【授業研究2】
  中学校第2学年
生徒自ら作品のよさや美しさを発見し,幅広く味わう鑑賞指導の在り方
 ―生徒と画家との交流における支援の工夫を通して―
 
(1)  授業研究のねらい
   美術科における鑑賞の活動は,生涯を通して楽しく主体的に取り組める活動である。中学生として多感で鋭敏な心情が育ちつつあるこの時期に,自己の価値意識に自信をもったり鑑賞の仕方を学んだりすることは,美術を愛好し美しいものやよりよいものを求め続けようとする態度を育成する上で有効であると考える。新中学校学習指導要領解説美術編においても,「鑑賞は,美術教育の重要な基礎であり,独自の学習としての鑑賞を充実させる必要がある。」と述べられている。
 鑑賞について,本校の実態をみると「作品に関する何らかの予備知識がないと鑑賞できない。」と答える生徒が多い。そこで,生徒自ら作品のよさや美しさを発見し,幅広く味わう鑑賞の授業ができないものかと考え,生徒自らの観点や感じ方や見方を大切にしながら作品と会話できる鑑賞の方法や場を生徒と共につくりあげることが必要と考えた。
 さらに,画家の協力を得ることにより,鑑賞の喜びや楽しさを体得し,作品を見る人の数だけ見方や感じ方があることを再認識できるようにし,生徒自らが美しいものや,よりよいものを求め続けようとする態度の育成を図り,鑑賞の能力を高めることのできる支援の在り方を究明する。
(2)  生徒が自らの感じ方や見方を大切にし,主体的に鑑賞できる力を育てるための手だて
   生徒の鑑賞の能力を高める題材の開発
     体験的な鑑賞の時間
 地域在住の画家や伝統工芸家をゲストティーチャーとして招き生徒との交流を図る。作品制作にまつわる創意工夫や作品に秘められた物語を制作者から直接,質疑応答し作品の見方を体験的に学び楽しい作品の味わい方を知る。
     資料活用の工夫
 鑑賞の対象となる作品の分析を行う。生徒の目を通して技法面や発想構想面で興味・関心をもった点,作者の訴えが感じられる点を記入できる鑑賞カードとの関連を図る。さらに,生徒が主体的に作品と対話できるように鑑賞作品ごとに話し合いの糸口を用意する。また,活用できる作品群を分類し,作品と作品の組み合わせ方や作品を提示する順番を考えて,鑑賞カードと合わせて指導計画を立案する。
   生徒の鑑賞の能力を高める鑑賞カードの工夫
     作品から受けた生徒の心情や思いが的確に把握できる鑑賞カードの開発を下記のように試みた。(本研究では,@Aを取り入れた。配慮を要する生徒にはBも活用した。
    @ 質問紙法型…… 鑑賞の観点を質問方式で生徒に解答させ作品を味わう。
    A 自由記述式…… 作品から受けた感動を自分で項目立てし,記述する。また,詩や小作文,イメージイラストとして自分に適した方法で感想を表現する。
    B ヒントカード型…… 作品に関わる紹介文を提示し,生徒の主体的な鑑賞の補助資料とする
   生徒が作品を幅広く味わい,多様な価値観を認め合う場の設定
     感受性の豊かな生徒をパネリストとしフォーラム形式の話し合いを展開し,作品を幅広く味わい,感じたこと気付いたことを話し合い,一つの作品から数多くのことが感受できることを体験させる。さらに,生徒同士の話を通して,作品との対話の仕方を理解し,自分なりの見方に合った方法で鑑賞の仕方を身に付くようにする。
(3)   授業の実践
   学習の主題
     作品との出合いや作者との交流を通して感じたことを積極的に述べ合い,美しいものやよりよいものを求め続けようとする態度を育てる。また,作者の心情や創造的な表現の工夫を深く見つめ,自分なりの鑑賞の仕方を見付ける。
   題 材
     「CHATTING FOR ART」(美術に関するおしゃべり)
―画家との交流を通した鑑賞の授業―
   目標
   
目   標 評 価 の 観 点
関心・意欲・態度 発想・
構想
創造 ・技能 鑑賞
1 作品との出合いや作者との交流を通して,感じたことを積極的に 話し合い,美しいものやよりよいものを求め続けようとする。      
2 作品から受けた感動を詩や文,イメージイラストとして表す。    
3 作者の心情や創造的な表現の工夫を深く見つめ,自ら進んで美し さやよさを味わおうとする。    
   題材について
(ア)  事前調査による生徒の実態 (第2学年2組 男子22人 女子17人 計39人)
 鑑賞に関わる前提能力調査として,三つの人物画を提示して,好きな絵の理由を述べさせたところ,ダビンチの作品を選んだ生徒が18人で,写実的な作品を好む傾向が見られた。小学生が描いた人物画を選んだ生徒は13人で,見ていて楽しいから,気持ちが落ち着くといった理由が見られた。ゴッホの作品を選んだ生徒は8人で,荒々しい描き方や独特の技法を理由に上げた生徒が見られた。
 また,試行学習として山本文彦作「記憶の断片」をカラーコピーした鑑賞カードを数分間見つめ感想を書かせたところ,26人の生徒が写実的な技法に着目した感想を述べた。作者の豊かな発想や作品が醸し出す物語性に着目して感想を述べた生徒は17人であった。
 さらに,作品から感じたことを文章で表した生徒が21人。感じたことを詩に表した生徒が6人。感じたイメージを色鉛筆による小作品として描いた生徒が4人であった。(画像のコピーについては作者から著作権の許可を頂いた。)
(イ)  題材化までの過程
@  山本文彦氏に鑑賞の授業への協力を依頼し事前打ち合わせを重ね,作品使用の許可を頂く。生徒は,作品「記憶の断片」を鑑賞し,作品から受けた感動を文章や詩,色鉛筆による感想画としてまとめる。
A  生徒が描いた感想文や詩,色鉛筆による作品を山本文彦氏に手渡し生徒の心情や感じ方を把握していただく。そして,山本文彦氏を教室に招く。生徒は,作者との交流を通して作品を鑑賞する上での楽しみ方や鑑賞の仕方を追求していく。
B  生徒は,作品との出合いや作者との交流を積み重ねながら,作品に秘められた物語を想像力豊かに味わったり作者との質疑応答を通して描く喜びや鑑賞する楽しさを考えたりと,将来につながる鑑賞の在り方について体得できる機会とする。
   学習の流れと授業の記録(3時間扱い)
学習の流れ
(4)  授業の分析と考察
   鑑賞カードの活用
     作品を初めて見たときの初発の感想と生徒相互で作品の感想を話し合った後での感想とを比較検討できるように配慮した。
 作品を初めて見た初発の感想は,技法的な面での着目が多く作品の主題や作者の発想や構想にまで深く考えをめぐらせた生徒は少数であった。また,作品から受けた感動を文章や詩,色鉛筆によるイメージイラストに表現する活動には積極的に取り組み自分なりに作品と会話した内容を表す結果となった。
 生徒相互での話し合いや作家との交流を行った後に,新たな感想を鑑賞カードに記入し初発の感想と比較検討させたところ,作者の思いもつかない豊かな創造性やスケッチの大切さなど,作品が生まれでる過程に着目した感想が多く見られ,作品に秘められた物語や作者の心情を知ることにより一層作品への愛着と鑑賞の楽しさを味わうことができた。
 さらに,作品に合った質問や作者への質問を自分なりに考えることにより自作の鑑賞カードづくりができ,今後自分で積極的に作品と会話する上での手だてを一つ発見できたと答える生徒が多数見られた。
   体験的な鑑賞の学習
    授業の様子 造形活動において活躍している作家と生徒が交流することにより美術作品の見方や自分に適した鑑賞の仕方を体験的に学ぶことができる。
 作者が教室に来てくれることを前提に作品の感想を鑑賞カードに記入させたところ,生徒は想像力を働かせて作品の隅々まで見つめ,かすかな形や微妙な人物の表情の変化まで観察し自分なりの解釈で作品の描かれた色や形に意味合いをもたせた。
 作者が作品の解説を始めると生徒は作者の説明に集中し,鑑賞カードに書かれた自分の感想と作者が語る作品の解説との一致点や相違点を確認できる楽しさに熱中した。
 作者が語る作品に秘められた解説や主題の説明は生徒にとって知的好奇心を十分に刺激するものであった。掲示された作品を見つめながら作者の解説を聞くことにより,自己の想像力を働かせて自分なりに作品を味わう楽しさと作品に込められた作者の訴えを知る楽しさを同時に味わうことができた。
 作品を見つめ作者と対話することにより生徒は,鑑賞しようとする作品に対して自分はどのような観点で作品を見つめているのか。また,どのようなことを作品に話しかけどのような返事を期待しているのか客観的に確認することができた。
 「作家は,作者が想像もつかない感想を見る人に期待している。見る人の数だけ作品の見方があってよい。」という山本文彦氏の言葉に多くの生徒が安堵した。
 作品と自問自答できる会話の仕方を身に付ければ,鑑賞の授業以外でも美術館や家庭に飾られた美術作品に対して応用できるのではないかと多くの生徒が鑑賞の仕方として意見を述べることができた。
(5)  授業研究の成果と課題
   生徒の変容
     作家との交流の時間を前後して生徒が記入した鑑賞カードの分析を行った。
表1、2
     生徒が鑑賞カードに記入した作品に対して気付いたことの数と,その気付きの内容を観点別に比較したところ上記の表のように変化が見られた。鑑賞の授業後にどうして,感じたことや気付いたことが増えたのか,どうして感想の内容が多様なものに変化したのか生徒に話し合わせた。生徒は,一つの作品に対していろいろな角度から見たり考えたりすることができるようになったこと(鑑賞の観点)と作品に描かれた形や色から想像力を働かせて作品に対して自分なりに自問自答できること(作品との対話)が身に付いたのではないかと答える生徒が数多く見られた。
   鑑賞の仕方の習得
     中学生の発達段階では,鑑賞において「快いこと」と「不快」に感じることが敏感な時期である。流行するものや友人からの進めを深く考えずに,受け入れてしまう傾向がある。しかし,生徒一人一人には,生活環境の違いや成長歴によりその子なりの自己の価値意識が形成されている。このことを踏まえて,話し合いの場は,その子なりの価値意識を大切にして,美しいものや,よいと思うものに共通する事項,快く感じるものに欠かせないものは何なのかについて,生徒相互で確認し合うことにポイントを置いた。生徒は,作者との質疑を通して,自分が快く感じるもの,美しく感じるところなどの理由を積極的に述べ合うことができた。生徒自らが作者に自分の考えや,質問を投げかけ,その場で解答を得ることにより,自分の価値意識を確認したり自己の美的判断力に自信をもったりするなど,鑑賞の土台となる部分を体験的に学ぶことを通して,鑑賞の仕方の習得につながったといえよう。
 今回の授業を通して,生徒の鑑賞の能力を高めるには,良質な作品との出合いと共に,自分の感じ方や見方を多様な価値観と比較検討できる場の設定の工夫が非常に大切であうことがわかった。
   今後の課題
     地域で活躍する画家や彫刻家,伝統工芸家等の作品に関して作品使用の許可をいただき,鑑賞作品としてのデータベース化を図り,美術の鑑賞における人材バンク及び鑑賞作品バンクの開発に努めたい。
     生徒一人一人の鑑賞の能力の成長が記録でき評価できる自己評価カードや鑑賞カードの開発に努めたい。

[図画工作・美術科目次]