第1章 情報活用能力を育成するコンピュータ制御指導の在り方

第1節 研究の概要

1 研究のねらい

(1) 技術・家庭科における情報活用能力の育成
 情報化社会
 現代社会は情報化社会といわれ,さまざまな形態の情報が社会のいたるところで重要な役割を果たしている。ここでいう情報化社会とは,情報の収集,伝達,処理および生産が社会活動の中核となって発達する社会ととらえることができる。近年においては,コンピュータ,情報通信網,衛星通信,衛星放送等の情報メディアの発達がめざましく,映像,音声,通信機能を兼ね備えたマルチメディア機器を中核とした情報ネットワークが構築されつつあり,社会の情報化は今後ますます進展するものと思われる。
 情報メディアの中でも,特にコンピュータについては,生産,物流,販売,金融など社会のあらゆる場面で活用されるようになってきている。たとえば,自動車,家屋,電子機器などの設計にはCAD(コンピュータ設計)システムが不可欠な道具であり,それらの部品の生産はFA(ファクトリオートメーション)システムが加工や組立を行っている。さらに,出来上がった製品については,コンピュータで綿密に在庫管理を行うとともに,市場動向をコンピュータでシミュレートしながら予測することも行われている。このように,情報メディアとしてのコンピュータは,生産,流通,消費のすべての分野でなくてはならないものとなっており,それによってわれわれの日常生活が急速に変貌しつつある。
 現代社会の情報化の特徴としては,次の4点があげられる。
  @  情報のデジタル化
A  情報の処理と通信の一元化(ネットワーク化)
B  情報のデータベース化
C  メディアの統合・総合化(マルチメディア化)
 これらの情報化の特徴は,コンピュータが介在して初めて実現されるものである。@はコンピュータが情報を最も単純な2進数に直して処理すること,Aはコンピュータで情報を符号化して高速に転送できること,Bはコンピュータが大量の情報を記憶できるとともに処理速度が大きいこと,Cはコンピュータが多様な機器類と容易に接続可能であることと関連している。
 マルチメディア化については,マルチメディアコンピュータを使って,デジタル化された文字,音声,画像を分類・整理して大量に記憶したり検索・処理するとともに,これらの情報を通信回線にのせて遠隔地に高速に転送できるようになることが予想され,これからの社会に対して大きな変革をもたらすものと期待されている。
 情報化に対応した学校教育
 学校教育は,児童生徒に過去の貴重な文化遺産を適切に伝えると同時に,科学技術の進歩等社会の変化に主体的に対応できる能力や態度を育成する役割を持つ。
 これに対応して,教育課程の基準の改善のねらいとしては,
  @  豊かな心をもち,たくましく生きる人間の育成を図る。
A  自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成を重視する。
B  国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視し,個性を生かす教育の充実を図る。
C  国際理解を深め,我が国の文化と伝統を尊重する態度の育成を重視する。
の4点が示されている。
 これらのねらいの中に示されている「社会の変化」の一つが,社会の情報化である。この情報化の進展に対しては,すでに児童生徒がたくさんの情報やコンピュータ等の種々の情報機器に取り囲まれながら生活していることを考慮して,情報や情報手段を主体的に選択したり,活用できる資質(情報活用能力)を養う教育が必要とされている。このことは,来るべき高度情報通信社会に主体的に対応できる能力を育成するという観点からも,今後ますます重要になると考えられる。
 ところで,上述の情報活用能力については,文部省「情報教育に関する手引」の中に
  @  情報の判断,選択,整理,処理能力及び新たな情報の創造,伝達能力
A  情報化社会の特質,情報化の社会や人間に対する影響の理解
B  情報の重要性の認識,情報に対する責任感
C  情報科学の基礎及び情報手段(特にコンピュータ)の特徴の理解,基本的な操作能力の習得
という四つの内容で概念規定がなされている。
  @ の「情報の判断,選択,整理,処理能力及び新たな情報の創造,伝達能力」については・当面する課題の解決のために,さまざまな情報の中から必要な情報を選び出したり,課題解決の過程で情報や情報手段を適切に活用したり,得られた結果をもとにして新たな情報を創り出し発信・伝達する能力の育成の必要性を述べている。
A の「情報化社会の特質,情報化の社会や人間に対する影響の理解」については,コンピュータ等の情報手段があらゆる産業の基盤として機能する社会の中で,情報や情報手段が人間の社会活動や生活に及ぼす効果や影響について総合的に把握する必要があることを述べている。
B の「情報の重要性の認識,情報に対する責任感」については,扱っている情報が自分あるいは他人にとってどのような意味を持っのかとか,その情報を得たり失ったりしたときにどのようなことが起こるのだろうかとかを想像できるとともに,情報操作の結果生じる事態のすべてを引き受ける心構えを持つ必要があることを述べている。
C の「情報科学の基礎及び情報手段(特にコンピュータ)の特徴の理解,基本的な操作能力の習得」については,情報化社会に主体的に対応できるために,コンピュータ等の情報手段のハードウェアの仕組みやソフトウェアの働きについての知識を十分に身に付けるとともに,情報手段を創造的に活用できるよう操作法にも習熟する必要があることを述べている。
 技術・家庭科における情報教育の視点
 平成元年度に改訂された中学校の学習指導要領に基づき,平成5年度から技術・家庭科に「情報基礎」が開設され,新たな教育課程の中で情報教育が開始された。  情報基礎領域の目標は,「コンピュータの操作等を通して,その役割と機能について理解させ,情報を適切に活用する基礎的な能力を養う。」とされており,コンピュータの操作等の実践的な学習活動を通して,コンピュータの社会的な役割と,基本的な装置やソフトウェアの機能について理解させ,情報を適切に処理して日常生活や社会生活において活用する基礎的な能力を養うことを主な目標としている。
 そして具体的には,コンピュータのハードウェアについては,各部の機能の理解と基本操作ができること,ソフトウェアについては,その機能の理解と簡単なプログラムの作成ができること,さらにソフトウェアの活用については,情報の選択,整理,処理,表現などが具体的にできることをねらいとしている。
 情報基礎の目標を達成するための内容は,
  @  コンピュータの仕組み
A  コンピュータの基本操作と簡単なプログラムの作成
B  コンピュータの利用
C  日常生活や産業の中で情報やコンピュータが果たしている役割と影響
 の4項目で構成されている。そして,これらの内容の指導に当たっては,コンピュータの操作やソフトウェアの取扱いを中心として,相互に有機的な関連を図り,総合的に展開するよう配慮するとされている。
 このように,情報基礎領域においては,コンピュータリテラシーの育成をめざすとともに,コンピュータ等を利用して情報を適切に活用する能力(情報活用能力)を育成する。コンピュータの取扱いについては,領域間の有機的な関連を重視する立場から,木材加工,電気,金属加工,機械などの学習指導においても有効に活用することが求められている。
(2) 技術・家庭科における制御分野の位置付け
 今日では,あらゆる産業分野において,コンピュータを測定装置につないで計測制御したり,温度,湿度,圧力,濃度などの環境変数を制御したり,工作器械を制御して精密部品等を加工することが,いたるところで行われるようになってきている。このようにコンピュータは,人間の生産活動においてきわめて重要な地位を占めるようになってきている。したがって,コンピュータがどのような仕組みを持っていて,どのような働きをしているのか,そして現在どのような利用がなされているかを義務教育の段階で正しく理解しておくことは,21世紀に向けての我が国の生産活動を展望する上でも,非常に大切なことである。
 実社会で日常的に使われるようになってきたこのコンピュータ制御を,中学校の技術・家庭科での学習指導に取り入れることによって,社会でのコンピュータ利用がよりよく理解できるだけでなく,コンピュータを介して外部機器を操作することを通して,自分の思いを実現できたという達成感を得させることができ,積極的に情報手段を活用しようとする態度や創意工夫する態度を育成できるものと期待される。
 コンピュータ制御について,中学校指導書 技術・家庭編では,「F 情報基礎」領域において,「イ コンピュータの利用分野を知ること」の中で
  「コンピュータの利用分野には,事務処理分野,制御分野,通信分野などがあることを知らせる。」
としている。
 一方,制御に関する記述は,「B 電気」領域の「(3) 電気機器の仕組み及び電気材料について」の中にも見られ,
  「電気機器を制御するための装置には,最近マイクロコンピュータなどを装備したものが多くなっている。電気器具については,発熱量の制御,照明器具では明るさの調節などがある。また,タイムスイッチ付きの電気器具も増えており,制御部分を適切に扱うことが,電気機器を使用する上で,大切であることを理解させる。」
としている。
 また,「D 機械」領域の「(2) 簡単な動く模型の設計と製作」の中でも,
  「動きを機械的に制徹したり,センサを使って,電子的制御をしたりする方法や『情報基礎』との関連から,マイクロコンピュータを使った模型についても発展的に試みるなど,生徒の実態に即して製作品を構想させることも考えられる。」
としている。
 指導書の各所で制御に関する記述が見られるのは,中学校学習指導要領「第8節 技術・家庭」「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の中で
  「学習活動は,実習を中心として,各領域及び各領域に示す事項が相互に有機的な関連をもち,総合的に展開されるように計画すること。」
と述べられていることに関連している。
 コンピュータ制御は,コンピュータ,インタフェース,制御端末及びそれらを働かせるためのプログラムの知識が必要である。これらのうち,コンピュータ,インタフェースは情報基礎領域で扱う内容であり,制御端末としての電気機器や動く模型などは電気領域あるいは機械領域と関連する。したがって,コンピュータ制御を学習活動に取り入れると,各領域間に有機的な関連をもたせることができて,技術・家庭科に対する総合的な見方を養うことができるようになる。
 ともすると,情報活用能力の育成は情報基礎領域でだけ行うものと受け取られ,コンピュータ等の情報手段に関する学習指導が平板的なものになりがちである。ただ単にコンピュータがどのようなものであるかというだけにとどまらず,コンピュータが何に使えるのか,どのように応用するのかといった多面的かつ能動的に取扱うことが大切である。このことによって,社会でのコンピュータ利用をよりよく理解させられるとともに,積極的に情報手段を活用しようとする態度や創意工夫する態度を育成できる。


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