(2) 中学校の実践
@ A中学校第2学年コミュニケーションスキル
 ここでは,中学校2年生を対象に,「同年代の友人や異性とのコミュニケーションに関するスキル」の一つである「友人に自分の考えや意見を伝えたいときにどのように表現すればよいかわかる」というスキルに焦点を当てたトレーニングの実践を紹介する。
学級の実態について
(ア) 全体的な傾向
 男子19人,女子19人,計38人の在籍で,男女の仲がよく,明るく元気な学級である。学習活動や当番活動などに対して意欲的に取り組む。
 男子生徒は自分の思いや意見をもの怖じせず表現することができるが,相手の身になって発言したりすることはやや不得手である。また,女子生徒は,積極的に自分の意見や考えを表現できる生徒もいるが,全体的には意思表示が苦手で周囲に合わせている生徒も多い。
 従って,相手のことも考えずに一方的に思いをぶつけてしまい,相手を傷つけてしまうことや,自分の発言の真意が違って受け取られることからトラブルを起こしたり,自分の思いをうまく伝えることができず悩んだりする生徒がいる。
(イ) このスキルトレーニングを取り入れた理由
 生徒たちが自分たちの自由な思い,意見や考えを他者に伝えたり,受けとめたりすることは,性格によるものだけということでなく,スキルであると考える。
従って,生徒に対して,コミュニケーションのスキルトレーニングを実施することが有効であると考えた。
(ウ) 配慮の必要な生徒A子
 学級には自分の思いを表現することや他者とのかかわりをかたくなに拒もうとする生徒A子がいる。事前調査でも,7項目の平均が「2.74」であった。中でも「けんかをしている友人に対しどのようにしていいか知っている」「友人の身になって話を聴くことができる」という項目に対し,「全くあてはまらない」と答えている。
目標
コミュニケーションと対人関係の考え方・進め方・技法を学習する。
指導計画(3時間扱い)
トレーナー…相談担当  補助者…担任
第1時 教師と生徒との関係づくり(構成的グループ・エンカウンター)
第2時 相手の話を聴くときの,優しい言葉掛けを学習しよう。(本時)
第3時 自分に優しく,相手にも優しい,バランスのとれたコミュニケーションの方法を学ぼう。
活動の実際
(ア) 活動の経過
<第1時>
教師と学級の生徒との初顔合わせなので,関係づくりのために構成的グループ・エンカウンターを実施した。
実施したエクササイズ: 出会い,ネームゲーム,ジャンケンゲーム,サイコロトーク
<第2時>
(イ) 活動の内容
【ブレーンストーミングを通しての生徒の様子や気付き(考察)】
『昨日うれしいことがあったんだ』に対する返しの言葉
「どんなこと,聞かせて」「へえ」「どんなこと教えて」
「そうなんだ」「うれしいことって何」
日常会話のようにスムーズに応答ができている
A子: 「あっそう」と素っ気ない応答。トレーナーの「あっ,そう」という応答のニュアンスの違いにこだわり何度かくり返した。
無関心を装おうというこだわりを感じた。
【デモンストレーションを通しての生徒の様子や気付き】
<トレーナーと担任とのデモンストレーションを見る>
トレーナーと担任とのデモンストレーションに対して,笑いながら見ている。
否定的な応答に対し「それはないよ」「むかつく」等のつぶやきがある。
<グループ内でのデモンストレーション>
声の調子や言い方が大切であることがわかった。
否定的な言い方をされたときに,嫌な感じがした。「むかついた」
一緒に喜んでくれると倍の喜びになる。
普通の友達なら,否定的な応答はないのじゃないか?
気分によって,否定的に応じてしまうことがある。
「そう」という応答でも,尻上がりの調子で言うのと,尻下がりで言うのとでは否定的にも肯定的にも伝わることになるので,言葉の内容より調子が大切だと感じた。
日常的な会話では,肯定的な応答ができていると思われる。
教師側のデモンストレーションを見たり,自分たちの活動を通して,言葉の応答よりも声の調子や抑揚によって気持ちが伝わることに気付いたようである。
【シナリオ作成,ロールプレイを通しての生徒の様子や気付き】
<あるグループのシナリオ>(ゴシック文字が作成した応答)
聞いてよ!昨日嫌なことがあったんだ。
嫌なこと!どんなこと?
昨日自転車を止めておいたら,盗まれてしまったんだ。
えっ本当,どこで?
本当だよ。駅で,鍵かけておいたんだよ。
鍵かけておいたのに!ひどいことするなあ。探した?
探したけど,もう頭にきちゃってさ。
そりゃそうだよな。一緒に探してあげようか?
本当!助かるよ。
「むずかしい」と言い合いながらも,比較的肯定的な応答が作成されている。
雰囲気は終始和気あいあいに活動できている。
A子もグループ内の女子生徒とペアを組んで,シナリオを考えている。しかし,デモンストレーションの時のように,無関心へのこだわりは弱まっているものの,現実的なシナリオではないという思いをもっていた。
はじめは,友人の思いというより,盗まれた事実について言及しているペアもあったが,友人の気持ちに添って応答するように助言すると,上記のようなシナリオが作られた。中には,「自分だったらこう言われたい」と考え作成したグループもあった。
 A子は,このシナリオは現実的ではないという自分の構えをなかなか変えてないが,自分の思いとは別に,友人の思いに添うをシナリオ作成していた。
(ウ) 事前・事後の調査とアンケート
全体的な傾向から
 スキルトレーニングの事前と事後に,次のような項目で自己評価によるアンケートを実施した。
表1 コミュニケーションスキル得点の事前・事後の比較

コミュニケーションスキル 事前 事後 t値

自分の意見や考えを表現することができる 3.28 3.61 -2.79 **
人にどう話しかけたらいいのか,どう会話を始めたらいいのか知っている 3.53 3.89 -2.71 **
異性と自然に話すことができる 3.61 3.72 -1.16
自分の感情を表現する方法を知っている 3.67 3.78 -.94
仲のよい友達同士がけんかしているとき,どうしたらいいのか知っている 3.22 3.56 -2.16 *
友達の話を相手の身になって聞くことができる 3.61 3.50 .66
自分の嫌なことを断ることができる 3.86 3.89 -.22

合計 24.78 25.94 -2.30

(平成15年9月実施 中学校 第2学年38人)
 項目のほとんどが,事後の方が上回っている。特に項目1「自分の意見や考えを表現することができる」,項目2「人にどう話しかけたらいいのか,どう会話を始めたらいいのか知っている」,項目5「仲の良い友達がけんかをしているとき,どうしたらいいのか知っている」が大きく上昇している。
 これは,シナリオ作成の場面設定が身近な問題であったため,同じような思いをした経験のある生徒が多いことが要因と思われる。また, アンケートの記述項目にも記載してあるように,トレーニングを通して普段話したことがない級友と話をすることができたことが要因として考えられる。
 唯一下回った項目6「友達の話を相手の身になって聞くことができる」であるが, スキルトレーニングで「相手の気持ちに添って応答する」ことを意識したトレーニングであったので,自分がうまくできなかったという意識が強まった結果と考える。
 また,事後の感想からは,次のような声が聞かれた。
【事後の感想から】
最初は楽しいとだけ思っていたけど,今になってコミュニケーションについて学んだのだなと思った。またやりたい。
相手に対しての言葉一つ一つが大切なんだと思った。
人との会話で返事の大切さや,言葉だけでなく,目や手の動き(動作)で自分の気持ちが表現できることが改めてわかった。
今度からコミュニケーションスキルを思い出して楽しく話をしたいと思った。
知っているようで知らなかったことがたくさんあることに気付いた。これからも意識してコミュニケーションについて考えていきたい。
今回の授業は,今後の生活に生かせそうだと思った。
ぼくは,友達とあまりコミュニケーションが取れないけど,この授業で少し取れるようになりました。
抽出した生徒について
項目 1 2 3 4 5 6 7 合計 平均
A子(事前) 4 3 4 3 1 1 3 19 2.714
A子(事後) 4 4 4 3 2 4 3 24 3.429
 事前アンケートでは,項目5, 6に「1」全くあてはまらないと答えていた。自己表現はできるが,けんかをしているときに介入したり,相手の身になって話を聞いたりすることはしない。他者とのかかわりに対しての抵抗感が強いと考える。事後のアンケートでは,項目5が1点から2点,項目6が1点から4点に上昇している。特に,項目6「相手の身になって話を聞くことができる」は大きく上昇している。普段は他者とのかかわりをもつことが少ないA子が,今回のトレーニングを通して,級友とかかわり,感じたことを率直に表した結果と考える。
(エ) 授業後の教師の働きかけと生徒の様子
<教師の働きかけ>
生徒との会話の中で,肯定的な言葉掛けをするように心がけている。
学級内での交友が広がったことで,級友のよいところを見つけられるように意識付けしている。そして,自分のよいところと他者のよいところに視点を当てるように働きかけている。
スキルはトレーニングをしないと定着しないので,ことあるごとに意識付けをしている。
生徒とのコミュニケーションの手立てとして「聞いてよノート」を一人1冊ずつ配付し,意見交換をしている。
<授業後の学級の変化>
給食時や休み時間の会話から
言葉遣いは乱暴なところもあるが,お互いの気持ちや意見を言い合う様子が見られるようになった。また,係や当番活動など, お互いが助け合う雰囲気も見られるようになった。
アンケートの自由記述にあったように,今まであまり会話のなかった級友と言葉を交わしたことで,学級の雰囲気が和やかになったように思われる。
学級活動での様子から
行事でのグループ編成や席替えの時の話し合いでは,活発な生徒が周囲の生徒を気遣った発言が見られるようになってきた。
今までは,会話の中で自分の発する言葉について意識をしたことがなかった生徒たちが,相手に対する言葉掛けを意識するようになった。
何気ない会話の中でも,相手に対してよりも自分に対しての優しい言葉掛けが多かったが,少しずつ相手のことも気にかけて言葉掛けするようになってきた
まとめ
(ア) 反省
コミュニケーションスキルの授業を3時間通して実施したが,1時間目と2時間目の授業は,生徒たちも楽しく意欲的に活動できたが,3 時間目「自分に優しく相手にも優しいバランスのとれた言葉掛け」の授業では,授業のねらいが生徒に伝わらなかったことと,3つのコミュニケーションパターンの違いがイメージとしてもてなかったため,授業後のアンケート結果を見ても値が低かった。
「相手の話に関心をもって聴いていることを伝えるために必要なこと」をグループでのデモンストレーション提示前にしたことにより,関心をもっている聴き方と無関心な聴き方の違いに気付くことを妨げてしまった。
(イ) 考察
【意義】
言葉の選択や声の調子は,本人の性格や相手との人間関係によるものと思っていたが,円滑なコミュニケーションをとるためには,スキルトレーニングが必要なのだということを実感した。
学級において,より早く人間関係をつくるには,コミュニケーションスキルを実施することはとても効果的であると考える。
トレーニングを通して,これまでの自分のコミュニケーションの取り方が,自分に優しく相手に厳しい言葉掛けの多さに気付くことができる。また,日常生活においてコミュニケーションの取り方についての見直しを図ることができる。
自分の思いを伝えるための方法や相手の気持ちを理解する方法を学ぶことは,社会生活において,不可欠なことであると考える。
【留意点】
教師の行うデモンストレーションのシナリオにおいて,今風の言葉の使い回し(「超ムカツク」,「っていう感じ」など)については,言語環境を考え十分に考慮する必要がある。
トレーニングを実施する場合には,事前にスキルトレーニングを高めるためのエクササイズをしておくとより効果的である。
(ウ) 今後の課題
学校の中でスキルトレーニングを計画的・継続的に実施していくための必要な時間の確保をどうするか。また,生徒の成長や実態において「いつ」「どのようなスキルがよいのか」などを考慮した具体的な実施計画の作成が必要になると考える。
スキルトレーニングをするための指導者の確保をどうするか。

資料1  デモンストレーションシナリオ
パターン1
「昨日うれしいことがあったんだ」
「えっ,本当」
「本当!本当!チョーうれしかった」
「それでどんなことがあったの?聞かせて!」
「昨日水戸駅前で,キムタクに会ったの」
「へぇー,それで,それで」
「サインもらっちゃった・・・」
「わー,いいなあ」
「スマップスマップの撮影だったんだって」
「へぇー,撮影だったの,あの番組おもしろいよね」
「もう,チョーうれしかった。」
「よかったね。本当にラッキーっていう感じだね」
パターン2
「昨日うれしいことがあったんだ」
「ふ〜ん」
「本当!本当!チョーうれしかった」
「何が」
「昨日水戸駅前で,キムタクに会ったの」
「な〜んだ,そんなこと」
「サインもらっちゃった・・・」
「別にキムタク好きじゃないし」
「スマップスマップの撮影だったんだって」
「スマップスマップおもしろくないし,見てないもん」
資料2  提示資料
相手の話を自分が興味・関心をもって聴いているということを伝えるために必要なこと
言葉掛け
@ 「ええ?」「そう?」「それで?」「それから」
A 1語または2語のくり返し
B 相手が話した最後の数語をくり返す
ことば以外
@ 状態を少し相手側に傾ける
A うなずき
B 笑顔などの表情
C 視線
資料3  ロールプレイのためのシナリオ
設定
 あなたの友達が昨日,自転車を盗まれてとても落ち込んでいます。あなたはまだそのことを知りません。その友達が休み時間にあなたに話しかけてきました。あなたは友達の話をどのように聴きますか。また,友達にどんな言葉を掛けますか。
友達:

自分:

友達:

自分:

友達:

自分:

友達:

自分:

友達:

自分:



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