図2 信号変換器の回路


図3 測定時間t1とt2の関係

 速度については,LED間の距離を通過時間で割って平均の適さを求める。ここでは,0.040(m)÷t2としている。また,加速度については,上で求めた平均の速さを電磁石〜LED間の所要時間で割って求める。ここでは所要時間をt1−t2/2としている。


写真12 光電スイッチ部


写真13 滑走体と発射部

 一方,コンピュータ側では逐一実験計測器から計測時間を得て,計測時間をもとに,平均速度と経過時間,加速度を求め,画面に大きく表示する。表示内容はファンクションキー[F6]〜[F8]で切り替える。


図4 実験の手順

 被検定物が磁石を離れると計測装置のタイマ1がスタートする。物体が最初の光電スイッチに達すると,タイマ2もスタートし,次の光電スイッチを通過すると,二つのタイマがストップする。
 タイマ作動中に計測装置から得られる時間は変化しているため,計測中は画面も常に変化している(数値は読めない)。通過し終わる(測定が終わる)と計測装置からのデータは一定値になるので画面表示が安定し,測定値が読めるようになる。
 計測装置の計測時間は最大65535×最小測定時間なので,[F5]キーで最小測定時間(分解能)を調整し,計測時間が装置の限度を越えないように調整する必要がある。
 情報の判断,選択と評価
 滑車を通して糸につながれた二物体の運動については,糸の張力や加速度の測定が難しく,これまでは演習問題として扱っていた。したがって,生徒は張力や加速度が実際にどうなっているか判断する材料をほとんど持たなかったといってよい。実証科学の一つである物理の学習においては,そうした物理量を理論的に求めることだけではなく,理論値と実験値を比較しながら,法則が成り立っていることを主体的に判断できるような学習活動となっていることが望ましい。理論的な計算を行う学習活動においては,生徒が運動方程式を立てて加速度等を計算する様子を十分に観察し,適切な助言をして支援する。
 情報の整理,処理と評価
 加速度を測定する実験は,教卓での教師による演示という形態になるが,生徒が主体的に実験に取り組むという観点から,二物体の質量を変化させての加速度の測定に数人ずつ交代で生徒を参加させるなど,一人一人の興味・関心を高める工夫をすることが大切である。また,生徒が加速度の測定を行っている活動の中で,生徒の表情やしぐさなどから個性の把握に努め,意欲を読み取るようにする。
 測定した加速度のデータは,二物体の質量ごとに表にしておくなど,運動の状態をさらに詳しく分析する作業がしやすくなるように整理しておくことが大切であり,生徒が測定表を効果的に作成できるように,適切に助言したり支援したりする。
 情報の創造,伝達と評価
 実験に関わる表現活動として,加速度を測定し結果を実験ノート等に整理する活動を行った後,二物体の質量と加速度の関係をグラフに表すなど,新たな課選を示すことが考えられる。その際,生徒が自らの発想を生かしてまとめる活動において,生徒の個性に十分配慮しながら,生徒一人一人が創意ある報告を作成するよう支援することが大切である。また,作成したものを発表し合うなどの機会を設け,生徒がまとめた結果を認めることによって生徒の意欲を高めるよう配慮する。
(3) 展  開
(4) 生徒の反応
 感想文にみる生徒の反応
  •  光電スイッチの赤ランプを通過すると時間・速度・加速度が求まるのは,今の科学ならではのことだ。すばらしいと思う。
  •  コンピュータを使ったのは良かったと思う。もっと良かったのはプリントを配り先に黒板を使ってやったことだと思う。よくわかる授業だった。
  •  これからもコンピュータをいっぱい使って授業を行ってもらいたい。
  •  コンピュータの利用価値がよくわかったし,こういう使い方があるのも初めて知った。
  •  今日はいつもより授業に対し真剣に取り組めた。
  •  良くわかったが,できれば自分で操作してみたいと思った。やっていることはわかったので,楽しかった。


写真14 授業風景
(5) 考察
 授業を実施したのは,2年次の物理選択者のクラスである。本校では2年次で化学を全員履修し,さらに物理または生物の一方を選択で履修する。例年,2年次での履修者のうち約7,8割が3年次で理科系進学を希望する傾向にあり,理数系の科目に関心の高い生徒が多い。
 運動の法則の学習は1学期末に済んでいるが,学習確認テストの結果から,定着が良いとは言えないことがわかった。例えば,授業前半の問題演習で状況の概念図に矢線ベクトルを引くのに手間取る生徒が多く,力と運動に関する基本事項が身に付いていない生徒への対応に十分な配慮が必要であった。問題演習の途中で適宜説明を入れて授助するように努めた。
 演示実験では,おもりの質量を変えて測定を繰り返し,次のような結果を得た。

表1 実験の結果
おもりの質量 加速度(論理値) 加速度(測定値)
20g

40g

60g
3.27m/s

4.90m/s

5.88m/s
3.09m/s

4.75m/s

5.71m/s
(6) 情報活用能力の評価の実際
 これまでの運動の法則の検証実験では、記録タイマや台車を使って打点の間隔を測って加速度を出す方法をとっていたが、生徒がかける手間や時間の割には実験結果の精度が悪く、生徒の意欲を必ずしも高めるものではなかった。ここが従来の方法の最も改良を必要とする点と考えて,具体的な問題に直結する形での運動の法則の検証実験に取り組んだ。
 演習問題と同じ状況を実験装置で実現させたことにより,生徒は興味・関心を高め,コンピュータ実験計測によって法則の正当性を判断するという明確な目的意識をもって学習活動を行った。また,生徒は演習問題を解くことで,事前に現象の状況をよく把握することができ,実験結果と理論値を比較する活動に意欲を持って取り組んだ。計算違いをしている生徒には,実験結果の整理が強力な反省材料となり,自己修正を容易に引き起こせることも利点となった。
 運動の第二法則の検証実験のように単純化された状況設定の中で加速度を測定するのではなく,二物体が相互作用しながら加速度運動するという現実的な状況をコンピュータによる実験計測で観察,実験を行ったことにより,質量と加速度の新たな関係に目を向け,自然現象の中の規則性や法則性の多様な側面に気付くことができた。

[目次へ]