「豊かな感性を育てる学習指導」の研究概要

  1. 研究の趣旨
     豊かな感性を育てる学習指導の在り方について実践的な研究を行い、各学校での教科の学習指導の改善・充実に役立てる。

  2. 研究主題
    (1) 教科共通の研究主題 「豊かな感性を育てる学習指導」
    (2) 教科別主題と研究のねらい
    教 科 教 科 別 研 究 主 題 研 究 の ね ら い
    国 語  一人一人の発想が生き、言語感覚が育つ国語科学習の指導の在り方  国語科の学習における児童生徒の意識等を踏まえ、児童生徒一人一人の発想が生き、言語感覚が育つ国語科学習の指導の在り方を究明する。
    社会・地理歴史・公民  自分とのかかわりを通して、問題意識を高め、問い続ける社会科学習の指導の在り方  社会的事象とのかかわりの中から、自分なりに問題を発見し、社会的事象のもつ意味や価値を問い続ける社会科学習の指導の在り方を究明する。
    算数・数学  考える楽しさに触れながら、数学的な見方や考え方を身に付ける学習の指導の在り方  問題を解決していく楽しさを味わいながら、数学的な見方や考え方を身に付けていくことのできる学習の指導の在り方を究明する。
    外国語  生きた英語を実感できる学習活動の在り方  コミュニケーション活動を生かした英語科学習の指導の在り方を究明する。


  3. 研究主題についての基本的な考え方
    (1) 研究の視点について
     昨今の子供の姿として、いじめ、登校拒否など物質的な豊かさの裏に子供の心の貧しさが指摘され、今日の教育的な問題の一つとして、子供の「感性の不毛」が上げられている。
     このような中で、改めて「人間性の教育」が強調されている。「人間性の教育」(子供それぞれの個性や人格の育成を図る。)は「有能性の教育」(役に立つ人間、一人前の人間として生きていくために必要な諸能力を伸ばす。)と調和して成立するものである。この二者を結びつける基盤として「豊かな感性」を取り上げることができる。
     第15期中央審議会第一次答申では、今後における教育の基本的な方向の中で、これからの変化の激しい社会にあって、子供たちに必要な資質や能力を「生きる力」と称し、「生きる力」は理性的な判断や合理的な精神だけでなく、美しいものや自然に感動するといった柔らかな感性を含むものであると述べている。
     このような今日的な教育問題や今後の教育の方向性を基に、教科教育第一課では「感性」に研究の視点を当てて研究を進めることにした。
     平成4年度から平成7年度にかけて教科教育第一課(平成4・5年度は基礎教育課)では、学力を「学ぼうとする力」「学ぶ力」「学んで得た力」ととらえ,平成4・5年度は,「学ぼうとする力を育てる学習指導に関する研究」,平成6・7年度は,「学ぶ力を育てる学習指導の在り方」と研究主題を設定し,実践的に研究をすすめてきた。
     4か年の研究の成果として,「学ぼうとする力」や「学ぶ力」についてのとらえ方,学習過程の在り方や教師の支援の在り方等が明らかになったが,課題として次のようなことが挙げられた。
     子供が事物や事象との出会いの中で,どのようにすれば内面から問いを発し,切実感,必要感に基づいた自分なりの問題をつかみ,追究できるようになるか。
     子供が学習の中で,思考や判断を繰り返しながら問題解決に対する納得や実感を求めて自分なりに追究し,自分の見方や考え方を深めていくには,どのような手だてが必要か。
     表現力の育成を図るために,表現する場や表現方法を工夫してきたが,子供が心から自分の思いや願いを生かして表現できるようにするにはどのようにすればよいか。4か年の継続研究の中ででてきたこれらの課題も踏まえ,教科教育第一課では,平成8・9年度の2か年にわたり「豊かな感性を育てる学習指導」と研究主題を設定し,実践的研究を行うことによって,各学校での学習指導の改善・充実に役立てたいと考えた。
    (2)  感性のとらえ方
     「感性」については,
     人間や自然や事物などについて,その真理や真実,よりよいもの,より美しいもの,より崇高なものに対する鋭敏な,しかも安定した感受性,したがってこれらを愛し,これらに感動し,これらを求め続ける心である。(高久 清吉「本県教育の目標随想」)
     刺激に応じて,感光,知覚を生ずる感光器官の感受性(「広辞苑」)
     刺激から認知を経て感情に至る一連の流れ(増山 英太郎「感性はどうしたら磨けるか」)
     周囲の環境からの刺激に対する感受性やそれに反応する心の動き(現代教育学事典)
     価値あるものに気づく感覚(片岡 徳雄「個性を開く教育」,渋谷 憲一「感性に裏付けられた知性」)
    など様々な定義がある。
     以上の定義を参考にして,教科教育第一課では,感性を基本的に次のようなものととらえることにした。
     感性を刺激に対する単なる五官を通した感受性という受動的なものととらえるのではなく,事物や事象との出会いの中で,価値(美的価値,知的価値,人間的価値)あるものに気づく能動的な部分をもつ感覚ととらえる。感性は,事物や事象と出会う中で,心が揺り動かされ,感動や思考が働くように導く,積極的な機能を持つものである。また,子供によって感じ方や感じ方によって引き起こされる感動や思考は異なるので、感性は、個性的なものである。
     そこで、学習指導を通して、育てていく感性を、
     事物や事象とのかかわりや子供同士のかかわりを通して、子供自らの感覚や感受性を基に価値あるものを見いだし、思考や判断を繰り返しながら、自己をより高め、よりよいものにしていこうとする力
    ととらえ、研究をすすめることにした。
     そして、研究を通して育てていく豊かな感性をもつ子供の姿を

    • 感受性と知的好奇心に満ち、事物や事象に対する鋭いアンテナが張り巡らされている。
    • 直感力と想像力に富んでいる。
    • 事物や事象に働きかけ、その反応を素直に受け止めることができる。
    • 何事にも自発的であり、自立的である。
    • ねばり強く問題解決に取り組み、納得あるいは実感をともなって分かるまで追求できる。
    • 他の人の思いや考えを尊重することができる。
    のようにとらえた。
    (3)  豊かな感性を育てるための学習指導改善の視点
     豊かな感性を育てるために、国語科、社会・地理歴史・公民科、算数・数学科、外国語科(英語)科の4教科の中で、次のような視点から、学習指導の改善の方向を考えていくことにした。

    •  事物や事象との出会いの中から,自分の問題を発見し,自分の思いや願いを生かしながら問題を解決していく過程を構成する。
    •  子供の五感が働く場面を学習指導の場の中に設定していく。
      (直接的な体験や具体的な活動を取り入れた場の設定)
    •  児童生徒の既成概念やイメージを突き崩す場,感情をゆさぶる場を学習指導の中に取り入れる。
    •  子供のつぶやきやうなずきなど,子供の視点に立って反応をとらえる。
    •  子供が多様な考えやイメージをもてるような場を設定する。
    •  子供の考えたことや感じたことを表現できる場を設定する。
    •  自分の描いたイメージや考えを友達同士互いに交換することによって,自分の考えやイメージを問い直し,練り上げる場を設定する。
    •  教室内に支持的な雰囲気をつくる。

    ア 豊かな感性を育てる学習の場の工夫
    事物や事象との出会いの場
    学習材を通しての出会い
    • 事物や事象に対する素直な受け止め
    • 心が動かされ,揺さぶられる出会い
    • 出会いからの直観的なイメージ
           ↓
    事物や事象とかかわる場
    (学びの対象)
    自 己 と の か か わ り
    • 作業や体験を通し五感を働かせて対象とかかわる
    • 問題意識の醸成と自分の問題の発見
           ↓
    自分なりのよさを生かした追究の場
    自 分 な り の 追 究
    • 自分なりの解決の見通し,解決の方法
    • 直観的なイメージと論理的思考の往復
           ↓
    自己の考えやイメージの問い直しと練り上げの場
    子供同士のかかわり
    • 子供同士での情報の交換
    • 自分のイメージや考えの問い直し
           ↓
    新たな問題の発見
    価  値  の  発  見
    • 新たな問題の発見
    • 納得,実感を伴う理解

    イ 豊かな感性を育てる学習の場と子供の学習活動
    学習の場 学  習  活  動 子 供 の 意 識 感性とのかかわり
    学習材を通しての出会い
    事物や事象と出会う
    • おや。なぜかな。不思議だなあ。面白いなあ。
    • やってみようという気持ちや行動を起こす。
    自己とのかかわり
    具体的体験,直接体験を通し,感覚を働かせて対象とかかわる。 自分の問題を見付ける。
    • どうしてこうなるのかな。
    • 考えていたこととはどうも違うな。
    • ここは調べてみないと分からないな。
    • よし,これについて調べてみよう。
    • 対象に直接・間接的にかかわり直感的(直観的)イメージをもつ。
    • 既有の知識,経験とのずれ。
    自分なりの追究
    自分なりの予想と解決方法の見通しの基に,学習問題について調べる。
    調べながら自分なりの考えをもつ。
    自分の考えた方法で調べる。
    自分なりの考えや思いを自分なりの方法で表現する。
    • きっと〜にちがいない。
    • こうすればできそうだぞ。
    • こんな資料があるといいな。
    • こんなふうにするとみんなにうまく伝わるかな。
    • 自分の経験や知識を基にしてのイメージをもつ。
    • 解決方法(資料収集,まとめ方,表現方法)の見通しをもつ。
    • 調べながら自分のイメージを確認する。
    • イメージを構造的,論理的にとらえ直す表現方法をイメージし,見通しをもつ。
    子供同士のかかわり
    友達の見方や考え方と自分の考えとを比べる。
    友達の見方や考え方のよさに気付く。
    自分の考えの中に,友達の考えのよいところを取り入れる。
    様々な観点から,自分の見方や考え方を問い直す。
    • こんな調べ方もあるのか。
    • なるほど,こんな考え方もあるのか。
    • 友達のあの考え方は自分と同じだな。でも,ここは違うな。
    • 友達のあの考え方は自分の考えに取り入れられるな。
    • 友達の見方や考え方の違いに気付く。
    • 友達の見方や考え方のよさに気付く。
    • 自分の考えを友達の考えと比べながら問い直す。
    価値の発見
    自分なりに調べたことや考えたことに納得する。
    もっと調べなければならないこと,新たな問題に気付く。
    • なるほどそういうわけか。
    • そうか,できたぞ。分かった。
    • この考え方は,こういうときにも使えるな。
    • 面白いな,もっと調べてみよう。
    • 本質的な価値を発見し,自己の中に取り込む。
    • 成就の喜び,満足感を味わう。
    • 次の行動への自信がわく。


  4. 研究方法及び研究の経過
    (1) 平成8年度の研究
    研究協力員の委嘱
    4月に研究協力員総数24人を次のように委嘱する。
    校種\教科 国 語 社会・地理歴史・公民 算数・数学 外 国 語
    小 学 校  6
    中 学 校  8
    高等学校 10
    24
    研究主題にかかわる理論研究
     第1回〔平成8年6月10日(月)〕に大学教授による講義を受け,「感性」について理解を深める。
    • 参加者 次長兼教科教育第一課長,指導主事8人 研究協力員24人
    • 講義 「豊かな感性を育てる学習指導」 講師 聖徳大学教授 渋谷 憲一
    学習指導の実態と問題点を探るための意識・実態調査
    (ア) 調査期日 平成8年10月1日(火)から平成8年10月18日(金)まで
    (イ) 調査対象・調査人数
    • 小学校6校(児童1616人,教員279人)
    • 中学校17校(うち教員のみが9校,生徒3178人,教員247人)
    • 高等学校10校(生徒4944人,教員296人)
     意識・実態調査は,研究協力貞の所属する学校等の児童生徒及び教員を対象として行った。主な調査事項は次のとおりである。

     国語
    • 言語感覚について
    • 言語感覚を育てることについて
    • 言語感覚が育つ学習活動について
    • 言語感覚を育てる工夫について
     社会・地理歴史・公民
    • 学習問題の設定について
    • 学習意欲の持続性について
    • 問題解決の実感や納得について
    • 表現活動について
     算数・数学
    • 楽しい授業について
    • 問題解決の授業について
    • 数学的な考え方について
    • 数学的な見方や考え方のよさについて
     外国語
    • 学習活動について
    • コミュニケーション活動について
    • 授業形態について
    • 英語学習における体験について
     意識・実態調査の結果については,各教科の《分析》と《考察》を参照して下さい。
    授業研究
    (ア) 実施期日 平成8年10月31日(木)から平成8年11月27日(水)まで
    (イ) 授業研究実施校
    校種 国 語 社会・地理歴史・公民 算数・数学 外 国 語
    小 学 校  3
    中 学 校  4
    高等学校  5
    12
    研究の中間報告
     意識・実態調査及び授業研究の結果は,研究の中間報告として,平成9年3月25日(火)の本研修センターの研究発表会で発表した。各教科それぞれの単元において次の視点から授業研究を行い,研究の成果と課題を明らかにした。
    (ア) 国語
    • 「大造じいさんとガン」(小) 様々な見方,感じ方,考え方に気付く活動を重視したこと
    • 「わたしたちと言葉」(中) 言葉を分析的に考える力を育てる活動を重視したこと
    • 「言語」(高) 言語に関する興味・関心を喚起する活動を重視したこと
    (イ) 社会・地理歴史・公民
    • 「長く続いた戦争と新しい日本の出発」(小) 五感を働かせて,社会的事象にかかわる活動を重視したこと
    • 「アメリカ合衆国」(中) 見方や考え方を問い直し深める活動を重視したこと
    • 「現代社会を生きる倫理」(高) 自ら問題を見付け,調べる活動を重視したこと
    (ウ) 算数・数学
    • 「円と球」(小) 学習の場や体験的な活動の工夫を重視したこと
    • 「円」(中) コンピュータ等の活用から直感的な見方や考え方を生かす活動を重視したこと
    • 「いろいろな角の三角比」(高) 操作的な活動を重視したこと
    (エ) 外国語(英語)
    • 「The Home Planet」(中) 問題意識を高め,英語で発信する活動を重視したこと
    • 「Are You This Weekend?」(高) 必要な情報を調べる活動を重視したこと
    (2) 平成9年度の研究
    理論研究
     6月に,研究の基本的な考え方や授業研究の方向性を明確にするために 聖徳大学 渋谷 憲一教授より「豊かな感性を育てる学習指導」の講義を受けた。
    研究協議
     研究協議会は,4回にわたって理論に基づく指導案の作成や授業研究後の分析を行った。
    授業研究
     授業研究は,9〜10月にかけて各教科,小・中・高等学校各1校で実施した。地理歴史・公民科の高等学校については,2校で行った。
     「豊かな感性を育てる学習指導」について,手だてを次のように考えた。主なものは次のとおりである。
    • 児童生徒の知的・情意的発達を考えて課題を設定し,課題意識を高める。
    • デイベート,TT及びコンピュータによる学習方法を取り入れ,指導方法を工夫する。
    • 操作的・体験的及び実験的な活動から,児童生徒の見方や考え方を豊かにする。
    • 自分と友達の見方や考え方を比較し,児童生徒の見方や考え方の変容をとらえる。


  5.  「豊かな感性を育てる学習指導」についてのまとめ
     平成8〜9年度の2か年間「豊かな感性を育てる学習指導」について継続的に研究を進めてきた。国語科,社会・地理歴史・公民科,算数・数学科,外国語(英語)科の各教科で,研究主題の解明に向けて,意識・実態調査及び授業実践を通して,次のようなことが明らかになった。
     国語科
     豊かな感性を育てるために,言語感覚を育てることに焦点を当てて研究を進めてきた。小学校では,デイベートを取り入れた学習や学習カルテを活用し複数教材を用いた学習,中学校では,意席の似た言葉の辞典作りの学習,コース別学習を取り入れた比喩の学習,高等学校では,擬声語,擬態語を分類整理する学習・名付けの由来の調べ学習を実践した。豊かな感性を育てるために,国語科では・児童生徒一人一人の興味・関心を生かしながら必要感のある言語活動を通して,言葉に積極的にかかわる意識をもつことができるような学習活動を意識的に展開すること,言葉で表現する場を設けること,一人一人が学習したことを児童生徒相互で交流する場を設けることの重要性が確認できた。さらに,児童生徒一人一人の表現に対して,教師や児童生徒相互が共感し,受け入れていく姿勢が重要であることが分かった。
     社会・地理歴史・公民科
     研究主題に迫るために,体験的な活動を導入し,社会的事象と直接的,間接的に出会う場を意図的に設定することによって,直感や洞察を働かせ,感動や実感をともなう経験の中から切実性のある問題を発見したり,歴史的事象とかかわる先人の働きや苦心,当時の人々の思いや願いに共感したりすることができた。また,子供同士がかかわり合って学び合う場を設定することによって,調べた結果や考えを問い直し,社会的な見方や考え方を広げたり深めたりすることができた。このような学習の場を設定することによって,子供は,自らの感覚や感受性を生かして社会的事象と出会い,思考や判断を繰り返しながらねばり強く問題解決に取り組み,納得あるいは実感をともなって分かるまで,追究することができるようになった。
     算数・数学科
     数量や図形についての豊かな感性を育てるために,問題を解決していく楽しさに触れながら,数学的な見方や考え方を身に付けることについて研究してきた。小学校では,体験的な活動・具体的な操作活動の工夫,学習計画の立案や小集団による課題解決的学習,中学校では,課題学習やコンピュータを活用した学習,高等学校では,具体物を用いて操作的な活動や自由な意見交換の場を設けた学習などを実践した。これらのことから,児童生徒は問題解決において,興味や関心が高まり,直感的な見方や考え方を発揮して取り組み,自分なりの数学的な見方や考え方で納得するまで意欲的に問題解決を図るようになってきた。これらの実践から,課題を見いだすおもしろさや問題を解決していく楽しさが感じられ,個性を生かした,生き生きとした学習の姿が見られるようになった。
     外国語(英語科)
     感性を育てることを,体験を通して感動や驚きを基に感じたことや思ったことを表現するコミュニケーション活動ととらえた。そこで,生きた英語を実感できるようにするために,中学校では,興味・関心のある内容について,即興性のある現実の会話に近い言語活動をした。一方,高等学校では,身近な事柄についての題材を取り上げ積極的なコミュニケーション活動をした。このことにより,生徒は生きた英語を主体的に情報をやりとりする意志疎通の道具として実践するようになった。今後は,英語の活用場面やはたらきが広がるような教材の開発が不可欠であると考える。
     以上のように,実践研究を通して豊かな感性をもつ子供の姿が見られるようになった。このようなことから,豊かな感性を育てるための学習指導の改善の方向を明確にすることができた。


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