【授業研究3】
   高等学校1年「個数の処理」
 
(1)  授業の構想
  図1 問題提示図 日本の数学教育の実情として,学力調査ではトップクラスであるのに対して,生徒の意識の上では数学を嫌いと感じる生徒の割合が増加している。考えられる原因としては,教師が教え込むような講義形式の授業が多く行われていること,数学が生活の中でどのように役立っているのかをなかなか実感出来ないこと,評価の仕方が主に試験による方法であることなどが挙げられる。
 その反省として求められたものが,新学習指導要領の改善のねらいでもあり,本研究のテーマでもある「自ら学び自ら考える力を育成する学習指導」や「数学的活動の楽しさを味わう学習指導」であると考えられる。これは,生徒が自分で手を動かしたり実験したりすることや, さらに他の生徒とのコミュニケーションを通して,自らが数学を学習することのよさを理解し,数学的活動の楽しさを味わい,主体的学習へと変化していくことが求められているのだと思われる。
 そこで,本研究では生徒が実際に実験でき,かつ生徒にとって身近な題材として「個数の処理」という単元を取り上げることにした。具体的には,「A,B,Cの3つの箱と赤,白,青,黄の玉が3個ずつある。いま,3つの箱に玉を1つずつ入れる。ただし,赤玉は少なくとも1個は入れるものとする。このとき,3つの箱は区別するものとし,同色の玉は区別しないものとすると,何通りの入れ方があるか。」という問題である。この問題は何通りもの解き方が出来る問題である。本授業では,教師の側からは問題の意味の確認とその解法の流れの確認をするのみで,後は全面的に生徒の自主的な活動に任せることにした。また,問題を解く上での道具(色鉛筆,おはじき)等を用意し,その使用方法については,生徒たちに好きなように利用させた。さらに,解答の書き方について,こちらから指示することなく自由に記述させた。そして,個々の解法の感想についてもそれぞれの生徒の視点から書かせることにした。つまり,教師のイメージした型に当てはめるのでなく,生徒の個々の数学の能力や活動経験の違いを考えた対応をすることにより,生徒の主体的な数学の学習を導き出し,それにより一人一人の生徒が数学的活動の楽しさを味わい,さらに自ら学び自ら考える学習へと変換する足がかりになるという期待をもって授業の構想を行った。
(2)  指導の手だて
   問題について
     前時に研究授業時に学習する問題を配り,問題の意 味の確認を行った。また,どのような考え方をすれば 解けるかというアイデアを各自班長に報告しておくよ うに指示しておいた。この段階では,グループ全体で 話合うのではなく,あくまでも個人でアイデアを考え させるものである。問題はカラープリントしたものを 全員に配布し,黒板でも同様のモデルを用意した。
   解法の確認とヒントのプリントについて
    表2 考えられる解法として,9つ用意しておいた。そのうちの5つ(解法1から5まで)は全部のグループが取り組み,余裕があれば解法6から9にも取り組ませる。具体的には,黒板で全体に説明した後,解法1から5までのヒントの紙(要点をまとめたもの)と解答用紙を配った。以下に,解法1から9及びヒントとして配布した表を示す。
 解法1・箱ABCの順で樹形図を全部(64通り)かいてから赤玉を含むものを見つける。
 解法2・赤玉をどれか1つの箱に入れてから考える。
 解法3・3つの箱に赤玉を3つ入れる場合,2つ入れる場合,1つ入れる場合に分ける。
 解法4・全体から赤玉を1つも入れない場合を引くと赤玉を少なくとも1個入れるという条件になると考えて解く。
 解法5・箱ABCの順に玉を入れると考え,赤玉を最初に入れる箱を指定して考える。
 解法6・箱ABCを4色の色鉛筆で塗り分けて答を求める。
 解法7・箱ABCの順に樹形図を書く。赤玉を含む図のみを書き出す
 解法8・3つの箱に入れる玉の種類の数を基準として考える。
 解法9・玉を色ごとに数字に置き換え,その積を考える。赤玉を0とした場合,箱ABCの積は0になる。つまり赤が入っているときは0になる。
   グループごとの活動の指示及び色鉛筆,おはじきと解答用紙の配布
     1クラス37人を6人の班5つと,7人の班1つに分け,班長を決めておく。さらに,1つの班を2人ずつ3つのグループに分けた。(7人の班のみ3人のグループが1つ出来る。)その際,時間内で各班が解法1から5に1通り取り組めるように,前から解く者「解法12345の順で解く」,後ろから解く者「解法54321の順で解く」,真ん中から解く者「解法34512の順で解く」というように分けた。そして,時間切れの時には解いた人に説明してもらうようにした。
 また,モデルとして箱ABCの代わりに画用紙を用意し,玉の代わりにおはじきに赤白青黄のシールをはったもの(2セット)と色鉛筆(赤白青黄)を1本ずつ配布した。これらの使用については指示は一切せず生徒達の自由にさせた。さらに,解答用紙は後でグループ内で比較検討しやすいように解法ごとに解答欄を指示した。解答方法についても自由にさせた。
   答の配布と授業のまとめ(チェックシートとアンケート)
     まず,答(64通りの樹形図とそれらをカラープリントして一覧表にしたもの)を配布した後,チェックシートを配布し,それぞれの解法の感想を書くように指示した。もし,自分が解いていない解法があれば解いた人に説明してもらいその印象をかくように指示した。その後,今回の授業についてのアンケートをとり,班長に班の意見をまとめるように指示した。各班長が意見をまとめ発表し,全体で今回の授業のまとめをする。
(3)  授業の展開
   単元名 個数の処理
   学習計画
     順列と組合せ(15時間)@順列(7時間),A組合せ(7時間),まとめ(1時間)…本時
   目標
     順列・組合せのまとめとして,これまで学習したことをもとに,1つの問題をいろいろな方法で解き,それぞれの解法のよさを考える。また,グループでの作業やディスカッションを通して,数学的活動の楽しさを味わう。
   準備
     教科書,ノート,問題集,プリント,マグネットシート(赤,白,青,黄3個ずつ),色鉛筆,色画用紙3種類(箱ABCのモデル),おはじき(赤,白,青,黄3個ずつを各班に分ける)
   学習指導案 
   
指導のねらい 学習活動・内容 指導上の留意点
こちらから指示することなく生徒に自由にアイデアを出させる。
 いろいろな観点から問題を見ることができることを理解させる。
<問>A,B,Cの3つの箱と赤,白,青,黄の玉が3個ずつある。いま,3つの箱に玉を1つずつ入れる。ただし,赤玉は少なくとも1個は入れるものとする。このとき,3つの箱は区別するものとし,同色の玉は区別しないものとすると,何通りの入れ方があるか。
・どのような考え方をすれば解けるかというアイデアを出す。
 (全体10分)
・班ごとに分かれて,問題を解く。
 (グループ20分)
・自分一人では答が出せないような場合でも,こんな方法なら解けそうだというアイデアをすべて出すようにする。
・いろいろな解法をあげさせ,出てきた解法を板書する。
 (こちらで考えていたものについては模造紙で用意しておく)
・生徒が思いつく解法をすべて出させた後,こちらから用意した解法例のプリントを配布し,出てこなかった解法についてはこちらから考え方を説明する。(こちらからは9つの解法を用意する。)
・解法1から5は各班すべてに取り組ませ,解法6から9については時間があれば取り組むようにする。
・自分が解かなかった方法については,解いた他のメンバーから説明をしてもらう。(時間の許す限り,各自多くの解法に挑戦させる)
・各班には,色鉛筆とおはじきを配り,実験できるようにもしておく。特にダブルカウントするような場合はその例を実演できるようにする。

・答が食い違った場合は議論し原因を話しあうように指示する。また,解法が同じで答が一致している時でも,図の表現の仕方等に違いがあれば,比較検討してみるようにする。
・答が異なるときは,どちらかがダブルカウントしている可能性があるから,その原因を突き止めるようにする。
グループでの作業やディスカッションを通して,自分の考え方を確認したり,さらに幅広い考え方を身に付ける。
 今回の授業で得たものを班ごとにまとめさせる。
・答の確認する。
・さらにチェックシートを配布し,各解法の感想(表面)と今回の授業についてのアンケート(裏面)に答える。
・各班ごとにまとめをする。
(班13分)
・箱ABCの順に4種類の玉を入れた樹形図(64通り)とその64通りに色をつけを表にしたものを配り,答を確認すると同時に自分で解いた方法と比較したり,ダブルカウントする場合を考えるようにする。
・各解法の感想については自分が感じたことを素直に書くようにする。
・個人のアンケート項目の中から,多かったものを班の意見として発表する。
・発表
・まとめ
(全体7分)
・問題を解くのには,さまざまな方法があり,いろいろな方法を試みることによって,自分の考え方の視野が広がる。そこに,数学的活動の楽しさがあることを全体で理解する。
(4)  授業の考察
  活動の様子 まず,問題の意味の確認するため,赤玉が必ず入るという条件をつけない場合の玉の入れ方の総数を答えさせた。生徒からは3つの答12P3,12C3,43がでたが,問題の意味を確認しながら43が答である理由を説明した。次に,班長から解法のアイデアを発表させた。こちらから,用意した9つの解法の内,生徒からあがったアイデアは解法1234の4つだった。(解法としてあがらなかったものについては,こちらから説明した。)そして,班ごとに解法1から5に取り組むように指示した。
 各班での活動では,自分で解いてから他の人に説明するもの,おはじき等で実験し解法の意味を確認しながら解くものなどいろいろ見られた。
 解法1については色鉛筆を利用して解いているものが多く,全部書き出すよりも答の部分だけ書き出すもの(解法7)が多かった。解法2については表現があいまいなためか放棄してしまったものが多く見られた。この例は生徒にダブルカウントを考えさせる上で重要な解法であったが,取り組んだ生徒が4,5人しかおらず,取り組ませるための誘導方法を工夫すべきだと感じた。解法3については,実験してから計算して求めるものが多かった。解法4については,計算のみで43−33として答を出すものが多かった。数学が得意な生徒はすぐに計算で解きはじめたが,苦手な生徒は実験したり,相談してから解いているのが特徴的だった。解法5については,具体的に全部を書き出して解いた者,途中で全部書き出すよりも計算に切りかえた方が速いと判断して計算に切り替えた者,場合わけごとに計算で解いた者,などいろいろに分かれた。約20分間で取り組んだ解法数は平均して3つであり,中でも「解法3」から解き始めたグループが多くの解法に取り組むことが出来た。これは,解法3と4がセットで取り組めたからであろう。
 各解法についての感想の中で,樹形図による解法1については確実な方法ではあるものの時間がかかって大変だと感じている生徒が多かったのが特徴的だった。
 解法2については,「表現が抽象的で具体的にどうすればよいか分からず混乱してしまった。」という感想が多かった。ここで,方針が立たず時間をロスしてしまった者が多かったことが分かった。解いた生徒が出した答えはこちらの予想通り48通りであったが,ダブルカウントする場合の例まで分かったのは2人(1グループ)だけだった。解法3,4については,解法4が分かれば解法 3はやる必要がないという意見が多かった。特に,「解法5から解法1へ」解いていったグループにこの意見が多かった。これは,解法4の方が計算する回数が少ないこと,また式が簡単なことから考えると自然なことだと思われる。解法5は,解いてみたら意外と簡単だったという感想が多くみられた。これは,おはじきで具体的に実験することによって解法の意味に実感を持てたためであろう。
 アンケート結果表4をみて分かるように,グループでの話し合いによる授業では,解法の理解や不安解消などができて成功したように思われる。解法を理解している生徒は自分の考えを確認する意味も含め,おはじきを使ったり図をかいたりして,まだ分かっていない生徒に納得いくまで説明していたのが印象的であった。このように自分で問題の意味や解法を納得してから解くという点が講義形式と違った今回の授業のよさであろう。そして,生徒がよいと思う解法として解法1と5が多かったのは,具体性があり,かつ正解を実感をもって出せたことが要因であるように思われる。
  表4 アンケートの内容と結果について(調査人数37人)
1 グループでの話合いでよかったことはなんですか。(2つまで選んでよい)
ア・自分の分からなかった解法が理解出来て良かった。 21人
イ・1人で解くと不安があるが,みんなで解くと落ち着いて解ける。 27人
ウ・同じ解法でも,人それぞれ図の書き方等が違うので参考になった。 17人
エ・ダブルカウントする場合が理解できてよかった 0人
オ・その他 0人

2 自分が一番よいと思う解法を1つ選びまた理由も選びなさい。(2つまで選んでよい)
解法1 解法2 解法3 解法4 解法5
15 人 0 人 3 人 6 人 13 人

(理由)
ア・具体的であり,確実だから。 25人
イ・計算だけで,すっきり解決するから。 11人
ウ・問題を具体的に言い換えることで,どうすればよいかはっきりしたから。 7人
エ・問題と逆の条件を考えると,すっきり解決すると分かったから。 0人
オ・その他(おはじきを使うことによりわかりやすくなった) 3人

3 モデルとして配られたおはじきや図,表はどのような点で役立ちましたか。(2つまで選ん
ア・実験する事により,問題の意味を理解して解けたのがよかった。 20人
イ・ダブルカウントする場合の例が分かってよかった。 4人
ウ・計算だけで答を出すと不安であるが,実物(図,表)があると安心できる 17人
エ・カラーの表で答(37通り)を実感できてよかった 13人
オ・その他 0人

4 授業の感想を自由に書きなさい。(多かったもの)
  • 一人一人いろいろな考え方や意見があることが分かった。
  • 1つの問題でもいろいろな解き方があると分かった。
  • モデルがあって分かりやすかった。
  • 自分にも解ける解法があってよかった。
(5)  まとめと今後の課題
   感想の中に「こんなに多くの解法があるとは思わなかった」があった。普段の授業では時間 的制約もあり,別解を示すことくらいで9つ(またはそれ以上)の解法があろうとは思わなかったようだ。今回の授業研究は,正解を出すことよりもいろいろな解法を行うことによって様々な数学的活動の楽しさを実感することにあるので当初の目的は達成されたと思った。また,数学に苦手意識をもっている生徒から「自分にも解ける方法があってよかった」という感想が出された。普段の授業では,教師が期待する解法が中心となるが,本授業では解法のアイデアのヒントを与える以外は生徒の自主性に任せたので,生徒は自分自身のレベルとペースで心理的負担もなく,伸び伸びと取り組めたようだ。そして,自分で正解を出した喜びは,自らの数学的活動を行っていく上で自信とやる気をもたらしたという点で大変意義があった。このように,自分の理解できるレベルから取り組み,友人とのコミュニケーションを通して別の解法や高度な解法に取り組むきっかけとなれば,数学的活動はより一層楽しいものとなり,自ら学び自ら考える学習活動への重要な足がかりになると感じた。
 そして,生徒の解答や感想から感じたことは,同じ解法1つをとっても生徒の数学的能力や経験によってさまざまな見方をしており,必ずしも教師の想像するイメージとは一致していないことである。指導方法について,生徒の状況を見ながら,絶えず工夫や改善をしていくことの必要性を改めて感じた。これが今後取り組むべき課題となるように思った。

[算数・数学科目次]