W.研究の内容

1.基本的な考え方

(1)  体操の教材としての特徴
 体操は,意図的・合理的に体力つくりが図れる教材である。スポーツやダンスの教材とは異なり,意味のあるさまざまな運動を用いて,体力を高めたり,体力の高め方を理解させることが容易である。正に,運動を自主的・自発的に行うのに有用な知恵を開発でき,生涯体育,生涯スポーツの基礎となる教材である。また,それと同時に,それらの運動を行う場の条件を整えることによって,創造的及び協調的な態度の育成を図ったり,あるいは運動を行うことの楽しさや喜びを味わわせることも可能な教材である。このように,体操は体育の目標を達成するための条件を整えた貴重な教材にもかかわらず,これまで,学校体育の現場ではどちらかといえば,軽視される傾向にある。
 一昨年報告された中央教育審議会の第一次答申は,これからの教育は,「ゆとり」の中で「生きる力」を育成することが大切であることを提言し,その「生きる力」の一つとして「たくましく生きるための健康や体力」をあげている。また,平成9年度9月に報告された保健体育審議会の最終答申は,学校における体育の基本的目標として,「小・中・高等学校の12年間を見通して,体力の向上や運動に親しむ態度の育成を重点的に図られるようにすることが重要である。」ことを提言している。これらの提言は,子供たちの体力・運動能力が低下傾向にあることや日常生活における身体活動が減少していることを背景にしたものであるが,学校体育の在り方,さらには,体操の在り方・行われ方を基本的に見直す必要のあることを示唆したものであると言えよう。
(2)  実践されている体操の問題点と課題
 体操の学習内容を明確にすること
 体操のねらいは,体力を高めること及び体力の高め方を身に付け,それを様々な場で活用できるようにすることである。それでは,このために,子供たちは具体的にどのような能力を身につけておけばよいのだろうか。トレーニングの実施手順を基にすると,つぎの5つの能力が考えられる。
(ア)  個人の特性に応じて,体力つくりの目標が決めることができる能力。
(イ)  目標を達成するのに有効な体力つくりの運動を準備できる能力。
(ウ)  準備した運動を基にして,体力つくりの計画を作成できる能力。
(エ)  計画に基づいて,体力つくりを実践し,それを記録できる能力。
(オ)  実践した体力つくりの効果を測定評価できる能力。
 これらの5つの能力は,正に自分自身でプラニング・ドゥイング・チェッキングできる能力である。従って,体操の学習内容は,これらの能力をセットとして捉え,発育段階差,性差,体格差及び各人の生活環境や生活目標などに応じて,意図的・計画的に高めることができるものと言えよう。
 しかし,実際の行われている体操の授業をみると,とりわけ(ウ)の能力を高めるための学習内容がほとんど準備されていないようである。1回及び1日の計画を内在した1週間の計画の作り方,授業期間や長期休業期間における計画の作り方などの基本的な考え方を,子供たちが自分自身の特性と関連づけて実践的に学ぶことは,体力つくりの生活化(運動・スポーツの生活化)に結びつく生きた授業になるであろう。
 体操,スポーツ,ダンスの領域を通して総合的に体力や体力つくりの実践能力を高めること
 体操の授業は,一般に,体操のみを一単元にまとめて行うか,あるいは,スポーツやダンスなどの他の領域と組み合わせて帯状に行われている。しかし,指導者の大部分は,体操の必要性・重要性を認めていても避けてとおり,体操の単元を独自に設けていても,そこでは,県民体操,スポーツテスト,運動会のマスゲーム,集団行動の練習などを行うことにとどまり,また帯状に行われている場合でも,準備運動や整理運動の中でお茶を濁しているのが現状のようである。このことは,子供たちの体操に対する関心が低いことも関係があるが,それだからといって,体操を軽視したのでは,体力つくりの基本的な考え方を学習する機会を逸することになろう。
 ところで,上述の5つの能力を高める方向で,一単元の体操の学習内容を精選し準備したとしても,その単元のみでは個々の子供たちの目標とする体力を十分に高めることはできない。このことは,またここで学習した成果を他の領域や運動部活動,あるいは日常生活の中で十分に活用することも,さらにそれを発展させることもできないことである。このように考えると,体操のみで体力を高めること,体力つくりの実践能力を高めることには限界のあることがわかる。
 「運動の教育」を標榜している現行の体育では,体操を体力つくりのために必要な運動として,スポーツやダンスを欲求を充足する運動として位置づけているようである。この考え方は,「運動による教育」として捉えていた古い体育とは異なり,スポーツやダンスを体育の目標を達成する手段としてみようとしないところに特徴がある。言い換えると,それぞれのスポーツやダンスがもっている文化的特性そのものを享受することが学習内容であるとみているところに特徴がある。確かに,スポーツやダンスにはそのような側面があろう。しかし,それぞれのスポーツやダンスには,体力つくりからみて何らかの特性があり,またそれぞれの技能を意図的・計画的に高めようとすれば,体力つくりにも十分な配慮をしなければならないことも,また,確かな事実である。加えて,教育の場で行われるスポーツやダンスは,いずれも体育の目標を達成するための手段としての性格を捨てさることはできないであろう。したがって,このようにみると,スポーツやダンスの授業の中に体力つくりに関する学習内容を積極的に取り入れていくことが必要であることがわかる。その学習内容としては,つぎの8項目があげられる。
(ア)  それぞれのスポーツやダンスの体力からみた特性を分析し,体力つくりからみた目標を明らかにする。
(イ)  技術や戦術の運動手段をとおして体力つくりができるか否かを検討する。
(ウ)  技術や戦術の練習手段から離れて,その領域に関係の深い動きを準備して,体力つくりを行うことが必要であるか否かを検討する。
(エ)  その領域で高めることができない体力は何か,それをどこでどのように高めればよいかを検討する。(副教材の必要性)
(オ)  以上のことを考慮しながら,その領域の単元計画をつくる。
(カ)  さらに,その領域を中心として,運動部活動や家庭での運動をも配慮した典型的な一週間の運動計画をつくる。
(キ)  実践し,それを記録する。
(ク)  実践内容を評価する。
 実際には,上記の学習内容を,その領域が実施される前後,あるいは,期間中に適宜取り入れることになるが,このような体操的な視点をもった授業が展開できれば,前述した5つの能力をスポーツやダンスなどの領域でも十分に身につけることが可能であることがわかる。そして,またそのような授業を展開することによって,子供たちは,自分自身の特性と関連づけながら,生活に密着した体力つくりができるといえよう。
(3)  本研究の検討課題
 本研究では,上述した体操の問題点と課題を基にして,つぎの4点について検討した。
 県内のすべての中学校の指導者(体育主任)を対象として,体操領域の指導に関する実態を調査する。
 県内のいくつかの中学校の生徒を対象にして,体操領域に対する理解,興味,関心等を調査する。
 出版されているすべての体育実技の教科書,副読本をもとにして,体操領域の内容を検討する。
 体操領域の学習内容(単元計画)を,体操領域のみの授業か,またはスポーツやダンスの領域との組み合わせによる授業かなどを考慮しながら,学年進行に沿って作成し,それらの良否及び学習方法などについて授業研究を通して検討する。なお,学習内容としては,体力とは何か,体力つくりの意義,体力の高め方(運動の作り方,計画の作り方),実践記録の書き方,測定評価の行い方などについて検討する。


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