はじめに
 中央教育審議会において,今後の教育の在り方として,「ゆとり」の中で「生きる力」を育むことを重視することが提言されている。職業は人が生きる上での重要な活動の一つであり,職業に関する専門教育は,この「生きる力」の育成を図る上で重要な柱の一つであるとともに,創造性の基礎を培うためにも大切と思われる。
 専門高校は,従来から理論を主とする座学の授業のみならず,実験・実習に多くの授業時間を充て,ものづくり等の実践を通して望ましい勤労観・職業観を育むとともに,豊かな感性や創造性を養う総合的な人間教育の場としても大きな機能を果たしている。
 しかし,近年社会は大きく変化しており,高度の専門的な知識や技術・技能を有する人材がこれまで以上に求められてくる。そのため,これからは自ら学ぶ意欲や主体的に学ぶ力を身に付けるとともに,生徒が自ら考え,判断する力,自分の考えを的確に表現する力,課題を発見し解決する能力などを育成することにより,創造性の基礎を培い社会の変化に主体的に対応し行動できるような教育が大切と思われる。また,生涯学習の視点を踏まえた専門教育を考えた場合,生涯にわたって学習する意欲と態度を育成するとともに,専門性の基礎的・基本的な知識や技術・技能,学習の仕方などを確実に身に付けさせることを重視し,卒業後においても継続して専門能力を向上させるための基礎づくりも大切と思われる。
 そこで,教師の柔軟な指導計画のもと,専門教育としての基礎的・基本的な知識や技術・技能の習得を図り,学び方などを身に付けさせることにより,自ら学ぶ意欲を高め,創意工夫する態度を育てる学習指導の在り方を究明するため,本研究に取り組んだ。
   
 研究のねらい
   農業・工業・商業の各教科において,教師の柔軟な指導計画のもと,専門教育としての基礎的・基本的な知識や技術・技能の習得を図ることにより,自ら学ぶ意欲を高め,創意工夫する態度を育てるための学習指導の在り方を究明する。
   
 研究主題に関する基本的な考え方
   自ら学ぶ意欲は,学習内容として直接学び取らせることはできないが,主体的な学習者を育成するための重要な資質であろう。そのために,専門教育において,生徒自らが学習課題を設定し,解決の筋道を考えて課題の解決を図り,何をどのように学ぶかという主体的な学習の仕方を身に付ける学習過程を通して,学ぶ意欲が育成されるものと考える。
   
 農業・工業・商業における創造性に関する実態調査
   研究協力員の所属する県立高等学校の生徒及び教師
  (1) 調査対象
    児童生徒 …… 研究協力員の所属する県立高等学校6校の第3学年各2学級〔農業(食品化学科・農業土木科・緑地土木科・園芸科)工業(機械科)・商業(商業科・情報処理科・情報会計科)〕を対象とした。回答者数は,401 人。
    児童生徒 …… 研究協力員の所属する県立高等学校(農業・工業・商業)6校の教科担当教員を対象とした。回答者数は,113 人。
  (2) 実施時期 平成10年10月12日から平成10年10月17日まで
  (3) 調査項目,調査結果及び分析
    【表中の数値は,回答者数に対する各問の回答数の割合(%)である。】
    生徒の実態調査
      (ア)  専門教科の授業について
        表1、表2  授業に対する取り組み(表1)では,農・工・商とも概ね4割を超える生徒が楽しいと答えている。
 その理由(表2)としては,農業科の生徒が「実習が多い授業のとき」「生活に生かせる内容のとき」をあげており,工業科の生徒の大部分は「実習が多い授業のとき」をあげている。一方,商業科の生徒は,「資格の取れる内容のとき」,「授業がよく理解できるとき」,「実習が多い授業のとき」の順に楽しいとしている。これらの結果から,それぞれの学科の特徴が反映されていると考えられるが,いずれにしても,教師側では授業の内容をよく理解できるように指導法の工夫や改善が必要と思われる。
      (イ)  「課題研究」について
        表3、表4、表5、表6  課題研究のテーマ設定(表3)では,農業科,工業科とも「実際的・体験的内容を多く学ぶ」,「応用性のある知識・技能の習得」を理由にあげており,生徒の課題研究に対する意欲が感じられる。また,商業科の生徒は「応用性のある知識・技能の習得」を1番にあげているが,「力・適性・進路等にあった内容」を2番にあげており,卒業後の実社会において活躍しようといる意気込みが窺える。
 次に,課題解決への取り組み状況(表4)では,それぞれの学科とも「昨年と部分的に同じ方法で」としているが,工業科では「昨年と全く別な方法で」が次いで多くなっている。商業科では,「昨年と全く同じ方法で」が24.2%あるものの,どの教科も新たな方法を模索している様子が感じられる。
 また,課題解決への過程(表5)では,どの学科の生徒も「グループの仲間と一緒」に考えながら進めているようであるが,「既習の知識・技能を生かす」ことや「自分なりの考えとやり方」で進めている生徒もいることは,課題研究の趣旨が生徒の間でも定着しつつあるように思われる。
 学習の成果に対する評価(表6)については,「自分なりに満足がいけばよい」とする生徒がそれぞれの学科で多く記されていることや,「先生から学習の過程について」も評価してほしいと望んでいることから,現行の学習指導要領に沿った学習活動が展開されいると窺える。
      (ウ)  生徒が望んでいる授業について
        表7 生徒が望んでいる授業  生徒が望んでいる授業は,それぞれの学科とも「ポイントを押さえてゆっくりと」としている。農業科・工業科では「点数だけでなく学習態度など」が次いで多く,商業科では「学習の内容だけでなく学び方も」が多い。教師側は,評価の方法にも工夫を図るなど,学習に対する学び方についても学ばせ生徒を多面的に評価できるような指導を心がけることが大切であろう。
    教師の実態調査
      (ア) 創造性の育成と創造的活動について
        表A、表B  創造性の育成(表A)では,それぞれの学科とも「自ら学ぶ意欲や主体的に学ぶ力」が多い。工業科・商業科では「知識や技能を生活に生かす力」が次いで多く,生徒の内発的な学習意欲を喚起し,単に知識の習得に止まることなく,生徒のよさを引き出しながら,日常生活と関連した教材等の活用を工夫することが大切と思われる。
 創造的活動(表B)では,農業科・商業科で「ものごとを多面的にとらえる」,工業科は,「基本的な考え方を押さえる」が多い。また,いずれの学科でも「自分に適合した考えで作り出す」も多い。この結果から,創造的活動をさせるには,生徒が基本的な考え方のもと,ものごとを多面的に検討し,他のことと関連づけて考えられるような学習活動が展開できる指導の工夫が大切と思われる。
      (イ) 創造的思考力の育成について
        表C 創造的思考力の育成  工業科・商業科では,「アイデア等が得られる場面」をあげている。農業科では,「作業を通して検証できる場面」が多く,商業科でも2番に多い。また,農業科では,「生徒自らの経験が生かせる場面」も多い。この結果から,教師は,生徒のささいな疑問や気づきを大切にし,既習の学習で得た知識や技術が生かせるよう体験活動を一層重視した指導計画を工夫する必要があろう。
      (ウ) 学習活動での援助について
        表D 自ら考え,判断する力の育成  生徒が自ら考え,判断する力の育成(表D)では,それぞれの学科とも「判断するための基礎知識の習得」としている。教師は,生徒が基礎的・基本的な内容の確実な定着が図られるような指導の工夫が大切と思われる。

 学習意欲を高める手だて(表E)で 表E 学習意欲を高める手だては,農業科・工業科とも,「興味関心を引き出す教材の工夫」,商業科では「習熟度に応じた指導法の工夫」としている。教師は,(表7)からも明らかなように,学習内容の精選と生徒のよさを引き出せる多面的な評価の在り方を工夫する必要があると思われる。

 習得した知識・技能を生活で生かす手だて(表F)では,農業科・工業科とも「身の回りの自然を教材化する」,商業科では,「日常生活で生かせる場の工夫」としている。
 また,いずれの学科でも「課題解決的学習を取り入れる」としており,教師は,生徒が身近に感じる素材を教材として取り上げ,生徒の生活を基盤とした学習活動を工夫する必要があるように思われる。

 学習の効果をあげる工夫(表G)では,いずれの学科とも「発問や適切な助言の工夫」,「意欲を高める人間関係づくり」としている。このことから教師は,生徒一人一人を学習の各場面で生かせるような指導法を考える必要があるように思われる。
  (4) 実態調査結果のまとめ
     教師は,生徒の創造性を培うためには,生徒が既習の学習で得た知識や技術が生かせるような体験活動を通して,自ら学ぶ意欲と主体的に学ぶ力を育成することが大切と考   えている。
     教師は,授業において生徒を創造的に活動させるには,農業科と商業科ではものごとを多面的に捉え,他のことと関連づけて考えさせること。工業科では,ものづくり等において基本的な考え方を押さえることが大切と考えている。
     生徒は,実技・実習の授業が楽しいと答えている。農業科・工業科では,ものづくり等の実践を通して,豊かな感性や創造性の基礎が培われるものと思われる。商業科では,資格取得をあげている者が多く,将来の進路を考えてのことと思われる。
   
 研究主題に迫るための手だて
   生徒及び教師を対象とした実態
  (1) 生徒の内発的な学習意欲を喚起し,主体的な学習活動ができる場や機会を設定する。
  (2) 生徒の問題意識やイメージを膨らませるような教材を工夫する。
  (3) 生徒のものの見方や考え方を深め,広げる学習の過程を工夫する。
  (4) 「課題研究」においては,長期的に生徒の変容を把握し,その後の学習活動の援助に生かせる評価方法の工夫・改善を図る。(指導と評価の一体化)
  (5) 体験的な活動の場を設定し,課題の焦点化を図る学習活動を工夫する。
   
 授業研究
   研究の基本的な考えと実態調査の結果を踏まえ,専門的な内容の基礎的・基本的な知識や技術・技能の習得を図り,自ら学ぶ意欲を高め,創意工夫する態度を育てる学習指導の在り方を究明するため,農業科・工業科・商業科の各教科において授業研究を行った。


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