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授業研究の実践

 言語感覚を育てるために,児童生徒に言葉や文とどのようにかかわらせるかということについて小学校,中学校及び高等学校の校種ごとに授業の実践をした。以下は,その実践記録である。


【授業研究1】小学校第5学年「大造じいさんとガン」

1.授業の構想
 子供たちの言語生活では,論理的に話したり聞いたりするカが不足している。これは,言語活動の各場面で,何をどのように表現することが適切であるかを判断したり,評価したりするために必要な言語に対する感覚が思うように育っていないためであると考えられる。
 この課題に対応するための一方策として,論理的に話し,批判的に聞くことが要求されるディペートが有効であると考える。子供たちが強い興味・関心をもって学習に取り組む物語教材にディベートを取り入れることによって,その作品を十分に読み込む必要が自ずから生じる。
 ディベートを通して,相手を納得させるための表現の仕方や相手の立論の誤りを正すような力が養われるものと考える。子供たちはディベートを通して,様々な見方,感じ方,考え方があることに気付くことができるであろう。相手に納得してもらえるように表現をまとめたり,批判的に聞いたりすることによって,子供一人一人の言語感覚を刺激することになると考えた。

2.指導の手だて
(1) 一つ一つの細かな叙述に着目する場の設定
 物語文教材にディペートを取り入れることによって,子供たちは,立論のために教材文の叙述に立ち返りながら話し合って,考えを検討してまとめていこうという必要感をもつ。また,反論があれば,相手の立場に対する意見をまとめるために叙述に立ち返って読むという活動を繰り返し,細かな叙述に着目しながら物語文を読む学習ができると考えた。
 つまり,物語文の読みにディベートを取り入れることによって,叙述に即して読むという活動が必然的になり,子供の意欲に支えられた学習活動にすることができると思われる。
(2) 適切な表現を選んで話す場の設定
 ディベートでは,論題について聞き手に分かりやすく説明できるように論を構成する必要がある。また,子供たちは立論に対して様々な角度から反論されることによって,読み取りの内容や論拠に対する新たな考え方に接することができると思われる。このことによって,立論が的確かどうかを分析し,立論の表現をより適切にするための主体的な推敲活動が行われるであろう。正しく分かりやすい表現をまとめるための過程を通して,言葉の適否や正誤についての感覚を育てることができるのではないかと考えた。
(3) 相手の話の内容を正確に聞き取る場の設定
 相手が論題について主張しているときには,論拠が叙述に基づいているか,筋道が通っているかなどを判断することが求められ,相手の反論に対しても,その内容を正確に把握することが必要とされる。相手の立論を批判的に聞こうとしたり,反論の内容を正確に理解しようとしたりすることで,目的を明確にした聞き方になり,言葉の使い方に気を配るようになるのではないかと考える。また,審判をする子供たちも論の述べ方について注意深く聞くようになるであろう。


3.学習指導案

第5学年   国語科学習指導案

  1. 単元 情景を思いうかべて(物語)「大造じいさんとガン」
  2. 目標
    人物の動きや心情の移り変わりに関心をもち,自分から読み進めようとすることができる。 (関心・意欲・態度)
    自分の考えを明確にして話し合い,さらに考えを深めて文章にまとめることができる。 (表現の能力)
    場面の移り変わり,人物の関係や気持ちの変化,主題・要旨を読み取ることができる。 (理解の能力)
    熟語,動きや様子を表す語,色彩語等について理解を深め,自分の文章に使うことができる。 (言語についての知識・理解・技能)
  3. 単元の構成について
    (1) 指導にあたって(省略)
    (2) 学習計画(11時間 本時は第2次の第7時)
    第1次(2時間)全文を通読し感想をもつ。第2次(〜5時)グループでディベートを考えたい場面と論題を探し,準備をする。
    目  標 学 習 活 動・内 容 評 価 の 視 点
    • 叙述を根拠にして読み深めたい問題に対する考えをまとめることができる。
    • 自分のグループの論点について主張したいことやその理由をまとめる。
      (立論づくり)
    • 文章に書いてあることを根拠にして,論争する準備ができているか。
      <ディべート学習プリント(1)(2)>




    • ディベートをすることによって,自分の考えを深めることができる。
    • ディベートで論争することによって主題に関しても,考えを深めることができる。
    • 相手の意見もよく聞きながら,自分のチームの論拠を主張しディベートを行う。
    • グループを交代して2回目のディベートを行う。
    • 各グループからの経過・結果の報告会を開く。
    • 自分たちの主張を相手に納得させるだけの根拠のある論争が活発にできているか。
      <ディべート>
    • 対戦しているグループの主張していることを的確に評価することができているか。
      <ディべート>
    10
    11
    • 各論点や疑問に関する感想をまとめることができる。
    • 感想を発表し合い,主題について考えを深めることができるようにする。
    • 各論点や疑問について自分なりに分かったことや考えたことをまとめる。
    • ディベートの論題とならなかった問題について考え,話し合う。
    • ディベートを通して,どのように自分の考えが深まったかをとらえた感想になっているか。
      <ディべート学習プリント(2,3)>
  4. 本時の指導
    (1) 目標
     自分の考えを明確にし,表現することによって更に考えを深めて話し合うことができる。
    (2) 準備・資料 ・ディベート学習プリント・審判用プリント・OHP・自己評価カード
    (3) 展開
    学 習 活 動 及 び 内 容 支援と評価( 評 は評価の視点)
    1. 本時の学習課題を確認する。
       文章に書いてあることをもとにディベートをし,自分たちの主張点を深め合おう。
    2. ディベートを開始する。
      • 5グループ(1グループ6人)のうち,2グループが対戦し,他の3グループは,司会・計時・記録・審判の係を担当する。
      (1) 2グループが対戦し(6人対6人),各グループから主張点とその論拠を発表する。
      • 第1話者がそれぞれ代表意見を発表する。(1分×2)
      • 第2話者がそれぞれ補足意見を発表する。(1分×2)
      • 第3話者がそれぞれ結論意見を発表する。(1分×2)

        ○フリートーキングの時間
        • 審判団からの質問
        • 相手グループへの自由討論
        • それぞれのグループで記録者の記録をもとに反論
          (疑問,質問など)の内容について話し合う。(3分)
        • 第4話者がそれぞれ反論意見,質問を発表する(1分×2)
        • 互いに結論を述べる(2分×2)
      (2) 審判から結果の報告と理由の説明を受ける。
       (判定のまとめと発表,8分)
      審判団からの結果発表を聞き,お互いにメモを取る。
      • 自分たちと違う場面の問題について,経過と結果を聞く。(対戦しなかったグループ)
      予想される論題
      0班… この物語の後,大造じいさんは残雪にじゅうを向けるか向けないか。
      0班… 題名は「大造じいさんとガン」がよいか「残雪」がよいか。
      0班… 主役は大造じいさんか残雪か。
      0班… 1の場面「ううむ」と2の場面「ううん」は,どちらの方が大造じいさんのショックは大きいか。
      反論をする。
      (3) 自己評価カードをつける。
      (4) 教師がディベートの批評をする。
    3. 本時のまとめをする。
      • 全体の講評を聞く。
    • 前時までに児童が用意した論拠の確認と,手順の打ち合わせについて助言してまわる
    • 全員が同時にディベートに参加することにより,意欲を持続できるようにする。



    • 自分の意見を積極的に発表できない子供は,プリントの記述を参考にさせ,自信をもって発表できるようにする。
    • 審判団には討論の進み具合によっては,時間の延長も考慮させ十分意見が出せるようにする。
    • 自分たちの考えと違うところ,疑問に思うことをメモするよう助言し,比較検討ができるようにする。



    • その場で考えた質問・意見を自由に出し合うことによって,様々な考えに触れることができるようにする。

      (評) 相手の意見をよく理解した上での反論や質問になっているか。




    • 審判団は,公平に客観的な判断をし,結果の説明や,良い意見を出した人を称賛することができるよう助言する。
    • 勝ち負けに執着することなく,お互いの意見をよく聞く態度を重視する。
    • OHPを使って,TP資料で発表(審判代表)する援助をする。

      (評)  単なる思いつきでなく「大造じいさんとガン」の文章の記述に基づいた討論ができているか。
       主題につながる読み深めができているか。
      (言語の感覚,語彙力)
      <ディベート,プリント>




    • 審判の側も,記録用紙に討論の経過を正しくまとめて書けるようにする。
    • ディベーター,審判団は自己評価カードによい点をたくさん書けるようにする。
    • 討論の進め方や,意見のよかった児童を称賛してやる。


4.授業の考察
 第5学年「大造じいさんとガン」にディベートの学習を取り入れた。ディベートのやり方を学習する段階から,グループで行うディベートの進め方に慣れる段階を経て,ディベートを活用する段階へと系統的に指導を重ねていった。作品から論題を見付け出す活動は重要な段階なので,十分時間を確保して進めた。論題を決める際は,対立意見の出やすいものとなるように助言した。ディベートの立論において重視したことは,作品の叙述を根拠として考えをまとめることができているかということである。そのため,子供は何度も文章表現に立ち返って,細かな叙述を読み取ることができるようになった。また,読み取って立論したことは,第一話者から第四話者までそれぞれの発表原稿をグループで話し合って,資料1のようにまとめた。このことによって,日ごろ十分活躍の場のなかった子供が自信をもって発表することができた。このとき,相手グループからの反論を予想してまとめるようにしたので,何度も叙述に立ち返って読む活動が見られた。

資料1 子供がまとめた発表原稿の一部

資料1 子供がまとめた発表原稿の一部

 子供は,作品の叙述の中から自分たちの主張を裏付ける表現をグループで話し合って確認した後,相手に分かりやすく説明するために,何度も話し方の練習をし,互いに聞き合ってよりよい主張ができるようにしていた。授業後の子供の感想からは,相手に納得してもらうために,話し方に気を配った様子がうかがえた。
 今回のディベートには,討論の活性化を図るためにフリートーキングの場を加えた。フリートーキングには,どのような発言が飛び出すか予測できないおもしろさとその場ですぐに反応しなければならない緊張感がある。相手の考えを正確に聞き取り,自分たちの考えを相手に伝えるために分かりやすく表現しようとする姿が見られた。この場合,理解力のある一部の子供だけの活動にならないよう作戦タイムを設定してどの子供でも対応できるように工夫した。
 第一話着から交互に意見を述べ合う前半部分では,自分たちが叙述に即して読み取ったことと相手の主張はどう違うのかを注意しながらメモをとって真剣に聞き取ろうとする様子が見られた。後半のフリートーキングでは,作戦タイムをとって話し合う活動を取り入れ,だれもが自信をもって対応できるようにした。これらの活動によって,作品の主題をより深くとらえるだけでなく,討論の場において用いる言葉についての適否,正誤を評価する感覚も養われた。
 なお,情景描写の読み取りについては,論題として不向きな場合があるのでディベート以外の方法で学習できるような配慮が必要である。物語文をすべてディベートで読み取っていくのではなく,ある部分を読み深めていく場合の一手段として活用していくように留意したい。

国語目次