【授業研究9】  高等学校第3学年数学(数学B)「ベクトル」
−新しい道具としての利用方法の提案−
  茨城県立明野高等学校 教諭 恩田 洋一

(1)  校内LAN利用のねらい
   本校では,コンピュータ室に42台のコンピュータと5台のプリンタ等が整備されており,主に商業の授業で活用されている。ここではひとり1台の環境で,実習等によって個々の技術の向上を目指している。ワープロ検定やコンピュータ利用技術検定などの検定合格も目標のひとつとし,生徒も意欲的に取り組んでいる。また,すべてのコンピュータはLANで接続されており,生徒用コンピュータの環境や提出用データ等の管理をサーバ機で行っている。
 3年ほど前からコンピュータ室の環境を校内全体に広げ,授業や校務で積極的に活用していこうという気運が高まり,職員の手で職員室内LANの整備を行ってきた。職員室内の共用のコンピュータとプリンタだけでなく,教師が個人で持参しているコンピュータもLANに接続し,各コンピュータから印刷やインターネット接続が可能になった。また,ファイルサーバを設置し,データの共有や成績処理にも活用されるようになり,教職員の意識と共に職員室内のコンピュータ環境も飛躍的に高まっていった。また,ちょうどその頃,県の施策によって県立高校111校にインターネットサーバが設置され,光ファイバーによる高速通信が可能になった。それに伴い,職員室だけでなく事務室や校長室,保健室,図書室および進路指導室などにもに接続されたコンピュータを設置し,特に図書室では総合的な学習の時間などで調査の手段のひとつとして活用されている。
 現在では県の施策により,すべての普通教室(本校では9教室)及び6つの特別教室に,LANに接続されたコンピュータ,プロジェクタ,スクリーンが設置され,徐々にではあるが各教科で利用されはじめているという状況である。
 今回の授業研究では,これら新しく設置された環境を効果的に利用した授業について考察し,これまでの黒板とチョークに並ぶ道具としてのコンピュータおよび校内LANの利用を提案する。
 コンピュータを利用することで,視覚的な効果はもちろんのこと,校内LANサーバに教材などを蓄積することで,授業時間外での学習や電子掲示板によるコミュニケーションも生まれると考えられる。
 
(2)  校内LANの利用環境
  @  教師用LAN
     職員室と事務室,校長室,保健室,司書室および進路指導室が接続され,相互にデータをやりとりすることなどが可能である。生徒用LANとの間にはサーバを設置し,生徒用のLANから職員用LANには接続できないようにしている。
  A  生徒用LAN
     コンピュータ室(生徒用40台,教師用,サーバ機各1台のコンピュータと生徒用カラーインクジェット,モノクロレーザー各2台及び教師用モノクロレーザー1台のプリンタ)と図書室(コンピュータ2台),普通教室9教室(デスクトップパソコン,ノートパソコン各1台,天井固定式プロジェクタ,スクリーン),特別教室6教室(デスクトップパソコン,ノートパソコン各1台,可動式プロジェクタ,スクリーン)および5つの特別教室に情報コンセントが設置され,どこからでもインターネットや校内LANに接続することができる。
 

図9−1 本校のネットワーク構成図
 
(3)  授業の実践
  @  単元名 数学B「ベクトル」
  A  単元の目標
     ベクトルという新しい量に対して和,差,スカラー倍を定義し,その性質を理解する。
     ベクトルを成分で表し,これまで学習してきた座標平面上の各概念との結びつきを考察する。
     ベクトルの内積とその利用方法について理解する。
  B  指導計画(8時間扱い)
   
第1次   ベクトル   3時間
  第1時   ベクトル,ベクトルの和  
  第2時   ベクトルの差,スカラー倍  
  第3時   ベクトルの平行,ベクトルの利用  
第2次   ベクトルの成分表示   2時間(本時はその1時間目)
  第1時   ベクトルの成分表示,ベクトルと座標平面,ベクトルの大きさ  
  第2時   成分によるベクトルの計算  
第3次   ベクトルの内積   3時間
  第1時   ベクトルの内積  
  第2時   ベクトルの成分と内積  
  第3時   ベクトルの垂直,内積の計算法則  
  C  本時の指導
     目 標
       これまで矢印として扱ってきたベクトルを座標平面上で考えることで,様々な既習概念を利用することができ,ベクトルの世界を深めることができることを理解する。
     準備・資料
       Web教材(事前にIISによる校内Webサーバにアップしておく)
(コンピュータ・プロジェクタ・スクリーンは教室に常時設置されている)
     展 開
     
 
(4)  授業の結果と考察
 
 本時の授業では,はじめに,これまで矢印として考えてきたベクトルを座標平面上におくことで,新たに成分で表示することができることをWeb教材を利用して簡単に解説した。単位ベクトルなどは使用せず,非常に直感的に定義してしまったが,本校の実態を考えてのことである。これまでの授業でもベクトルは「向き」と「大きさ」で決まる量であり,位置に関係しないことを繰り返し指導してきたので,ベクトルの成分表示についてはすぐに納得できたようである。
 等しいことをわざわざ定義するということに生徒は慣れていないので,各成分が等しいこととベクトルとして等しいこととは同値であることをていねいに指導した。悩んでいる生徒には,他の生徒がスライドの内容をノートに記入しているうちに,個別指導することができた。
 また,ベクトルの大きさについては,具体的な例を提示し,三平方の定理を利用すればよいことを生徒が気付くまで待った。この結果,ベクトルを成分表示することにより,これまで座標平面上などで学習してきたいろいろな概念が利用できることを生徒も実感できた様子であった。
 Web教材の作成にあたり,当初は,板書の代わりにスライドを利用することは生徒になじまないのではないかと考えていた。というのも,本校の教室のコンピュータにはスピーカーが付属しておらず,音声が聞こえないのでスライドによる効果も半減してしまうと考えていたからである。そこで,スライドには要点をまとめ,詳細は黒板で説明するというスタイルで授業を実施した。この点について,生徒の意見は次のようなものが多かった。
 ノートに書く量が減り覚えなくなったが,スライドは要点がまとめてあり取り組みやすかった。
 書き写す前に進まれてしまったことがあったが,黒板だけの授業と比べて見やすくやりやすかった。
 これだけではわかりにくいが,黒板も両方使うと再確認できるので良かった。

 以上の意見から,見せ方にもう少し工夫を要するが,生徒にとっては自然に受け入れられるものであるということがわかる。今回のように板書の補助としてスライドなどを利用する場面は多いと思われるが,見せ方や演出に工夫が必要であり,十分に授業案を検討したうえで授業に臨まなくてはならないことを実感した。
 
(5)  授業研究の成果
  @  Web教材作成の成果
   
 数学の授業におけるコンピュータの利用形態には大きく分けて2つある。一つ目は,コンピュータ教室などで生徒自身がコンピュータを操作し,学習内容を深めたり発展させていく「探究型」,2つ目は,普通教室で教師が操作するコンピュータの画面をプロジェクタなどで投影し,板書の補助としての利用が主となる「提示型」である。今回の授業研究では,チョークと黒板に並ぶ新しい環境としての校内LANの利用を前提としており,普段の授業で何気なく利用できる「提示型」の授業を考察していく。そのために,本単元のすべての授業において前述の指導案と同様に校内LANおよびコンピュータを利用した授業を計画した。
 これからの学校ではコンピュータの利用は当然のことであり,新奇性による生徒への効果はあまり期待できない。しかし,優れたフリーソフトなどを利用してイメージすることが難しかった内容のものを動きを伴って提示する方法は,視覚的な効果を期待することができ,今後増加していくものと思われる。一斉授業の中でこれらのソフトを生徒が「探究型」として利用することに対する課題としては,
  •  ソフトの使用方法の指導に時間をとられてしまうことが多い。
  •  利用できる単元が限られている。
  •  利用するソフトウェアをすべてのコンピュータにインストールしておかなければならず,その手間や予算の捻出が困難である。
などが挙げられる。
 そこで,今回の授業研究では情報の蓄積という点に着目し,いつでもだれでも利用できる学校独自の教材を作成し,校内LANWebサーバにより公開した。これにより,授業においては板書の時間を省略でき,生徒の個別指導等に集中できることになる。また,授業以外においても自習のための教材として,意欲的な生徒や授業を欠席してしまった生徒なども活用することができるだろうと思われる。さらに,これらの教材を利用するためには特別なソフトウェアは必要とせず,現在のコンピュータにはブラウザがほとんどプリインストールされているので,操作などの使用方法に手間取ることもない。実際生徒の感想も,以下のように意欲的なものが主なものであった。
 自分の勉強したいところをすぐに見つけだし,予習や復習ができる。
 ゲームのことを調べるように勉強のことも調べられる。
 印刷ができて便利だ。
 学校外のパソコンからでも見られるようにして欲しい。

 Web教材の作成や公開についても,最近では多くのアプリケーションソフトウェアでHTMLでの出力が可能であり,HTMLに関する基本的な知識があれば容易である。本校ではこのような教材を作成するために校内研修を実施しており,実際,多くの先生方がWeb教材の作成に興味を示している。各教科で教材が蓄積されれば,学校独自の非常に有効な財産となるであろうし,校内にとどまらずインターネット上へ公開し,他校との連携がはかれればその有効性はさらに高まるであろうと考えられる。
  A  その他の教科での利用
   
 今回,Web教材の作成にともない利用者登録型のリンク集と選択式クイズ,電子掲示板およびチャットもイントラネット上に設置した。クイズには,インターネット上で無料で配布されているCGIプログラムTakaQ2*1を,リンク集と電子掲示板およびチャットはKENT WEB*2よりLinkVisorとYY-BOARDおよびYY-CHATをダウンロードし利用させてもらった。設置にはHTMLCGIなどの知識が多少必要となるが,設置の手順をていねいに解説したWebサイトが存在するので,環境に合わせて参照しながら変更などを加えていくと良いだろう。
 他の教科でもこれらを利用して授業を行うことがあった。例えば,教師が作ったクイズを紹介し,その後生徒にクイズの問題と解答を作らせる,リンク集にあらかじめ参考になるWebページを登録しておき,授業の中ですぐに表示させる,サーバにビデオで撮影した実験の様子を保存しておき見せる,といった授業である。実験の様子を見せたいという先生は,この活動によりビデオ編集に誰よりも詳しくなった。
 相変わらずフロッピーディスクCD−Rなどで教材を持ち歩いている教師もいるが,他人が校内LANを便利に利用しているのを見て,確実に利用者が増加している。今後は,だれもが簡単に利用できるよう環境を整備していく予定である。
 
  *1 http://www.mytools.net/index.html よりダウンロードすることができる
  *2 http://www.kent-web.com/ には多くのCGIプログラム等が公開されている
 
(6)  今後の課題
  @  Web教材の充実
     今回の授業研究ではベクトルに関するWeb教材を作成し授業を行ったが,HTMLをはじめ,一般的なソフトウェアでは数式をサポートしているものは多くない。そのためWeb教材の中では特殊な表記法を用いたりすることになり,注意が必要である。優れた数式エディタも存在するが,それらがHTMLに対応していることは少なく,画像として貼り付けることも可能であるが手間がかかり,一般の先生には敬遠されてしまうだろう。また,授業中の修正にも手間取り,せっかくの授業に水を差すことにもなってしまう。Web教材の充実には多くの先生方の協力が不可欠であるが,一般の先生方にも容易に取り扱えるソフトウェアや方法が開発されるのを期待したい。
 さらに,今回の研究では校内イントラネット上という閉じた世界でWeb教材等を公開したが,今後はインターネット上に公開したいとも考えている。インターネット上に公開することになると教材自身や教材の中に使われている画像などの著作権の問題,更新していくための運用・管理の問題など多くの問題が現れてくるが,このような問題を避けるのではなく,きちんと対応していくことが,教師の,ひいては生徒の情報モラルや高度情報通信社会に参画する態度を育成することにつながるだろうと思われる。
  A  生徒への啓発
     本校は普通科であるが,商業の授業がいくつか開設されている。第1学年で「情報基礎」を履修し,そこで学校のコンピュータの使い方やマナー,ワープロやインターネットの使い方などを学び,「総合的な学習の時間」においてもそれらの技術を役立てている。このような状況により,生徒が自由に利用できるコンピュータを設置すると危険であるという意見も理解できるが,本校ではほとんど制限なしに利用させている。フィルタリングソフトやウィルス対策ソフトも導入されており,現在のところ大きなトラブルは発生していない。
 しかし,生徒が教室のコンピュータを利用している様子を眺めてみると,多くはWindows付属のゲーム,インターネットでゲームや車などのサイトブラウジングといった利用であるようだ。今回の授業研究も第3学年を対象としていたため,第1,2学年は教材やクイズの存在すら知らない生徒もいる。教室や学校の資源を有効に活用するためにも,生徒への啓発を日々行っていく必要があるだろう。
  B  見せ方の工夫
     今回の研究では「提示型」の授業について考察してきたが,教師が板書することの意義も改めて実感した。板書には,行動や音によって生徒の注意を惹きつけたり,教師が実際に書いてみることで生徒のノート記入の時間を予想するなどの効果がある。これに対してスライドなどを利用する場合は,提示の方法に工夫を要する。今回は板書の補助ということもあり,あまり意識しなかったが,効果的な見せ方を考察していく必要がある。
 


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