【授業研究3】 高等学校商業「簿記」 コンピュータを利用した簿記(精算表)の授業実践

(1)  授業研究のねらい
 簿記は商業教育における中心的な科目である。一般的に簿記の学習においては記帳練習を繰り返すことによってその知識の習熟を図っていく。しかし,単調な記帳練習の繰り返しによる学習は「知識の記憶」にとどまり,新たな発想で課題を解決していく態度を育成することを難しくしていると感じる。先に行ったアンケート調査からも,多くの教師が「生徒の自発性や探求心を引き出し,柔軟な考えと根気よく学習に取り組む姿勢を養う」ことが創造的態度を育てる上で重要であると認識をしていることがうかがえる。本研究においては,8桁精算表の学習を通して生徒自らが試行錯誤を繰り返しながら,思考し,判断し,表現できる学習方法を工夫し,生徒がそれらの学習に取り組む中で主体的に課題を解決していくとともに,「できた」という達成感を体験できるような学習活動の在り方及び教材の作成について研究を進める。
(2)  創造的態度を育てるための手だて
 簿記において8桁精算表のしくみについて授業を行う場合には次のような問題点があると思われる。
 精算表は記入する要素が多く板書するのことが難しく,さらに生徒はその全体像をなかなか把握できない。
 簿記の学習は一斉授業の形態で行われることが多く,生徒の習熟度に応じた細かな指導ををすることが難しい。
 精算表は,金額の集計を伴うため,計算が苦手な生徒にとっては表の仕組みを理解する以前に学習に対する興味を失ってしまう。
 このようなことを考慮した上で改善の手だてを考えてみた。
 8桁精算表の学習を創造的に行なわせるための手だて
 専門高校には,生徒一人一人が同時に利用できるパーソナルコンピュータが配備されており,それらを利用すれば大きな表を無理なく表示することができる。また,表計算ソフトを利用して教材を作成し活用させることにより,計算の苦手な生徒や習熟度に差のある生徒たちが,それぞれに試行錯誤を繰り返しながら学習をすることを可能にすることができると考えた。
 教材の工夫
 今回作成した教材(図1)は,マルチワークシート機能によって,6桁精算表から8桁精算表の学習までが段階的に行えるように5枚のワークシートから構成されている。生徒は,シートの項目が書かれたタブをクリックすることによって,目的とするページを開くことができるようになっている。8桁精算表の学習において,生徒たちのつまずきは,金額を記入する位置を示してやることによって解消される場合が多い。そこで,つまずきを解消するヒントとなる整理仕訳や金額の記入される位置が表示されるようなしくみをマクロボタンとして教材に埋め込み,生徒自身が解決の糸口を見つけることができるような工夫をした。また,各欄の合計金額は自動計算を行うよう関数を埋め込み,生徒が貸借平均の原則を意識しながらその構造を考えられるよう配慮した。図2は[STEP1]〜[STEP5]までのヒントボタンを押した状態をを示しており,整理仕訳と@〜Dの位置のセルが色分けをして表示されている。
図1 教材の概要

図1 教材の概要

図2 STEP1〜STEP5のヒントボタンを押した状態

図2 STEP1〜STEP5のヒントボタンを押した状態
(3)  授業の実践
 単元
 決算(その2)
 単元目標
  •  決算整理の意味と必要性,棚卸し表の役割と内容を理解させる。
  •  8桁精算表の意味を理解させ,作成法を習得させる。
  •  決算整理を含む決算手続きの学習により複式簿記の機構を確実に把握させる。
 指導計画
 ・ 決算整理と棚卸表 ・・・ 2時間
 ・ 8桁精算表 ・・・ 4時間(本時はその第3時)
 ・ 損益計算書と貸借対照表 ・・・ 1時間
 本時の学習
(ア)  目標
 表計算ソフトを利用して作成した教材を用いて,8桁精算表のしくみを理解させる。
(イ)  準備するもの
 教材をサーバーの共有ドライブに準備し,生徒が利用可能な状態にしておく。
(ウ)  展開
学 習 活 動 指 導 上 の 留 意 点
 8桁精算表の構造を理解する。
 8桁精算表の作成手順を理解する。
 教師機より図1の表を各生徒機に転送し,ボタンの使い方等がわかるよう配慮しながら操作方法を説明する。
 生徒機より教材を呼び出し,自分の力で整理記入欄の記入をする。  借方と貸方の合計額が必ず一致することに注目させる。
 STEP1からSTEP4までのヒントを必要に応じて使わせる。(図2)
 残高試算表の金額を整理記入欄の記述に従って修正し,損益計算書・貸借対照表へ転記する。  転記先がわからない生徒にはSTEP5を利用させる。(図2)
 式を埋め込むことによって答えを得る計算機能を利用させる。(図3)
 純損益を計算する。  損益計算書・貸借対照表の借方,貸方の合計額の食い違いに注目させる。(図3)
 次ページの演習を開き表を作成する。
 よく理解できないものは前ページの6桁精算表に戻って学習をする。
 ヒントボタンを有効に利用させる。
 答えは自分で見つけだすように助言は控え目にする。
 遅れている生徒を重点的に指導する。
図3 精算表作成の過程

図3 精算表作成の過程
(4)  授業の結果と考察
 生徒の活動状況
 簿記学習の習熟度に差のある3人を抽出し,授業中の活動状況を観察した。
 抽出生徒の概要
 A子 ・・・ 学習に積極的で,学習内容をよく理解している。
 B男 ・・・ 学習には積極的であるが,理解するのに時間がかかる。
 C男 ・・・ 理解している部分が少なく,学習に消極的である。

A子 B男 C男
 授業へはいつも通り積極的に参加している。機械の操作も特に不安がないようである。ヒントボタンを使わなくてもほとんど解答することができるようである。先のページを開き学習するように指示をした。  簿記よりも情報処理を得意とするB男は,いつもより積極的に授業に取り組んでいるようである。精算表を自分の力で作成しようと頑張っているがまちがいが目立った。ヒントボタンをうまく使うよう指示すると,非常に学習速度が上がり自分からどんどん先に進んで学習をしていた。  欠席が多く精算表そのものについて理解が遅れているため,なかなかはかどらない。ヒントボタンを利用しても,最初その意味が分からない様子であった。答えを入力することに臆病になっている感じがしたので,積極的に操作させるよう配慮した。
 授業後の意識調査
 このような授業を2時間行った後の意識調査では,ほとんどの生徒がコンピュータを使った簿記の授業は楽しかったと答えていた。その主な理由としては「計算が楽なので勉強がたのしい。」「まちがってもすぐに書き直せるのでよい。」「色がきれいでわかりやすかった。」という意見が多数あった。自分の力で答えが得られたかという問いに対しては,8割の生徒から「はい」という解答を得られた。
 授業の考察
 情報処理科の生徒たちであったが,情報処理等の授業で使用しているソフトとは異なる教材のため,当初は予想した以上に操作面でのつまずきが見られた。簿記の授業はほとんど普通教室で行われるが,教室では集中力が持続しない生徒も集中して学習する姿が見られた。また,授業中内容に関する質問は思いのほか少なく,生徒が試行錯誤を繰り返しながら自分の力で8桁精算表を完成しようという意欲が感じられた。
(5)  授業研究の成果
 効率よくコンピュータを活用することにより,生徒たちに主体的に学ぶ姿勢が現れた。
 生徒のつまづきを解消するため,ディスプレイ画面上に金額の記入される場所を色分けして示してやるなど簡単なヒントを与えることによって,学習への意欲が高まった。
(6)  今後の課題
 今回作成した教材は,生徒のコンピュータ操作能力に依存するところが多く改善をする必要がある。
 生徒の習熟度に応じた学習支援ができるよう,ヒントの与え方を工夫する必要性がある。

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