(3) 高等校の実践
@ A高等学校第2学年進路決定スキル
 ここでは,高校2年生を対象に,進路決定スキルに含まれる意思決定の過程の1つである「問題を解決するとき,複数の選択肢を考えることができる」というスキルに焦点を当てたトレーニングの実践を紹介する。
学級の実態について
(ア) 全体的な傾向
 2年生の理系クラスで,在籍41人(男子31人,女子10人)である。進路希望としては,39人が4年制大学,2人が専門学校という状況である。
(イ) このスキルを取り上げた理由
 4月にホームルームで実施したアンケート調査では,将来の職業や大学で学びたい分野を調べるに当たって,「どうしていいかわからない」と悩んでいる生徒が14.3%,「これから考えたいと思っている」と答えた生徒が47.6%であった。そこで,生徒自身が自分の進路を考えていく上で,迷いながらも自分にとって最もよいと思われる行動を選択できるようなスキルを身につけることが必要であると考えた。
(ウ) 配慮を必要とする生徒について
 自分の将来の職業や大学で学びたい分野を調べるに当たって,「どうしていいかわからない」と答えた5人の生徒と病気入院で長期欠席していた生徒について特に配慮した。これらの生徒が自暴自棄にならないように,現在の気持ちや悩みの理解に努め,目標の共有ができるように面談をしていった。
目標
 意思決定とはどういうことかを理解し,意思決定の過程において,問題を正しく把握し,複数の選択肢を考えることができるような方法・技法を学習する。
指導計画(2時間扱い)
トレーナー…担任
事前アンケート
第1時 意思決定とはどういうことかを学習する。
第2時 問題を把握し,複数の選択肢を考える。
事後アンケート
活動の実際
(ア) 活動の経過
<第1時>
<第2時>
(イ) 活動の内容
 授業ではグループ学習という形態をほとんどとらないため,生徒たちは中学校時代の給食の時間を思い出し新鮮に感じているようであった。男女比のバランスが悪いため,女子がグループ内で1人にならないよう配慮した結果,男子だけのグループが3班できてしまい,活発な意見交換を行うことが困難であった。一方,女子の入っているグループは3班あり,和やかな雰囲気で話し合いがなされていたのが対照的であった。
 スキルトレーニングでは,グループの形態をとりながらワークシートの課題についてブレインストーミングの手法を用いて実施した。その際,男子だけのグループでは,他者の意見に対して批判や冷やかしが多いため,約束事を守るよう強調しておいた。第2時のワークシートの課題では,設定事例として他に次の2つも考えておき,クラスの状況に応じて選択した。
「修学旅行に出発する日の朝,寝坊をしてしまいました。すでに集合時間になっています。そんなとき,あなたはどう行動しますか?」
「人通りがあまりない道路を歩いていたら,すごい音がして交通事故の現場に出会いました。あたりには人がいません。そんなとき,あなたはどう行動しますか?」
 以下の表1では,トレーニングを通して出された考えやワークシートに書かれた主な内容,振り返りで出た主な感想等をまとめた。
表1 スキルトレーニングでの結果と感想
  第1時(平成15年9月12日実施) 第2時(平成15年9月24日実施)
ブレインストーミングで出た主な考え 「昨日下校してから,思決定したこと」
コーラかお茶か。
学校へ行くかどうか。
テレビかゲームか。
世界柔道を見るかどうか。
音楽を聴くかどうか。
何時に起きるか。
ご飯にするか風呂にするか。
勉強(宿題)するか寝るか。
シャワーを浴びるかどうか。
朝起きるかどうか。
髪を結ぶかどうか。
塾をさぼるかどうか。
部活動をやるかどうか。
「夏休みが明けてから行った意思決定」
部活動を頑張る。体力を元に戻す。
異性の友達をつくる。
よく笑う。よく寝る。よく食べる。
塾に行く。
アドレスを変える。
宿題をやる。毎日勉強する。
定期考査を頑張る。授業を頑張る。
早起きをする。
クラスマッチの練習をする。
自分を磨く。
うがい手洗いをする。健康的な生活をする。病気をしない。
携帯の料金を安く押さえる。
無駄な時間をなくす。
ワークシートに書かれた主な内容
勝手に自分で進める。
実行委員を辞める。
一人一人に協力をお願いする。
協力してくれる人だけで頑張る。
みんなにそれぞれ役割を当てる。
怒る,注意してやってもらう。
あきらめる,何もしない。
先生や友達に相談をする。
みんなが興味をもてるようなことを考え,自ら協力したくなるようにさせる。説得する。
自分がやれるところからやる。
協力してくれるまで待つ。
先生に相談してまとめてもらう。
担任に話して協力させる。
誰かに委員を押しつける。
先生に内緒で相談する。
みんなと話し合いをする。
学校を休む。
自分の意見を出してみんなに聞く
権力をもつ人を使って協力できるようにさせる。
家族の安否を確認する。
外(近所)の様子を見る。
火災要因の確認をする。
車が動くか確かめる。
携帯がつながるか確認する。
ラジオで状況を確認する。
机の下に避難する。
そのまま寝る,布団に潜る。
避難経路を確保する。
慌てる。
安全な場所,学校に避難する。
その場で助けがくるまで待つ。
携帯電話や通帳,金,避難袋などの大切なものを確保する。
必要最低限の物をもって広い場所,体育館などへ避難する。
地震速報を見る。
倒れた家具などを元に戻す。
友達と連絡を取る。
どうしたら安全か考える。
着替える。
助けを呼ぶ。
振り返りで出た主な感想
意見をまとめるのが難しい。
話し合いになると意思決定ができない。
自分の中の意思がなかなかまとまらなかった。
いろいろな考えがあって楽しかった。よかった。
意思決定はいろいろなところで使われていることがわかった。
そのときそのときでいつの間にか選択をしていることに気付いた。
考えれば選択肢がいっぱいあった
いろいろな考えをもった人がいるんだなあと思った。
一人一人価値観が違うなと思った
二者択一では,結構みんな違っているのに驚いた。
一人一人の感性が違い,いろいろな意見が出ておもしろかった。
考えることはいいことだ。
初めての体験。新鮮だった。
疲れた。面倒くさかった。
あまりこういう時間が少ないので意見をまとめるのが大変だった。
すごく悩んだ。
選択肢はたくさんあると思った。
普段自分の行動に理由付けすることがあまりないので, 理由を考えるのが大変だった。
実際に起きたとき冷静に判断できるか不安である。
実際に行動がともなわないと意味がない。
自分の選択肢を広げ,自分で意思決定ができるようになったと思う。
もし,地震が起きて生き残れても,その後の行動で死ぬかも知れないと考えると怖い。
寝るか逃げるかで迷った。
だまし絵がおもしろかった。
楽しかった。またやりたい。
これからはもっと考えてから行動できるよう心がけたい。
(ウ) 事前・事後の調査とアンケート
 表2は,第1時のトレーニング前と第2時のトレーニング後での進路決定スキル得点の比較である。調査は,進路決定スキル尺度を用いて,4段階の自己評価で行った。
 全体平均値は,事前(38.74)と事後(41.03)で2.29伸びた。
表2 進路決定スキル得点の事前・事後の比較
(事前:平成15.9.12.実施,事後:平成15.9.24.実施 高等学校第2学年 35人)

進路決定スキル 事前 事後 t値

1. いろいろな情報を集め、新しい考えを生み出すことができる 2.66 3.00 -2.65 *
2. 出てきたいくつかの考えを詳しく比べたり、検討したりできる 2.71 3.03 -2.75 **
3. 将来役に立ちそうな、のばすべき自分の才能が何であるか考える 2.91 2.80 .70
4. 進路に関する情報を見つけるために、どこに行けばよいか知っている 2.29 2.66 -2.33 *
5. 問題を解決するとき、複数の選択肢を考えることができる 2.86 3.06 -1.42
6. 社会の問題点を把握し、批判的に考えることができる 2.66 2.80 -1.15
7. どのような仕事に就きたいか決めたなら、それにつくためにはどうしたらよいのか調べる 3.03 3.06 -.19
8. 親や先生の意見だけでなく、自分が何をしたいのか考えることができる 3.23 3.23 .00
9. 自分の目標に基づいて、進行状況を把握することができる 2.71 2.69 .18
10. 自分の適性・能力についてわかる 2.60 2.74 -1.30
11. 自分がなりたいものと向いているものの違いについて考えることができる 2.74 2.91 -1.10
12. 何が自分にとって大事なのか優先順位をつけることができる 2.60 2.89 -1.77 +
13. 問題を抱えた時、自分で解決しようとすることができる 3.06 3.09 -.24
14. 勉強でつまづいたとき、自分のわからないところを探す方法をもっている 2.69 3.09 -2.92 **

合計 38.74 41.03 -2.37 *
 項目別の比較では,質問14(0.40)が最も高く,次に質問4(0.37),質問1(0.34),質問2(0.31),質問12(0.29),質問5(0.20)の順であった。特に,意思決定と関連の深い項目である「質問2」と「質問5」の得点の結果を考えると,トレーニング効果が得られたと考えられる。
 個人別の比較では,表3のような分布になった。最高で18点伸びた生徒がいる一方で,14点下がった生徒がいた。14点下がった生徒は,配慮を必要とする生徒であった。自分の体のことで,かなり自暴自棄になっていたようであり,面談を行いながら現在の気持ちや悩みを少しでも理解できるよう心がけ,保護者が子どもの進路についてどのように受け止めているのかも把握し,援助していった。その他の配慮を必要とする生徒については,他の生徒とあまり大きな変化はみられなかった。
表3 スキル得点の増減の分布
得点の増減 人数
16〜20
11〜15
6〜10 5(1)
1〜5 16(1)
6(2)
−5〜−1 3(1)
−10〜−6
−15〜−11 1(1)
( )内は,配慮を必要とする生徒の人数
(エ) 授業後の教師の働きかけと生徒の様子
 スキルトレーニングを実施した2週間後に,ホームルームでクラス役員と委員会を決めることになった。その際,防災委員をやってくれる生徒がなかなか決まらなかった。そのため,希望者が出ない理由を聞くと,毎日のストーブの管理と灯油を入れる仕事が面倒ということがわかった。そこで,どうしたらよいかを生徒に問題提起しながらも,問題の核心はどこかを意識させ,考えられる選択肢を挙げるよう伝えた。そのときの生徒の反応としては,大きくうなずく生徒も多く,トレーニングの活用場面であることを実感できている様子であった。時間がかなり過ぎていたため,まずこちらで選択肢を挙げ,他によい選択肢がないかを確認した。選択肢は,aストーブを設置しない,b灯油入れはクラス全員で行う,c防災委員は清掃を免除するの3つになった。最終的には,2人の生徒が立候補してくれたため無事解決することができた。日常生活の中でも,今回学習した意思決定が活かされていることを示すことができた場面であった。
まとめ
(ア) 反省
班の中でのコミュニケーションスキルが不足していたため,一番よい選択肢を決めることに時間がかかり,個人の意見がそのまま班の意見として出てきてしまった。日頃から他者の意見を聞く態度や発言しても聞いてもらえるというような雰囲気づくりを心がけたい。また,個人のスキルとグループのスキルのバランスや状態も考慮していくことも重要である。さらに,グループでの話し合いの助言やフォローなどのことも考えると,TTでの実施が理想的である。
モデリングは,身近で実感がわくものを考え,ワークシートの課題は,実施するクラスの雰囲気や状況,実施時期に合わせて選択することが重要である。
配慮を必要とする生徒の把握とそのフォローアップなども事前に考えておく必要があると考える。
(イ) 考察
〈効果〉
一人一人価値観が違うことでいろいろな選択肢があることに気付き,自分の行動に幅ができる。
意思決定をした選択肢の理由を考えることで,自分の将来に責任をもち,見通しを立てることができるようになる。また,意思決定の結果がうまくいかなくても,前向きに考えられるようになると思われる。
だまし絵は,物事を一方向からだけで見ていることに気付かせるための効果的なウォーミングアップになる。
〈意義〉
自分の中の選択肢がなかなかまとまらなくても,他者の選択肢を聞く中で,選択肢が広がり,価値観の違いも認識できるようになる。
他者理解が深まり,クラスであまり交流をもてなかった人とも話すきっかけができる。
学校生活や日常生活の身近な場面が,トレーニング後のフォローアップとして活用できることで,継続的に生徒にトレーニングを実施させていくことができる。
〈留意点〉
実施時期やクラスの状況を十分考慮した上で,実施前にコミュニケーションスキルを高めるためのエクササイズを行っておくことが望ましい。
グループを構成する男女比のバランスを考える。男子は,精神的にもまだ幼い部分があり,日常生活の中で友人の意見や発言に対して批判や冷やかしが多い傾向がある。そのため,男女がバランスよく入ることでそういった雰囲気が少なくなり,男子も前向きに話し合いに参加できるようになると考える。
(ウ) 今後の課題
モデリングやワークシートの課題を進路に関連した内容にする。
スキル得点の低い生徒への2次的,3次的援助サービスを検討していく。
学級の状況に合わせたスキルトレーニングの活用について究明する。
スキルトレーニングを家庭にも紹介し意識してもらうことで,定着を図る。



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