はじめに
 教育課程審議会答申における家庭科及び技術・家庭科教育の改善の方向は,男女共同参画社会の推進,少子高齢化など社会の変化等への対応を考慮して充実を図ることが示されている。このため,児童生徒の生活の自立と家族や地域社会との共生を目指し,問題解決的な学習を実践し,実習や実験を中核とする体験を大切に展開しながら,実践的な態度の育成をより一層重視していく必要がある。
 家庭科及び技術・家庭科の学習では,児童生徒が自らのよさを生かしながら,生活の中から問題を見付け,解決していくように展開していくことが大切である。そして学習したことが実際の生活の中で生かされていくことが重要である。その時,提示された問題を提示された方法で解決するだけの受け身の活動にとどまるならば,新しい状況に出会ったとき,これまでに身に付けた知識や経験を十分に活用して,新しい解決をしようとする態度や能力を育てていくことは困難であろう。創造性は,児童生徒が自発的に問題を解決し探究する問題解決的な学習や体験的な学習の中から育成されると考える。
 そこで,本研究では,児童生徒の創造性を培う問題解決的な学習の支援の在り方について研究し,各学校における学習指導の改善及び充実に役立てることを目指した。
   
研究のねらい
   家庭科及び技術・家庭科学習指導の実態を踏まえ,児童生徒の創造性を培うために,問題解決的な学習における教師の支援の在り方について研究する。
   
研究主題に関する基本的な考え方
  (1) 教科としての創造性のとらえ方
     創造性を「新しい状況に出会ったとき,これまでに身に付けた知識や体験を十分に活用して,新しい解決をしようとする態度や能力」ととらえると,学習の中で培う創造性は,児童生徒の個人差や自発性を重んじる教育の深化と拡大であるといえる。
 家庭科及び技術・家庭科の目標では,家庭生活の向上のために創意工夫する能力と実践的な態度の育成を目指している。具体的には,一人一人のよさを生かしながら日常生活を見直し,新しい問題場面や状況で自分なりのアイディアや発想で解決し,進んで実践しようとする子どもの姿を目指している。その中で,児童生徒の思考力等の創造的能力と,意欲や自発性等の創造的態度を培うことである。
  (2) 創造性を培うための問題解決的な学習の導入
     創造的能力や創造的態度を培うためには,単なる知識・技術の教授だけではなく,創造的に思考する仕方を学習することが大切である。そのためには,問題解決的な学習の導入が有効であると考える。家庭科及び技術・家庭科における問題解決的な学習の学習過程では,@生活を見つめ課題を見い出し(課題形成),A解決のための予想や計画を立て(解決への見通し),B課題を追究・検証し(解決への追究),Cまとめ,D生活に生かす,という一連の活動を通して児童生徒の創造的な思考の仕方が培われていくと考える。
   
家庭科及び技術・家庭科における創造性に関する実態調査
   研究主題に関する基本的な考えに基づき,家庭科及び技術・家庭科の学習指導上の諸問題について,実態調査を実施した。
  (1) 調査対象
    児童生徒 …… 県内の小学校10校の第6学年,中学校8校の第3学年からそれぞれ1学級を抽出して行った。回答数は,小学校の児童316人,中学校の生徒279人の計595人である。
    児童生徒 …… 無作為に抽出した県内の小学校100校中学校100校から,家庭科及び技術・家庭科担当者を対象とした。回答数は,小学校100人,中学校200人(家庭担当100人,技術担当100人)の合計300人である。
  (2) 実施時期 平成10年10月12日(月)から10月17日(土)まで
  (3) 調査項目,調査結果及び分析
   
 児童生徒を対象とした調査内容と結果については表1〜5に示し,教師を対象とした調査内容と結果については表A〜Cに示す。また,児童生徒と教師を対比した調査内容と結果については表T,Uに示す。なお,表中の数値は全回答者数に対する各問の回答数の割合(%)である。回答項目が多く,回答数が0または0に近い場合はその回答項目を割愛した。このため,表中の数値の縦列合計は必ずしも100にはなっていない。
    児童生徒の実態調査の分析
      (ア) 授業への取り組み
        表1、表2  児童生徒が創造的な学習を行うためには,授業そのものが楽しく魅力にあふれていることが必要である。表1では授業で楽しいと感じるときを質問した。「料理や作品が満足いくようにできたとき」の回答は74.2%,「友達と楽しく活動しているとき」の回答は73.4%で,小中学生ともに多く,もの作りや友達との活動の中から楽しみを感じていることが分かる。「今まで知らなかったことがわかったとき」の回答は小学生が17.1%に対して中学生が11.2%に減少していることから,知的好奇心を育てる授業の工夫の必要性を感じる。
 創造性の育成は,個人差や自発性を重んじる教育の深化と拡大であることから,表2では,工夫して自分のよさを発揮しているのはどのような授業のときかを尋ねた。「友達といっしょに活動したりグループで学習しているとき」の回答は45.3%,「実験や実習をしているとき」の回答は23.6%と多く,友達との学習や実験・実習を通して自分のよさを発揮できると答えている。この2つは,表1の授業で楽しいと感じるときと共通する。楽しくて自分のよさを発揮できる授業は,集団の中で実践的・体験的な学習を通して行われていることが分かる。また,「自分で課題を決めて解決しているとき」と「先生から与えられた課題を解決しているとき」を合わせると,課題を解決しているときに自分のよさを発揮していると回答している小学生は20.3%,中学生は30.5%になる。中学生の回答が小学生の約1.5 倍になることも含めて,問題解決的な学習が小中学校で積極的に展開されていることがうかがえる。しかし,そのうち「自分で課題を決めて解決しているとき」と回答した小学生は12.7%,中学生は16.5%であるので,主体的に学習に取り組めるような工夫が必要であると考える。
      (イ) 日常生活への実践化と創造性
        表3、表4、表5  本教科では,学習したことを生活に生かすことによってさらに創造性が深まっていくと考える。表3では授業で学習したことを普段の生活でも行っているかどうかを質問した。小学生では79.4%の児童が,中学生では50.5%の生徒が「行っている」と回答している。小学生では約8割の児童が実践しているのに,中学生になると約5割の生徒に減ってしまうことから生活に生かす指導の工夫が一層必要である。
 実践内容は割合の多い順から10項目を抜粋し,表4にまとめてある。「食事作り」が51.5%と群を抜いて多い回答となっている。これに「食器あらい」21.7%を加えると73.1%になり,食生活に関する実践が多いことが分かる。「部屋の整理・整とん」「部屋の掃除」「ふろ洗い」「ごみ出し」を合わせると71.9%になり,住生活に関する実践も多いことが分かる。衣生活に関する内容は,「小物作り」「ボタンつけ」「アイロンかけ」を合わせても25.2%と少ないが,「ボタンつけ」と回答した中 学生は小学生の約5倍にもなり,制服を着用している日常生活の中から出てきた必然性が読みとれる。
 実践できない理由としては表5のように「やる気がない」の回答が46.4%と多く,やる気を育てる授業を工夫していけば,生活への実践化は図れると思われる。
    教師の実態調査の分析
      (ア) 創造性の育成
        表A、表B  表Aと表Bについては各教科共通の設問とし,教師を対象に実態を調査した。その結果次のことが明らかになった。 表Aから分かるように,本教科において創造性を培うために特に重視している事項は,「自ら学ぶ意欲や主体的に学ぶ力」が39.0%と一番高く,次に「知識や技能を生活に生かす力」が26.5%であった。これから判断すると教師は児童生徒の創造性を培うために,児童生徒の意欲や主体性,生活に生かす力を重視していることが分かる。特に,「知識や技能を生活に生かす力」は他教科には見られない高い回答を得ており本教科の特質がよく表れている。しかし,小学校の教師に比べて中学校の教師の方が減少傾向にある。 創造的に思考する仕方を学習させるために重視している事項(表B)は,「これまでにとらわれず自分に適した考え方ややり方を作り出すこと」が34.5%,「物事を多面的に検討し,他のことと関連付けて考えること」が30.0%,「あたりまえと見逃さず,新しい問題点を見付け出すこと」が16.0%となっている。この三つを重視していることが分かる。
      (イ) 創造的な学習活動
        表C  創造性を発揮しながら学習をしていると感じられる場面(表C)は,「その子なりの工夫で作品作りをしているとき」が73.0%で一番多く,次に「発想豊かな意見が出たとき」が45.0%,三番目に「自分自身の力で思考しているとき」が30.0%であった。教師はもの作りと個人思考の場面で創造性を感じとっている。この結果と児童の実態調査表1,表2の結果から,友達との学び合いも重視して学習指導を展開する必要があると考える。
    児童生徒と教師の共通項目での実態調査と比較
      (ア) 適した学習内容
        表T、表U  創造性を培うのに適した内容について(表T),小学校では「被服製作」と「調理実習」の回答が児童教師ともに多い。その他の内容についても,児童と教師がほぼ同様の傾向を示している。
 中学校では表Uに示すように,教師にとっては技術の領域で木材加工と情報基礎,家庭の領域では家庭生活と食物が適していると考えている。生徒は木材加工と食物の回答が多い。現行の学習指導要領では,必修領域と選択領域に分かれているため,各学校の履修状況の影響が大きいと考えられる。
  (4) 実態調査結果のまとめ
    実態調査の結果次のようなことが分かった。
     児童生徒にとって,楽しくて自分のよさを発揮できる授業は,集団の中で実践的・体験的な学習を通して行われている。
     教師は,児童生徒の創造性を培うために,自ら学ぶ力や生活に生かす力を育成することが大切だと考えている。
     教師が創造的に思考する仕方を学習させるために重視している事項は,新しい問題点を見付け出すこと,自分に適した考え方ややり方を作り出すこと,ものごとを多面的に検討することである。
   
研究主題に迫るための手だて
   実態調査の結果を踏まえ,平成10年度は(1)(2),平成11年度は(3)(4)のような手だてを講じて研究を進めた。
  (1) 自分に適した考え方ややり方を見付け実践の方法を考え出すために,資料の収集の工夫や情報交換の形態の工夫をする。
  (2) 新たな問題点を見いだすために,発想を喚起するための学習資料の工夫や,一人一人の学習課題を類型化する場の工夫をする。
  (3) 多面的に解決の方法を見通すために,情報獲得の場の工夫やワークシートの工夫をする。
  (4) 多面的に課題を追究するために,実践的・体験的な解決方法の工夫やゲストティーチャーの活用を工夫する。
   
授業研究
   研究主題に関する基本的な考えと実態調査の結果そして昨年度の授業研究の成果と課題を踏まえ,本年度は4の(3)(4)のような手だてを講じて小中学校各1校で授業研究を行った。


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