はじめに
 平成10年7月に公表された教育課程審議会答申では,これからの激しい変化が予想される社会において,主体的に対応し行動できるようにするために,自ら学ぶ意欲と主体的に学ぶ力を身に付けるとともに,論理的な思考力,判断力,表現力,問題を発見し解決する能力を育成し,創造性の基礎を培う必要があると提言している。また,理科の改善の基本的考え方では,自然体験を充実させるとともに,日常生活との関連を一層重視すること,自然の事象への関心を高め,知的好奇心や探究心を育成すること,問題解決能力や科学的思考力を育成することなどを通して創造性の基礎を育てることをねらいとしている。
 理科の学習指導では,児童生徒が自ら問題を見いだし,自分なりの発想や見通しをもって,観察・実験に取り組み,得られた結果を整理,分類し,他の事象と関連付けることによって,自然を総合的に見る見方や考え方を育てることが大切である。
 そこで,児童生徒の創造性の基礎を培うことをねらいに「発想を生かし思考力を高める理科学習指導の在り方」を本研究の主題として設定し,児童生徒が創意工夫しながら主体的に問題解決活動が展開できる学習指導法の工夫・改善に供したいと考えた。
   
研究のねらい
   教師及び児童生徒を対象として,理科の学習指導に関する実態調査を実施し,学習指導の実態を把握する。その実態を踏まえ,児童生徒の創造性の基礎を培うことをめざし,指導方法の改善や教材・教具の開発等について研究する。
   
研究主題に関する基本的な考え方
   本研究では,児童生徒の創造性を「新しい状況に出会ったとき,これまでに身に付けた知識や経験を十分に活用して,新しい解決をしようとする態度と能力」ととらえた。
 こうした態度と能力は,すべての児童生徒が潜在的にもっており,日々の学習の場を通して高めることができると考える。理科の学習のなかで,教師の支援などによって,児童生徒は身近な事象に興味・関心をもち,事象を比べることから違いを見付け,疑問や問題を見いだしていく。さらに,それらの疑問や問題を基に,児童生徒一人一人が予想や仮説などを立て,方法を考えて観察・実験に取り組んでいく。このように,児童生徒が,見通しをもって実験・観察に取り組み,それらの結果に基づき,自らの発想や考えを再検討することで,事象を多面的に考察し,問題解決能力や多面的・総合的な見方を養うことができ,創造性の基礎を培うことにつながると考えた。
   
理科における創造性に関する実態調査
   県内の公立小・中・高等学校の児童生徒及び教師を対象として,創造性に関する理科の学習指導について実態調査を実施した。
  (1) 調査対象
    生徒 …… 県内の小学校10校の第5学年,中学校8校の第2学年,高等学校8校の第2学年からそれぞれ1学級を抽出して行った。回答数は小学校 293人,中学校275人,高等学校308人の計876人である。
    教師 …… 無作為に抽出した県内の小学校100校・中学校100校の理科主任を,高等学校50校からは2人ずつの教科担当者を対象とした。回答数は小学校100人,中学校100人,高等学校88人の計288人である。
  (2) 実施時期  平成10年10月12日(月)から10月17日(土)まで
  (3) 調査項目,調査結果及び分析
   
 児童生徒を対象とした調査内容と結果については,表1〜5に示し,教師を対象とした調査内容と結果については,表A〜Fに示す。なお,表中の数値は各問毎の回答者数に対する回答数の割合(%)である。
    児童生徒の実態調査の分析
     児童生徒を対象にした調査では,児童生徒の理科学習への取り組み等を調べ,その現状を明らかにするとともに,授業研究の参考にすることにした。その結果の概要については次のとおりである。
      (ア) 理科の授業が楽しい理由(表1,2)
        表1 表2  児童生徒に理科の授業について尋ねたのが表1であり,表1で楽しいと答えた児童生徒にその理由を尋ねた結果が表2である。
 表1では,理科の授業が「楽しい」,「少し楽しい」との答を併せて,小学校で8割弱であったものが,中学校で6割,高等学校で4割と減少している。楽しい理由についても表2から「調べることが好き」,「観察や実験が好き」というのが,小学校,中学校,高等学校に進むにつれて減少していることがわかる。
 理科の学習では,自然体験を重視した展開が望まれることから,観察・実験をさらに重視し,理科の学習に対する興味・関心を喚起するとともに,主体的な学習に取り組ませることが大切であると考える。また,中・高等学校の生徒は「先生から興味ある話が聞ける」ことも好きな理由にあげている。自然に対する関心を喚起するにも,教師の役割の大きさが再認識される。
      (イ) 観察や実験に取り組む姿勢(表3,4)
        表3 表4  観察・実験に取り組む際の課題把握については,小学校では7割が「いつもしている」,「時々している」としているが,中学校,高等学校と進むに従ってが減少している。中学校,高等学校では,生徒に課題をつかませ,課題をもって学習に取り組めるような支援の工夫が必要であろう。
 一方,表4のように,観察や実験に自分たちで考えた方法を「いつも取り入れている」児童生徒は,「時々取り入れている」も含め,小学校で6割を越えているが,中学校で4割弱,高等学校で3割弱と減少している。児童生徒が観察・実験の方法を考えるには,観察・実験の操作に十分習熟していることが必要である。そのため,ゆとりある学習活動が展開できるような時間を確保し,より一層基礎・基本の確実な定着を図ることも必要であろう。
      (ウ) 観察・実験方法や結果の整理,分類(表5)
        表5 観察や実験の方法や結果を整理,分類していますか  観察・実験方法や結果の整理,分類については,「時々している」も併せ小学校,中学校とも半数以上が行っているが,高等学校では3人に1人が行うに止まっている。観察・実験の結果についてのまとめでは,情報交換の場の設定など,話合いができる場を積極的に取り入れる必要があると考える。
    教師の実態調査の分析
     教師は,普段の理科の学習指導のなかで,創造性についてどのように意識し,指導に取り組んでいるか調査を行った。その結果の概要については次のとおりである。
      (ア) 創造性を培うために重視している事項(表A)
        表A 創造性を培うために重視している事項  創造性を培うために重視している事項では,すべての校種で「自ら学ぶ意欲や主体的に学ぶ力」が一番多く取り上げているが,それに加えて,高等学校では「自らの力で論理的に考え判断する力」もあげている。
      (イ) 問題解決能力を育てるために重視している事項(表B)
        表B 問題解決能力を育てるために重視している事項  問題解決能力を育てるために重視している事項として,すべての校種で「事象提示」をあげている。その割合は小学校,中学校,高等学校に進むにつれて増加している。教師は,児童生徒が事象から問題をつかもうとする場面の工夫を特に重視し予想を立てて,問題解決に取り組めるように支援していると考えられる。
      (ウ) 思考する仕方を学習させるために重視している事項(表C)
        表C 思考する仕方を学習させるために重視している事項  思考する仕方を学習させるために重視している事項は,回答が様々に分かれており,全体としては,「ものごとを関連付けて考える」と答えた教師が多い。しかし,高等学校では,生徒の発達段階も考え「複雑なものも基本的な組合わせととらえる」も加えている。
      (エ) 表現力を育てるために重視している事項(表D)
        表D 表現力を育てるために重視している事項  表現力を育てるために,小学校では実験の前後での話し合いが重視されている。中学校や高等学校では半数以上の教師が,レポートやノートでのまとめをあげているが,結果の共有化を図るためにも,実験後の話し合いの場を工夫することなども必要であろう。
      (オ) 創造性を評価する観点と方法(表E・F)
        表E 表F  創造性の評価の観点については,小学校では,児童が「観察・実験を計画し,方法を工夫する」かどうかを重視しており,中学校,高等学校では事象を「多面的にとらえ,ほかの事象と関連付けて考える」かどうかを重視している。さらに,表Fから創造性を評価する方法として,小学校では,発表や行動の観察を重視し,中学校,高等学校では,観察・実験の記録やレポートを重視しており,それぞれ,児童生徒の発達に応じた方法で評価しようとしている。
 創造性の評価は児童生徒の学習活動の様々な場面で注意深く行われる必要があり,児童生徒が,事象を多面的にとらえ,関連付けて考えていけるよう,ゆとりをもって思考活動ができる時間の確保などの工夫が大切と考えられる。
  (4) 実態調査結果のまとめ
    児童生徒の実態について
       理科の授業が楽しいと答えている児童生徒は,楽しい理由に観察・実験をあげているが,中学校,高等学校と進むにつれて減少している。児童生徒は自然の事象に直接働きかけることから関心や興味を抱くことが多い。理科の学習では,観察・実験をさらに重視し,自然に対する興味・関心を喚起し,主体的な学習に取り組ませ,問題解決能力や多面的・総合的な見方を培うことが大切であると考える。
 観察・実験に取り組む際に,中学校,高等学校へ移るほど,課題をもって学習に取り組む割合が少なくなっている。生徒が課題をもって学習に取り組むためには,課題提示の方法など,課題把握場面を工夫することも必要であろう。また,自分たちの方法を取り入れたりすることができないのは,観察・実験の操作に十分習熟できていないためと考えられる。体験が不足しているといわれている児童生徒には,観察・実験を多く取り入れ,ゆとりをもった学習計画の立案も望まれる。
 観察・実験の方法や結果を整理,分類しているとする児童生徒も中学校,高等学校へ移るほど少なくなっている。学習した結果を整理,分類し,他の事象と関連付けていくことは,事象を多面的・総合的にみる見方を養い,創造性の基礎を培うことにもつながると考えられ,まとめ活動などを理科学習に積極的に取り入れて行く必要がある。
    教師の実態について
       教師は,創造性の基礎を培うために,児童生徒の学習に対する意欲や主体的に学ぶ力を一番重視している。児童生徒が事象から問題をつかみ,予想を立て,方法を考えて,問題解決に取り組めるよう支援を工夫することは大切なことと考えられる。
 創造性の基礎となる思考力は,事象を多面的に,基本的な知識の組み合わせと捉え,物事を関連付けることなどを通して,思考する仕方を学習させることによって培われる。そのために,このような思考活動を取り入れるなど学習過程を工夫する必要がある。
 創造性については,小学校では,観察・実験への取り組み方を,中学校,高等学校では得られた結果などの関連付けを評価の観点にしている。また,創造性を評価する方法として,小学校では,発表や行動の観察を重視し,中学校,高等学校では,観察・実験の記録やレポートを重視し,それぞれ児童生徒の発達に応じた方法で評価しようとしている。
   
研究主題に迫るための手だて
  実態調査の結果を踏まえ,次の(1)〜(6)のような手だてを講じて研究を進めた。
  (1) 児童生徒の多様な発想や気付きが得られるような課題提示や事象提示の工夫をする。
  (2) 児童生徒の既有の知識や経験を生かして,自分なりの考えや解決の方法をつくり出せるよう,資料や教材・教具の工夫をする。
  (3) 児童生徒の創意や工夫が生かせるような教材・教具及び観察・実験の方法を工夫する。
  (4) 児童生徒自らの考えを深めたり新たな問題を見いだせるよう,相互の話合い活動の場や学習形態を工夫する。
  (5) 思考活動を伴う学習活動を取り入れた学習過程を工夫する。
  (6) 児童生徒の創造的思考を捉えるための評価方法を工夫する。
   
授業研究
   研究主題に基づき,指導法の改善や教材・教具の開発等の手だてを講じ,小学校・中学校・高等学校(物理・化学・生物・地学)で六つの授業研究を行った。


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