はじめに
 教育課程審議会答申(平成10年7月29日)では,教育課程の基準の改善のねらいの一つである「自ら学び、自ら考える力を育成すること」の中で,「…自ら学ぶ意欲や主体的に学ぶ力を身に付けるとともに、試行錯誤をしながら、自らの力で論理的に考え判断する力、自分の考えや思いを的確に表現する力、問題を発見し解決する能力を育成し創造性の基礎を培い、…(中略)各教科等や『総合的な学習の時間』などにおいて、体験的な学習、問題解決的な学習、調べ方や学び方の育成を図る学習などが重視される…。」と述べられている。
 社会・地理歴史・公民科(以下社会科とする)の学習においては,社会的事象とのかかわりの中で,自分なりに問題を発見し,問題解決の方法を考え,主体的に追究することを通して,社会的なものの見方や考え方を獲得できるようにすることが大切であると考える。そこで,社会科の研究主題を「自ら問題を見付け,問題解決に主体的に取り組む社会科学習の指導の在り方」と設定した。昨年度は,研究主題にかかわる意識実態調査や授業研究を行い,社会科学習指導上の問題点を明らかにした。本年度は,明らかにされた成果や課題を踏まえ,授業研究を行うことによって社会科学習指導の改善の方向を探ることにした。
   
研究のねらい
   県内の小学校,中学校の社会科担当教師,高等学校の地理歴史・公民科担当教師及び児童生徒を対象として,社会科学習指導に関する意識実態調査を行い,研究主題にかかわる社会科学習指導上の問題点を明らかにする。そして,意識実態調査の結果を踏まえ,社会科学習指導の改善に向けて,指導方法や教師の支援の在り方について研究する。
   
研究主題に関する基本的な考え方
   本研究では,創造性の中の「創造的思考力」の育成に視点を当て,社会科における創造的思考力を「社会的事象と出会う中で自ら問題を見付け,問題解決の方法を考え,主体的かつねばり強く追究することを通して,自分なりの新たな社会的なものの見方や考え方が構築できるよう思考する力」ととらえた。
 社会科の学習において,「自ら問題を見付ける」とは,「社会的事象との出会いや児童生 徒相互の意見の交流によって得られた情報や考えを,既習事項や自分の生活経験と照らし合わせてみたとき,自分なりに対立や矛盾,不明瞭さなどを感じ,どうしても調べずにはいら れない問題として明確にとらえられること」ととらえた。また,「問題解決に主体的に取り組む」とは,「問題の解決に向けて,自分なりに追究方法や内容を自己決定(選択)し,資料を収集したりまとめたりしながら,自分から問題解決に取り組むこと」ととらえた。「自ら問題を見付け,問題解決に主体的に取り組む」ことを通して,自分なりに新たな問題を発見したり,様々な観点から自分の考えをとらえ直したりすることにより,それまでの自分の社会的なものの見方や考え方が広がり深まっていくと考える。
   
研究主題にかかわる意識・実態調査
   県内の公立小・中・高等学校の児童生徒及び教師を対象として,創造性に関する社会科学 習指導について意識実態調査を実施した。
  (1) 調査対象
    児童生徒 …… 校種別に学校規模や地域性を考慮して,調査校を抽出した。抽出した小学校の児童数は520人で,県内の全児童数(4〜6年)の0.5%,中学校の生徒数は1,394人で,県内の全中学校生徒数の1.2%,高等学校の生徒数は1,111人で,県内の全高等学校生徒数の1.4%である。
    教師 …… 生徒の調査対象として抽出した小・中学校の社会科担当教師,高等学校の地理歴史・公民科担当教師を対象とした。抽出した小学校の教師は111人で,県内全小学校教師数の1.4%,中学校教師は66人で,県内全中学校教師数の1.2%,高等学校教師は66人で,県内全高等学校教師数の1.4%である。
  (2) 実施時期  平成10年9月25日から10月9日まで
  (3) 調査項目,調査結果及び分析
   
  • 社会科学習指導に関する調査項目数は,児童生徒と教師に対してそれぞれ5項目とした。そのうち特に研究主題にかかわる項目について小・中学校は3項目を示し,高等学校については,2項目を示した。
  • 調査項目についての質問を表内の質問事項に示した。
  • 表中の数値は各問毎の回答者数に対する回答数の割合(%)である。
    【小学校・中学校】
    学習問題の設定(把握)に関すること
表1 自分なりに学習問題がもてるとき   表2 学習問題がもてるようにする工夫
       児童生徒は,「自分で調べてみたいな知りたいなという問題がもてるとき」として,エの「社会の出来事や事実に対して『不思議だな』と感じたとき」やオの「分かっていると思っていたことが分かっていないなと感じたたとき」,イの「資料を見たり,調査をしたりして『おかしいな』と感じたとき」と答えている。教師は,小学校,中学校とも社会の出来事に目を向かせ,疑問をもたせる工夫をしており,この点では,児童生徒の意識と教師の手だてについてずれは見られない。しかし,児童生徒がオを挙げているのに対し,小学校,中学校とも,児童生徒に,分からないことがまだたくさんあることに気付かせる工夫をしている教師は少なく,この点で児童生徒の意識と教師の手だてにずれが見られる。
    追究の見通しに関すること
表3  問題解決方法を見付けるには   表4  追究の見通しをもたせる工夫
       問題解決に向けての方法について,児童はウの「今まで学習してきた調べ方を基に自分なりに工夫して考えている」やエの「調べる方法を考えずに,教科書や資料集から調べている」と答えている。一方,中学校では,生徒はエの「調べる方法を考えずに,教科書や資料集から調べている」,イの「友達の調べ方を見て考えている」と答えている。教師は,小学校,中学校とも調べ方や資料について情報交換の場を設けたり,学習経験を基に自分なりの調べ方を工夫したりできるように援助している。小学校では,学習経験を基に自分なりの調べ方ができるよう援助することが,中学校では,調べ方や資料について情報交換できるような場を設定していることが,児童生徒が調べ方や学び方を考える上で有効に機能していると考えられる。
    問題解決への主体的な取り組みに関すること
表5  自分から問題を解決しようと思うとき  表6 主体的に取り組めるようにするための工夫
       児童生徒の多くは,「自分から学習問題について調べ,解決していこうと思うとき」として,アの「本当に調べたいと思う学習問題について調べるとき」,エの「友達と協力しながら学習を進めているとき」と答えている。小,中学校の教師の多くが,「児童生徒が主体的に問題解決に取り組めるようにするための工夫」として,イの「学習問題,追究方法などを選択できるような場を設けている」,エの「児童生徒が協力して学習できるよう学習形態を工夫している」と答えている。この結果から,小,中学校の教師は,問題意識がもてるような場や解決方法などを選択できるような場を設定し,児童生徒が主体的に学習に取り組めるよう工夫していることが分かる。
    【高等学校】
    授業の進め方に関すること
表1 授業の進め方で望むこと  表2 授業展開の工夫
       生徒の回答は比較的平均しており,プリントや校外学習,視聴覚教材を取り入れた多様な学習形態を望んでいるのは,多角的に知識を得ようという意識の現れともとれる。抱いた疑問をみんなで話し合って解決していくという形を望む生徒が少ないのはコミュニケーションが苦手な生徒の意識の反映であろう。教師側では,説明を中心とした教師主導型の授業を実施しているという回答が圧倒的に多く,生徒の要望とはかけ離れたものになっている。
    授業の内容について
表3 授業で教えてほしいこと  表4 授業への生徒の目的意識
       生徒が授業内容に期待するのは半数近くの回答が,一般常識としての知識を得たいということである。
 各学年ともに「教科書の内容を丁寧に」,「受験に直接結びつく知識」と回答した数は,それぞれ15%前後であり,地理歴史・公民科の学習に対する生徒の目的意識がうかがえる。反面,教師の側は,生徒が身近な問題にあまり関心をもっていないととらえている。このことは憂慮すべきであり,現代社会に生きる一員を育てる意味でも,社会的事象と直結した問題を,これまで以上に取り上げることが必要と考えられる。
  (4) 調査のまとめ
    【小学校・中学校】
   
  • 学習問題に関することでは,児童生徒も教師も「社会の出来事や身の回りの生活事象に対して,不思議さや驚きの中から設定したものについて,追究しようとする意欲が高い」としている。事実認識に十分時間をかけ,児童生徒の意識の中に,今までの既習事項や生活経験では説明できない新たな疑問や問題意識を醸成することによって,切実感や必要感に基づく真の学習問題がもてるようにする工夫が大切である。
  • 追究の見通しに関することでは,児童は,過去に学んだ「学び方」をもとに問題を解決しようとしているのに対して,生徒は,直観的な判断により解決しようとしている。児童生徒が,自分の学習経験を生かしたり,相互の情報交換から新たな発想で解
  • 児童生徒が自分から調べ,学習問題を解決していけるようにするためには,自分なりに分かったことと分からなかったことを明確にできるよう,自己評価や相互評価を取り入れ,次の学習への自己目標がもてるような手だてが必要である。また,自分で調べようとする問題や追究の方法を自己決定(選択)できるよう,学習過程の複線化を図っていくことが大切である。
    【高等学校】
   
  • 今回実施したアンケートの結果から,個々の生徒はそれぞれ多様な興味・関心を抱き,主体的に学習しようという意識をもっていることが明らかになった。しかし,その具現化の方法を認識していないのも事実である。時間の制約や授業進度,進路など,問題は山積みしているが,たゆまぬ研修によって知識を獲得するとともにより時宜にかなった情報の収集に努め,その伝達を工夫することが大切であると考える。
   
研究主題に迫るための手だて
  (1) 事象とかかわる中で,児童生徒が自分なりに問題を見付けることができるようにする。
   
  • 事実認識の時間を十分確保し,体験的な活動を取り入れたり,地域人材の活用を図ったりすることによって,児童生徒が社会的事象(こと・もの・人)と自分とのかかわりを深め,内面から問いがもてるようにする。
  (2) 児童生徒が,自分の問題の解決に向けて見通しがもてるようにする。
   
  • 何をどのようにして解決(追究)していくか児童生徒が自分なりに学習計画を明確にできるよう学習計画書や学び方・調べ方の手引きを作成し,その活用を図る。
  (3) 追究の結果やそれについての自分の考えを交流する場を設定する。
   
  • 自分で調べたことや考えたことを自分なりの方法で表現する場を設定する。
  • 追究の過程や結果を通して考えたことや学習の方法を自分なりに見直したりとらえ直 したりできるよう,情報交換の場を設ける。
  (4) 解決方法,調べる観点について自己選択(決定)する場を設定する。
   
  • 調べる内容や方法を児童生徒が自己決定(選択)できるよう,複線型の学習過程を構成する。
   
授業研究
   研究主題に迫るため,上記の(1)〜(4)の具体的な手だてを講じ,小学校・中学校・高等学校(日本史・現代社会)において授業研究を行った。


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