日常生活の中で身近にみられる物質変化のうち速い反応と遅い反応にどのようなものがあるかを考える活動をもとに，反応の速さに対する興味・関心を高めるとともに，反応物の変化を一定時間ごとに測定するなどの観察，実験を通して，反応の速さと反応物の濃度の関係を探究する活動に意欲的に取り組むようにする。
速い反応には，塩化ナトリウム水溶液に硝酸銀水溶液を滴下したとき瞬間的に反応して塩化銀の白色沈澱を生じるなどの反応がある。一方，遅い反応には，釘がさびたり，過酸化水素水を室内に放置しておくと徐々に分解して酸素と水になるなどの反応がある。反応の速さを実験室で調べるのに手ごろな反応現象としては，ヨウ素酸が川ムと，デンプン水溶液を加えた亜硫酸水素ナトリウムを加えたときに青色に変色する反応がよく知られているが，どの時点で反応が終了したかがわかりにくく，反応物の濃度と着色までの時間の逆数が比例しているかどうかを判別するのが難しい。
本時では，チオ硫酸ナトリウム水溶液と塩酸を反応させたときに硫黄ゾルが生成する反応に着目して，コンピュータによる計測を活用することにより，化学反応における生成物の変化量の時間変化をディスプレイ上のグラフで視覚的に確認しながら実験を行い，反応の速さに興味・関心を持って意欲的に取り組ませたい。具体的には，チオ硫酸ナトリウム水溶液と塩酸を反応させたときに生成する硫黄ゾルの量を，発光デイオードの光がクリーム色に濁った溶液中を透過し光センサに到達する強度で検出して，電圧に変えて時間変化をコンピュータで計測できるようにして，反応の速さ（反応時間の逆数）と反応物の濃度の関係を探究する学習活動を行う。
以下に実験手順を説明する。実験装置は上下にそれぞれ赤色発光ダイオードとフォトトランジスタを配置して，チオ硫酸ナトリウムを入れたシャーレを間に入れる。コンピュータを作動させた後，駒込ピペットで塩酸を注入する。硫黄ゾルの生成とともに溶液を透過する光の量が減少し，受光部の出力電圧も下がる。ディスプレイ画面には横軸を時間，縦軸を出力電圧として測定グラフを描かせ，出力電圧が直線的に下がって時間軸と交わる時間を読み取るようにする。こうした活動を支援するために，ディスプレイ画面上でマウスポインタが使えるようにして，光の透過度の変化曲線をたどり，反応の終端時刻を判定しやすいように工夫してある。チオ硫酸ナトリウムの濃度を変えて，この操作を繰り返す。
図８ 光センサの回路
コンピュータを活用した実験の前に，×印を描いた紙をチオ硫酸ナトリウムが入ったフラスコの底に敷いて，塩酸注入後に目印が見えなくなるまでの時間を測定して反応時間を求める実験を行うことで，コンピュータの視覚機能と人間の目の違いを認識したり，コンピュータ利用の利点に気付いたりして，生徒の意欲を高めることができる。
| ア | 情報の判断，選択と評価 コンピュータによる実験計測では，チオ硫酸ナトリウムに塩酸を注入した後，光の透過量の時間変化がリアルタイムでディスプレイにグラフで表示される。そのとき，どの時点で反応が終了したか，すなわち反応時間はどれだけかを判断する活動は，生徒自身に任されることになる。その際，生徒が反応時間をディスプレイ画面から読む様子を観察して個性の把握に努め，意欲を読み取るようにする。 グラフ上のどこからどこまでを反応時間とするか選択する活動では，生徒にとって多くの試行錯誤を必要とするので，生徒の活動を十分に観察し適切に助言することにより，反応時間を求める活動を意欲的に進められるよう支援する。 |
| イ | 情報の整理，処理と評価 チオ硫酸ナトリウム水溶液は濃度を変えたものを用意しておき，濃度の違いによる反応時間の変化を探究する。そこでは，それぞれの濃度での光の透過度の時間変化のグラフを比較してそれらの特徴を読み取ろうとしたり，濃度と反応時間の関係を考察する場面において，化学現象の中に規則性や法則性を意欲的に見いだそうとする活動を支援する。その際，生徒の思考活動の様子を観察して個性の把握に努め，思考の過程や背景をとらえて認めるようにする。 |
| ウ | 情報の創造，伝達と評価 反応時間からの逆数をとると相村的な反応速度となるので，この計算を行って反応物のモル濃度と反応速度の関係をグラフ化して，それらの量的関係を表現する活動を支援する。計算を目的とした学習活動ではないので，逆数の計算は電卓等を使って行い簡単に済ませる。生徒が濃度と反応速度の関係を法則化して表現することの楽しさやすばらしさを実感させたい。 そうした表現活動においては，生徒の個性に十分配慮しながら，生徒一人一人が創意ある報告ができるよう支援することが大切である。また，作成したものを発表し合うなどの機会を設け，生徒がまとめた結果を認めることによって生徒の意欲を高めるよう配慮する。 |
| ア | 学習内容についての生徒の意識 生徒実験の前に「化学反応（変化）には，速い反応（変化）と遅い反応（変化）があります。あなたの知っている反応を，速い反応と遅い反応に分けて，書きなさい。」という質問をしたところ，次のような回答結果になった。
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| イ | 生徒の感想 コンピュータを活用した初めての化学実験であったが，「またコンピュータを使って学習したい。」と答えた生徒が42％もいて，授業におけるコンピュータの活用に強い興味・関心を持った。授業の満足度も，大変とやや満足を合わせると60％を越えて，好評であった。このように，観察・実験への積極的な取り組みが見られ，化学変化に対する興味・関心がより高まったと考えられる。 |
年間に３～４回の生徒実験を行っていること，１年生でも理科Ⅰの化学分野で実験を体験していることから，基本的な実験器具の操作はできていた。今回の実験はメスシリンダーと駒込ピペットの使い方だけを習得していればできる簡単なものであった。実験は１班４人で行った。
実験室にある１台のコンピュータを生徒と教師の共同実験に使い，生徒実験と平行して各班ごとに教卓の前で，コンピュータによる実験計測を行った。反応が進むにつれて，生成した硫黄コロイドによって発光デイオードの光がさえぎられ電圧が変化するのを画面で観察した。生徒は，電圧が変化していく様子を驚きの眼でじっと見つめていた。
光の透過する量を電圧に変え，画面には横軸に時間（秒），縦軸には電圧をとり，電圧変化を見せられるようにした。マウスを使用して，溶液を加えた時刻と電圧が０となった時刻を読み取り，その差から反応時間を求めた。時間の逆数（１／ｔ）とモル濃度の関係のグラフは，電卓で計算してから，グラフ用紙に４点をとり直線を描かせた。ほとんどの生徒が，反応速度と濃度の関係のグラフとして原点を通る右上がりの直線を描さ，「モル濃度の濃い溶液はど反応が速くなる。」「相対的な反応速度が濃度に比例する。」と結論していた。
発展的課題として，チオ硫酸ナトリウムの濃度を一定にして，温度を10度ごとに変化させて，反応の速さと温度の関係をコンピュータ計測で探究することも考えられる。
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| 写真18 実験計測の方法を知る。 | 写真19 測定中の画面 |
フラスコの上から覗いて反応時間を決めるという生徒実験の方法は個人差が出やすいが，コンピュータによる実験計測ではそうした測定のあいまいさを排除することができた。反応開始時刻をどこに取るかの判断については，ディスプレイ画面の読みやすい時刻に塩酸を注入すると，電圧の揺らぎが出て判断しやすい。また，反応が終了した時点は，チオ硫酸ナトリウムの濃い溶液では，出力電圧が急激に下がって時間軸と交わるので，容易に読み取ることができた。一方，薄い溶液では，出力電圧の下がり方が緩やかで，生徒が反応の終了点を見つけだすのは難しかった。そこで出力電圧が0.1Ｖ程度でほぼ一定電圧になったところを終了点と見なしてよいと助言して支援した。
コンピュータ計測を活用して，チオ硫酸ナトリウム水溶液の濃度を変えて透過度の時間変化を調べる活動を行い，濃度によってグラフの形に大きな違いが生じることを見いだし，化学反応の見方や考え方を深めることができた。
また，反応時間から相対的反応速度を計算して，チオ硫酸ナトリウムの濃度と反応速度の関係をグラフに表現することができ，ほぼ比例関係にあることを見いだした。
生徒実験では反応開始と終了だけに注目しがちであったが，反応の進行にともなって透過度が減少する様子をディスプレイ画面のグラフからリアルタイムで直接観察できたため，反応時間や反応の速さについての豊かなイメージを形成することができ，濃度と反応の速さの間に法則を容易に見いだすことができた。