【授業研究4】 高等学校第3学年日本史「『日本史ニュース』を作って分かりやすく解説してみよう」において表現力を育てる学習指導の在り方
(1)  授業の構想
 本研究の研究主題は「豊かな表現力やコミュニケーション能力を育てる社会科学習の指導の在り方」である。研究主題に近づくためには,生徒の日常的・社会的な他者との意志疎通の経験がどの程度のものかを観察しておく必要がある。また,従来の自己表現方法が情報機器の発達によって変化しており,それに対応して生徒の意思伝達の意識や方法にも変化が見られることも留意する点である。
 本学習は,自分の関心のある歴史的事象や人物について調べ,「ニュース解説」番組仕立てにまとめて,他の生徒に分かりやすく解説することを活動の中心として,その全体において他者とのかかわりを重視していくものである。
 まず生徒は,関心のある歴史事象が共通する他の生徒と少人数(2〜4名)の班をつくる。班では,調べた情報をいくつかの中間報告書にまとめ,自己活用目的の基礎的資料とする。それらをもとにコンピュータのプレゼンテーションソフトを活用し,各班は自分たちのテーマに基づいた「ニュース」を作成して,他の生徒に分かりやすく解説できるような解説計画を立案する。各班による発表(親機からモニターへ)を通じてどのニュースや解説が分かりやすくおもしろいか検討する。その後,質疑応答を行い,分かりやすい発表をするには何が必要かを考えていく。その中で,確実なコミュニケーションの方法・技術と,他者に自己の考えを伝えるとはどういうことかを考察させ,その能力を高める方法を考えていく。
 なお,本研究は,平成12〜13年度の2年間の継続研究である。昨年は,同様の研究主題のもとに,第3学年地理「旅行プランを自分で作って海外旅行に出かけよう」において,コンピュータのプレゼンテーションソフトを活用した授業を実践し,成果を収めた。本年度の研究は,日本史において,同様の成果が収められるかどうか実践してみようという発想のもとに行ったものである。
(2)  指導の手だて
 社会的な生活の中で,他者との意志疎通が重要であることを認識することができるようにするための工夫
(ア)  アンケートによる生徒の実態把握
 授業に先だって生徒のコミュニケーションの在り方や情報機器の操作・携帯電話等を利用した通信がどの程度であるか,また他者との意思伝達の経験が日常的・社会的にはどうかを把握し,指導に役立てる。
(イ)  班学習と発表による協力と意見交換の場の設定
 少人数の班で学習や作業をさせることにより,他人に任せきりにすることなく自己責任をもって取り組み,他の生徒の意見も入れて学習できるようにする。また,情報機器の操作,発表者等に役割分担をさせ,打合せの話し合いを十分にさせる。
(ウ)  各班発表後の検討
 分かりやすい発表をした班はどこかを検討しその班に再度解説をさせる。なぜ分かりやすかったのかを検討させ,事件・事象の正確な伝達を通して,意思の伝達をする上では何が大切なことかを考えさせる。
 急速に発展し多様化する情報化社会の中で生きるために必要な心構えを考えさせるとともに,情報機器の活用による表現の意味を考えさせる工夫
(ア)  多様な方法による資料収集の提案とポートフォリオ
 歴史における調べ学習での基本的な資料は書籍(参考文献)ではあるが,活用できる資料は,テレビ・ラジオ番組,音楽CD,ビデオ,インターネットなど多様であることに気付かせ,書籍(新聞・雑誌等を含む)だけに限定されるものでないことを示す。また,収集後はその活用方法について考えさせる。
(イ)  情報機器操作の基礎的な習熟
 身近なものになりつつあるコンピュータの使用方法について基礎的な使用技術を身に付け将来の自己表現や意思伝達にも活用できるようにする。
(ウ)  新しいメディアの使用による発表形態への適応と心構え
 効果音や映像まで取り入れられるプレゼンテーションの方法に適応させ,情報の受け取り側でなく送り手側に立つことによって,テレビ番組などのメディアから流れる映像や音楽も巧みに人間の心理に働きかけて作成されていることに気付かせ主体的な情報選択能力を養成する。
(3)  学習指導案
 学習活動計画(30時間扱い・単位数4)
 本時の学習活動(2時間扱い)
(ア)  本時の目標
 興味・関心のある日本史上の事象や人物について,各班の設定したテーマに基づいて資料を収集して調べ,「日本史ニュース」という形での報告・発表をもとに歴史事象を多面的・多角的に考察し,理解を深める。また,分かりやすさを評価しながら解説を聞くことによって,明確な意思伝達はどのようにすれば可能であるかを考える。
(イ)  準備
 各班の発表資料,「聞き取りメモ&評価シート」綴り,
 資料提示用装置(コンピュータ[親機からモニターへ]等)
(ウ)  展開
(エ)  各班のテーマ・サブテーマ
・1班: 源義経
─その伝説を中心に─
・2班: 毛利元就
─戦国を生き抜いた武将─
・3班: 元寇
─神風が吹いた─
・4班: 太平洋戦争
─天皇は神!?政府に騙された国民─
・5班: 東京遷都
─京都から東京に都を遷したワケ!!─
・6班: 新撰組
─知られざる志─
・7班: 豊臣秀吉の制覇
─「本能寺の変」の遠因は秀吉の苦戦にあった─
・8班: 赤穂浪士
─命をかけた男たち─
・9班: 水戸黄門伝説
─知られざる水戸光圀─
・10班: 坂本龍馬
─知られざる龍馬の世界─
・11班: 開国と幕末の動乱
─ペリー来航後の日本─
・12班: 戦国時代
─織田信長を中心に─
・13班: 飛鳥時代
─聖徳太子と文化─
・14班: 幕末
─大政奉還から戊辰戦争まで─
・15班: 室町時代の文化
─北山文化と東山文化─
(4)  授業の考察
  社会的な生活の中で,他者との意志疎通が重要であることを認識することができるようにするための工夫
 事前の準備としてアンケートをとり,生徒の日常生活での他者との意思伝達やコミュニケーションの実態及び情報機器への適応はどうであるかを確認し,コンピュータを使用した授業展開が可能か否かの目安とした。結果は対応可能な範囲であると判断できたので, 今回の授業の目途がついた。まず導入として,教師側が用意したテーマ例を見させ,生徒は興味のある事象や人物を上げ,関心が同じ傾向の者同士が「グループ登録用紙」を書き班を編成した。人数は1班あたり2〜4名として15班の編成となった。この過程でも, どの時代を調べるか,その見通しなどについて,生徒同士の話し合いが非公式にもたれていた。この間にプレゼンテーションとはどのようなものかを理解させるため,1時間ほどの市販解説ビデオを視聴させた。興味別の班ができると「サブテーマ設定申告書」を提出させ,何をテーマとしてニュース企画を立てるか考えさせた。サブテーマが決定するにはある程度の知識の集積が必要で意外と時間がとられた。これが決定された段階で「下調べレポート」を作成させた。一通り情報を収集したところで,プレゼンテーションの各スライド画面の一つ一つに対応した設計図を作るため「プレゼン下書き用紙」を配布し,考えさせた。これらの活動の随所で班内では様々な意見が出て話し合いがもたれていた。資料収集でも役割分担を定め自分のできるものをお互いが行うという姿勢が見られた。
 報告・発表の場面では,コンピュータを操作する者,内容を生徒全体に口頭で伝達する者などに担当が分かれ,聞き手も「聞き取りメモ」を熱心にとり,「評価シート」に評価を書き込んでいた。効果的な発表が行われたと思われる。
 すべての発表が終了後,分かりやすい発表をした班はどこかを検討し,その班に再度解説をさせた。なぜ分かりやすかったのかを検討させ,事件・事象の正確な伝達を通して,意思の伝達をする上では何が大切なことかを考えさせたが,日本史の内容そのものの分かりやすさよりも画面の印象度というコンピュータの技術的な面で評価した生徒が多かった。飾りにごまかされず,核心を見抜く力(メディアリテラシー)をつける必要があると痛感させられた。


発表風景

 急速に発展し多様化する情報化社会の中で生きるために
 必要な心構えを考えさせるとともに,情報機器の活用による表現の意味を考えさせる工夫を学校の図書室で具体的な資料収集をさせた。その後,市立図書館で調べたり,新聞や雑誌から情報を入手する者が現れた。インターネットを検索し,博物館の情報を活用した班もあった。ソフトが整っていれば,歴史番組のビデオ録画,レンタルCDでの効果音づくりなど,情報の出所に幅の拡大が見られたことと思われる。また専用の資料ファイルを作成し資料を挟み込み収集・整理する生徒も見られた。
 コンピュータを操作するのは初めてという生徒は少なかったが,今回の授業の後,操作方法に慣れた生徒が増加している(資料1の5)。また,このような授業形態への期待も高いことが窺える(資料1の1,6)。コンピュータに限らず機械の操作に慣れている世代であるためか,基本的操作を理解すると応用して使い慣れていく様子が見て取れた。生徒の自己評価では,表現に満足している者,コミュニケーションの深まりをあげる者が多かったが(資料1の3,4),他人に自己の考えを伝えることができたと考える者は比較的少なかった(資料1の2)。

(5)  まとめ
 今回の授業では,同じ課題に対して生徒一人一人がそれぞれの個性の特色を生かし,自ら考えて異なった角度から学習に取り組んだ。報告・発表のときには事前に言い含めたのではなかったが,自然に他の生徒の発表を聞こうとする態度が現れたのは存外であった。自己の表現力を高めるということは単なる発信技術の向上だけを意味するのでなく,他人の意見の分析,知識の十分な吸収などの前提があって進展するものであると改めて気付かされた。学習集団の中において,他者の知識や見解を踏まえて,より高次のステージへ進ませる場の確保は,今後留意されるべき点だろう。その副次的効果として,生徒の興味・関心・能力の多面性をよく認識できたことも収穫の一つであった。
 事後のアンケートには「自分の事だけでなく班の人まで考えなければならないので,いつもの授業では得ることのできないことが得られた,」「みんなで協力できて楽しかった,」「調べたことを自分で納得しても他の人達に伝えるのは難しいと思った」等の感想が書かれており,教師側の意図することがある程度実現できたのではないかと思っている。
 社会科は講義形式の授業が多くなりがちである。一人一人の考え方や問題意識を把握していると,講義形式の授業の中でも意見発表などに適切に対応できる。実際,その後の授業にこの経験は大いに役に立っている。

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