第2 「これからの教育課程」を巡る問題 |
「これからの教育課程」は,これからの学校の教育目標を達成するためのプログラムである。「これからの学校」とは21世紀の学校を想定している。20世紀が終わろうとする今日,21世紀初頭の平成14年度からはじまる完全学校週5日制を踏まえ,新しい学校づくりへ向けた課題を整理し,これからの教育課程の在り方を考察する。 |
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教育課程実施の現状について |
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21世紀を展望した我が国の教育の在り方について提言した,第15期中教審第1次答申は[生きる力]と[ゆとり]を掲げて学校教育のキーワードになった。この答申に記された「子どもたちの生活の現状」は,「ゆとりのない生活」,「社会性の不足や倫理観の希薄さ」,「自立の遅れ」,「健康・体力低下の問題」などであり,先行き不透明な変化の激しい時代を切り開くには[生きる力]を育てていくことが,これからの教育の基本的な方向とならねばならないとしたのである。[生きる力]は知・徳・体を総合した全人的な力である。各学校がこうした考え方を実現するためには,教育課程実施の現状と教育課題をどう捉えることができるか,平成10年7月29日付の教育課程審議会答申(以下教課審という)には,次のように記されている。
「現行の教育課程の下における我が国の子どもたちの学習状況は全体としてはおおむね良好であると言えると思われる」が,「多くの知識を詰め込む授業になっていること」「時 間的ゆとりをもって学習できず,教育内容を十分に理解できない子どもたちが少なくな いこと」「学習が受け身で,自ら調べ判断し表現する力が育っていないこと」「多角的なも のの見方や考え方が十分ではないこと」「数学・理科の学習の国際比較では,得点は高い が学習意欲は高くないこと」等である。
この答申で指摘されたような事柄については,現行学習指導要領総則で,「自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成」を掲げて取り組んできたことが依然として大きな課題であることを示している。
また,現在の教育課程の評価について,教務主任対象に実施したアンケートでは,図1に示すように小・中学校,高等学校の校種ごとにかなりの差異が生じている。 |
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この結果について,平成10年度研究発表会(中間報告)では,次のように分析して新学習指導要領移行への期待と結びつけた。
*小学校は「ウ」を挟んで意見が分かれた。中学校の評価は,小学校と比べ負に傾いているように見えるのは生徒指導上の課題に関係づけられるかもしれない。概ね満足の「イ」の選択割合が5割を超えて,高・特の満足度が高くなった背景には,ブライトハイスクール推進事業やサンシャイン・ハイスクール推進事業,総合学科や単位制高校など,特色ある学校づくりに着手している評価があるようだ。ただ,「エ」と「オ」の合計が3割を超えている。不満足の意見も見逃せないところである。それでは,こうした現在の教育課程評価を踏まえて,これからの学校の姿をどう捉えようとしているか,同じ教務主任対象のアンケートの中で,21世紀の学校に求められるものを選択回答した結果が図2のようである。中間報告では次のように指摘した。 |
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*この設問の選択項目は,いずれも教課審答申等に依ったが,「ア」と「ウ」が圧倒的に選択された。「ア」は,特に高・特が多く,「ウ」は中学校が53.3%と半数を超えた。Q2で「現代のこども観」を調べたところ,圧倒的に選択されたことは,「社会規範意識に乏しく自己中心的」「受身的で指示されないと動かない」であったことが反映したものと考えられる。ただ,『[生きる力]を育成する教育へとその基調を転換していくためには[ゆとり]のある教育課程を編成することが不可欠であり,教育内容の厳選を図る必要がある』(第15期中央教育審議会第1次答申第2部第1章第1節これからの学校教育の目指す方向より)との観点から見て, 「カ」の選択が極めて低いことはどうかの問題が残っている。 |
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2 |
教育改革の方向 |
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「21世紀を展望した教育の在り方」を提言した第15期中教審第1次答申から始まる教育の在り方に係る審議会答申等の流れを示すと以下のようになる。 |
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(1) |
第15期中央教育審議会諮問(平成7年4月26日) |
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「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」諮問し,主な検討事項として次の3項目が示された。 |
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ア |
今後における教育の在り方及び学校・家庭・地域社会の役割と連携の在り方 |
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イ |
一人一人の能力・適性に応じた教育と学校間の接続の改善 |
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ウ |
国際化,情報化,科学技術の発展等社会の変化に対応する教育の在り方 |
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(2) |
同第1次答申(平成8年7月19日) |
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今後における教育の在り方として[ゆとり]の中で,子どもたちに[生きる力]をはぐくんでいくことが基本であるとして,次の3項目の答申を提出した。 |
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ア |
今後における教育の在り方 |
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イ |
学校・家庭・地域社会の役割と連携の在り方 |
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ウ |
国際化,情報化,科学技術の発展等社会の変化に対応する教育の在り方 |
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(3) |
同 (第16期) 第2次答申(平成9年6月26日) |
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教育における形式的な平等から個性尊重への転換を唱え,現行学校制度の複線化構造や柔軟化・弾力化を進め,子どもや保護者の主体的な選択の範囲を拡大していくことが一人一人の能力・適性に応じた教育を展開する上で極めて重要であるとして,次の5項目の提言を答申した。 |
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ア |
一人一人の能力・適性に応じた教育の在り方 |
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イ |
大学・高等学校の入学者選抜の改善 |
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ウ |
中高一貫教育 |
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エ |
教育上の例外措置 |
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オ |
高齢社会に対応する教育の在り方 |
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(4) |
第16期中央教育審議会諮問(平成9年8月4日) |
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「幼児期からの心の教育の在り方について」
子どもの心の成長をめぐる状況と,今後重視すべき心の教育の視点や幼児期からの発達段階を踏まえた心の教育の在り方などの事項を検討課題として諮問した。 |
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(5) |
第16期中央教育審議会諮問(平成9年9月30日) |
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「今後の地方教育行政の在り方について」
必要な教育改革を推進するために地域の特性を生かした豊かで多様な教育と社会の変化・進展に積極的に対応できる方策を課題として諮問した。 |
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(6) |
同答申(平成10年6月30日) |
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「新しい時代を拓く心を育てるために」
特に「次世代を育てる心を失う危機」の副題を付け,家庭・地域・学校に呼びかける異例の形式で答申をした。神戸の児童殺害事件から連続して衝撃的な少年事件が発生したこともあって社会全体に心の教育の重要性を認識させる契機になった。 |
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(7) |
同答申(平成10年9月21日) |
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「今後の地方教育行政の在り方について」 |
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ア |
教育行政における国,都道府県及び市町村の役割分担の在り方 |
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イ |
教育委員会制度の在り方 |
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ウ |
学校の自主性・自律性について |
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エ |
地域の教育機能の向上と地域コミュニテイの育成及び地域振興に教育委員会の果たすべき役割について |
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(8) |
大学審議会答申(平成10年10月26日) |
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「21世紀の大学像と今後の改革方向について」
競争的原理の中で個性が輝く大学,との副題を付けて21世紀の高等教育機関の役割に係る課題の答申を行った。大学の多様な個性化の中で具体的には,教育研究の質の向上,教育研究システムの柔構造化による大学の自律性の確保,組織運営体制と多元的な評価システムの確立による大学の個性化の4つの基本理念を提示した。 |
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(9) |
教育課程審議会諮問(平成8年8月27日) |
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「幼稚園,小学校,中学校,高等学校,盲学校,聾学校及び養護学校の教育課程の基準の改善について」,初等中等教育の教育課程の全体を通じた改善の基本的な方向と21世紀を主体的に生きることが出来る国民の育成の観点から検討するよう諮問した。 |
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(10) |
同中間まとめ(平成9年11月17日) |
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「教育課程の基準の改善の基本方向について」,中教審答申のねらいを踏まえて中間まとめを公表した。 |
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(11) |
同 (審議のまとめ) 平成10年6月22日 |
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中間まとめ以降,初等教育,中学校教育,高等学校教育及び特殊教育の各分科会審議会で具体的課題の検討を行い,最終答申を直前に控えて審議のまとめを公表した。 |
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(12) |
同 (答申)平成10年7月29日(水) |
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「幼稚園,小学校,中学校,高等学校,盲学校,聾学校及び養護学校の教育課程の基準の改善について」
教育課程改善の基本的な考え方を7つの項目,教育課程改善のねらいとして4つの柱を設定し,新たに「総合的な学習の時間」を導入した教育課程基準の改善について答申した。この最終答申を受けて国は,小学校学習指導要領改訂を平成10年12月14日,中学校についても同日,高等学校,盲学校,聾学校及び養護学校学習指導要領改訂を平成11年3月29日に告示した。 |
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3 |
これからの教育課程の編成について |
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小学校指導要領は,平成14年度から実施される完全学校週5日制の下で,各学校がゆとりの中で特色ある教育を展開し,児童に豊かな人間性や基礎・基本を身に付け,個性を生かし,自ら学び自ら考える「生きる力」を培うことを基本的なねらいとして,次の4つの基本方針に基づき改訂したものである。 |
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小学校学習指導要領解説「総則編」『改訂の要点』より |
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豊かな人間性や社会性,国際社会に生きる日本人としての自覚を育成すること。 |
A |
自ら学び,自ら考える力を育成すること。 |
B |
ゆとりのある教育活動を展開する中で,基礎・基本の確実な定着を図り,個性を生かす教育を充実すること。 |
C |
各学校が創意工夫を生かし特色ある教育,特色ある学校づくりを進めること。 |
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そして,各学校が一層創意工夫を生かし特色ある教育,特色ある学校づくりを進めるこ とができるよう,「総合的な学習の時間」を創設するとともに,教科の特質に応じ目標や内 容を複数学年まとめて示すなどの大綱化,授業の1単位時間や授業時数の運用の弾力化を 図っている。(小学校学習指導要領解説「総則編」『教育課程に関する法制』より)
よって,今回改訂の学習指導要領の大きなポイントは,各学校の創意工夫を施すために「学習指導要領の大綱化・弾力化」を図ることになるが,問題は各学校の創意工夫を具体化させる方策である。 |
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(1) |
創意工夫のねらいを周知させること |
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今までは各学年毎に教えるべき教科書で明確に示されていたので,それに従って指導していればよいとの考え方があっても不思議ではない。今回の改訂によって,教える内容と方法を創り出すことを求められる事態になったことを学校内で周知しないと新しい学校づくりが進まない。校長が教育内容についてリーダーシップを発揮し,教職員相互の意見交換によって教育内容を改善する意欲と校内研修の場が重要になっている。 |
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(2) |
組織の工夫・改善 |
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研究組織は,校長と教頭の連絡調整,教務主任の企画を中核に,各テーマごとに研究主任を置き,全校挙げた新しい校務分掌の試みが必要である。 |
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(3) |
評価の時期 |
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従来は学期末や学年末の評価に傾きがちであった評価活動を日常化して,改善の意欲に結びつける細かな取り組みが大切である。 |
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(4) |
児童生徒,学校・地域の実態を踏まえる |
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創意を生かした学校づくりは,児童生徒,学校・地域の実態を踏まえ,学校が全教育活動を通して求める児童生徒像の実現に向けて,連携・協力体制をつくり,共に育てていこうとする開かれた学校づくりに努めることが一層求められている。 |
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協働体制づくり |
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校内の協働体制作りを進めていくにあたって考えたいことは,児童生徒側に立ち自ら学ぶ学習など「生きる力」を育成するという視点に立ち教師自らがこうした教育の基調の転換の必要性を認識し,学校全体でのネットワーキングを図り,全職員が一体となって取り組むといった校内の協働体制をつくることが必要である。 |