は じ め に
 教育課程審議会答申(平成10年 7月29日)では,「子どもたちが自分で考え、自分の考えをもち、それを自分の言葉で表現することができるような力の育成を重視した指導を一層進めていく必要がある」とし,さらに「知的好奇心・探究心をもって、自ら学ぶ意欲や主体的に学ぶ力を身に付けるとともに、試行錯誤をしながら、自らの力で論理的に考え判断する力、自分の考えや思いを的確に表現する力、問題を発見し解決する能力を育成し、創造性の基礎を培い、社会の変化に主体的に対応し行動できるようにすること」の必要性について述べている。
 以上のことを踏まえ,教科に関する研究主題「創造性を培う学習指導」を受けて,国語科では「表現力の育成」の面から研究を進めることとし,「一人一人の豊かな表現力が育つ国語科学習の指導の在り方」を研究主題として設定した。本研究では,児童生徒,教員を対象に行った意識・実態調査をもとに,小学校,中学校及び高等学校における表現力の育成に関する問題点を明確にし,授業の実践を通して,国語科学習の指導の改善・充実を図りたいと考える。
 
研究のねらい
   児童生徒を対象に表現力に関する意識・実態,教員を対象に表現力を育成するための学習指導に関する意識・実態を調査し,分析することによって,表現力の育成に関する問題点を明確にする。その問題点を踏まえ,小学校,中学校及び高等学校における授業の実践を通して,児童生徒一人一人の豊かな表現力が育つ国語科学習の指導の在り方について研究する。
 
研究主題に関する基本的な考え方
   自分の考えを他に向けて表現することは,自己実現の具体的な形であり,生きる力の育成に直結するものであるととらえることができる。また,表現することは,曖昧であったり無意識であったりしていたものを明確に意識することであり,自分と他との共通していることや異質なことを確認し,交流を通して相互の向上を図ることでもある。
 そこで,国語科の学習においては,自分の考えや思いを自分の言葉で豊かに表現する力の育成が重要となる。それは,論理的な思考力や豊かな想像力,言語感覚などに支えられたものであり,表現しようとする意欲・態度と表現する技能が主要な要素となる。
 このような豊かな表現力を育てるためには,学習の目標が具体的であること,学習の材料が新鮮なものであること,表現することの目的や必要感が明確であること等を中心に学習指導の在り方を改善し,児童生徒に基礎的・基本的な事項の定着や学習意欲の向上を図ることが必要である。また,児童生徒相互の学習の交流を通して,個性をはぐくみ,生かすことも重要となる。したがって,生活に直接結び付いた表現活動の場を設定するなどして,対人的なかかわりを重視した言語活動を展開するように心掛けたい。このような言語活動を通して,児童生徒は言葉を適切に使うことの必要性を実感し,表現を吟味することによって,よりよい表現に気付いたり,より望ましい表現を目指そうとしたりすることになると考える。
 
研究主題にかかわる意識・実態調査
   研究主題の表現することにかかわる意識・実態を本県の小学校,中学校及び高等学校の国 語科担当教員と児童生徒を対象に,質問紙により調査した。
  (1) 調査の対象
    児童生徒 …… 県内の小学校7校の第4学年,第5学年,第6学年 491人,中学校9校の全学年1,378人,高等学校9校の全学年1,134人の計3,003人である。
    教師 …… 小学校 102人,中学校76人,高等学校80人の 258人である。
  (2) 実施時期  平成10年9月25日(金)から10月9日(金)まで
  (3) 調査項目,調査結果及び分析
    表現力育成における指導上の課題

表1 表現力育成上の悩み (%) 《教員》
選 択 肢 ( 二 つ 選 択 )
a 学習意欲を高める指導の工夫 50.0 65.8 62.5
b 表現する中身を獲得させる指導の工夫 40.2 32.9 50.0
c 表現技能を身に付けさせる指導の工夫 66.7 42.1 35.0
d 表現力の向上に生かす評価の工夫 24.5 29.0 16.3
e 系統立てた指導の工夫 18.6 27.6 33.8
f その他 0.0 2.6 2.5

表2 表現の学習で困っていること(%) 《児童生徒》
選 択 肢 ( 二 つ 選 択 )
a 興味や関心がもてないこと 52.8 21.9 19.1
b 内容が見つけられないこと 43.2 44.6 46.2
c どのようにすればよいかがわからないこと 40.3 5.8 64.7
d よいところや問題点がはっきりしないこと 34.6 35.9 36.6
e 既習のことを次の学習で上手に使えないこと 12.0 35.7 21.8
f その他 9.6 4.4 7.6

       教員の表現力育成上の悩みと児童生徒の表現の学習で困っていることとの意識を比べてみると,特に,aとcの項目の割合が対照的である。
 まず,a「学習意欲を高める指導の工夫」に課題を感じている教員の割合が小学校,中 学校及び高等学校とも大きい。中学校の教員が指導の重点として選択している割合は,他の項目と比較して,特に大きい。しかし,aの項目に該当する児童生徒の割合を見ると,中学生と高校生の選択している割合が極めて小さくなっている。小学生が学習への興味・関心がもてなくて困っているという状況は,表現させられているという意識の表われであろう。表現することの必要感をもたせるなど,学習計画の工夫が求められている。
 次に,c「表現技能を身に付けさせる指導の工夫」については,小学校の教員が課題意 識を強く感じているのに対して,中学校と高等学校の教員で課題を感じている人の割合は,かなり小さくなっていることがわかる。ところが,児童生徒が表現の学習で困っていることに表現技能を挙げた割合は中学生,高校生となるにつれて大きくなっており,教員と児童生徒の意識の割合が大きなずれを見せている。生徒の技能向上を願う思いを大事にした指導を進めることにより,表現への興味・関心を高めることができるであろう。
    表現する中身を見つけたり,表現技能を身に付けたりする指導で力を入れていること

表3 指導に力を入れていること(%) 《教員》
選 択 肢 ( 二 つ 選 択 )
a 書いたり,話したりするテーマのとらえ方 28.4 40.8 47.5
b 書いたり,話したりする材料のもち方 49.0 46.1 50.0
c 書いたり,話したりする構成の仕方 54.9 48.7 45.0
d 表記,叙述や発音,発声の仕方 20.6 17.1 10.0
e 適切な表現やわかりやすい表現の仕方 46.1 46.1 47.5
f その他 4.5 2.5 2.3

表4 教えてほしいこと(%) 《児童生徒》
選 択 肢 ( 二 つ 選 択 )
a 表現しようとする内容をはっきりさせること 26.5 26.6 25.5
b 材料の集め方と題材の選び方 36.3 39.2 34.2
c 組み立ての順序 40.5 44.6 49.0
d 具体的な文章の書き方や話し方 42.9 37.6 36.8
e 正しく分かりやすく伝える表現の仕方 45.6 47.7 49.3
f その他 1.0 0.0 0.0

       d「表記,叙述や発音,発声の仕方」,「具体的な文章の書き方や話し方」については,教える側と学ぶ側に極めて大きな較差が見られる。児童生徒は,具体的な表現の方法についての指導を望んでいるが,教員側は,その手だてに重きを置いていないことがうかがえる。この項目は,学習したことが目に見える形で表れやすい項目であるので,表現意欲につなげるためにも指導に力を入れていく必要がある。
 a「書いたり,話したりするテーマのとらえ方」の指導については,中学校,高等学校 の教員の意識が高いのに対し,生徒の意識は低い。
    表現することの意欲を高める指導で力を入れていること

表5 表現意欲を高める指導の重点 (%) 《教員》
選 択 肢 ( 二 つ 選 択 )
a 表現の仕方を指導すること 24.5 15.8 25.0
b 教材を工夫すること 45.1 39.5 33.8
c 実際の場面で表現や作品を活用すること 46.1 36.8 35.0
d 温かく,適切な評価を心掛けること 34.3 34.2 27.5
e 目的意識,相手意識を明確にすること 30.4 46.1 47.5
f 指導過程を工夫すること 19.6 25.0 28.8
g その他 0.0 1.3 2.5

表6 表現意欲がわくとき (%) 《児童生徒》
選 択 肢 ( 二 つ 選 択 )
a どのようにすればよいかわかっているとき 36.3 41.1 31.3
b 中身がおもしろいとき 60.9 60.1 66.2
c 活動が生活と深くかかわっているとき 14.1 17.4 21.9
d よい点を認めてほめてくれたとき 27.1 16.9 17.7
e 目的,相手がはっきりしているとき│ 16.1 22.4 31.8
f 学習の進め方を先生が工夫してくれたとき 40.9 38.3 25.5
g その他 3.1 2.1 3.0

       b「教材を工夫すること」,c「実際の場面で表現や作品を活用すること」,e「目的意 識,相手意識を明確にすること」の項目を見ると,小学校の教員は,b,cに重点を置き,中学校及び高等学校の教員は,eの項目へ重点を置く意識がうかがえ,若干差異が見られる。
 目的意識や相手意識をもつことができるように,実際の学習の場面で,表現の学習の必要性や緊張感を感じながら表現することの楽しさを味わわせること,また,児童生徒のb「中身がおもしろいとき」のとらえ方を十分吟味し,教材や指導を工夫することが望まれる。
    表現にかかわる評価の工夫

表7 表現の評価 (%) 《教員》
選 択 肢 ( 二 つ 選 択 )
a 児童生徒の課題に応じた評価 48.0 39.5 58.8
b 児童生徒の相互評価,自己評価 34.3 43.4 18.8
c 観点を一つか二つに絞った評価 41.2 44.7 37.5
d 次の表現意欲につながるような評価 55.9 47.4 57.5
e 学習の過程での評価 20.6 25.0 25.0
f その他 0.0 0.0 1.3

表8 アドバイスへの要望 (%) 《児童生徒》
選 択 肢 ( 二 つ 選 択 )
a よかったところや足りなかったところ 54.2 58.8 64.3
b 友達同士でお互いのよさを認め合う場面 47.5 37.7 31.1
c ポイントを絞ったアドバイス 26.5 30.7 30.0
d もっとやってみたくなるようなアドバイス 33.8 30.4 34.9
e 学習の途中でのアドバイス 32.6 37.9 34.1
f その他 3.5 2.5 2.6

       中学校の教員の意識は,a「児童生徒の課題に応じた評価」,b「児童生徒の相互評価,自己評価」,c「観点を一つか二つに絞った評価」,d「次の表現意欲につながるような評価」を選択した割合がほぼ横並びであるのに対し,小学校の教員はdの項目を選択した割合が最も大きく,aが続く。高等学校の教員は,a,dの項目に集中している。
 児童生徒の意識を見ると,a「よかったところや足りなかったところ」をはっきりさせてほしいという回答が特に多い。aの項目とbの項目,dの項目の選択の割合と比べてみると,小学生から高校生に進むにつれて教員の的確な助言を望むようになっていることがわかる。教員がa「児童生徒の課題に応じた評価」を選択している割合が大きいにもかかわらず,児童生徒は教員の明確な助言に大きな期待を寄せている。このような生徒の期待に対して,教員は,児童生徒の伸びを認めながら課題についての指摘や助言を的確に行って次の課題を明確にするなど,積極的にこたえていくことが一層望まれる。また一方では,児童生徒一人一人が教員からの評価を受け身的に待つだけでなく,積極的に自分の表現力を自覚し,その伸びを実感できるような評価方法を工夫していくことが必要である。
 e「学習の過程での評価」,「学習の途中でのアドバイス」については,教員の意識の割合を児童生徒の要望が上回っている。このことは,教員の評価が完成した作品や話合いの場を対象に行われることが多く,学習の過程での評価を児童生徒の表現の活動に生かしていく支援が不足している状況を示している。表現の学習は各自がそれぞれの進度で活動することが多い。学習カード等の活用を通して,児童生徒が進度確認や自己評価を一度にできるような工夫をすることにより,学習の過程での評価をしやすくする必要がある。
    音声表現の指導が文字表現の指導と比較して有効なこと

表9 音声表現の有効性 (%) 《教員》
選 択 肢 ( 二 つ 選 択 )
a 発表の指導ができる 33.3 30.3 40.0
b 他者との意見交流ができる 65.7 69.7 68.8
c グループ学習などの形態の工夫ができる 47.1 46.1 32.5
d 思考力をつけることができる 24.5 25.0 20.0
e 言葉についての興味・関心を喚起できる 27.5 29.0 38.8
f その他 0.0 0.0 0.0

表10 話す学習が楽しいこと(%) 《児童生徒》
選 択 肢 ( 二 つ 選 択 )
a 人の前で発表できること 21.4 12.4 9.6
b いろいろな人の意見が聞けること 49.7 50.2 67.2
c みんなで一緒に活動できること 60.5 54.9 42.3
d 自分の考えをまとめるのに役立つこと 26.3 36.6 37.0
e いろいろな言葉の使い方を工夫できること 34.8 37.5 34.2
f その他 0.0 0.0 0.0

       音声表現に限定した項目であるが,b「他者との意見交流ができる」,「いろいろな人の意見が聞けること」に音声表現の有効性をとらえている教員や児童生徒が多い。これは,話すことを自らの考えを深める手段として考えているからであろう。
 しかし,a「人の前で発表できること」を選択した児童生徒が極めて少ないことは,話すことに抵抗を感じる傾向があることの表れではないかと考える。教員には,話す活動を目的としてとらえた指導の充実を図ることも求められている。
 
研究主題に迫るための手だて
  (1) 基礎的・基本的な事項の徹底と学習したことの充実感や成就感を感得できるようにする場の設定
    各学年の指導事項を明確に把握し,その具体化を図る。
    学習の目標にふさわしい表現活動になるよう教材や学習活動を検討する。
    短作文を書いたり,伝えたりするなど表現活動を積極的に取り入れる。
    指導事項を焦点化し,学習する内容を絞って自己評価や相互評価ができるようにする。
    記述式の自己評価を取り入れ,学習したことによる自己の変容や学習の伸びを自覚することができるようにする。
  (2) 学習意欲を高める学習指導の工夫・改善
    実際の生活の場での体験を通した言語活動を展開する。
    学習目標を明確にして表現の学習を展開する。
    学習したことを実際に生かす場面を学習過程に組み込む。
    学習の振り返りの場面を生かし,次の学習課題を具体化することができるようにする。
  (3) 児童生徒相互の交流を重視した学習活動の展開
    児童生徒一人一人が自分の考えを自由に交換できるような場を確保する。
    より望ましい言葉や表現の在り方を検討し,児童生徒一人一人が言葉の使い方を修正 したり,よりよい表現に気付いたりすることができるような学習場面を設定する。
    児童生徒相互の交流を重視し,思考したことを表現する機会を多くする。
    学習目標の到達状況を相互評価できるように,評価項目の設定等を工夫する。
 
授業研究
 研究主題に基づき,教材の開発や場の設定,指導法の改善などの手だてを講じ,小学校,中学校,高等学校で,各1校ずつ授業研究を行った。

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