はじめに
 新しい学習指導要領において唱えられている児童生徒の「生きる力」をはぐくむためには,自分で課題を見つけ,自ら学び自ら考え,主体的に判断し,行動する能力を身に付けることが望まれている。図画工作・美術において,「生きる力」とのかかわりは,児童生徒の主体的な学習活動,つまり,表現及び鑑賞に関わる幅広い活動の展開の過程において見ることができるといえよう。今回改訂された学習指導要領では,校種を問わず鑑賞指導の充実が示されている。小学校では,全ての学年で独立して指導すること,中学校では,我が国及び諸外国の美術文化や表現の特質についての関心や理解,作品の見方を深める鑑賞の指導を一層充実することが示されている。中学校学習指導要領(平成10年12月解説美術編 p82)には,鑑賞は,「それ自体一つの意味をもった自立した行為であり,表現のための補助的な働きをするものではない。」とあり,さらに,「鑑賞は,生涯教育という視点からも今日大きな課題であり,その意味でも美術教育の重要な基礎であり,独自の学習として鑑賞を充実させる必要がある」と記されている。
 これまで,鑑賞をどちらかといえば表現に付随するもの,あるいは,生徒作品のよさを認め合う場としてとらえてきた教育現場においては,その考え方や指導の方法について大きな変換を求められているといえよう。そこで,本研究では,まず,新しい学習指導要領の図画工作・美術における「鑑賞」の目標及び内容を踏まえ,教員,児童生徒の実態調査をもとに,現在各学校で実施されている鑑賞指導における現行の課題を明らかにした。次に,児童生徒のもっているよさや,可能性を引き出せるような鑑賞教材(題材)の開発や,提示の工夫,適切な支援,場の設定の工夫について,いくつかの試案を作成し,校種ごとの研究授業・実践を通して,児童生徒が主体的に活動できる鑑賞指導の在り方を究明することとした。
 
 研究のねらい
   図画工作・美術科学習指導に関する調査研究及び,理論研究に基づき,授業実践を通して児童生徒が主体的に活動できる鑑賞指導の在り方について究明する。
 
 研究主題に関する基本的な考え方
   従来,鑑賞指導については,美術史を教えるといった知識の注入や,表現に付随するもの,あるいは,生徒作品のよさを認め合う場として概ねとらえられてきた。そこで,これまでのやり方を見直し,新学習指導要領の図画工作・美術における「鑑賞」の目標及び内容を踏まえ,児童生徒のもっているよさや,可能性を引き出せるような鑑賞教材(題材)を開発し,適切な提示及び支援,場の設定の工夫について研究,授業実践をすることとした。これにより,児童生徒が鑑賞学習において,主体的に活動でき,その活動の全過程を通して自ら学び,自ら考える態度の育成を図ることができるものと考える。
 
 研究の視点
  (1)  鑑賞指導における現行の課題を明確にする。
  (2)  新学習指導要領に示されている鑑賞の目標や内容を踏まえ,鑑賞の学習を通して身に付  ける態度や能力,鑑賞の対象について吟味,検討する。
  (3)  新たな視点に立った鑑賞教材(題材)の開発と指導の工夫についての試案を作成する。
  (4)  授業実践と研究の評価。
 
 図画工作・美術科における鑑賞指導に関する実態調査
   県内の公立小・中学校の児童生徒及び教師を対象として,自ら考え,自ら学ぶ態度を養う 学習指導及び,図画工作・美術における鑑賞について実態調査を実施した。
  (1)  調査対象
    児童生徒・・・ 県内の小学校8校の第5学年,中学校6校の第2学年からそれぞれ1学級を抽出した。回答者数は,小学校第5学年241人,中学校第2学年434人,合計675人である。
    教師・・・・・・・ 無作為に抽出した県内の小学校75校の図画工作担当者,並びに中学校44 校の美術担当者を対象とした。回答者数は,小学校75人,中学校44人の計119人である。
  (2)  実施期間  平成12年7月10日から8月10日まで
  (3)  調査項目,調査結果及び分析
   
 児童生徒を対象とした調査内容と結果については,表1〜3に示し,教師を対象にした調査内容と結果については,表A〜Dに示した。なお,表中の数字は,回答者数に対する各問の回答数の割合(%)である。「その他」と答えた回答数が0または0に近い場合はその回答項目を割愛した。このため,表中の数値の縦列合計は必ずしも100にはならない。さらに小学校5年は,小5,中学校2年は,中2と略した。
     児童生徒の実態調査(抜粋)
      (ア)  鑑賞への興味・関心(表1)
        表1 前年度の研究の際,児童生徒の図画工作の授業に対する取り組みにつ いて調査したが,学年が進むにつれ,授業に対する興味や関心が薄くなっており,鑑賞についても同様の傾向を示している。教師は,鑑賞活動を児童生徒が受け手としてでなく,活動の主体者としてとらえる視点をもち,興味や関心をもつ鑑賞教材や指導の工夫をする必要がある。
      (イ)  つくり終えた作品についての話し合い(表2)
        表2 多くの学校が作品をつくり終えたときに,互いによさを認め合う話し合い活動を取り入れている。小5では大部分の児童が鑑賞活動は「楽しい」と回答しており,その理由として,半数近くが,「友だちが工夫したり,一生けん命やったところがわかるから」と回答している。一方,中2は半数近くが「楽しくない」と回答している。その理由としては,「つくっているときのほうが楽しいから」及び,「 友だちの前で作品を見せるのははずかしいから」と回答している。これは,創作の過程で経験したことを大切にしたり,客観的な判断力が高まるために,自分の作品について満足がいかなかったり,思うようにいかないと感じている生徒が多くなるものと考えられる。教師は,児童生徒の発達段階を考慮しながら,鑑賞の目的を明確にして,「何を育てるのか」という視点を常にもつ必要があるだろう。
      (ウ)  鑑賞が楽しいと思うとき(表3)
        表35・中2とも技法的な面について重視している。これまで,学校では表現に関連させた作品の鑑賞が多く行われてきた。このため,児童生徒は,作品を目前にしたときに, 「きれい」,「すごい」などという直感的な反応とともに,表現に結びつけて作品を見る傾向が強く出ているのではないかと推測される。「どんなことがかいてあるのか」という回答も比較的多いが,「新中学校学習指導要領解説―美術編―p83」にも記されているとおり,作品と素直に向き合い,感性や想像力を働かせて作品のよさや楽しみを味わう姿勢を大切にしたいものである。そのため,教師は,作品の見方や味わい方など,基礎的・基本的な鑑賞の能力や態度を養うための方法や鑑賞対象を探究する必要がある。
     教師の実態調査
      (ア)  自ら学び,自ら考える力を育成するために重視していること(表A)
        表A 小学校では,自分の思いや夢を的確に表現する力を身に付けることを重視している。そのため教師は,子どもの考えや思いをどのようにしてつかむのか,また,つかんだことを自分の思い通り表現する方法や,達成感が味わえるような手だてが必要になってくる。中学校では,自ら学ぶ意欲や主体的に学ぶ力を身に付けることを重視している。このことから,鑑賞学習においては,教師は,よい,すき,きれいなどという感覚的な言葉による話し合い活動に留まることなく,発達段階を考慮したうえで,児童生徒が主体的に活動できるよう明確な目標と方法をもった鑑賞指導が望まれる。
      (イ)  自ら学び,自ら考える力を育成する鑑賞学習(表B)
        表B 小学校,中学校とも,作品に託された意味や,造形的なよさを調べたり,直接触れたりするなど,学び方やものの考え方を身に付けることを重視しており,鑑賞学習を進める中で自ら学び,自ら考える力を育成する重要性が十分理解されていることわかる。中学校では思いやりの心, 美しいものを尊重する心情を大切にしているが,生徒の発達段階を考慮して,作品として表現されたものから,さらに積極的に鑑賞する態度や意欲を大切にしている。教師は,児童生徒の興味や関心を十分考慮したうえで,諸感覚を働かせながら,自ら学ぶ場面,共に考える場面,多面的に考える場面を工夫して設定し,児童生徒が主体的に作品の美しさやをよさを味わえるような題材の開発をすることが望まれる。
      (ウ)  独立した鑑賞指導の課題(表C)
        表C 半数以上の教師は,独立した鑑賞には実物作品が不可欠と考えているが,小・中の新学習指導要領とも多様な鑑賞の対象をあげている。鑑賞を通して身に付ける力や態度は,児童生徒の暮らしの中や,地域にある様々な文化的なもの(建物や伝統的な文物)を通しても身に付けられるものである。教師は常に新しい視点をもって対象を探し出したり,鑑賞教材の開発や工夫をする必要があろう。また,独立した鑑賞の時間が増えることは,実技時間が減ることになるが,このことを危惧している教師も多い。しかし,鑑賞は生涯学習としても重要であること,表現と鑑賞は相互に関係し合うことなどを考えれば,鑑賞が表現に生かされるような題材の関連付けの工夫をすることにより,児童生徒の表現意欲の湧出に十分結びつくのではないだろうか。
      (エ)  独立した鑑賞で重視したいこと(表D)
        表D 小学校では見ることへの関心や表し方やおもしろさに気付かせることを最も重視している。しかし,発達段階に応じた気付きのレベルや,鑑賞の対象の多様化など,鑑賞教材の開発や配列の工夫が必要になってくるであろう。また,心情や表現の工夫について感じとったり,作品の見方を広げることなど,「見方」も大切であるが,見たり感じたりしたことをどう言葉で表現するかということも問題になってくる。アメリカのニューヨーク近代美術館(MOMA)で進められている,見て感じ取ったことをどう言葉を通して表現するか,文法のように鑑賞を基礎から学ぶという「The Visual Thinking Curriculum (VTC)」の方法もいずれ検討の対象になるであろう。中学校では,作者の心情や意図,表現の工夫や,多様な表現の違いやよさについて,生活の中や伝統的な工芸,日本や外国に文化遺産の表現など,多様な鑑賞対象から取り上げようと考えている。実際の鑑賞の時間は7〜10時間程度とされているが,授業時数の縮減を考慮すると,鑑賞対象については生徒や地域の実態を考慮して,焦点を絞って,計画的に指導することが必要と考えられる。
  (4)  実態調査のまとめ
     児童生徒の実態調査について
       鑑賞に対する興味・関心について,調査をした小学校5年生の6割が「絵を見たり彫刻を見たりすることが好き」と回答しているが,中学2年では3割に減少している。また,つくり終えた作品について友だちと話し合ったり,見つけ合うことが小学校5年生ではほぼ9割が「楽しい」と回答しているが,中学2年では半数となっている。学齢が上がるにつれ,美術に関する活動や鑑賞に対する興味が薄れる傾向がある。教師は鑑賞の学習において,実技と同様,児童生徒が受け手ではなく,自ら考え,自ら学ぶ主体者として楽しく活動が展開できるような指導の工夫や教材の開発をすることが望まれる。
     教師の実態調査について
       「自ら学び,自ら考える力の育成」を踏まえた鑑賞学習について,小・中学校とも作品に託された意味や造形的なよさを調べたり,直接触れるという,主体的な活動を重視している。また,中学校では,思いやりの心や,美しいものを尊重する心情を育てることも重視している。独立した鑑賞を進める上での課題として,小学校では,7割が「鑑賞指導の方法がよくわからない」と回答している。これは,多くの教師が,これまで独立した形での鑑賞学習の機会をもっていなかったことや,実技のように活動の姿や,つくり終えた作品を通して身に付く力が鑑賞では,今ひとつ見えにくかったものと考えられる。教師は,「鑑賞の指導の充実」という新しい教育課程の改善の要点を踏まえ,鑑賞学習の指導について,自ら学び,自ら考える力を育てる学習の観点を明確にし,表現活動と同様に,創造の喜びを味わい,美術の基礎的な能力を育て,豊かな情操を養うための指導方法や,教材の開発に努める必要がある。
 
 研究主題に迫るための手だて
  (1)  実態調査の結果を踏まえ,次の@〜Bの手だてを講じて研究を進めた。
    @  児童生徒の興味・関心などを考慮した児童生徒にとって必然性のある鑑賞対象を選定する。特に,小学校では,児童の日頃の暮らしとの結びつきを重視し,諸感覚を働かせながら,楽しく体験的な鑑賞活動が展開できるような教材の開発を行う。具体的には,「ふろしき」を鑑賞教材として扱い,本研究の主テーマとなっている,自ら学び,自ら考える力を育てる学習指導について,児童生徒の既習の知識や経験をもとに,新たな体験的な活動を通して楽しみながらできる鑑賞指導の方法を示すものとする。
    A  鑑賞学習を表現に結び付けて展開する場合,本来の鑑賞の目的を明確にし,見方や感じ方を深めたことが表現に生かせるような題材の設定や教材の開発を行う。
    B  鑑賞学習を通して,作品の見方について深めることはもとより,人との交流や,日本の伝統的な生活習慣を身に付けたり,文化の継承につながるような発展的な内容とする。
  (2) 地域の作家と交流をしたり,身近にある文化財・美術品に触れる機会を積極的に設け,作品や作家について自ら調べたり,ともに考えたり,多面的に考えたりするなど,児童生徒が主体的に鑑賞ができる場の設定や,支援の工夫を行う。
 
 授業研究
   研究主題に関する基本的な考え方と研究の視点,児童生徒,教師の実態調査の結果を踏まえ,5の@〜Bの手だてを講じて小中学校各1校で授業研究を行った。


[図画工作・美術科目次]