• 6.研究内容
  • (1)  研究主題について
     教育課程審議会答申(平成10年7月29日)(以下,教課審答申と表す。)では,教育課程の基準の改善に当たっての基本的な考え方として,「子どもたちは,幼児期から思春期を経て,自我を形成し,自らの個性を伸長・開花させながら発達を遂げていく。」と述べた上で,さらに,「ゆとりのある教育活動を展開する中で,基礎・基本の確実な定着を図り,個性を生かす教育を充実すること」を指摘している。これからの学校教育においては,個に応じた学習指導の展開を通して,子どもたち一人一人の個性を生かし,学び方や問題解決などの能力を育成することが大切であるといえる。
     本研究では,個に応じた学習指導の工夫改善を図ることが,個性を生かす教育の一層の充実につながるものと考え,本研究主題を設定し研究に取り組むことにした。
    (2)  研究主題に関する基本的な考え方
     個に応じた学習指導について
     無藤 隆氏(お茶の水女子大学教授)は,「どんな人間をとっても動かし難い独自性があるので,子どもがその例外であろうはずがない。個性教育というものがありうるとしたら,一つには,そのような個性を尊重することを意味する。個人のもつ独自のあり方において学びが成り立つのだし,そこから発して,意欲も考える力もその人にとって意味のあるものになる。」と述べている。1)学習への意欲や自ら考える力などが児童生徒にとって意味のあるものになり,児童生徒の学びが成り立つには,児童生徒の個性を尊重した教育の充実が大事であると考える。
     本研究では,かけがえのない児童生徒一人一人の存在を「個」ととらえ,児童生徒一人一人がそれぞれにもっている「興味・関心,既得の知識や技能,創造力,思考力,表現力」等々の様々な特性を「個性」と考える。
     小学校学習指導要領解説総則編(平成11年5月文部省)(以下,小学校総則と表す。)では,「児童はそれぞれ能力・適性,興味・関心,性格等が異なっており,また,知識,思考,価値,心情,技能,行動の体系も異なっている。」と記され,教師は個々の児童の特性を十分理解し,それに応じた指導を行うことが重要であると述べている。また,中学校学習指導要領(平成10年12月)解説−総則編−(平成11年9月文部省)(以下,中学校総則と表す。)では,「一斉的な指導のみならず,それぞれの生徒に応じた適切な指導方法を工夫していくこと。」,高等学校学習指導要領解説総則編(平成11年12月文部省)(以下,高等学校総則と表す。)では,「高等学校段階においては,生徒の特性,進路等が非常に多様化しており,生徒一人一人を尊重し,個性を生かす教育の充実を図るためには,指導方法や指導体制を工夫改善し,個に応じた指導の充実を図ること。」と示されている。
     以上のような点を踏まえて,個に応じた学習指導を,児童生徒一人一人の個性を十分に理解し,その違いを考慮して個を指導することと考える。
     なお,個に応じた学習指導の工夫改善を図るための二つの視点「基礎・基本の確実な定着」,「個性の伸長」について以下に示す。
    (ア)  基礎・基本の確実な定着
     小学校学習指導要領総則には,児童一人一人が基礎的・基本的な内容を確実に身に付け,自分自身のものの見方や考え方をもてるようにすることが大切であること,中学校学習指導要領総則には,基礎・基本の確実な定着を図り,生徒一人一人の特性等に応じた指導を工夫し,学習内容を確実に身に付けさせるという観点から学習指導の改善充実を図っていくことが重要であると記されている。高等学校学習指導要領総則においても,生徒が学習内容を確実に身に付けることができるよう,個別指導など指導方法や指導体制を工夫改善し,個に応じた指導の充実を図ることが述べられている。
     これらのことを受け,個に応じた学習指導の工夫改善は,児童生徒の多様な個性に配慮しつつ,校種に応じて基礎・基本の確実な定着を目指すものである。
    (イ)  個性の伸長
     無藤 隆氏は,「自分なりの疑問を解こうとする過程でさまざまなことに気づき,解こうと努力しつつ,自分のもつ種々の特性を生かそうとする。そこに個性の発揮があり,さらにもっと大事なことに,個性を鍛える過程が現れてくる。」と述べている。2)個性が発揮され,同時に鍛えられていく過程に個性の伸長があると考える。個性の伸長では,教師は,子ども自身が自分らしさを感じられるように援助・指導を行い,子ども自身は,授業の中で生き生きと活動することが大切である。本研究では,個性の伸長を図るために一層の学習指導の工夫改善を求めることとする。
     個に応じた学習指導を実践するにあたって
     個に応じた学習指導を実践するにあたって,次の二点に留意した。
    (ア)  発達段階を考慮した学習指導
     教課審答申の中の教育課程の基準の改善の基本的考え方において,各学校段階の役割の基本が示され,発達段階を考慮した校種ごとに担う役割の重要性が述べられている。
     本研究は,基礎・基本の確実な定着を図りながら個性を伸長していくために,教課審答申が求めるように,発達段階を考慮して学習指導の実践研究をした。小学校においては,個性の萌芽を大切にしながらも,基礎的・基本的なことを確実に身に付けることに重点を置いて指導をすることが大切であり,中学校においては,生徒の習熟の程度の差が生じやすいこと等も考慮し,個の違いに応じた指導を工夫するとともに,生徒個々の個性の発見・伸長を図る指導を進めることが大切である。また,高等学校においては,生徒の特性,進路等が多様化する。自らの在り方や生き方を考えさせながら,これまでに培った基礎・基本をもとにして生徒一人一人の個性を生かし一層伸ばしていくということに配慮した指導を進めることが大切である。
    (イ)  個性や学習状況に照らした評価
     校種を問わず個に応じた学習指導を進めていくにあたり,個を理解することが不可欠であり,児童生徒一人一人の個性や学習状況に照らした評価が重要となってくる。教育課程審議会答申(平成12年12月)の「児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方について(答申)」では,「評価の結果によって後の指導を改善し,さらに新しい指導の成果を再度評価するという,指導に生かす評価を充実させることが重要である」と述べられておりこのことからも,教師による学習指導の工夫改善は,児童生徒一人一人に即して行われる必要がある。評価は,結果として,教師の学習指導の改善充実とともに,児童生徒の学習のさらなる充実につなげるものとする。

    個に応じた学習指導の工夫改善に関する構想図
    図 個に応じた学習指導の工夫改善に関する構想図
    (3)  研究主題に関する実態調査
     実態調査は,個に応じた学習指導の工夫改善に関する教師の意識,授業の実態及び学習指導上の問題点を探るために実施した。
     調査期間
     平成14年9月12日(木)から9月20日(金)まで
     調査対象
    (ア)  教師
     社会・地理歴史・公民,理科,音楽,家庭及び技術・家庭,体育・保健体育,外国語(英語)の各教科について,県内の小学校100校,中学校100校,高等学校50校の教科担当者を対象に実施した。なお,調査依頼校については,無作為抽出とした。
    (イ)  児童生徒
     社会・地理歴史・公民,理科,音楽,家庭及び技術・家庭,体育・保健体育,外国語(英語)の各教科について,県内の小学校10校,中学校14校,高等学校12校から1〜3学級の児童生徒を対象に実施した。
     全教科共通設問(教師対象)の調査結果
     普段の学習指導において,「個に応じた学習指導」についての教師の意識や取り組みの様子を把握するために,以下に示す12の質問項目で調査した。調査対象回答者数は小学校教師500人,中学校教師699人,高等学校教師400人,計1,599人である。なお,調査結果は,以下の表のとおりであり,表中の各数値は各問ごとの回答者数に対する回答数の割合(%)を示す。

    【解答方法】 あなたが,担当している学級(クラス)の児童生徒やあなたの授業について,次の尺度で該当すると思われる記号を一つ選び,○印で囲んでください。
    ア あてはまる イ どちらかといえばあてはまる
    ウ どちらかといえばあてはまらない エ あてはまらない

    【質問項目】
    @個性を発揮している児童生徒が多い。
    A児童生徒の学力の差が大きい。
    B学習に興味・関心をもっている児童生徒が多い。
    C自分の考えを人前で表現できる児童生徒が多い。
    Dペアやグループで話し合い活動ができる児童生徒が多い。
    E集団の中で自他の違いを認め合い,学び合おうとする児童生徒が多い。
    F学習活動に対する自己評価(振り返り)ができる児童生徒が多い。
    G授業では,児童生徒のよさや可能性を伸ばすことができている。
    H授業では,児童生徒の基礎学力の定着が図られている。
    I授業では,多様な教材・教具を活用している。
    J授業では,学習形態を工夫している。
    K授業では,児童生徒一人一人の声に耳を傾けている。

     分析と考察について,以下に記す。
     「@個性を発揮している児童生徒が多い」については,小学校では選択肢アとイを含めると,76.6%の教師が個性を発揮している児童が多いと回答している。小学校,中学校,高等学校と進むにつれア・イを含めての選択率が低くなっている。
     「A児童生徒の学力の差が大きい」では,選択肢アとイを含め,小学校は75.2%,中学校では85.4%,高等学校では70.0%と非常に高い数値が示されている。特に中学校では他の校種に比べ,選択肢アだけを見ても数値が高い。
     「G授業では,児童生徒のよさや可能性を伸ばすことができている」については,選択肢アとイを含め,小学校,中学校では高い数値が示されているが,高等学校では5割に至らない。
     「H授業では,児童生徒の基礎学力の定着が図られている」では,選択肢アとイを含め小学校では80.6%,中学校では73.4%,高等学校では60.0%となっている。校種が上がるにつれ数値が低くなっているものの,特に小学校,中学校では基礎学力の定着に力を入れている様子がうかがえる。
     なお,各教科ごとの調査結果ついては,教科ごとの集計結果を参照していただきたい。

    表 全教科共通設問(教師対象)集計結果(割合%)
    @個性の発揮
     
    小学校19.457.223.40.0
    中学校12.355.930.90.9
    高等学校12.539.342.06.2
    全体14.652.231.31.9
    F学習活動に対する自己評価(振り返り)
     
    小学校3.653.042.21.2
    中学校9.054.334.72.0
    高等学校4.825.848.620.8
    全体6.346.840.56.4
    A学力の差
     
    小学校34.540.723.01.8
    中学校42.443.014.20.4
    高等学校30.040.027.22.8
    全体36.841.620.21.4
    Gよさや可能性を伸ばすこと
     
    小学校4.668.926.30.2
    中学校4.367.228.10.4
    高等学校1.841.850.46.0
    全体3.861.333.11.8
    B学習への興味・関心
     
    小学校24.765.110.00.2
    中学校17.664.417.60.4
    高等学校8.831.042.417.8
    全体17.656.221.54.7
    H基礎学力の定着
     
    小学校7.073.619.20.2
    中学校6.467.025.61.0
    高等学校8.351.733.26.8
    全体7.165.225.52.2
    C自分の考えを人前で表現できること
     
    小学校2.828.761.17.4
    中学校3.926.160.49.6
    高等学校4.318.049.428.3
    全体3.624.957.913.6
    I多様な教材・教具の活用
     
    小学校4.454.639.81.2
    中学校10.454.334.31.0
    高等学校4.041.147.67.3
    全体6.951.239.32.6
    Dペアやグループの話し合い活動
     
    小学校9.448.639.62.4
    中学校10.051.136.32.6
    高等学校7.525.843.423.3
    全体9.244.039.17.7
    J学習形態の工夫
     
    小学校9.465.624.60.4
    中学校13.957.527.70.9
    高等学校6.855.033.74.5
    全体10.759.428.21.7
    E集団の中での自他の認め合い,学び合い
     
    小学校6.059.034.01.0
    中学校4.751.141.82.4
    高等学校6.326.246.221.3
    全体5.547.340.56.7
    K一人一人の声に耳を傾けること
     
    小学校29.166.14.60.2
    中学校22.068.79.00.4
    高等学校20.457.120.02.5
    全体23.864.910.40.9
    (4)  研究主題に基づく授業研究
     教科・校種ごとに,研究協力員の所属校18校[小学校社会,中学校社会,高等学校地理歴史・公民,小学校理科,中学校理科,高等学校理科,小学校音楽,中学校音楽,小学校家庭,中学校技術,中学校家庭,小学校体育,中学校保健体育,高等学校保健体育,中学校外国語(英語,高等学校外国語(英語]で授業研究を行った。
    《主な参考文献》
    1) 無藤 隆 『自ら学ぶ子を育てる』金子書房,1998年
    2) 無藤 隆 「体験が生きる教室」『個性を伸ばす学習・表現・評価』金子書房,1994年


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