A B中学校第1学年コミュニケーションスキル
 ここでは,中学校1年生を対象に,「友達に自分の考えを打ち明けたいとき,どう表現すればよいかわかる」というスキルに焦点を当て,コミュニケーションと対人関係の考え方,進め方,技法に関するトレーニングの実践を紹介する。
学級の実態について
(ア) 全体的な傾向
 男子21 人,女子17 人,計38 人元気で活発な雰囲気のクラスである。生徒たちは中学校に入学し積極的に新しい人間関係を構築してきた。しかし,最近何気ない一言が生徒間のトラブルに発展することが多くなってきた。入学から約5か月が過ぎて中学校の生活にも慣れ,緊張感が薄れつつあることも一つの要因であると思われる。また,それぞれの意思や欲求を表現し合うことができる友人関係に発展しつつあるとも考えることができる。ここで,小学校時代の慣れ親しんだ友人間のコミュニケーションを発展させ,相手を尊重したコミュニケーションを意識していく必要性があると思われる。
(イ) 配慮を要する生徒
A子 ・・・ 場面かん黙的な傾向があり,学校ではほとんど声を出して話をすることがない。日頃の生活には支障がないが,学級の中では孤立しがちであり,集団での活動では特に配慮が必要である。
B男 ・・・ 授業中など落ち着きがなく,物忘れが激しい。日常の一対一での会話にはほとんど支障はない。授業中の話や指示などは理解が困難なことが多い。周囲と異なった行動をとることがある。
C子 ・・・ 日頃,乱暴な言葉遣いをすることが多く,周囲から良い印象をもたれていない。友人関係のトラブルがあったときに個別指導をするが,自己を省みて改善するには至っていない。
D男 ・・・ 生活にむらがあり,できそうもないことは取り組もうとしない。常に自分がどう評価されているかを気にしており,個別での指導を受けることには抵抗がある。
目標
コミュニケーションと対人関係の考え方・進め方・技法を学習する。
相手の話を聴くときの,優しい言葉かけを学習する。
相手とのバランスがよいコミュニケーションの方法を学習する。
活動計画
トレーナー…学級担任 補助者…ゲストティーチャー
事前アンケート調査
第1時 優しい言葉かけ
第2時 バランスのとれたコミュニケーション
事後アンケート調査
活動の実際
(ア) 活動の経過
<第1時>
<第2時>
(イ) 活動の内容
【第1時 デモンストレーションの感想】
例1 無関心な応答に対する生徒の反応
デモンストレーション直後にクラス中に笑いが起こる。
話し手(Aさん)がかわいそう。
いつも自分がやってる。
けんかを売っているみたい。
聞き手(Bさん)が自分勝手だ。 等
例2 関心をもった応答に対する生徒の反応
デモンストレーション直後に拍手が起こる。
2人は仲よさそう。
優しい感じ。
気持ちよく話せそう。
(自分の)普段の生活ではありえないかも。
【第2時 デモンストレーションの感想】
例1 相手を傷つける会話に対する生徒の反応
デモンストレーション直後に大爆笑になる。
けんかを仕掛けているようだ。
Aさんはとっても嫌な感じ。威張っている。
いつも自分がやってるのと同じだ。
Bさんがかわいそうだ。
例2 自分を傷つける会話に対する生徒の反応
デモンストレーション直後に控えめな笑いが起こる。
Aさんのような人もたまにいる。
Aさんは気が弱そうだ。ちょっとイライラする。
Aさんはもっとはっきり言った方がいい。
Aさんほどではないけど,言いたいことを言えないときがある。
例3 バランスのとれた会話に対する生徒の反応
デモンストレーション直後に拍手が起こる。
実際はなかなかできない。
普通の友達同士っていう感じだ。
2人の関係がうまくいってよかった。
お互い様っていう感じだ。平和な感じだ。
(ウ) 事前・事後の調査とアンケート
 スキルトレーニングの事前と事後に,4段階の自己評価によるコミュニケーションスキル得点の調査と自由記述によるアンケート調査を行った。
コミュニケーションスキル得点の調査の集計結果より
表1 コミュニケーションスキル得点の事前・事後の比較

コミュニケーションスキル 事前 事後 t値

自分の意見や考えを表現することができる 2.69 3.06 -5.45 **
人にどう話しかけたらいいのか,どう会話を始めたらいいのか知っている 2.96 3.21 -2.28 *
異性と自然に話すことができる 2.99 3.17 -1.93 *
自分の感情を表現する方法を知っている 2.92 3.08 -1.59
仲のよい友だち同士がけんかしているとき, どうしたらいいのか知っている 2.87 3.03 -1.66
友だちの話を相手の身になって聞くことができる 3.24 3.24 .00
自分の嫌なことを断ることができる 3.11 3.06 .60

合計 20.77 21.85 -2.86 **
 表1はコミュニケーションスキル得点調査の集計結果である。この表を見ると質問1から質問5までの5つの項目で得点の上昇が見られる。また,質問1から質問3ではt値の値から,今回のスキルトレーニングによる成果が反映されていることが分かる。特に質問1の「自分の意見や考えを表現することができる」では上昇が大きい。
 これは,第2時の「バランスのとれたコミュニケーション」の学習によって,自分にも相手にも優しいコミュニケーションのスキルを理解し,自分の意見や考えを表現することへの自信をもつことができたことを示している。さらに,このスキルを生活の中で実践し確実に身につけることができるよう援助していきたい。
抽出生徒の回答より表2抽出生徒の回答
 表2は抽出生徒のコミュニケーションスキル得点調査の回答結果である。
 A子の質問6「友だちの話を,相手の身になって聴くことができる」の値が大きく低下している。A子は場面かん黙気味であり,今回のトレーニングにおいては直接の活動はせずに全体の観察をしながら学習に参加していた。低下の原因としては,スキルトレーニングを通して,自分からの関わりが必要であることへの気付きがあったためではないかと思われる。
表2 抽出生徒の回答
 生徒
項目
A子 B男 C子 D男
質問1
質問2
質問3
質問4
質問5
質問6
質問7
 B男は,注意力が散漫であり,活動には積極的に取り組んでいたものの,調査用紙には意識を集中することができておらず,内容をよく理解せずに記入してしまう傾向がある。学習の効果を高めるためにもTTなどでの対応が必要であると考える。
 C子の回答は,3つの項目で上昇しており,トレーニングを通してコミュニケーションや人間関係への意識が高まったものと思われる。
自由記述によるアンケート調査の結果より
表3 自由記述によるアンケート調査の結果
私はトレーニングをやって,とても楽しかった。(A子)
相手を傷つける言葉が最近多くなったので気を付けたいです。
どういうふうに話したらよいか分かった。
自然と,友達としゃべれるようになったと思う。
今までコミュニケーションが分かんなかった。(D男)
自分の言った言葉で相手がどんな気持ちになるかが分かった。
言葉って大切な物なんだなぁと思った。
会話の言っていいことと悪いことがわかったような気がする。
相手の身になって,よおく聴いてあげて,ちゃんと相談に乗りたい。
ずいぶん楽に話せるようになった。
もう少し,いろいろなコミュニケーションスキルもやってみたい。
 表3の自由記述によるアンケート調査の結果では,コミュニケーションに関する関心の高まりと,学習の成果についての記述が多く見られた。その中でも前述の場面かん黙的なA子は,自らの活動はほとんどなく観察中心であったにもかかわらず「私はトレーニングをやってとても楽しかった。」と答えており,A子のコミュニケーションに対する意識を知ることができた。また,生活にむらがあり,個別の指導に抵抗のあったD男は「今までコミュニケーションがわかんなかった。」と記述している。これは,今回のトレーニングが,自分の言動に対してのフィードバックにつながったためであると考える。個別の指導を受け入れないD男にとっては,特に効果的な活動であったと思う。
(エ) 授業後の働きかけと生徒の様子
授業直後の生徒の様子
授業終了後,休み時間や給食の時間などでの友人同士の会話の際,イントネーションを幾通りかに変化させて受け答えをするなど,言葉の印象の違いに焦点をあてて関わる姿が見られた。
場面をとらえてのかかわり
平常の学級での生活の中で,相手にいやな感情を与えるかかわりなどの場面をとらえ,「今のはどのパターンのコミュニケーションかな?」「相手はどんな感じを受けるかな?」といった本人にフィードバックを促すかかわりを意識した。生徒たちの反応にはほとんどの場合,苦笑いやその場で訂正をするなど自分の言動への気付きを伺うことができた。
生活ノート(5行日記)でのかかわり
友人との人間関係で悩んでいるC子の生活ノートには「・・・けっこうウチもイヤな言い方しちゃったかも・・・エ〜ン」という記述があった。スキルトレーニングを通して,A子は対人関係を考える新たな観点をもつことになった。
まとめ
(ア) 反省
 ロールプレイをすることや,友人の前で内面を表出することへの抵抗があり,取り組みが滞る生徒もいた。生徒の抵抗を軽減するための配慮が必要である。
 ロールプレイの場面において,シナリオを演じたり,横で観察したりして感じたことが表面的なものにとどまっており内面に迫るものが少なかった。これは,ロールプレイの目的や活動の方法についての教師の説明や指示が不十分であったためであると思われる。生徒の気付きを促進するための配慮が必要である。
 ロールプレイにおいて「自転車を盗まれて落ち込んでいる友人との会話」という場面設定で,生徒がシナリオを書く活動をした。書かれたシナリオのに中には,事実の確認に関することが中心となってしまい,盗まれた友人の感情に寄り添うような内容に至らないものも多かった。これは,場面設定が生徒の生活にはあまり馴染みがなく,実感をもって取り組むことができなかったためではないかと思われる。
(イ) 考察
意義
 今回の活動を通して,コミュニケーションスキル・トレーニングには,以下のような意義があると考えた。
トレーニングで身につけたスキルを意識して生活することで,円滑な人間関係を保つことができる。
トレーニングを経験することで,人間関係でのトラブルが発生した時のフィードバックが容易である。
トレーニングは,人間関係について考えるきっかけとなり,自己理解を促進することができる。
留意点
トレーニングを行う際に留意したいと実感したことを以下にあげる。
トレーニングを円滑に進める上で,生徒の抵抗を回避するための配慮が必要である。
生徒が,安心して感じたことに素直に向き合うことができるような場を構成することがトレーニングには不可欠である。
デモンストレーションが生徒に与える効果は大きい。場面設定を工夫したり,TTで行ったりして工夫し,効果的なデモンストレーションを心掛けたい。
実践を促したり,フィードバックをしたりといった事後のかかわりがトレーニングの効果を高めるために必要である。
(ウ) 今後の課題
トレーニングをさらに効果的なものにするためのトレーナーとしての資質や技法について研究する。
トレーニングにおいて,場面かん黙的な生徒や集団活動に不適応気味な生徒への対応・支援を研究する。
生徒の発達や生活環境をふまえた実施計画を作成し,意図的なトレーニングを実施する。

資料1トレーニング使用資料
【第1時『2種類の言葉かけ』デモンストレーションのシナリオ】
例1 無関心な応答
昨日,嬉しいことがあったんだ。
ふうん。
本当,本当。チョー嬉しかった。
何が。
昨日ね,駅でキムタクにあったの。
なぁんだ。
サインもらっちゃた。
別に。キムタク嫌いだもん。
映画の撮影だったんだって。
わたし,映画見ないから。
例2 関心をもった応答
昨日,嬉しいことがあったんだ。
えっ,本当に?
本当,本当。チョー嬉しかった。
それでどんなことがあったの,聞きたい。
昨日ね,駅でキムタクにあったの。
へぇ,それで,それで。
サインもらっちゃた。
わぁ,いいなぁ。
映画の撮影だったんだって。
へぇっ,撮影だったの。
もう,チョー嬉しい。
すごいね,いいなぁ。
【第1時 ロールプレイの場面設定】
友人が自転車を盗まれて,とても落ち込んでいます。その友人があなたに話しかけてきました。あなたはどのように話を聴きますか?また,どんな言葉かけをしますか。
【第2時 『3種類のコミュニケーション』デモンストレーションのシナリオ】
設定:この前遊んだとき,AさんはBさんに漫画の本を貸しました。お兄さんが読みたいと言っているので,それを返してくれるように頼みます。
1 相手を傷つけるコミュニケーション
この前の本返せよ。
えっ,何?
何がじゃないよ。貸しただろ,この前。
あー。あれね。忘れてただけだよ。そんな風に言わなくてもいいだろう。
忘れてたって?いつもそうじゃないか。
そんなことないよ。
ふざけるなよ。
ふざけてなんていないけど・・・。
いいからちゃんと返せよな!
2 自分を傷つけるコミュニケーション
ええっと。あの。この前の・・・。
何?
あの。この前貸した漫画の本なんだけど・・・
何だっけ?
うんと。この前の漫画の本。
あぁ。ごめん忘れてた。今持ってないから,また今度でいい?
あ,うん。いつでもいいんだ。別にそんなにたいしたことじゃないし・・・。
そう?悪いね。
いいよ。いいよ。
3 バランスのとれたコミュニケーション
Bさん。この前貸した漫画の本,今日返して欲しいんだけど。
あぁ,あれね。今日じゃなきゃだめ?
明日お兄ちゃんが読みたいって言ってるから,できれば今日返して欲しいんだけど。
あぁ,そうか。まだ読み終わっていないから,あと一日ぐらいあるといいんだけど
じゃあ,明日の朝まで待つよ。どう?
それなら,大丈夫だよ
じゃあ,決まりね。
【第2時 ロールプレイの場面設定】
あなたは合唱コンクールの実行委員です。練習のとき,全然協力してくれないクラスメートがいます。そんなときあなたは何と言いますか?


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