【授業研究2】
  高等学校英語T
「心情表現」に焦点を当てた「創作的なコミュニケ−ションの場面」によるコミュニケ−ション活動の指導
 
(1)  授業の構想
   高等学校における授業研究では,実態調査の結果を十分検討した上で,教科書の各レッスンにおいて,その内容に関連させながら,できるだけ生徒に生きた英語に触れさせる機会を与え,さらに具体的な言語の使用場面を踏まえたコミュニケーション活動へと発展させたいと考えた。1年目の高等学校の授業研究では,実際のコミュニケ−ションに使用されたテキストを教科書に関連した教材として授業に取り入れ,生徒達にとって身近な話題に関する意見対立という場面を設定した上で,Blackboard Debate という実践的なコミュニケ−ション活動の指導を行った。
 その成果を踏まえ,2年目の授業研究では,教科書のLesson 7 The Telegramと生きた英語に触れられるような教材を関連付けたコミュニケーション活動を実践することにした。The Telegramは,戦時中,電報配達人である主人公ホーマーが,母親の誕生パーティーが楽しそうに繰り広げられている家に,その息子の戦死の電報を配達するという設定になっている。授業は,生徒の活動の中心を「心情表現」の理解に置き,携えた電報を渡すのをためらってしまう主人公や電報を読む前と後で変化する母親の心理描写などに焦点を当てて展開する。教科書の内容理解が図られた後で,インターネットのベトナム戦争関連ホームページの掲示板に投稿された“I REMEMBER VIETNAM”を取り上げる。さらに,授業研究では,まとめの活動として「ドラマの作成と発表」を設定し,同じホームページに掲載されている“ASKING FOR HELP” を活用する。そこに述べられている物語のあらすじを基にして,「創作的なコミュニケ−ションの場面」であるドラマをグル−プ活動の形態で作成し,ラジオドラマのように音声だけで発表する。
 なお,この授業を実施する国際科クラスの生徒たちは,比較的恵まれた英語の学習環境を与えられている。英語TやOCBの授業以外に外国語指導助手2人によるティーム・ティーチングの授業があり,生きた英語に触れる機会が多く,スピーキングやリスニングの活動への意欲が高い。夏季休業期間中には,外国語指導助手の指導によるサマーセミナーがあり,その活動にはドラマの作成と発表も含まれていた。
(2)  授業の手だて
 生きた英語に触れられる教材を活用したコミュニケーション活動
   この研究は,生きた英語に触れられる教材を提示し,それをコミュニケーション活動につなげるという視点に立って進めてきた。教科書の英文は学習用に作られたものであり,この点で実際のコミュニケーションで使用された生きた英語に触れられる教材とは異なる。その教材に生徒が慣れるように,1学期から,教科書の学習内容に関連性のある生きた英語に触れられる教材をインターネットに求め,授業で活用してきた。Lesson 7 Telegramで,インターネットのホームページの英文をドラマ作成の活動につなげたのもその1つである。以下,これまでの取り組みを紹介する。
 Lesson 3 Jim AbbotではThe Detroit Newsから“No longer the pitcher he once was, The Detroit NewsJim Abott quits baseball”(1999)という記事を選んだ。生徒は自らを雑誌の記者に見たてて,この記事から得た情報を基に自分の雑誌のための記事を書くという活動を行った。Lesson 4 Peppers では,チリペッパーの起源や歴史,その成分の化学的・医学的な説明がされている。ここでは,レシピに関連したホームページを検索し,チリペッパーを用いたレシピを生徒に提示した。材料だけ示してどんな料理のレシピか当てたり,順不同にした料理の手順を正しく並べ替える活動をした。Lesson 6 Earthquake Prediction では,サンフランシスコで再び大地震が起こる確率が高まっているという内容の英文,“Odds of‘big one' go up”を扱った。生徒には最初にこの記事に出てくる語彙リストを与え,外国語指導助手がその説明をした。続いて記事の要約を外国語指導助手にしてもらい,ある程度内容を知った段階で実際の記事のコピーを配布し読ませた。最後に外国語指導助手が記事の内容に関するQ&Aを行った。
 段階的な指導
   この活動は8人1組のグループで行う。ドラマ作成は各CHAPTERを2人で担当するが,発表の準備や発表の段階では8人全員の共同作業になる。グループ活動を円滑にするために,教科書Lesson 7の学習においても,各授業の最後の15分をグループ活動に当てる。活動内容は,その時間に学習したセクションの英文から登場人物の心情が読み取れる表現を拾い出し,どんな心情か話し合うというものである。この活動を重ねることでメンバー間の役割がお互いはっきりしてきて,ドラマの発表の準備も円滑にできるのではないかと思われる。また,同じ表現から汲み取れる心情の捉え方がメンバー間で異なる場合もあると考えられるので,この経験がドラマ作成時の心情表現に幅を与えてくれることも期待したい。
 活動手順の分かりやすい説明と語彙や表現の指導
   生徒の実態調査から,授業で英語のコミュニケーション活動をする際,活動に必要となる単語・語句・文法の指導や活動手順の分かりやすい説明を望んでいることが分かった。活動手順は,それを明記したプリントを配布して授業の最初に説明する。また,言語の実際の使用場面を踏まえて,ドラマの原稿作成において必要と思われる語彙や表現について検討し,それらを記述したプリントを配布して説明しておく。具体的には語彙としては特に生徒にとって馴染みが薄いと思われる戦争に関するもの,表現については「夫の死に直面して」,「恋に落ちて」といった場面に特有と思われるものや,「喜び」や「怒り」などの一般的な感情表現を提示する。
 登場人物の設定の明確な提示
   ドラマ作成において,登場人物の性格や容姿などの設定は大切であるが,授業の限られた時間で生徒自らが設定するのは難しいと思われる。また,一つのドラマを分担して作成する今回の活動では,CHAPTER 間で登場人物の設定にずれが生じる心配もある。そこで,この授業では,各登場人物を演じる配役として有名な映画俳優を当て,登場人物の設定に一貫性を与えるという方法をとった。発表に際してその俳優の顔写真を貼ったボードを首に下げれば,どの生徒が誰の役を演じているかが分かりやすくなる。なお,登場人物の設定と登場人物間の関係は,作成および発表の段階で生徒が混乱しないように,「登場人物の設定と相関図」をプリントにして示した。
 生徒による評価
   各グループの発表を,他の生徒は「評価シート」に評価の結果を記入する。評価の観点は@ドラマの原稿は分かりやすかったか,Aドラマの原稿は心情を伝えていたか,B発表の仕方は良かったか,の3点とする。この観点は活動の達成目標となるので,活動の説明の際に「評価シート」を配布して明示する。
(3)  学習指導案
 題材 Lesson 7 The Telegram (MILESTONE English Course I )
 時間配当(授業研究実施校は1授業時間65分である)
 
第1時 会話練習(INTRODUCTION), 読解(pp.74-75)
第2時 読解(pp.76-77)
第3時 読解(pp.78-79)
第4時 読解(p.80), “I REMEMBER VIETNAM ”の解説
第5時(本時) “ASKING FOR HELP”に基づくドラマの作成・発表
第6,7時 リスニング・文法説明・練習問題等
 本時の学習
  (ア) 目標
    ドラマ作成を通して,心情表現ができるようになると同時に,心情理解が深まる。
  (イ) 展開
展開
(4)  授業の考察
 生きた英語に触れられる手だてについて
   インターネットには多種多様なテーマに対応できる教材が豊かにあり,教科書に関連した記事があれば是非授業で活用してみたいところであるが,そこで使われている英語は高校生が完全に理解するには難しい場合が多い。そこで,英文の完全な理解を目的にするのでなく,ある活動をするのに必要な情報を得ることを目的にしてそれを授業に活用してきた。この授業で扱った教材も,内容は難解ではないが,使われている語彙や表現は決して易しいわけではない。そこで今回の活動では,あらすじを読み取ることだけに専念させた。このような読み方でもドラマの原稿作成という目的は果たせたわけであり,むしろ,難しいと思われる生きた英語に取り組むことで,意欲や自信が生徒たちについたのではないかと思う。しかし,授業展開の反省点として,生徒が“ASKING FOR HELP”のあらすじを読み取るのにかなりの時間を要したため時間が不足し,発表は2グループしかできなかったことが挙げられる。この教材は前日に家庭学習として配布しておいたが,原稿作成の段階になってもグループのメンバー間で内容を確認しあっていたのである。前時にその時間を設定しておくべきだった。なお,本時にできなかった他のグループの発表は後日行った。
 段階的な指導について
  ドラマの原稿作成をするグループ活動  教科書で心情表現を学ばせ,次の段階としてドラマ作成に活用させるという指導は,生徒の作品を見ると,既習事項をうまく活用しており,概ね効果があったと思われる。授業後のアンケート調査結果では,「教科書の学習は,生きた英語の教材を使った活動(ドラマ作り)に役立ったか。」の問いに「役立った。」と回答したのは7人,「やや役立った。」が23人だった。しかし,「戦争で最愛の家族を失う」というテーマは共通していても,一方は小説であり,他方はドラマという異なるジャンルのテキストなので,表現方法は違ってくる。生徒もそのことに気づいていて,教科書での学習と生きた英語に触れられる教材を使ったコミュニケーション活動にさらにつながりをもたせる工夫がもっと必要であったという反省も残った。
 活動手順の分かりやすい説明と語彙や表現の指導について
   活動手順をプリントして提示したことは,活動全体の流れをスムーズにした。実際,手順についてあらためて質問する生徒はいなかった。語彙や表現の指導のためにプリントにして配布した「ドラマの表現集」は,多少の説明をしただけだったが,作成されたドラマの原稿ではかなり利用されていた。教師の指示通り,なるべく自分たちが知っている語彙や表現を使って原稿を作成していたので,発表されたドラマは他のグループの生徒たちにも分かりやすいものとなっていたようである。
 登場人物の設定の明確な提示について
   映画俳優を登場人物の役に当てる方法は成功であったようである。「誰がどういう役か分かりやすくて良かった。」と感想を述べる生徒もいた。「授業の中に俳優の名前が出てくると,従来の堅苦しさがぬけて楽しい授業ができた。」というように,授業の楽しい雰囲気作りにも役立ったようである。「登場人物の設定と相関図」のプリントについては,ドラマの原稿作成において生徒たちはかなり活用していた。
 生徒による評価について
   発表に対する評価については,三つの観点を設定したことにより,生徒は観点を意識して発表を聞くことができた。発表する側も,評価の観点を意識しながらドラマ作りや発表を行い,ドラマの内容を充実させることができた。しかし,四つのCHAPTERの発表は分担した異なる生徒が行っているので,各グループの発表全体を評価することが難しかったのではないかと思われる。CHAPTER毎に個別に評価すべきであった。
 生徒の感想について
  ドラマを発表する生徒  ドラマの原稿作成に対して「英語の表現をいろいろ使おうとがんばるので,普段なかなか使わない英語を使えてよかった。」という生徒の感想があった。生徒は自ら考えながら活動に熱心に取り組んでいた。また,「すごく難しかった。どうやって場面を変えればいいのかとか,頭で映像としては作れるけど,言葉だけでしかも英語なので,やりたいことの3分の1ぐらいしか上手に表現できなかったのがくやしい。」と書いた生徒は,これからの英語学習に新たな努力目標を見出したのではないかと思われる。
 ドラマの発表に対する感想として「他のグループを見ていて分かるように,声が小さかったりすらすら読めなかったりして,聞いている人に分かりづらいことがあったから,もっと読みの練習をしなければならないと思った。」というものがあった。教科書の英文のような既知の内容の音読ではなく,ドラマの発表のように聞き手にとっての新情報を音声で伝える活動を増やすことが,コミュニケーションに必要な基礎力を伸ばそうとする生徒の意欲を導き出すのだと感じさせられる。
(5)  まとめ
   この2年間の高等学校の授業研究は,
図
という指導の流れを基本に行ってきたが,それは生徒を教室から実社会へと独り立ちさせるためのひとつの流れである。外国語として英語を日本人が使う場合,分からない部分に囲まれながらも分かる部分を足がかりにして理解していく状況になるのはむしろ自然なことである。英文に使われている単語・熟語・文法事項が完全に生徒に理解されなければならないという考え方に基づく指導は,まるで海のように際限なく広がっている実際に使われている英語と生徒が向き合う時に有益ではない。教科書に書かれた英語だけでなく,実際のコミュニケーションで使用されたテキストも用いて生徒に生きた英語に触れさせながら,実践的なコミュニケーション活動の指導を展開することが意義あることであると感じた。

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