はじめに
 教育課程審議会において,教育課程の基準の改善のねらいに「自ら学ぶ意欲や主体的に学ぶ力を身に付けるとともに,試行錯誤をしながら、自らの力で論理的に考え判断する力、自分の考えや思いを的確に表現する力、問題を発見し解決する能力を育成し,創造性の基礎を培い,社会の変化に主体的に対応し行動できるようにすること」とある。
 生きる力を育くむ学校教育を考えるとき,教育の基本的な見方,考え方の転換が要請されており,図画工作・美術科においても主体的,創造的に生きる力や態度を育てるにあたり,その前提となる創造性の基礎を培うための発想,構想や基礎・基本となる技能などの学習の仕方についても新たな視点から見直すことが大切である。このため,教師は,児童生徒に対して,自らの思いを十分に生かせる造形活動を導き出すために,柔軟な発想の仕方や,多様な表現を自分で切り開く気持ちをもたせる方法を工夫することが必要である。
 そこで,創造性を培う学習指導の研究を推進するにあたり,児童生徒の実態を踏まえ,児童生徒が自ら発想や夢を大切にし,主体的に表現できる力を育てる支援の工夫について校種ごとの授業研究を通して究明していくこととした。
   
研究のねらい
   図画工作・美術科学習指導に関する調査研究及び,理論研究に基づき,授業実践を通して児童生徒が自ら発想や夢を大切にし,主体的に表現できる力を育てる支援の在り方について研究する。
   
研究主題に関する基本的な考え方
   児童生徒は,本来,夢を描くように素敵な思いをもち,想像力を働かせて,自分の表現方法で思いのままに表現することを願っているといわれている。このような望ましい表現欲求や,願いを満足させる造形活動を展開するためには,その基礎となる造形的な思考力や,判断力,想像力,直感力などの創造性の素地を養い,児童生徒がもっているよさや,可能性を発揮できるような教材の開発,並びに適切な支援や場の設定を工夫することが大切である。
 これにより,児童生徒は,自らの発想や,夢を大切にしながら主体的に表現し,創造性の基礎を培うことができるものと考える。
   
図画工作・美術科における創造性に関する実態調査
   県内の公立小・中学校の児童生徒及び教師を対象として,創造性を培う学習指導に関して実態調査を実施した。
  (1) 調査対象
    児童生徒 …… 県内の小学校10校の第6学年,中学校8校の第1学年からそれぞれ1学級を抽出した。回答者数は,小学校第6学年313人,中学校第1学年257人,合計570人である。
    児童生徒 …… 無作為に抽出した県内の小学校100校の図画工作担当者,並びに中学校100校の美術担当者を対象とした。回答者数は,小学校100人,中学校98人の計198人である。
  (2) 実施時期 平成10年10月12日から10月17日まで
  (3) 調査項目,調査結果及び分析
   
 児童生徒を対象とした調査内容と結果については,表1〜5に示し,教師を対象にした調査内容と結果については,表A〜Eに示す。なお,表中の数字は,回答者数にに対する各問の回答数の割合(%)である。「その他」と答えた回答数が0または0 に近い場合はその回答項目を割愛した。このため,表中の数値の縦列合計は必ずしも100にはならない。さらに小学校6年は,小6,中学校1年は,中1と略した。
    児童生徒の実態調査の分析
      (ア) 授業への取り組み(表1〜2)
        表1、表2  図画工作・美術の時間が「とても楽しい」,「楽しい」と回答した小6は,85%,中1は52.3%あった。中1では「どちらでもないが29.2%に増えており,美術の授業に対する興味が薄れていることが窺える。
 表2は,授業が「楽しい」と回答した児童生徒にそれぞれその理由を尋ねた結果である。小6の47.3%,中1の32.5%が「自分の思いどおりできたとき」が楽しい理由の第一にあげている。また,「予想よりよくできたとき」も小・中それぞれ2割を越えている。一方,表としては掲載していないが,「楽しくない」と回答した小6の70%,中1の33.3%がその理由を自分の思いどおり製作できないから」としている。児童生徒が創造性を発揮し,自分らしい表現を楽しむためには,発想や夢を大切にし,意欲が持続できるような題材の設定や,支援の工夫が必要であろう。
 また,予想以上によくできたという成就感は,次時への意欲にもつながるものである。
      (イ) 自分のよさを発揮する題材について(表3)
        表3 自分らしさを発揮する題材  自分の得意な分野として,小6では,「絵で表す」が35.1%,中1では「ぞうけいあそび・造形的な活動」が32%あり,「絵で表す」ことが得意と答える割合は小6の半分近くに落ち込む。このことから,教師は一つの分野にこだわらず,児童や生徒の願望や実態を踏まえ,豊かなひろがりのある題材を設定することが大切である。
      (ウ) アイデアを生み出す方法について(表4)
        表4 アイデアを生み出す方法  新しいアイデアを生み出す方法として「じっと考える」が小6では43.8%,中1では40%と最も多い。「じっと考える」という姿は,児童生徒がいろいろと想像力を巡らせ,夢をひろげる重要な場面でもある。教師は一つの方向に導こうとせず,児童生徒の発想を促す多様な手だてを用意し,失敗を恐れずのびのびとアイデアが出せる場を設定することが大切である。また,小6,中1とも「友だちに相談する」という回答が2割以上ある。発想や構想の段階で,グループ活動を取り入れることも有効であると考えられる。
      (エ) 製作するときに役立つこと(表5)
        表5 製作するときに役立ったこと  小6,中1とも,「友だちの意見」 「友だちの作品」,「先生のアドバイス」,「教科書」が製作のときに役   立つと回答している。小6と中1では友だちの意見,先生のアドバイスが役立つと答える割合に差が見られるが,中学校では,教師による技法上の助言などが役立っているのであろう。友だちと話し合ったり,互いの作品のよさを見付け合うことが製作に役立つという回答は,前問の発想段階で役立つものと同様の傾向を示しており,児童生徒の意欲を高めたり,表現の見通しをもたせる場面においてもグループ活動を取り入れることが有効であると考えられる。
    教師の実態調査
      (ア) 創造性を培うために重視する事項(表A)
        表A 創造性の育成  創造性を培うために重視している事項として,小・中学校とも「自分の考えや思いを的確に表現する力」並びに「自ら学ぶ意欲や主体的に学ぶ力」をあげている。このため,教師は,児童生徒のもっている夢や表したいことを思いどおりに表せるようにするため,自ら学ぶ意欲を喚起し,主体的に学習活動ができる題材の選定や場の設定について工夫をする必要がある。
      (イ) 創造的に思考する仕方(表B)
        表B 創造的に思考する仕方  創造的に思考する仕方については,小・中の教師とも「これまでにとらわれず,自分の考えやり方でつくりだすこと」を重視している。また,中学校では「多面的にとらえ,他と関連付けて考えること」も重視している。創造的思考の仕方を身に付けることは,図画工作・美術においても大切な学習事項である。教師は,発達段階を考慮し,児童生徒の個々の表したい思いを大切にしながら,多様なもののとらえ方を身に付けさせたり,体験を通してアイデアやヒントが得られるような時間の確保が必要である。
      (ウ) 発想や構想の段階で重視すること(表C)
        表C 発想や構想の段階で重視すること  発想や構想の段階において,小学校では「直接体験」,「自由な雰囲気づくり」,「導入時の工夫」を重視している。中学校でもほぼ同様の傾向が窺えるが「導入時の工夫」が48.6%あった。校種によって,発想,構想時における必要な手だてが異なっていることがわかる。教師は,学習の展開の方法を十分に検討し,五感に訴えた体験的な試しや,のびのびと発想できる場の設定などの工夫が望まれる。
      (エ) 授業の中で育てたい態度(表D)
        表D 授業で育てたい態度や力  授業の中で育てたい態度として,小・中学校とも想像や発想を「思い巡らす力」,意図した造形や構成ができる「創造表現する力」を重視している。また,中学校では,集中力や根気など「物事に取り組む力」も育てたいとしている。学年が進むにつれ,表現内容が複雑化し,生徒の要求水準も高まっていくことが予想される。教師は,児童生徒が満足する表現を得るために基本的な技能を習得させることも大切であるが,柔軟な発想の仕方や,多様な表現を自分で切り開く気持ちを育てる支援の在り方を考える必要がある。
      (オ) 創造性を育てるための手だてと支援(表E)
        表E 創造性を育てる手だてと支援  創造性を育てるための手だてと支援では,小・中学校とも「発想や構想が豊かにひろがる材料の選択幅の拡大」と「発想や構想がひろがる題材の準備」を重視している。児童生徒がより多くの材料に出あうことは,表現の幅がひろが   ることにもつながる。また,教師は児童生徒の創造意欲を高め,魅力的な題材を提示することも大切であろう。
  (4) 実態調査結果のまとめ
    児童・生徒の実態調査について
       児童生徒は,授業が楽しい理由は「自分の思いどおりにできたとき」を最も多くあげている。また,中1では,美術への興味が薄れる生徒が多くなっているのが特徴的である。一方,アイデアを生み出す方法としては,小6,中1とも自分の気持ちを集中することが有効としている。さらに,製作時には,小6は友だちの意見や作品,中1では教師のアドバイス,友だちの作品が役立つと答え,個に応じた多様な支援を必要としている。
    教師の実態調査について
       全般的に小・中学校教師の回答の傾向は類似しており,児童生徒の創造性を培うためには,自らの考えや思いを的確に表現する力,自ら学ぶ意欲,主体的に学ぶ力の育成を重視している。また,創造的に思考する仕方として,これまでにとらわれず,自分の考え方や,やり方をつくりだすことを最も重視している。教師は,児童生徒が授業が楽しいと感じる理由としてあげている「自分の思いどおりできたとき」や「予想していたよりよくできたとき」という実態を十分に受けとめた上で,新しい視点に立った指導の工夫や,支援の方法を模索することが望まれる。
   
研究主題に迫るための手だて
   児童生徒及び教師を対象とした実態調査の結果を踏まえ,次の(1)〜(3)の手だてを講じ授業の実践を通して検証することとした。
  (1) 児童生徒が自らの発想や夢を大切にし,イメージをふくらませる題材を用意する。
  (2) 発想や構想の段階において,児童生徒が主体的に新たな切り口から問題を解決できるような場や機会を設定をする。
  (3) 五感や直感を豊かに働かせることにより,感性を高めたり,自由に想像したりするなど, 創造性の基礎を培うために有効な手だてを工夫する。
   
授業研究
   研究の基本的な考えと実態調査の結果を踏まえ,児童生徒が自ら発想や夢を大切にし,主体的に表現できる力を育てる支援の工夫について究明するため,図画工作,美術の各教科において授業研究を行った。


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