【授業研究4】 高等学校生物TB「動物の行動」の概日リズムにおいて,自己の身体のデータの分析・検討を通して科学的な思考力を育てる指導の工夫
(1)  授業研究のねらい
 高等学校生物1Bの「動物の行動」では,本能による行動と学習による行動を主に学習する。この学習の目的は,生物が外部環境に対して,生物体のもつ巧みな制御機構や調節の仕組みによって,安定した内部環境を維持していることを理解させることである。この行動の一つである周期活動において,概日リズムの学習は観察,実験を行う探究活動として,今までほとんど取り上げられていないのが現状である。
 本研究では,研究主題である「自ら学び,自ら考える力を育てる学習指導」をふまえて, ヒトの概日リズムを生徒に探究的に理解させるために,生徒自身の身体の生理的現象について,自ら考え計測させた。そうすることで,生徒は興味・関心を強く持つことができ,問題に対しても予想や仮説を積極的に立て,観察,実験の方法も工夫し,見通しや目的意識を持って,意欲的に取り組むものと考えた。このような工夫を通して,論理的判断力及び表現力などの科学的な思考力を育てることを試みた。
(2)  科学的な思考力を育てる手だて
 概日リズムについて理解を深める工夫
 教科書では,体内に時間を測定するしくみをもっているとだけ記されている。そこで, 「時差ぼけ」などの例を挙げながら,生物の体内には時計のような機構があって,それに基づいて生物リズムが発現していることに気付かせる。また,概日リズムの周期は,おおよそ24時間であることを説明する。その上で,生徒自らの身体を観察対象として,生理的な現象の計測を行い,概日リズムの有無を観察,実験する。また,計測データをグラフ化することで,概日リズムの有無および周期をとらえやすくする。さらに,計測機器については腕時計型のものなど計測が簡便で測定しやすい機器を準備した。生徒は自らの身体を観察対象とすることで,概日リズムについて理解を深められると考える。
 主体的に取り組み,問題を解決するための工夫
 まず実験対象を自分自身の身体とすることによって,興味・関心を持たせる。更に,自分たちが実施できる実験内容や方法を検討して計画立案し,予想や仮説を立て,それを検証する実験を自ら行わせることによって,「自分が行っている」という意識が育ち,生徒は観察,実験に主体的に取り組むものと考える。
 論理的に考察させるための工夫
 実際に観察,実験に取り組む前に自分たちで計測できる生理的現象を考え,各計測項目について,概日リズムの有無とその日周変動を予想させ,簡単な予想グラフを書かせる。計測後は,各自のデータに基づいて,パソコンを用いてグラフを作成し,予想と結果を比較,検討し考察する。また,同じ計測項目について,班内でお互いのグラフを比較,検討し,概日リズムの有無や個人差について深く考察し,意見をまとめて発表させる。
 また,計測の際には,その時々の心理状態や行動状態などの外因的なものに影響されないことが大切であるが,それぞれの計測項目について,排除すべきどのような外因的要因があるかを,その理由とともに考えさせる。
(3)  授業の実践
 単元名  刺激の受容と動物の行動
 指導計画(19時間扱い)
第1次 刺激の受容と作動体の働き(6時間)
第2次 神経系(5時間)
第3次 動物の行動(8時間)
  生まれつきそなわっている行動(1時間)
経験によって得られる行動(2時間)
動物の行動と情報伝達(2時間)
動物の周期活動(3時間)(本時は第2,3時)
 本時の指導
(ア)  目 標
 生徒相互の話し合いで実施可能な計測内容や方法について,班毎に計画し,主体的に観察,実験に取り組むことができる。
 実験結果をグラフなどに表し,話し合い活動を通してまとめ,班毎に発表することができる。
 発表や話し合いの結果から概日リズムについて理解を深めることができる。また,観察,実験の結果から新たな課題をつかみ,解明する手だてを考えることができる。
(イ)  準備・資料
 計測記録表,生徒が使用すると思われる計測機器(体温計,腕時計型の血圧・脈拍計,握力計など),パソコン及び関連機器,プロジェクタースクリーン
(ウ)  展 開
(4)  授業の結果と考察
 授業時の生徒の行動観察から
(ア)  計測項目の決定及び計測について
 第2時の計測項目についての話し合いは,自分の身体を対象に計測するということもあり,いろいろな意見が出された。最初は「瞬きの回数」などの案も出されたが,計測機器の準備の可否,学校の休み時間を利用しての計測可能かどうかなどを考慮して却下されるものもあり,そのような試行錯誤的な思考が繰り返され,積極的な話し合いが展開された。また,計測の際に排除すべき概日リズムによる変化に影響を与えてしまう要因を考える際には,日常の生活に関連づけ,熱心に考えていた。表1は各班の決定した計測項目である。
 その後,生徒たちは,班毎に決定した計測項目について各自3項目,起床から就寝まで,1時間毎3日間にわたって,熱心に計測を行った。

表1 各班の計測項目
 班計測項目
1班 体温,握力,1分間推定
2班 体温,脈拍,息を止めていられる時間
3班 体温,血圧,脈拍
4班 体温,体脂肪,クレペリン検査
(イ)  グラフ作成
 コンピューターを用いたグラフ作成では,生徒たちは簡単な操作でグラフを作成できることに驚いていた。また,データをグラフ化することで,1日の変化の様子が明らかになり,概日リズムの有無の判断の大きな手助けとなった。図1,2は生徒が作成したグラフの例である。


図1 脈拍数の変化


図2 クレペリン検査の回答数の変化
(ウ)  データの考察と発表
 第3時は,生徒が計測した項目について,各自がデータをグラフ化し,それを基に予想との比較,概日リズムの有無,他の生徒のデータとの比較等,活発に話し合いが行われた。1班では,体温と握力については概日リズムがあると判断したが,1分間推定については意見が分かれていた。2班では,体温は全員が同じような日周変動であったが,息止を止められる時間と脈拍は,変動に個人差があり悩んでいた。3班では,不眠症のE子の体温や血圧が,他の生徒たちと違って,夜になるにつれて高くなっていくことに気づき,驚きそして納得していた。4班では,就職試験でも実施されるクレペリン検査にも,概日リズムが表れることがわかり,ピーク時の午後3時頃に受験したいという意見も出されていた。
 発表は,班毎に各計測項目に関して,日周変動の様子,概日リズムの有無とその理由等について,代表が行った。
 生徒たちは,他の班の発表を聞き,納得したり驚いたり,また新たな疑問や課題が見いだせるようになった。その後の話し合いも活発に行い,時間が足りなくなるほどであった。

資料1 予想と結果の例
(エ)  生徒の考察・感想より
 資料2は授業後の生徒の考察・感想の例である。自分で実験の内容や方法を考えることについては, 「最初は悩んだけれど,興味を持った内容なので,大変楽しくできた。」等の意見が多かった。
 また,計測やまとめについては「計測は面倒くさかったが,自分の体のことが分かって良かった。」,「班で話し合いながらやるのはとても楽しかった。」,「パソコンで初めてグラフを作成でき,変化がよく分かったのが嬉しかった。」等の肯定的な意見が多くあった。
 一方,「時間が足りなかった。」との感想もあり,「各個人の生活環境によって,リズムは変化するのだろうか。」との新たな疑問もあった。


話合いの様子


資料2 考察・感想の例
(オ)  授業後の科学的思考力の変容について
 表2は,計測の前後で各生徒が考えた, 本来の概日リズムによる日周変動に影響を与えてしまう排除すべき要因の数と例である。
 生徒Aの例をみても,計測前では「体調」などの漠然とした要因しか推測できなかったのが,計測後には「風呂の後には計らない」などの具体的条件設定を考えられるようになった。
 クラス全体の要因数の増加をみても,生徒たちが実際の計測結果や話し合い活動を通して,科学的な見方や考え方を育んだものと考えられる。
 図3は授業前後の意識・実態調査の各項目の回答の平均値をまとめたものである。すべての項目で数値が上昇しているが,特に「b」,「c」,「d」,「e」が,大きく上昇した。これらのことから,今回の実験を通して,生徒たちは見通しを立て工夫した実験を行い,話し合い活動によって,理科を日常生活に結びつけて考えられるようになり,科学的な思考力が育ったものと考えられる。

表2 生徒の考えた要因数



 理科の授業は楽しいですか。
 理科の授業はこれから生活していく上で役立つと思いますか。
 結果を予想したり見通しをもって実験・観察に,取り組んでいますか。
 自分で工夫して実験・観察を行っていますか。
 実験・観察の結果について,友人と話し合ったりしていますか。
 他の人(班)の実験・観察結果を聞いて,自分の考えを見直したり深く確かめたりしていますか。

図3 授業前後の意識・実態調査結果
 (平成13年10月18日,11月12日実施第3学年21人)
(5)  研究授業の成果
 「『動物の行動』の概日リズムにおいて,自己の身体のデータの分析・検討を通して科学的な思考力を育てる指導の工夫」のテーマで授業研究を進めてきたが,その結果以下のような成果が得られた。
 自分の体を観察対象とし,実験項目や方法なども自分たちで考え出していくことで,自ら学び自ら考えるという主体的な取り組みがみられ,概日リズムについての理解も深まった。
 データをグラフ化することで,概日リズムをより深く理解することができ,予想と結果を比較・検討することで,思考力が高められることが分かった。
 各自のグラフを比較検討したり,各班の発表を聞いて,概日リズムについて話し合うことで,論理的に考えたり,自らの考えを見直したり深めたりした。また,新たな課題を見いだすこともできた。
(6)  今後の課題
 本授業研究を進めてきたが,今後,思考力をより高めていくために,理由や結論を導き出させる場や新たな課題を見いださせる場の設定や時間の持ち方を工夫するなど,研究を更に深めていきたい。

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