第1章 研究の概要

1 研究のねらい

(1) 情報活用能力の育成

 今日の科学技術の進歩と経済の発展により,社会の情報化が進み,コンピュータ等の情報機器が様々な分野に入り込み,日常生活にも大きな変化をもたらしている。また,通信技術の進歩は,世界各国のあらゆる地域の出来事を瞬時に各家庭に送ることを可能にし,世界情勢をすぐさま把握できるようになった。
 学校教育では,児童生徒に過去の貴重な文化遺産を適切に伝えるとともに,科学技術の進展等社会の変化に主体的に対応できる能力や態度を育成することが期待されている。特に,上述のような情報化の進展に対しては,児童生徒が各種の情報メディアに取り囲まれて生活していることを考慮しながら,将来の高度情報社会に生きる児童生徒に必要な資質(情報活用能力)を養うための教育が必要とされている。  文部省の臨時教育審議会の第二次答申では,情報活用能力を「情報および情報手段を主体的に選択し活用していくための個人の基礎的な資質」と定義している。
 さらに,教育課程審議会に提出された文部省の資料の中では,情報活用能力の内容として

@  情報の判断,選択,整理,処理能力及び新たな情報の創造,伝達能力
A  情報化社会の特質,情報化の社会や人間に対する影響の理解
B  情報の重要性の認識,情報に対する責任感
C  情報科学の基礎及び情報手段(特にコンピュータ)の特徴の理解,基礎的な操作能力の習得

の四つが示された。
 学校教育は基礎的,基本的事項を確実に身に付けさせ,教師との間,児童生徒相互間の人間的触れ合いを通じて,知・徳・体の調和ある成長・発達を促す使命を持つ。また,できる限り実物ないし本物教育及び体験学習等を行うことを重視している。
 したがって,情報活用能力の育成を目的としたコンピュータ等の情報機器の利用に当たっては,学校教育のこれらのねらいと矛盾することなく,むしろ本来の目的,目標をよりよく実現するものであるよう心掛けなければならない。
(2) 新しい学力観と情報活用能力

 新しい学力観すなわち新学習指導要領がめざす学力観は,教育課程審議会の答申に示された「教育課程の基準の改善のねらい」の次の四つの事項に集約されている。

@  豊かな心を持ち,たくましく生きる人間の育成
A  自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成
B  国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視し,個性を生かす教育の充実
C  国際理解を深め,我が国の文化と伝統を尊重する態度の育成

 このねらいを実現するために,学習指導要領の総則第1章第1款の1に「学校の教育活動を進めるに当たっては,自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成を図るとともに,基礎的・基本的な内容の指導を徹底し,個性を生かす教育の充実に努めなければならない。」と示された。
 これは,これからの小・中・高等学校教育がめざす理念を示したものであり,各教科等の学習指導は,この理念に基づく教育の実現をめざして展開されなければならない。激しい変化を伴うこれからの社会においては,自ら考え主体的に判断し,表現できる資質や能力を育成することが重要であり,そのためには,内発的な学習意欲を喚起し,自ら学ぶ意欲や思考力・判断力・表現力などの育成を学力の基本とする学力観に立って教育を進めることが必要である。
 こうした新しい学力観に基づく学習指導が展開される場面において,情報及び情報手段を主体的に選択し,活用していくための個人の基礎的な資質としての情報活用能力は,資料の整理,仮説の設定と検証,事象変化のシミュレーション,作文や報告書の作成等の様々な学習過程の中で有効に機能することになる。
 特に情報手段としてのコンピュータについては,学習過程で生じる様々な作業をコンピュータに分担させることによって,コンピュータは知的なツールとして働き,児童生徒はコンピュータの支援を受けて,より知的かつ創造的に活動する可能性が生まれる。
(3) 教科教育と情報教育

 情報化社会に対応する初等中等教育の在り方に関する調査研究協力者会議第一次審議とりまとめでは,学校教育においてコンピュータが活用される形態として

@  コンピュータ等を利用した学習指導
A  コンピュータ等に関する教育
B  教師の指導計画作成等及び学校経営援助のための利用

の三形態があるとしている。
 このうち,「コンピュータ等を利用した学習指導」については,教師の指導方法を多様にし,既存の指導方法だけでは指導が困難な事柄について新たな効果的手段となり得る可能性を持つ。さらに,個々の児童生徒の習熟の程度,学習速度,認知スタイル,学習意欲,興味・関心等に応じて,学習指導を通して児童生徒の理解を助け,思考力を鍛え,自ら学習意欲を育て,情報活用能力の育成や,創造性をのばす上できわめて有効である。
 新学習指導要領の中では,情報活用能力の育成に関しては,直接,情報活用能力という用語は用いられていないが,関連する各教科・科目等の中でその内容が取り入れられている。すなわち,各教科・科目等の目標や内容において,情報活用能力の四つの要素を横断的に分散させるという形が取られている。
 こうしたことを踏まえて,各教科,科目等の学習指導を構想するに当たっては,情報活用能力を取り込んで単元の目標の設定を工夫したり,学習過程の中にも取り入れて内容を構成したりすることが重要である。
(4) 理科教育における情報教育

 理科教育の役割としては
  •  社会の変化に主体的に対応でさる問題解決能力の育成
  •  日常生活の中で創造的に考え,判断し,行動できる能力と態度の育成
  •  直接経験をもとに,自然の事物・現象への豊かな感受性を持って表現できる能力の育成
  •  科学的な見方や考え方を持って自然を認識できる能力の育成
などがある。
 こうしたとらえ方の背景には,社会や自然環境の大きな変化にともなって,児童生徒の日常生活において自然環境と直接に触れ合う機会がないままに,学習したりする傾向が多くなってきていることが挙げられる。こうした傾向を考慮して,自然の事象を直接観察,実験する学習を重視することが求められている。
 観察,実験などで自然現象を科学的に調べる過程の中で,コンピュータ等の情報手段を活用すれば,従前の方法では理解しにくかった情報をわかりやすく提示することができて,科学の方法をよりよく身に付けることができる。また,コンピュータ等の情報手段は,生徒の思考を補完し発展させる手助けをする道具として,生徒の知的活動を促進し,探究活動を発展させるのに有効である。
 理科教育における情報活用能力の育成は,児童生徒がおかれた社会環境や自然環境を十分考慮して推進する必要がある。理科教育においてコンピュータ等を活用する際には,次の四つの視点に留意する必要がある。
  •  探究活動や創造活動の中で活用する。
  •  学習者が主体的に学ぶ意欲や態度を養うように活用する。
  •  児童生徒相互間や児童生徒と教師の関連を深めるように活用する。
  •  自然とのかかわりを重視しながら活用する。
 理科教育における情報活用能力を育成する学習活動は,主に次のa〜eに分類される。
  1.  コンピュータ等を使って,観察,実験で得たデータを集計,処理,グラフ化し,その結果から新たな規則性を見いだす学習活動
     コンピュータのデータ処理機能を利用して,データの処理,表計算や,実験結果のグラフ化などの作業を支援し,学習の効果を上げることができる。
     その他,文章作成機能を利用した報告書作成やグラフィック機能を使った各種グラフ,絵やアニメーション等によるプレゼンテーションツールとしての利用も考えられる。

  2.  コンピュータ等を使って,実験を計測制御し,自然の事象や変化を量的にとらえる学習活動
     観察,実験では,時間経過に伴う温度変化等のいろいろな物理量を測定する活動が行われる。これらの測定において,各種のセンサーをコンピュータに接続し,A/Dコンバータを介してコンピュータで直接計測することができる。このことで,短時間に起こる現象の測定や精度の高い測定等が可能となる。

  3.  コンピュータシミュレーションで事象の因果関係を考察する学習活動
     直接経験できない事象について,コンピュータで疑似体験することによって,生徒の理解を助けることができる。コンピュータシミュレーションは
    •  実際の事象が速すぎたり,遅すぎたりして,理解が困難な場合
    •  事象が大きすぎたり,小さすぎたりする場合
    •  時刻や場所などに制約される場合
    •  複雑すぎる事象の場合
    などに有効である。
     具体的には,地震波の伝わり方,地層で断層,褶曲,不整合などのでき方,天体の運動,消化吸収,呼吸・循環,遺伝,物体の運動,イオン,食物連鎖,状態変化,分子・原子,熱・光・音についてのシミュレーションが考えられる。

  4.  コンピュータ等によって,自然の事物を検索する学習活動
     コンピュータの機能の特質の一つである多量のデータの記録・検索機能を利用して,生徒自らが,問題解決に必要な情報をコンピュータから迅速に入手できる。そのためには,分野別の動植物図鑑,岩石データ,地層データ,金属・化合物データ,気象データ等のデータベースが必要となる。

  5.  コンピュータ通信で自然環境情報を交換する学習活動  電話回線や専用回線を通して,広域にわたるデータ等を比較的短時間に収集できる。環境データや気象データの収集,教材や学習方法に関するデータの交換等がある。
 これらの学習活動において,コンピュータ本体の他に必要となる機器及びソフトウェアは次のとおりである
  1.  観察・実験で得たデータを集計,処理,グラフ化しその結果から新たな規則性を見いだす学習活動
 表計算ソフトウェア
  1.  実験を計測制御し,自然の事象や変化を量的にとらえる学習活動
 計測制御ソフトウェア
 実験計測器
  1.  コンピュータシミュレーションで事象の因果閑係を考察する学習活動
 シミュレーションソフトウェア
  1.  自然の事物を検索する学習活動
 データベースソフトウェア
  1.  コンピュータ通信で自然環境情報を交換する学習活動
 モデム
 通信ソフトウェア

 このうち,a及びc〜eについては,どのコンピュータ機種であっても,市販の機器やソフトウェアを使って学習活動をすることが可能である。
 しかし,bの実験計測については,それぞれのコンピュータ機種に利用可能な実験計測器が必ずしも市販されているわけではなく,本県のように各学校に導入されているパソコン機種が様々である場合には,実験計測について学校間で情報交換がしにくいなど不便な点が多い。
 そこで,次の六つの点に留意して,新たに実験計測器を開発し,理科の学習指導の改善・充実に資することとした。

@  どの機種のコンピュータに接続しても実験計測が行える。
A  計測制御のためのソフトウェアについて,機種間の互換性を重視する。
B  既存の指導方法だけでは実験が困難であったり,理解しにくい事柄について,実験が行えるようにする。
C  コンピュータからの1文字の制御コードで実験計測器を制御できる。
D  実験計測器のみで計測ができ,野外での実験が行える。
E  アナログ電圧の人出カ,タイマ,ビット人出カの機能を備え,広範な物理量の測定が可能である。


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