【授業研究3】中学校第3学年「わたしたちと言葉」

1.授業の構想
 言語感覚の育成は国語教育における中心的な課題であるが,これまで意図的にその育成を図ろうとする学習指導が不足していた。義務教育の最終学年であり,抽象的で高度な思考力を身に付け始めるこの時期に,言葉の意味,言葉について分析的に考える力を育てたい。
 教材文「なつかしいと恋しい」は,類義語の意味の比較から,言語と認識の関係,言語と心の関係を論じている優れた説明文である。しかしながら,言語学者と留学生との再会という場面設定は生徒にとって縁遠いことであり,「恋しい」という言葉自体,本校の生徒の言語生活ではほとんど用いられるものではないため,微妙な意味の違いについて実感を伴って理解することは難しいことが予想された。そこで,教材文を言葉について考えていく方法を学ぶための基礎教材と位置付け,身近な類義語について考え合う学習に発展させようと試みた。
 まず,教材文から,「日本語には意味のよく似た言葉があること」,「それらの言葉の微妙な意味の違いをとらえるには,実際の使用場面の違いや意味の共通点,相違点を考えていく方法が有効であること」を学び取る。次に,身近な言語生活を振り返って意味の似た言葉を集め,それらの言葉について用い方や意味の違いを比較し合うことで,一人一人の言語感覚を豊かにし,言語に対する関心を高めたいと考えた。

2.指導の手だて
(1) 理解と表現との関連
 理解と表現の関連を図ることで,受け身になりがちな読解活動に明確な目的意識が生まれる。また,理解教材から,表現方法や表現のための題材,自分の考えを深めるために参考となる考え方を学び取ることができるようになる。本単元でも,教材文を内容理解の対象とだけとらえるのではなく,言葉について考えていく上での着眼点「意味の似た言葉の存在」と言葉について考えていくための方法「比較法」を学び取るためのものとして位置付けた。
(2) グループ活動と相互評価
 任意に構成した小グループでの話合い活動を行うことで,一人一人の発想を生かすとともに,言葉の用例や意味の違いに関する感覚だけでなく,話す,聞く,書く及び読む活動の中で表現の適否,正誤に関する感覚を統合的に養いたいと考えた。そのため,用例や意味の違いについても辞書で調べるのではなく,生徒自身が互いの言語経験と言語感覚を基に考え合う活動とした。また,グループ内やグループ間で,適切な表現を選びながら自分の分析を説明したり,説明に使われている相手の表現を適切に評価したりする活動を重視した。
(3) 学習資料の整備と学習活動の個別化
 教材の理解を助けるための補助資料を用意した。さらに,学習課題となる「意味の似た言葉」は,書物からではなく生徒自身が身近な生活の中から見付け出したものを用いるとともに,他グループ(同クラス,他クラス)の用例カードを資料として用いることで,自分自身の学習という意識をもてるようにするとともに,より豊かな言語感覚が身に付くようにしたいと考えた。
 また,グループ学習を中心としながらも,その前に自由進度による個別の用例カードづくりを置き,その後に一人一人が異なる言葉を分担してまとめ,説明する活動を置くことで,学習活動ならびに指導の個別化を図った。


3.学習指導案

第3学年   国語科学習指導案

  1. 単元(教材)   わたしたちと言葉
  2. 単元の目標
     言語に対して興味・関心をもち,自分たちの言語生活を豊かにしようとする。 (関心・意欲・態度)
     類義の語の意味の違いについて,具体的な使用例に基づいて考えを交換することができる。 (表現)
     文章の展開に即して的確に内容をとらえ,筆者の鋭く深い見方や考え方を学びとることができる。 (理解)
     類義語の意味や用法の共通点と相違点を考えることにより,言語感覚を豊かにすることができる。 (言語事項)
  3. 単元について(省略)
  4. 学習計画(8時間 本時は第3次の第6時)
    学 習 活 動 支   援 評 価 の 観 点
    • 単元のねらいを把握する。
    • 「なつかしい」と「恋しい」の意味,使用場面の違いについて考える。
    • 言語の学習の必要性について考えることで学習の価値を認識できるようにする。
    • 自分自身の言語感覚の有無を診断的に評価する目安としたい。
    自分の言語生活を振り返ることができたか。
    <言>
    • 教材文を読み,おおよその内容をつかむ。
    • 漢字の意味と難語句の意味や用法を確認する。
    • 教材文を読み,筆者の体験と考えを区別する。
    • 提示された問題を核として,全体の構成をつかむ。
    • 教材文から,言葉について考える場合の「視点と方法」を読み取る。
    • 言葉の微妙な違いの分かる日本人となるために,類義語に着目して学習していくことを確認することで,学習の目的意識が高まるようにしたい。
    • 文章の内容を構造的に示した学習プリントを読解の助けとして用意することで,文章を構造的に理解すると共に,後の発展学習を支える「視点と方法」を把握しやすいようにする。
    • 上位語と下位語については,他の例も挙げて補足説明する。
    学習のめあてをもつことができたか。
    <関>
    筆者の体験と考えを理解することができたか。
    <理>
    類義語の存在と比較法の有効性について理解することができたか。
    <理>
    • 類義語について説明された資料を読み,類義語に関する理解をより確かなものとする。
      資料A 資料B
    • 全く同じ形の文に用いられている類義語の意味の違いについて考える。
    • 意味の似た言葉を品詞ごとに集める。
    • 「包み・包まれ型」「ずれ・重なり型」という概念をもって,次の発展学習に臨めるようにしたい。
    • それぞれ,一方にしか用いられない用例についても考えることで,意味の違いについてより深く考えられるようにしたい。
    • 考え出される語が名詞に偏ることが予想されるので,広く様々な言葉が集められるように品詞という視点を示す。
    • 自分自身の言語生活体験の中から見付け出していくことで,学習への意欲を高めたい。
    類義語の包含関係について理解することができたか。
    <言>
    類義語には,意味の違いとともに使い分けのあることを理解できたか。
    <理>
    自らの言語生活体験を振り返り,積極的に言葉を探し出そうとしているか。
    <関>


    • 「意味の似た言葉一覧表」の各言葉について,用例カ−ドを作成する。
      語Aにのみ使える例
      語ABとも使える例
      語Bにのみ使える例
    • 学習グループを編成する。
    • 生徒の考え出した言葉をもとに一覧表を作成する。その際,日常用いられている身近な語句を中心に言葉を選ぶようにする。
    • 各自の取り組みたい言葉から始め,各自の進度で学習を進めていくようにしたい。
    • 他の人と異なる言葉,様々な品詞へ取り組むことを奨励し,クラス全体としての豊富な用例が集まるようにしたい。
    • 3〜4人のグループをつくることで,誰もが話合いに参加しやすいようにしたい。
    進んで様々な言葉の用例を考えようとしているか。
    <関>
    適切な用例を考え出すことができているか。
    <言>

     


     

    • グループごとに分担する言葉を選択し,分析する。
      意味の共通点
      用例 語Aのみ
      両方
      語Bのみ
      使い分け
      意味の相違点
    • グループ内で各自1語を分担し,清書する。
    • 複数の品詞の語句を選択することを条件とするとともに,各グループの能力や興味・関心を生かす分担となるよう助言したい。
    • 辞典をつくる,質問会を開くという具体的な目的をもつことで,より正しく分析をしようとする意欲が高まるようにしたい。
    • 前時に作成した用例カードを言葉ごとにまとめておき,参考資料として利用できるようにする。
    • 他グループと相互に評価し合うとともに,進度の速いグループが選択を追加するようにしたい。
    意味の似た言葉の意味・用い方の共通点・相違点をつかむことができたか。
    <言>
    意味の共通点・相違点について明確な言葉で説明されているか。
    <表>
    正しい字形,適切な濃さで書くことができているか。
    <言>
    • 完成した辞書を読み,質疑応答により理解を深め合う。
       疑問点を質問する。
       分担者が説明する。
    • 単元の学習を通して学んだことをまとめる。
    • 清書原稿を印刷・製本し,「意味の似た言葉辞典」を作成しておく。
    • 質疑応答の際の適切な話し方のポイントを再認識することで,言語の使い方に関する感覚を高めたい。
    • 「わたしと言葉」等の題を示すことで,言葉の使い手としての自分を意識できるようにしたい。
    筋道を立て明確な言葉遣いを用いて,分かりやすく説明することができたか。
    <表>
    言語に関する意識が高まったか。
    <関>
  5. 展 開 (省略)


4.授業の考察
 理解と表現の関連を図ったことで,生徒は見通しをもって自らの学習に取り組むことができた。また,発展学習の課題となる「意味の似た言葉」を生徒自身の生活に求めたとともに意味の似た言葉辞典をつくってAETにプレゼントするという具体的な目標があったことで,学習活動に必然性が生まれ,生徒は主体的に学習に取り組むことができた。
 小グループによる活動を進める中で,一人一人の発想を生かすとともに,話す,聞 く,書く及び読む活動における言語感覚を統合的に高めることができた。例えば,辞典の原稿を書く場面では,限られたスペースで分かりやすく説明するために適切な言葉を選ぶための感覚が養われた。また,書いた原稿を相互評価する場面では,相手の表現の正誤や適否を正確に評価するための感覚が養われた。グループ内の話合いは活発に行われ,一人一人が自分自身の生活体験に基づいた発想を生かし,自分自身の言葉を用いて,生き生きと自分の考えを述べていた。
 身近な言葉を学習材とし,自らの生活体験を基に考えていったことで,言葉に関する知識が高まっただけでなく,日常の生活の中で言葉を見つめ,言葉について考えていこうとする態度が養われた。また,他の生徒の作成した用例カードを話合いの際の参考資料として用いたことは,自分の考えを広げ,用い方や意味の違いを深くとらえるために有効であった。なお,グループ活動の前後に個別活動の時間を確保したことで,自らの学習としてとらえる意識が高まるとともに,グループ活動にもねらいをもって参加できた。そして,一つの辞典の中の2分の1ページを自分が作り上げたという成就感をもって学習を終えることができた。完成した辞典は,不備な点は多いものの,一人一人の言葉で書かれ,その生徒らしさが感じ取れるものであった。
 なお,言葉の意味の違いに関する漠然とした感覚を言葉に置き換えていく段階では,動作化やイメージ化の助言がたいへん有効であった。資料を例にとれば,実際に「友達の手をにぎってごらん,つかんでごらん。」という助言をしたことで,生徒は相手の動きや自分の心理,にぎる(つかむ)部位の違いなどを明確にとらえることができた。また「必ず・きっと」の場合も,「必ず(きっと)明日は雪だ。」という言葉を発する前後の状況,話し手の表情,空の様子などをイメージすることによって,生徒は話し手の心理をつかむことができた。
 学習後の感想には,何気なく使っていた日本語に微妙な使い分けのあることを知った驚き,その微妙な違いを突き詰めて考えていったおもしろさ,そして,日常生活の中でも似た言葉を探したり言葉の使い方に気を付けて話したりするようになったことについて書かれたものが多かった。

資料4 意味の似た言葉辞典

資料4 意味の似た言葉辞典

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